3-21 新たな企て
ダラムの領主館でブリージが政務を行っていると、旦那様から連絡蝶が送られてきた。
その内容は前大公が病に倒れて監視が緩んだので、アレの使用を許可するという内容だった。
ブリージはパルラでの戦闘報告で雌エルフの性格を掴んでいたので、もう一つ案を実行するつもりだった。
これで手も足も出なくなるだろうと思うと、思わず笑みが零れていた。
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ドーマー辺境伯領は東西に長く北側がヴァルツホルム大森林地帯に接するため、防衛費が嵩み領民の負担も重かった。
そんな辺境伯領内の西端に位置する場所に、ボルガ村という小さな村があった。
この村で畑を耕すトマーゾ・アゴストは公国騎士団に所属していたが、引退してこの地で農夫になっていた。
引退後の生活も厳しく、この土地が魔物の巣窟と言われるヴァルツホルム大森林地帯
に近いこともあり、度々魔物による農作物の被害も発生していたので安定した収穫が得られないのだ。
それに領主であるドーマー辺境伯からは魔物被害への支援も魔物討伐のための領軍の派遣も無く自分達で対処を迫られており、また、魔物被害により収穫が落ちても税の免除等は一切なかった。
このため税が払えなかった家庭では娘を奴隷商に売ったり借金をする者も居たが、大概は法外な利子が払えず夜逃げして盗賊になるか借金奴隷に落ちるのが関の山だった。
そんな村でトマーゾが何時ものように畑仕事をしていると、遠くから村人の叫ぶ声が聞えた。
「魔物だー。魔物が出たぞー」
その声に直ぐに反応したトマーゾは近くに置いてある戦斧を掴むと、声がする方に走り出していた。
彼も現役の頃は重装歩兵として鳴らした腕は年をとって衰えたとはいえ、まだそこら辺の若造には負けない自信があった。
駆け付けたトマーゾの目の前には、数人の村人がおのおの獲物を持って取り囲んでいるのはゴブリンだった。
ゴブリンはぐずぐずしていると直ぐに仲間を呼ぶので厄介なのだ。
トマーゾは扱いなれた戦斧を握ると、勢いよくゴブリンに突っ込んでいった。
ゴブリンは周りの村人に注意を向けて隙だらけだった。
素早く振り下ろした戦斧に手ごたえを感じると、目の前でゴブリンが血を流して倒れていた。
周りの村人から感嘆の声が上がる中、急いで穴を掘りその中に遺体を入れて焼くとそのまま埋めた。
このまま放置しておくと死肉に気づいた魔物が現れる危険もあるし、アンデット化することもあるためだ。
埋葬を終え畑に戻ってくると、近くで遊んでいた孫娘が荷物の傍で頬杖をついて待っていた。
トマーゾの姿を見つけると、ぱっと笑顔になってこちらに駆けてきた。
「おじいちゃん、おなかすいたよぉ」
「おおファビア、御免、御免、帰ってご飯にしような」
「うん」
ファビアはトマーゾの娘であるチェチーリアの子供だった。
チェチーリアは成人して直ぐに嫁いでいったのだが、数年前、夫が魔物に襲われ亡くなったとかで孫娘を連れて帰ってきたのだ。
どうやら夫が亡くなった後、土地を親戚に奪われたとかで生活できなくなったそうだ。
「おじいちゃん、今晩のご飯はなあに?」
「そうだなあ。屑野菜と芋を入れた粥にしようか」
「うん」
嬉しそうに元気よく返事をする孫娘の顔を見ながら、トマーゾは心の中では申し訳なく思っていた。
現役で騎士団に居た時は、あまり金を貯める事はせず酒場で羽目を外していたのだ。
今ではその時食べた色々な料理を思い出しては、あの時節約していれば今頃は孫娘に美味しい物を食べさせられたのにと悔やむばかりだった。
娘のチェチーリアは、お金を稼ぐためだとか言って辺境伯が募集したパルラとかいう町に出稼ぎに出てしまい、殆ど家に帰って来なかった。
ファビアも母親に会えなくて寂しい思いをしているはずなのに、いつも元気に振舞っている姿を見ると目頭が熱くなった。
隙間風が入る自宅に戻ってきたトマーゾは、お腹を空かせている孫娘のために早速夕食の支度を始めると戸口に隣の家の者がやってきた。
「トマーゾさん、大変だ。貴族の使いの者が広場に来てパルラに出稼ぎに行っている家族は集まるようにとの事だぞ」
トマーゾは何か嫌な予感を感じるとファビアに留守番を頼んで広場に出て行くと、そこには甲冑を付けた兵士を両脇に従えた神経質そうな男が立っていた。
周りには、トマーゾと同じようにパルラという町に家族を出稼ぎに行かせた家の者達が集まっていた。
すると神経質そうな男は、丸めた羊皮紙を取り出すと両手で開いて中身を読みだした。
「以下の者・・・」
それは出稼ぎに出た者の名前だった。
当然娘のチェチーリアの名前もあった。
一体何なのだろうと思っていると、その男はパルラという村で亜人の反乱が起きて名を読み上げた者が殺されたと言っていた。
娘の死の通知に衝撃を受けたが、更に衝撃を受けたのは、遺族全員がパルラに行って殺された家族の敵討ちをすることが決定したという内容だった。
パルラを占拠したという亜人達を相手にして、戦ったこともない村人に一体何が出来るというのだ?
しかも家族全員とはいったいどういう・・・そこでトマーゾは自分が騎士団を辞めるきっかけとなったあの事件を思い出していた。
それは王政転覆を図った貴族を討伐するため館を包囲した時に、その貴族は領民を盾にして立て籠ったのだ。
その貴族の部下達は領民の後ろから死に物狂いに矢を射かけて抵抗したので、騎士団に甚大な損害を出していた。
トマーゾは人間の盾にされていた領民にこちらに来るように叫び続けていたが、領民達は領主の命令に逆らえず躊躇していた。
すると悪戯に損害ばかり増える状況に苛立った隊長が、領民もろとも切り伏せるように命令を出したのだ。
騎士団にとって隊長の命令は絶対だった。
それからは凄惨の一言に尽きた。
全てが終わった時には、巻き込まれた気の毒な領民達の死体が転がっていたのだ。
トマーゾは重たくなった足を引きずりながら家に帰って来ると、お腹を空かせた孫娘が駆け寄ってきた。
「おじいちゃん、おなかすいた」
「おお、そうだな。早速夕ご飯の支度をしような」
「うん」
トマーゾは夕飯の支度をしながら、母親の仇討ちのため孫娘を連れてパルラに行かなければならない事や、パルラに行ったらもはや生きて帰れない事実に悔しさを覚えていた。
何故こんな理不尽な事が許されるのかそんな事を考えていたのが顔に現れたようで、ファビアが不安そうな顔をしていた。
「おじいちゃん、こわいかお」
「いや、何でもないんだよ」
どうやって孫娘に母親が死んだことを伝えようかと悩んでいた。
だが、母親に会えることを楽しみにしている孫娘に母親の死を伝えることはどうしても出来なかった。
翌朝、指定された家族は全員が集められそのまま荷馬車に乗せられていった。
その中にはトマーゾと孫娘のファビアの姿もあった。
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