3-16 ソフィアの行動
ロヴァル公国の公城アドゥーグの側らには、周りを森林に囲まれたとても町中にあるとは思えない程静寂な場所があり、そこには大公職を辞して引退したソフィア・ララ・サン・ロヴァルが余生を送る離宮があった。
離宮はこの国では珍しい木造建築で、1階にはテラスがある食堂や前大公が設計した檜で作った浴槽が鎮座する風呂場、歴史書等の蔵書が収められた図書室、面会用の応接室等があった。
そして2階は主の個室や衣装部屋があり、地下には魔法の訓練場を備えていた。
離宮の主であるソフィア・ララ・サン・ロヴァルは、百年前にロヴァル公国に攻め込んだ3ヶ国連合軍10万を赤色魔法で葬り去った大魔法使いで、齢百を過ぎているのに皺一つない肌は、知らない人が見たら10代の女性と間違われる程だった。
彼女が人間では魔力不足で決して使えないとされる赤色魔法を使えるのは、膨大な魔力を蓄える事が出来るという「獅子の慟哭」というマジック・アイテムを持っているからだった。
そして謁見する時は必ず「獅子の慟哭」を身に着け、他国の使者に百年前の悪夢を思い出させる行為に及ぶ事から、そのいつまでも衰えない外見と合わせて周辺国からは「ロヴァルの女狐」と揶揄され蛇蝎のごとく嫌われていたが、本人はそれをむしろ楽しんでいるようだった。
ソフィアは白で統一されたテラスで1つだけあるテーブル席に座り、長年側らで使えている侍女長自ら給仕するお茶を飲むのを日課としていた。
「エルメリンダ、今日のお菓子は私が書いたレシピを実現した物ね」
「はい、料理長がレシピ通りに作った物でございます。大量の油を使うので頻繁に作るのは難しいとは言っておりましたが」
そう言われてテーブルの上に置かれた皿の乗っているのは、山盛りのドーナツだった。
「まあ、そうなの」
そう言うとソフィアはフォークも使わずにそれを手に取ると、パクリと一口食べていた。
そんなマナー違反をしても眉根を寄せる者は存在せず、窮屈な生活から解放された今を楽しんでいた。
そんな平和な空間に突然乱入してきたのは、小さな訪問者だった。
それはソフィアが使っている間者から送られてきた連絡蝶で、目の前に置かれたカップの縁に止まると翅を上下に動かして存在感を誇示していた。
その翅に摘まむと瞬く間に書面に形を変えていた。
それはパルラに潜入させていたフクロウと呼ばれている間者からだった。
フクロウは元々は公都で交易を行っている会社で働いていたが、その会社が強引な手法でドーマー辺境伯配下の会社に吸収されてからは、数字に強いという事でパルラの賭場で経理を任されるようになったところでリクルートしたのだ。
そのフクロウからパルラが占拠されたという一報が来た時、そのエルフに興味を持ち詳しく調べる事と困窮しているようなら支援を持ちかけるようにと指示していたのだ。
そのフクロウからの第二報が来たようだ。
送られてきた内容は、パルラに取り残された人間種を何とか助けようとしている事とそのための食糧援助を求める内容だった。
ソフィアはその内容に満足し、会ってみる事にしたのだ。
「エルメリンダ、ロザート商会に手紙を届けてちょうだい。それから私は2、3日留守にするけど分かっているわね?」
「はい、上手い事誤魔化すのですね」
エルメリンダは全て言わなくてもその意を汲んで行動してくれる、頼もしい相手だった。
ロザート商会に調達してもらいたい品目リストを手早く書くとそれを渡した。
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エルメリンダは主人からの手紙を預かると早速使用人を呼び、ロザート商会の会長オルランド・ロザートに直接手紙を届けるように命じた。
主人はその存在自体が公国の最終兵器であるため、常にその存在には感心が集まっており、その主人が離宮から消えたら大騒ぎになるのだ。
そのため主人が外出する際は、必ずエルメリンダがその身代わりを務め、離宮に入り込んだ間者や買収された使用人の目を誤魔化していた。
今回は主人が最近見た事が無い程とても嬉しそうな表情をしているので、きっと楽しい外出なのだろうと想像し、エルメリンダもそれに協力が出来る事を自分の事のように喜ぶのだった。
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エリアルで商売を営んでいるオルランド・ロザートは、ソフィア様からの手紙を読むと直ぐに使用人達を呼んで必要な物資をかき集めさせた。
そして5台の荷馬車を伴って離宮にやって来た。
「エルメリンダ様、ご無沙汰いたしております。ソフィア様はお変わりなく?」
「ええ、健やかにお過ごしですわ」
「ご依頼の品を持ってまいりましたと、お伝えください」
「ご苦労様、主様がお待ちかねです。ついて来てください」
オルランドは侍女長エルメリンダに案内されて、ソフィア様のお気に入りのテラスにやって来た。
そしてそこのテーブル席に座る金髪の女性に目を止めた。
オルランドは根っからの商売人でありその信条も「金を払えば何だって調達する」で、お客からの無理難題を何度となく実現してきた。
その実績をソフィア様に見込まれ、米とかいう変な食べ物を調達することになったのだ。
そして大陸中を探し回りバルギット帝国内のホウライ王国という少数民族の国がそのような物を栽培しているという情報を得て、やっとの思いで調達してきたのだ。
その功績でソフィア様に認めて貰い、ソフィア様の御用商人になったのだ。
その肩書は絶大で、今や公都エリアルでも屈指の商人になり上がっていた。
それからもソフィア様のために様々な物を調達し、渡されたレシピを元に色々な物を作ってきた。
それは神からのご託宣と呼ばれ、一度ソフィア様から依頼が来ると他の事は後回しにして商会一丸となってその要望に応えてきたのだ。
そのお陰もあってロザート商会が独占販売する調味料等は、絶大な利益を上げていた。
オルランドはそんな大恩人の前に跪くと、その手を取りその甲に軽くキスをした。
「お久しぶりでございます、大公陛下。相変わらずお美しいお姿を拝する事が出来て光栄の極みです」
「ふふふ、オルランドも相変わらずね。私はもう引退したのよ」
「私にとっては、ソフィア様が何時までも大公陛下でございます」
そしてオルランドは用意した物品の目録を取り出すと、恭しくテーブルの上に置いたのだ。
そこに記載してある商品は、小麦や米等の穀物類と大公陛下のレシピにあった味噌に醤油、ケチャップにマヨネーズという調味料それに野菜の種だった。
ロザート商会は先帝陛下の依頼で、定期的にバルギット帝国領内のホウライ王国から米等を調達しているのだ。
大公陛下は目録を読むと一つ頷いて笑顔を向けてきた。
「オルランド、短期間でよく集めてくれましたね。礼を言います」
「はい、ご要望に応える事が出来て光栄です」
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