番外31 マウラの災難7(BC)
マウラは見通しの悪い密林の中で、独りぼっちでもがいていた。
周りはうっそうと生い茂る枝葉しか見えず、その裏に危険が潜んでいてもまるで分らないのだ。
一刻も早く安全な場所に辿り着きたいと焦るのだが、下草に足を取られて少し進むのも困難だった。
焦りだけが募る中、大きな葉と茎の間からぬうっとアースドラゴンの頭部が現れ、その冷たく恐ろしい瞳がぎょろりと動き私に視点を合わせた。
その目は、どうみても私の事を餌だと思っているような気がして鳥肌がたった。
逃げたくても足は下草が絡み付きどうにもできず、うなじをちりちりと焼く感覚に振り返ると、大きく開いた口の中に火の玉が現れていた。
「きゃぁぁぁぁ」
マウラは自分の悲鳴で目が覚めると、びっしょりと汗を吸った下着が肌に張り付いていた。
何とか息を整え自分がいる場所を確かめるため周囲を見回すと、ここはあのゴーレムの中だった。
扉が叩かれ、向こう側から女性の声が聞こえてきた。
「ちょっと、大丈夫?」
「え、ええ、すみません」
マウラが汗を拭き着替えを済ませて外に出ると、そこにはもう他に人達が忙しそうに働いていた。
周囲を見るとなぎ倒された木々が整理され、焼け焦げた魔物は埋められたのか痕跡が何処にもなかった。
やがて辺境伯様が手に湯気が立ち上るカップを持って現れた。
「よく眠れた?」
「ああ、はい、なんとか」
「朝食を済ませたら、絶滅華を探しに行くわよ」
アースドラゴンの件で私は気を失ったらしく、そのまま朝まで眠っていたようだ。
辺境伯様達は、魔力感知で絶滅華が居そうな場所を特定しては、調べに行くと言う行動を繰り返していた。
アースドラゴンの時とは違って、絶滅華というのはそう簡単には見つけられないみたい。
そして何回目かの捜索を行っている間、私は少し離れた倒木の上に腰を下ろすと、他の人達の動きをぼんやりと眺めていた。
すると突然足元の地面が裂け、そこから緑色の柱が立ち上がると、マウラの目の前で柱がぱっくりと割れ、そこは何ものかの口に見えた。
そして声を発する暇もなく私はそれに飲み込まれた。
マウラが意識を取り戻すと、そこは暗く身動きが出来ない場所だった。
なんとか呼吸は出来るものの湿った空気が肌に張り付き、足や尻は冷たくなっていた。
マウラは辺境伯様達が探してくれているだろうかと考え、直ぐにその考えを切り捨てた。
悲鳴も上げずに消えたのだから、自分が居ない事にもまだ気づかれていない可能性だってあるのだ。
自分は生きたまま溶かされるのだろうか?
ああ、弟や妹はこれからちゃんとご飯を食べて生きて行けるだろうか?
仕事に追われて恋もしたことがなかったが、一度くらい私もそんな事がしてみたかったなぁ。
ここで私の人生が終わると思うと自然と瞳から涙が溢れてきた。
ああ、悔しいなぁ。
今となっては後回しにしてきた様々な事をやっておけばよかったという後悔ばかりが募っていた。
そんな時、物音が聞こえると突然体が揺れた。
そして、真っ暗だった世界に一筋の光が差し込んだ。
やがてその光は縦に延びてから幅が広がり差し込んできた光が逆光となる中、後光が差したディース神が現れた。
ああ、私は知らないうちに死んでしまったのね。
マウラがそう思った時、ディース神が口を開いた。
「ああ、やっと見つけた。直ぐに出してあげるわね」
どこか懐かしい声と共に両脇に差し込まれた手は暖かく感じた。
ぼんやりとした意識の中、横たわった私の目の前には魔法陣が浮かび上がり、すっかり冷えていた体に熱が伝わってきた。
次に意識が戻ると、そこはあのゴーレムの中だった。
体を動かしてみると動くようだったので、そのまま起き上がるとどうなっているのか知りたくなって、部屋を出てみる事にした。
そしてゴーレムの操縦席に入ると、大きな画面に青空が広がっていた。
「あら、起きたのね」
声がした方を見ると辺境伯様が優しく微笑んでいた。
「はい、今、どうなっているのでしょうか?」
「ああ、素材が手に入ったからパルラに戻っている所よ。もうすぐ到着するわ」
やがて飛行高度が下がり始めると、前方に円形の城壁に囲まれた町が見えてきた。
ああ、とうとう審判の時がやってきたのね。
今回の素材採集にかかった法外な請求額につきつけられて、店は倒産、私は働き口を失い賠償額の一部として身売りを強要されるだろう。
これでは魔物に捕まってそのまま食われていた方が、幸せだったのかもと複雑な気持ちになった。
ゴーレムが着陸すると、そこには既に迎えの馬車隊が待機していた。
「ユニス様、お迎えにあがりました」
「ええ、ご苦労様。それと森で狩ってきた魔物の搬入もお願いね」
「畏まりました」
待っていた人達への指示を終えた辺境伯様がこちらを振り向いた。
「さて、私達は」
そこまで聞いてマウラは覚悟を決めた。
どうせ身売りをするのなら、私が茹でられることで少しでも請求額を抑えてもらうのだ。
「辺境伯様、今回の素材採取費用ですが、私を茹でる事で減額してもらえませんか?」
「え?」
辺境伯様が困惑顔になると、オッドアイがそっと耳元で囁いていた。
その内容までは聞こえなかったが、辺境伯様の顔に理解の色が浮かんでいた。
「ああ、成程、分かったわ。それなら貴女を茹でる事で、今回の費用はチャラにしてあげるわ」
ああ、良かった。
私1人の命で家族全員が助かるのなら、覚悟はできているわ。
「それじゃあ、私に付いてきて」
「分かりました」
私が茹でられる場所は、総2階建ての建物だった。
そこで靴を脱いで促されるままにのれんをくぐると、そこは部屋の左右にハチの巣のような収納空間が並んでいた。
「さ、服を全部脱いで」
「分かりました」
成程、茹でて食べるのに服は邪魔という事ね。
マウラは辺境伯様の機嫌を損ねないように手早く服を脱いでいった。
そして全裸になって振り返ると、そこには同じように全裸になった辺境伯様が居た。
え、なんで?
亜人というか魔女の裸体なんて初めて見たけど、なんていうか、芸術家が究極の造形美を求めて作成した芸術品のような、自然では絶対あえない均整の取れた体形に思えた。
こんなの女神様くらいしかありえないでしょう。
マウラがそんな事を考えていると、声をかけられた。
「これで髪の毛を包んでね」
そう言われて辺境伯様の頭を見ると、髪の毛を結い上げてそこにカバーをかけていた。
どうせ茹でて食べるのなら邪魔な髪の毛なんて剃ってしまえばいいのにと考えながらも、言われた通り髪の毛を結い上げて渡されたカバーをかけた。
「それじゃあ、中に入るわよ」
辺境伯様が開いた扉に先に入ると、熱を帯びた湯気が襲ってきた。
いよいよ茹でられるのかと覚悟を決めると、先に体を洗うように命じられた。
成程、食材の汚れを落とす下準備というやつね。
家族に類が及ばないように美味しく頂いてもらいましょう。
丁寧に体を洗うと、促された先には私を茹でる場所があった。
その湯はまだ熱くなかったが、これから温度が上がって行くのだろうと思っていたら、何故か辺境伯様が同じ湯の中に入っているのだ。
「あの、辺境伯様」
「なんですか?」
「い、いえ、なんでもありません」
おかしい。
どうして食材と一緒に中に入っているの?
うん、ちょっと待て、相手は亜人なのだから人間とは違う価値観があるのではないかしら?
ひょっとして食材と戯れる習慣があるとでもいうの?
ま、ま、ま、まさか、相手は亜人、もっと言えば魔女。
同性に性的な嗜好を持つ異常者だったとしても、何ら不思議ではないんじゃ。
そうよ、亜人の隣には何時もあのオッドアイが居るじゃない。
きっとあの雌獣人が愛人なのよ。
それなら私と一緒に裸になっている理由も頷ける。
まさか、茹でるというのは、物理的な意味ではなくて、性的に愛でるという魔女特有の言い回しだったの。
これ以上、此処に居たら本当に性的に襲われてしまう。
なんとか、此処から逃げ出さないと。
そして立ち上がったところ、急に頭がくらくらして足元がぐらつきだした。
あれ、既に先回りされた?
なんてことなの、私が意識を失った後で性的に楽しむつもりだったなんて。
だが、マウラにこれ以上抵抗する力は残っていなかった。
次第に薄れていく意識の中、出来れば痕跡が残っていませんようにと願うしかなかった。
意識が戻ると知らない場所に横たわっていて、大きく開かれた窓から心地よい風が吹きかけていた。
マウラは体に乱暴された痕跡を探したが、見た限りそれらしい打撲痕も切り傷もなさそうだった。
そんな時、乱暴に扉がひらくと、どすの利いた女の声が響き渡った。
「おい、ここは簡易宿泊所じゃないんだ。気が付いたのならとっとと出て行きな」
「あの、貴女は?」
「私はこの魔素水浴場の管理者バンビーナ・ブルコさね」
「人間のようだけど、貴女はあの亜人の犯罪の片棒を担いでいるの?」
「犯罪? 一体なんのことさね?」
そんな事を私の口から言わせたいの?
「お、女の子の体を弄ぶ事よ」
私があまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になっているというのに、このふくよかな中年女性は呆れたような顔をしているのには納得いかないわ。
「何を言っている? あんたは浴場で湯あたりして倒れたんだ。仕方が無いからここで介抱していただけさね」
「え、私はあの亜人に性的に弄ばれたんじゃ?」
私が自分の身に起きたであろうことを口にすると、再び呆れられた。
「何を馬鹿な事をいっているさね。確かにエルフの嗜好なんて私には分からないが、あれの周りには常に男連中がまとわりついているんだ。他にいくらでも楽しめる相手が居るのに、態々あんたなんか相手にしないさね」
は、それは私には何の魅力も無いと言いたいの?
い、いや、決して私が性的嗜好の対象になりたいとかじゃなくてって、え?
湯あたり?
「あ、そうそう、エルフからの伝言があったさね。『浴場とは疲れた体を癒す場所で、茹でるのではなくて温まるの。彩花宝飾店の店長さんには連絡しておいたから、体調が戻ったら七色の孔雀亭に帰ってね』って事さね」
それって、素材採取で疲れた私が回復できるように連れて行ってくれたって事?
それでもマウラが戸惑っていると、「はぁ」とため息をついたバンビーナ・ブルコがビシッと指を突き立てた。
「そんなに心配なら、1階に降りてもう一度女湯を覗いてきな。それではっきりするさね」
マウラは言われた通り女湯を覗くと、そこでは女性達が魔素水を楽しんでいた。
試しに数人に聞いてみると、やはりここは仕事で疲れた体を回復するための施設らしい。
それと、私が倒れた時の事を知っている人がいて、その後の事も教えてもらった。
どうやら私の勘違いだったらしいわね。
そう言えば、心なしか体が軽いのを感じるわ。
素材調達が終わった事を報告するため七色の孔雀亭に戻ると、そこでは腕組みをしたオーナーが待っていた。
「あ、あの、オーナー」
「マウラ、良くやったわね。まさか貴女にここまで有能だとは知らなかったわ」
「え?」
オーナーは何を言っているの?
「まさか、無料で火炎陸亀の甲羅、魔樹の雫、青色水晶まで手に入れてしまうなんて、凄い働きよ」
えっ、いつの間にそんな事に?
「まあ、納品の際は、辺境伯様に手伝ってもらったことを報告しないといけないだろうけど、それでも店が潰れるような事は無さそうだわ。貴女も一時金を払ってあげるわ」
ああ、良かった。これで家族が路頭に迷う事も無くなったわ。
辺境伯様、感謝いたします。
そして誤解していてごめんなさい。
公国への納品が無事終わり、私も慰労金として金一封をいただいた。
その一時金で家族を連れて外食をすることが出来て、とてもうれしかった。
そして何時もの日常が始まったある日、ふっと眠りから覚めると、あの悪夢を見なくなった事にようやく気が付いた。
マウラは疲れが溜まったらあの魔素水浴場に行ってみたいなと考えている自分に気が付き、思わず微笑んだ。
いいね、ありがとうございます。




