番外30 マウラの災難6(BC)
翌朝、マウラは通路を歩く足音で目を覚ました。
ちょっとうるさいと思ったが、ここが戦闘兵器の中であることを思い出し、宿の快適さを求めては駄目だったと直ぐに思い直した。
それでも不思議と気持ち良い目覚めだったので、大きく伸びをしてからベッドから起き上がり、何かが変だと感じた。
暫く考えて、昨晩は悪夢を見なかったと思い至った。
ここはこの大陸でもっとも恐ろしいヴァルツホルム大森林地帯の中で、しかも怖い獣人に囲まれている状況で悪夢を見ない事がとても不思議だった。
着替えを済ませ外に出ると、そこでは既に朝食の準備をしている辺境伯様とオッドアイが挨拶してくれた。
「あら、早いのね。おはよう」
「あ、おはようございます」
そして差し出されたカップには、暖かいお茶が入っていた。
暫くすると周囲の警戒をしていた男達戻って来ると、辺境伯様の手から暖かいお茶が入ったカップを渡されていた。
用意された朝食はこれから魔物との戦闘を想定しているためか、かなりボリュームのある内容だった。
「私達は火炎陸亀を探すから、貴方達は町で消費する肉の調達をお願いね」
「はい、お任せください」
豹獣人が得意そうな顔でそう言うと、ベルグランドと呼ばれていた男は眉間に皺を寄せた。
「ちょ、女ボス、ここはヴァルツホルム大森林地帯の最奥ですよ。そんな簡単に狩なんてできないですよぉ」
「おい、諦めろ」
ベルグランドのぼやきを豹獣人がぴしゃりと窘めた。
朝食の片づけを終えると、辺境伯様が全員を集めていた。
「皆はサソリもどきの傍から離れちゃ駄目よ」
そう言うと私達の地面に突然橙色の魔法陣が現れ、辺境伯様は黒と黄色のゴーレムだけを連れて森に入って行った。
残された男達は、これからする事が分かっているかのようにてきぱきと動き始めた。
「オーバン、サソリもどきの前腕を下ろして地面に俺達が隠れる場所を作ってくれ」
「おう、任せろ」
「ベルグランド殿、そこの丸太をこちらに運ぶのを手伝ってくれ」
「分かりました」
マウラが戸惑っていると、オッドアイが近寄って来た。
「マウラさん、地面に橙色の魔法陣があるでしょう。ここから外に出ては駄目よ」
「えっと、あの、これは何ですか?」
「ああ、これはユニスの結界魔法ね。この中に魔物は入って来ないから安心してね」
そう言われたマウラは、改めて地面の描かれている橙色の魔法陣の有効範囲を確かめてみた。
魔法陣は、しっかり私達と辺境伯様がサソリもどきと呼ぶ攻城用ゴーレムをその範囲内に収めていた。
そのゴーレムが突然動き出すと、太い前腕が降りてきて地面に両手を組んで、その内側に皆が隠れる場所を作っていた。
すると他の男達がその周囲に補強するように丸太を並べていた。
「あの、男の人達は何をしているのですか?」
「ああ、あれは、魔物の暴走に備えているのよ」
「え、え、ええっ?」
魔物が暴走してここにやって来ると言っているのよね?
どうしてこの人達はこんなに冷静なの?
普通、そんなものが来ると分かっていたら、安全な場所に逃げるのが普通でしょう?
なんで、ここで待ち構えるような事をしているの?
「どうして逃げないのですか?」
「それは、ここが一番安全だからよ」
オッドアイがそう言うと、作業をしていた虎獣人が声をかけてきた。
「この森で一番強いのは姐さんなんだ。その姐さんが動くと森の魔物は強者を感知して逃げ出すんだよ。姐さんは俺達の元に帰って来るだろう。すると姐さんと俺達の間に挟まれた魔物はパニックになって、まっすぐ俺達の方に逃げてくるんだ。まあ、厄介な魔物は途中で左右に避けてくれるんだが、弱い奴はまっすぐに突っ込んで来るから俺達は万全な体勢で待ち構えるんだ」
そう言えば聞いた事がある。
最悪の魔女はヴァルツホルム大森林地帯の支配者だって。
私が呆気に取られていると、もう一人の獣人も声を上げた。
「それで俺達だ。どうせ魔物がやって来るなら、貴重な肉を調達して町に持ち帰った方が効率が良いだろう。だから、こうやって陣地を作り、武器を持ち込んで魔物を待ち伏せするのさ」
それはアースドラゴンを見つけるまで、毎日発生するイベントなのでしょうか?
「あの、毎日こんな状況になるのですか?」
「いや、今日で終わると思うぞ」
どうして今日までだと断言できるのですか?
いかにアースドラゴンが大きいと言っても、それ以上に広大な密林地帯からそう簡単に見つけられるとは思えないのですが?
マウラが意味が分からないと首を傾げると、今度はガスバルと呼ばれた男性が声を上げた。
「ガーネット卿は魔力感知を使うから、アースドラゴンはもう見つけていると思うぞ」
「え?」
「これは以前ガーネット卿から聞いたのだが、強さに応じて魔力感知の感度が変わるらしい。だから一番強い反応を追いかければ、十中八九そこにアースドラゴンが居るという訳さ」
「じゃあ」
「ああ、早ければ、もう仕留めているかもしれないな。だから、俺達はこうやって急いで作業をしているんだよ」
4人の男達がてきぱきと作業を進めるのを眺めていると、直ぐに頑丈そうな陣地ができあがっていた。
男達は出来上がった陣地の中に弓や矢、槍、怪我をした時のためのポーションを運び込んでいた。
そして簡易食料をかじりながら待っていると、山脈側の方から轟音と恐ろしい魔物の咆哮が聞こえてきた。
「どうやら姐さん達がアースドラゴンと接触したようだな」
「ああ、ユニス様の事だ。直ぐに終わるだろう」
やがて戦闘音が聞こえた方向から、ドドドドという地響きと大軍が木をなぎ倒しながら突き進んで来る音が聞こえてきた。
「来たようだな」
「ああ、そのようだ」
魔物の大軍がやって来ると聞いて私は今にも発狂しそうなのに、どうしてこの男達は何時もの事だといった感じで平然としているの?
下手をすると暴走する魔物にひき殺されてしまうのよ。
マウラが皆の後ろからそっと音がする方を見ていると陣地との境の木がなぎ倒され、そこからマウラの倍ほども大きな体躯に人間なんて簡単に串刺ししてきそうな鋭い角、人間の肉を引き裂きそうほど恐ろしい牙をした魔物が続々と現れた。
その大集団を見たマウラは「ひっ」と悲鳴を上げると、あまりの恐ろしさに足がすくみ動けなくなっていた。
だが、目の前の男達は「ひやっほぅ~、大量だぜぇ」と訳の分からない雄たけびを上げると、次々と矢を放っていた。
だが、たった4人であの大集団を押さえられる筈もなく、瞬く間に魔物は目の前まで迫って来た。
すると男達は弓を捨て、槍を手に取ると襲い掛かって来る魔物を突き始めた。
だが、そんな光景も魔物の数の方が多いので、直ぐに目の前に恐ろしい角が迫って来た。
マウラは魔物に蹂躙され血反吐を吐いて地面に転がっている自分の姿を想像して、恐ろしくて気が遠くなりそうだった。
だが、恐ろしい魔物達は悲鳴を上げて何か目に見えないものに激突すると、後ろに跳ね飛ばされたり後ろからやって来る仲間に押しつぶされたりしていて、私達の方に押し寄せてくることは無かった。
その光景を見て改めてオッドアイが言っていた言葉を思い出し、地面を見るとそこにはあの橙色の魔法陣があった。
結界魔法。
マウラがようやくその本当の意味を理解してほっとしたまさにその時、突然魔物達の背後から真っ赤な火の玉がこちらに向かって飛んできたのだ。
その火の玉は木々を薙ぎ払い燃やしながら突き進むと、今度は魔物を背後から焼いていった。
魔物が炎に焼かれ断末魔の声を上げると、その焦げた臭いがこちらにまで匂ってきそうだった。
その火の玉が魔物達を越えてこちらに迫って来ると、目の前が真っ赤になりその熱を感じられた。
目の前にいる男達もこの光景に驚いていたので、これは想定外なのがこちらにも伝わって来た。
ああ、これは駄目という事よね。
マウラは覚悟を決めた。
そして自分の最後を見極めようとじっとその炎を見つめていると、突然轟音が響き渡り炎の形が変わり周囲に四散した。
え?
炎が消えると、暴走していた魔物が真っ黒な消し炭になって地面に転がり、周囲には静寂が戻ってきた。
そんな中、男達がその静寂を破った。
「ふう、ビビったぜ」
「ああ、あれはどう見てもアースドラゴンのブレスだよな?」
「全く、姐さんは何をやっているんだ? 危うく俺達まで丸焼きになるところだったぞ」
獣人の2人がそんな事を言っていると、ベルグランドが不安そうな声を上げた。
「まさか女ボスが負けたって事はないですよね?」
そこ言葉に一瞬誰もが黙ったが、直ぐにオッドアイが声をあげた。
「ちょっと、ユニスが負ける訳ないでしょう」
「ああ、だが、こっちにブレスが飛んでくるって事は、姐さんがこちらに逃げている時にブレスを撃たれたんじゃ?」
その指摘に全員が押し黙っていると、誰かが叫んだ。
「おい、何かやってくるぞ」
その一言で皆が武器を構え、気配がする方向に注意を向けた。
暫く待っているとぬっと姿を現したのは、大きな鱗の頭部だった。
それを見た男達に動揺が走った。
「まさか本当にユニス様がやられたのか?」
「しっかりしろ、目の前の証拠があるだろう」
「え、女ボスがやられたら、俺達もお終いなんじゃ」
「そんな不吉な事は言わないでくれ」
相手はアースドラゴンだ。
返り討ちに遭う事だって考えられるんじゃ?
私達の間に動揺が広がると、アースドラゴンは私達を視認したのか口をぱっくりと開いた。
こんな近距離でまたあの炎を放たれたら、今度こそ駄目なんじゃないの?
そんな不安を感じたマウラが安心を求めて男達の顔を見たが、その表情に余裕は無かった。
ああ、今度こそ駄目っぽいわね。
マウラが諦めようとしたところで、何かアースドラゴンの動きに違和感を覚えた。
それは他の人達も同じだったようで、緊張していた顔に困惑が浮かんでいた。
「あれ、何か変じゃないか?」
「ああ、というか、あれ、生きているのか?」
やがてアースドラゴンがその大きな体を現した所で、後ろから見知った人物が現れた。
「あれ、姐さんだな」
「ああ、それじゃあ、仕留めたって事だ」
「ふう、脅かしやがる」
周囲から緊迫した空気が消えると、それに合わせたかのように良く通る声が聞こえてきた。
「皆ぁ、お待たせぇ」
「ユニス様、そいつは死んでいるのですか?」
「ええ、大丈夫よ」
そこで安堵感が広がると、虎獣人が文句を言い始めた。
「姐さん、さっきのブレスは何だ? 俺達焼かれるところだったぞ」
「ああ、ごめん、ごめん、あれは最後っ屁ってやつね」
「なんだよ、その、最後っ屁って」
「それがね、こいつ死んだふりをしたのよ」
「はぁ?」
「こちらが油断したところで最後のブレスを放ったのよ」
「姐さん、頼むから油断しないでくれ」
「ごめん、ごめん、次はちゃんとやるから」
その呑気な受け答えを聞いていた豹獣人が頭を抱えていた。
「これって、前に行った狩の時と同じじゃないか」
「え、先輩、前にも似たような事が起こったのですか?」
「ああ、魔物の暴走に遭遇して死にそうになった時、あとからユニス様がのんびり現れたんだ」
「それって、女ボス絶対自覚していないですよね?」
「ん、まあ、そうだろうな」
豹獣人とベルグランドさんの会話に、虎獣人が加わって来た。
「だから、姐さんは、どこか抜けているんだよ。まったく、こうなってくると妹ちゃんの方が頼りになりそうだよな」
マウラは張り詰めていた空気がすっかり緩んだことに安心すると、今頃になって体から力が抜けてきた。
私がその場に座り込み目に涙をためると、慌てた辺境伯様が駆け寄ってきた。
「あれ、ちょっと、マウラさん、大丈夫?」
ちょっと間の抜けた辺境伯様の声が、今はとても心地よかった。
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