番外29 マウラの災難5(BC)
「オーナー、ちょっとお話が」
マウラがそう言うと、それまで貴族に媚を売っていたオーナーが眉間に皺を寄せて睨んできた。
駄目よ、マウラ。オーナーから負のオーラを浴びて怯んではいられないわ。
「オーナー、素材の調達にパルラ辺境伯様が名乗り出られました」
「は?」
「いや、ですから、素材調達はパルラ辺境伯様がやって頂けると」
マウラがそう言うと、みるみるうちに不機嫌な顔になったオーナーが私の手を強く握ると、部屋から引っ張って行った。
そして通路を歩き誰もいない場所まで来ると、そこで振り返った顔はとても恐ろしいものだった。
「貴女、それがどういう意味だか分かっているのでしょうね?」
「えっと、その」
「貴族なんかに頼んだら、一体いくら請求されると思っているの? たとえその請求書にとんでもない項目が山程積み上げられても、そんな物は一切ないどんぶり勘定の金額を請求されても、私達にはその額に異議を申し立てる事が出来ないのよ。貴女、店を潰す気なの?」
材料が調達できなくて契約不履行になっても倒産、材料を何とか調達してもその費用で倒産って言われたら、私はどうすればいいのよっ。
そもそもこんな契約を受けるのが悪いのではないのですか?
それに私が辺境伯様に素材を依頼したわけではないわよぅ。
マウラが反論できずにじっと我慢していると、オーナーから信じられない言葉が発せられた。
「マウラ、辺境伯様達に同行して何をするのか記録してくるのよ」
「えっ」
「こうなったらもう少しでも請求額を減らさなければならないのよ。理不尽な請求に反論するためにも現場を知る人間は必要でしょう」
それは、私にあの恐ろしいヴァルツホルム大森林地帯に入れと行っているのですか?
「分かったわね」
オーナーにそう命じられて、私に拒否権はなさそうね。
「・・・分かり、ました」
再び訪れた領主館の柱の前で、マウラはどうしようか迷っていた。
いきなり連れて行って下さいと言っても、何でと言われたらどう説明したらいいのだろうか?
それに私なんて完全な足手まといだし、連れて行ってくれるかどうかも分からないわよね?
発注元として立ち会う権利があるとか言って機嫌を損ねられたら、それこそ本末転倒だ。
う~ん、困ったな。
そして頭を抱えて顔を上げると、そこには不思議そうな顔で私を見ている兎耳の女性が立っていた。
「あの、領主館に御用ですか?」
「えっと、あの」
まだ心の準備が出来ていないところで、声を掛けられてマルラは慌てていた。
「あの、私は彩花宝飾店の店員で、その」
慌ててそんな事を口走っていると、目の前の兎耳は何かに思い当たったようだ。
「ああ、分かったわ。こちらにいらして」
「えっ、あの」
マウラが戸惑っていると、兎耳に「早く」と促されて、大人しく後を付いて行く事にした。
そして向かった先には、辺境伯様とオッドアイが居た。
「ユニス様、ちゃんと仕事してもらえるか心配して注文主がやってきましたよ」
兎耳がそう言うと2人が一斉に顔を上げた。
「あら、マウラさん、大丈夫よ」
「ちょっと、女王陛下への贈り物なのよ。ユニスがちゃんと採取してくるのか不安なんだと思うわよ」
「え、そうなの?」
オッドアイと辺境伯様がそんな事を話していると、突然オッドアイの橙色の瞳が光った。
「どうやら彩花宝飾店は、素材が取れるかどうか不安だから監視員として彼女を同行させてほしいみたいね」
「えっ、そうなの。今回の同行者って何人になったんだっけ?」
「ユニスと私でしょう。それにガスバルさんにベルグランド、それから話を聞きつけてきたトラバールに人形2体ね」
「馬車だと防御力に不安がありそうね。ああ、そうだ。それならオーバンも呼んでサソリもどきで行きましょう」
サソリもどきって何ですか?
また意味が分からない言葉を聞いて、心の中に不安が広がって行った。
領主館の前で待っていると、今回の採取に参加する人達や荷馬車がやってきた。
荷台の上には沢山の食糧や飲料、消耗品が積んであった。
そして皆で荷台に乗ると、そのまま南門から外にでてしまった。
このまま森に入るのかと思っていると目の前に大きな構造物が現れた。
「あの、あれは何ですか?」
マウラが隣にいたオッドアイに質問すると、直ぐ分からない返事が返ってきた。
「ユニスがサソリもどきと呼んでいるものよ」
だから、それって何ですか?
意味が分からずじっと見守っていると、他の獣人が声を上げた。
「おお、攻城用ゴーレムじゃないか」
えっ、えっ、こ、攻城用ゴーレムぅ?
なんで、そんな物まで持ち出してくるのよぉ。
マウラは藻掻けば藻掻くほど、深みにはまっていくような感覚に陥っていた。
店に請求されるだろう費用に、この攻城用ゴーレムの必要経費も上乗せされる事に真っ青になり、体がカタカタと震え出していた。
だが他の人達は、さも当然といった慣れた仕草で、荷馬車の荷物を次々と攻城用ゴーレムの中に運び込んでいた。
運び込みが終わると、私は辺境伯様に促されてゴーレムの腹の下にあるはしごから中に入った。
そして戦闘用兵器の中とは思えない程豪華な部屋に案内された。
「ここは女王陛下が使った部屋よ。好きに使っていいわよ。私達は操縦席に居るからね」
そう言うと辺境伯様は部屋を出て行った。
一人残されたマウラはふかふかのソファに座り、女王陛下が使った座り心地を楽しむことにした。
そう、マウラはもう吹っ切ったのだ。
どっちに転んでも店は終わりで、私は解雇されることを悟ったのだ。
すると気分が楽になり、もう最後の経験を楽しんでやろうという気持ちになっていた。
ふふ、オーナーは女王陛下が宿泊された部屋に泊まりたかったようですが、私は既にその栄誉に預かっていますよ。
ふっと目が覚めたマウラは、いつの間にかソファに横になって眠っていたようだ。
上体を起こして大きく伸びをしてから周囲の気配を探ったが、そこにあるのは静寂だけだった。
お腹がすいたマウラがそっと扉を開けて通路に出ると、前方から微かに人の声が聞こえてきた。
その声がする方に歩いて行き扉を開けると、そこにあったのは明るい空を映した大きな窓と横一列の席に座る人達とその後ろで1段高くなっている場所に座っている辺境伯様の姿だった。
「あら、飽きちゃったの?」
「あっと、まあ、そうですね」
マウラがあいまいにそう言うと、辺境伯様はにっこり微笑んだ。
「そろそろ目的地だから、そこで見ていてもいいわよ。食事は到着してからね」
「え、動いているのですか?」
マウラはまだ出発していないと思っていたので、その言葉に驚いた。
だって、移動していたのなら車輪がきしむ音とかあの酷い振動が体に伝わってくると思っていたからだ。
「今は飛行中よ。エアポケットも無かったから揺れなくて良かったわね」
マウラはまた意味が分からない言葉を聞いて不安になった。
飛行中って、あの大きなゴーレムは空を飛ぶ能力があるの? エアポケットって何?
だが、辺境伯様はそれらの疑問に答えてくれることは無かった。
仕方なく窓の外を眺めていると、何か違和感があるのに気が付いた。
そう、外からこのゴーレムを見た時、あんな大きな窓なんか何処にも無かったのだ。
じっとその窓を見つめていると、それに気が付いた辺境伯様があれが魔法で外の景色を映しているのだと教えてくれた。
やがて高度が落ちてきたように感じると、それまで空と雲だけだった光景に大きな山脈が映っていた。
「そろそろ降りられる場所を探してね」
「姐さん、ここは密林の中だし、見つけるのは難しいんじゃないか?」
「その時は、降りる場所を作るしかないわね」
「うへぇ、女ボス、それって全員で木を切れって事ですか?」
「ええ、ベルグランドもちゃんと働くのよ」
密林の中に開けた場所なんてどこにもなかったので、辺境伯様はゴーレムを木にぶつからないぎりぎりの高度で滞空すると、皆に外に出して空き地を作らせていた。
「あ、あの、私は?」
マウラが恐る恐るそう言うと、辺境伯様は私を安心させるように微笑んだ。
「貴女は、ジゼルとお留守番ね」
マウラがほっとすると、オッドアイもこちらに微笑んでいた。
皆が着陸場所を作る作業風景は目の前の画面に映し出されていたが、黒色と黄色のゴーレムが物凄い勢いで木を切り倒していたので、瞬く間に広い空間が出来上がっていた。
出来上がった空間にゴーレムが着陸すると、早速食事の準備が始まった。
私が何をしていいか分からずまごまごしていると、他の人達はゴーレムの後方に回り扉を開けて荷物を取り出しを始めていた。
やがて、開けた場所に持って来た竈を設置して火を起こすと、その隣では、辺境伯様自ら夕食の準備を始めていた。
その光景を見て、私も手伝わないと拙いと思い慌てて外に出た。
「あの、私も手伝います」
私が声をかけると振り返った辺境伯様は、ちょっと考えていた。
「それじゃあ、ジゼルの方を手伝ってくれる」
「分かりました」
そしてオッドアイを見ると、箱の中から折り畳み式のテーブルや椅子を取り出しているところだった。
私もそれを手伝って即席の食事用スペースを作って行った。
食事の必要が無い辺境伯様のゴーレムを除く全員が椅子に座ると、その前のテーブルの上には、肉や野菜がゴロゴロと入ったスープとパルラの町では一般的になったという蜂蜜入りの白パンがバスケットの中に用意されていた。
マウラは自分用に用意されたスープを飲みながら、背後にある密林から聞こえる何かの鳴き声や木がこすれる音等を聞きながら、突然魔物が襲い掛かって来ないかとビクビクしていた。
その様子が分かったのか、オッドアイが声をかけてきた。
「マウラさん、魔物は襲ってこないから安心して大丈夫よ」
私が怖がっているのを察したのか、他の人達も口々に慰めてきた。
「ああ、ここには女ボスがいるから心配いりませんよ」
「そうそう、ヴァルツホルム大森林地帯の魔物は、自分より強い相手がいると近寄って来ないのだ。心配する事は無いぞ」
それは、ここに居る辺境伯様がこの森で一番恐ろしい相手だと言っていますよね。
「ははは、俺達もこの森で姐さんと一緒に魔物狩りをしたんだが、姐さんが居ると魔物が寄ってこないから狩にならなかったんだ。だから、今は安心していても問題無いぞ」
「貴方達、私が怖いと言いたいの?」
「いえ、見張りの必要がないので、とても助かります」
周りの男達のあまりの言動にむっとした辺境伯様に、豹獣人の男がフォローにならないフォローをしていた。
なんだかんだ言いながら、この人達は辺境伯様の事を信頼しているのは分かった。
食事が済むと、周囲はうす暗くなっていた。
私は後ろに見えるアマル山脈を見て、ここがヴァルツホルム大森林地帯の奥の方だと分かり、こんな奥深い場所までたった半日でやって来た事に改めて驚きを覚えた。
「食べ終わったら、明日からの火炎陸亀捜索に向けて早めに休みましょう」
「「「はい」」」
いいね、ありがとうございます。




