番外27 マウラの災難3(BC)
マウラは恥ずかしさのあまり顔が赤くなっていたが、数回深呼吸をしてなんとか冷静さを取り戻していた。
その頃になるとオーナーもようやく回復したようで、恥ずかしさで真っ赤になっていた顔も何とか元に戻り、身だしなみを整え姿勢を正してソファに座っていた。
その姿は先ほどの醜態などまるで無かったかのようで、流石としか思えなかった。
そしてしばらく待っていると、今度は扉にノックの音がしてから扉が開かれた。
「もう、大丈夫かしら?」
扉の向こうから辺境伯様の声が聞こえてきたので、私は「はい」と答えた。
お互い先ほどの醜態は無かったという暗黙の了解で仕切り直しになったので、本来の訪問目的を進める事が出来た。
いや、本当に辺境伯様が大人の対応をしてくれて助かった。
「お待たせしましたね」
相手がそう言うと、すまし顔のオーナーが口を開いた。
「本日はお時間を頂きましてありがとうございます。辺境伯様とお会いするのは2度目ですが、改めまして私は彩花宝飾店のオーナー社長マファルダ・アイローです」
「ええ、ちゃんと覚えておりますよ」
そして辺境伯の視線がマウラに移ったので、直ぐに頭を下げた。
「私は彩花宝飾店の店員マウラ・ピンツァです」
私が自己紹介すると、目の前のエルフと目が合った。
「この町から離れて暫く経ちますが、息災そうで何よりですね」
え、覚えていてくれたの?
「は、はい、ありがとうございます」
無事復活したオーナーが辺境伯との会話を受け持ってくれたので、マウラは隣で空気となる事ができていた。
オーナーは、公国からの依頼された33代様の首飾りの作成の素材集めに来た事や、閉鎖されている店の状況確認に来たことを話していた。
「33代様って、もしかしてジュビエーヌ陛下の事ですか?」
「はい、そうです」
「それで何か困った事はありますか?」
辺境伯様はおそらく儀礼上そう聞いてきたのだろう、それを理解しているオーナーも儀礼的に返答していた。
「いいえ、パルラ辺境伯様のお手を煩わすことはございません」
マウラは隣で大人しく聞きながら、もう厄介毎が起こりませんようにと祈っていた。
パルラ辺境伯への挨拶をなんとか終えた私達が領主館から出ると、途端にオーナーの口から深いため息が出てきた。
「はぁ~、全く想定外だったわ」
マウラは相手の気まぐれで救われたと認識しているので、再び不興を買って大鍋で茹でられないよう、普通なら絶対に言わない注意をオーナーにすることにした。
「オーナー、あのお方はこの大陸随一の魔法使いです。誰も敵わない武力を持っているので、有象無象の貴族のように権威をひけらかす必要なんてないのです。それよりも怒らせたらとても恐ろしいので、くれぐれも対応には注意した方が良いと思います」
オーナーはじっと私の顔を見てきた。
マウラは怒鳴られるのかと身構えていたが、オーナーは意外と忠告を聞き入れてくれていた。
「確かにそうね。気を付けるわ」
そしてマウラはこの後の行動を確かめるため、オーナーに話しかけた。
「オーナー、この後はどうしますか?」
「マウラ、首飾りの材料の注文を出しておいて」
「はい、分かりました。オーナーはお店ですか?」
「ええ、宿で着替えてから行ってみるわ」
マウラは宝飾品をこれでもかと身に着けたオーナーに姿を見て、確かにこの恰好だと襲って下さいといっているようなものだと納得した。
「分かりました。注文を終えたら、私もお手伝いに向かいます」
「ええ、そうしてちょうだい」
マウラはオーナーと別れると、早速指示された仕事をするため、この町にあるというバンテ流通会社を探すことにした。
だが、マウラはこの町の封鎖が解かれた後直ぐに王都に戻ったので、その後この町に出店したというバンテ流通会社の場所を知らなかった。
仕方が無いので、周囲の人達に場所を聞いてみる事にした。
周囲を見回すとどう見てもこの町に遊びにやって来た観光客らしき風体の人達ばかりだったので、住民を見つけることにした。
暫く道をあるいていると、前方に露店をみつけた。
店員なら地理に詳しいはずなので、早速向かう事にした。
「おじさん、串焼きちょうだい」
「あいよ」
香ばしい臭いのする串焼きを受け取り代金を払うと、店員に話しかけた。
「おじさん、この町で営業しているバンテ流通会社が何処にあるか知っている?」
「ああ、それならその先にある2階建ての建物だよ」
そう言って腕を上げて方向を教えてくれた。
「ありがとう」
礼を言って教えられた道を歩いて行くと、そこには2階建ての建物があり扉の前にバンテ流通会社という看板があった。
ああ、やっと見つけたわ。
門構えが王都で良く見る会社と同じだったので、人間が運営している会社だと分かりほっと息を漏らした。
マウラはポーチの中に依頼品のリストがある事を確かめてから、扉を開けた。
「らっしゃい」
ぶっきらぼうに聞こえた声の先を見たマウラは、その男の頭に獣耳が付いているのを見て固まった。
どうしてここにも獣人が居るのよぉ。
人間の会社だと油断していたマウラは一瞬体が固まっていた。
ここは公都に本社がある会社じゃないの?
目の前に現れた獣人の姿を見て、マウラは気分が悪くなってきた。
それでもなんとか仕事をしようと、ポーチの中から依頼品リストを取り出すと、それをカウンターの上に置いた。
「なんだ、これ?」
野太い声にびくつきながらも、カラカラになった喉から声を絞り出した。
「さ、彩花宝飾店からバンテ流通会社へ発注したい品目リストです」
獣人はじっとリストを見つめていたが、直ぐにこちらに向き直った。
「おい、この火炎陸亀ってアースドラゴンじゃないか。こいつの甲羅だと? それがどれだけ困難な依頼なのか分かっているのか? それと魔樹の雫といえば、攻撃範囲に入った獲物を確殺するという絶滅華がため込んだ結晶じゃねえか。こいつはこちらが発見する前に殺しに来るんだぞ。命がいくらあっても足りゃあしないぜ」
「ひっ」
マウラは頭ごなしに怒鳴られて完全に委縮していた。
そんな時に店の奥から別の声が聞こえてきた。
「ちょっとハッカル、なに大声出しているのよ?」
「んん、ああ、ツィツィか。いや、こいつがな、無理な注文を出してきやがったんだよ」
そして最初の獣人がこちらに視線を向けてくると、もう我慢の限界だった。
マウラはカウンターの上に乗っているリストを掴むと、店を飛び出した。
後にはマウラが叫んだ最後の声が響いていた。
+++++
ツィツィはハッカルの大声で何かトラブルでもあったのかと店頭に行くと、そこではハッカルが誰かに怒鳴っていた。
慌てて制止すると、依頼に来たと思われたお客が飛び出して行ってしまった。
「失礼しましたぁ」
「あっ、ちょっと」
ツィツィはお客を逃すまいと声をあげたのだが、既に店の外に出て行ってしまっていた。
「あ~あ、もう、何でお客を怖がらせるのよ。それに貴方は顔が怖いから接客をしないでっていつも言っているでしょう」
ツィツィが珍しく声を荒げると、ハッカルは獣耳を倒して頭を下げていた。
「いや、しかし、あの魔女のせいでこの店に入れるのが俺とお前だけになってんだから、仕方が無いだろう」
「仕方がないじゃないのよ。このまま客を逃がしてばかりだと、私達成績不良でクビになっちゃうわよ」
これまでも成績不振で給金が減額になったが、このままだと本当にクビになってもおかしくない状況なのだ。
「うっ、じゃ、どうすんだよ?」
「私が追いかけて来るから、ハッカルは店で大人しくしていなさい。それと相手の特徴は?」
「待て、どのみち無理な注文なんだ。受けられないぞ」
そしてハッカルが叫んだ注文品を聞いて、ツィツィの足が止まった。
え、それって、ヴァルツホルム大森林地帯の奥の方に居る魔物じゃない。
そんなのどうやって狩るのよ。
逆にこちらが獲物になってしまうわ。
+++++
バンテ流通会社から逃げ出したマウラは、気が付くと随分遠くまで走ってきていた。
そこでようやく荒かった呼吸が収まって来ると「ふぅ」とため息をつき、ようやく現実に気が付いた。
ま、拙い。指示され注文も出せなかったら、戻ってオーナーに何を言われるか分からないわ。
どうしよう。
今すぐ戻ればいいのだが、またあの獣人に怒鳴られるかと思うと足が重かった。
それにあの獣人が受けるつもりが無い事を思い出した。
会社を潰すかもしれないような重大な話をオーナーにしない訳にもいかなので、閉鎖されている彩花宝飾店に行くことにした。
閉鎖されていた店の扉は開いていて、オーナーが中に居るのが分かった。
マウラが店の中に入って行くと、オーナーは防犯用のマジック・アイテムが発動して出来た赤色の痕跡と私を救出するために破られた窓を見ていた。
私は床に落ちたガラスを踏んだ音を聞いて振り向いたオーナーに話しかけた。
「オーナー、バンテ流通会社に行ってきたのですが、依頼は受けられないって断られました」
マウラが正直にそう言うと、オーナーの顔がみるみるうちに悪鬼の顔に変っていった。
「マウラ、その意味が分かっているの? 納品出来なかったら会社は潰れるのよ。何が何でも注文を通してきなさい。それが出来ないと言うのなら、店が被る被害額をお前に賠償してもらうわよ。まあ、当然払えないでしょうから、その時は家族全員奴隷落ちだからね」
マウラはオーナーのあまりの剣幕と、それに伴う賠償を自分に押し付けられると言う話を聞いて絶句した。
反論も出来ず口をパクパクしていたマウラに、オーナーの冷たい声が降りかかった。
「それが嫌なら、とっととバンテ流通会社に行って土下座でもなんでもして注文を受けてもらいなさい」
店を飛び出したマウラは、バンテ流通会社は受けてくれない事が分かっていた。
このにっちもさっちもいかない状況にどうすることも出来ずとぼとぼと道を歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。
「ちょっと、マウラじゃない。随分久しぶりねぇ」
その無遠慮な挨拶に振り返ると、そこには見知った顔があった。
「あれ、ルーチェじゃない。まだこの町に居たの?」
そう言えばリーズ服飾店と彩花宝飾店は、かなり離れているがお隣さんだったわね。
「え、ずっといますよぅ」
「でも、亜人の町じゃ仕事なんか無いでしょう?」
「何を言っているんですぅ。ユニス様からの注文が沢山入ってぇ、もう大忙しですよぅ」
そう言ったルーチェはとても嬉しそうな顔をしていた。
リーズ服飾店の店員であるルーチェとは、歳も近い事もあり店に服を買いに行った時以来友人のような関係になっていた。
「此処に居るって事はぁ、ひょっとしてぇ、お店、再開するのぉ?」
ルーチェがそう聞いてきたので、私は首を横に振った。
「ううん、彩花宝飾店にとってとても重要な注文が入って、その素材集めのために来たの。此処に居るのはその素材が集まるまでね」
「ふうん、そうなんだぁ」
まあ、今となっては、奴隷落ちの運命が最も高いんだけどね。
私の浮かない顔を見たルーチェが心配そうに聞いてきた。
「どうかしたの?」
世間の理不尽に絶望したマウラは誰でもいいから愚痴を吐き出したかったので、ついにこの友人にぶちまけてしまった。
いいね、ありがとうございます。




