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番外25 マウラの災難1(BC)

 

 自宅のベッドの中で、マウラ・ピンツァは悪い夢を見てうなされていた。


 その夢の中で、マウラはいつも獣人から逃げていた。


 でも、いつも逃げられずに地面に引き倒されると、逃げられないように体の上に乗られるのだ。


 そして恐怖に震える目で見上げると、そこには獣人ではなく、赤い瞳をした長耳の金髪美人が口角を上げて嗤っているのだ。


 足元にはいつの間にか煮えたぎった大鍋があり、私をゆっくりとの中に入れようとしていた。


 私はそれに抗う事が出来ず悲鳴を上げた。


 そこでマウラは飛び起きた。


 びっしょりとかいた冷や汗を拭いながら、カラカラになった喉を潤そうと、ベッド脇に置いていた瓶から中の水を飲み込んだ。


 どうしてもパルラでの最後の日々が忘れられなかった。


 突然の亜人の反乱がマウラの日常をひっくり返したからだ。


 町の封鎖が解除されて直ぐに公都に逃げ帰って彩花宝飾店本店に顔を出すと、直ぐに社員達に捕まり、そのままオーナーに元に連行されていった。


 どうやらあの時町を逃げ出した店長達が、店の宝飾品を金に換えて懐に入れたらしく、たまたま他の店で売られている盗品を見てオーナーがそれに気づいたんだとか。


 そして捕まった店長が、私が町の亜人達と結託して店の品物を盗んだと証言したそうだ。


 私は店長に命じられて死の危険がある中必死に店を守っていた事、封鎖が解かれてようやく戻って来た事を涙ながらに話すと、オーナーは私の忠誠心を信じてくれたのだった。


 誤解が解けたマウラは、引き続き本店社員として雇用してもらえていた。


 普通なら私を酷い目に遭わせた人間達を恨むはずなのに、どういう訳が悪夢の中に現れるのはあの恐ろしい形相をした亜人達だったのだ。


 まさか、私があの町から逃げ出したから恨まれているの?


 そのせいもあってか、悪夢を見るようになってから亜人を恐れるようになっていた。


 幸いなことに公都では亜人の姿を見る事は殆ど無かったので、パニックを起こすこともなく過ごす事が出来ていた。


 だというのに、未だに悪夢を見るのはどうしてなんだろう?


 目が覚めて再び眠る事が出来なくなったマウラは重い頭を抱えながらベッドから出ると、朝食の用意をすることにした。


 実家に居る弟と妹達への仕送りの為にも、今日もしっかり仕事をしないとね。


 現在のマウラは、公都エリアルの彩花宝飾店本店で勤務していた。


 本店でも給金は歩合制なので、来店されたお客様の購買意欲を掻き立てて少しでも多く、そして高い物に手を出してもらわないといけないのだ。



 本店では貴族夫人や裕福な豪商夫人が主な顧客である。


 そんなお客様の所持品から大体このくらいの価格帯なら手が出るだろうという、ちょっと背伸びしたら手が届くという商品を勧めるのだ。


「お客様なら、このくらいの物がよろしいかと思います」

「そうかしら?」


 一瞬戸惑うその姿にそっと背中を押すのだ。


「ええ、とてもお似合いですよ」

「じゃあ、頂くわ」


 その瞬間、マウラは心の中でにやりと笑みを浮かべた。


 そしてお客様を見送ると、同僚から声をかけられた。


「マウラ、奥でオーナーがお呼びよ」

「え、私何かやらかしたかしら?」

「さあ、とにかく遅れると機嫌が悪くなるから急いでね」


 マウラは店の奥にあるオーナーの部屋に行くと、扉をノックした。


「オーナー、マウラ・ピンツァです」

「お入り」

「はい」


 扉を開けて中に入ると、そこにはオーナー社長と技術部門の責任者が居た。


 2人の前には新しい首飾りのデザイン画が置かれていた。


 そのデザイン画は逆三角形をした大きな青い宝石を中心に蝶が赤い翅を広げたような外見をしていて、それを銀色のフレームが縁取っていた。


 そして青い宝石の下には2本のまるで尾状突起のような輝く細い線が伸びていた。


 首回り部分は鎖が普通なのだが、デザイン画では青と透明な石が交互に組み合わさった帯状になっていた。


「綺麗でしょう?」

「はい、とても素敵です」


 するとオーナーはデザイン画の翅の赤い部分を指さした。


「ここはヴァルツホルム大森林地帯に棲息する火炎陸亀の甲羅を加工した物ね」


 火炎陸亀とは、ヴァルツホルム大森林地帯でもアマル山脈に近いかなり奥の方に生息するという魔物だと聞いた事があった。


 いや、でも、それってアースドラゴンなのではないだろうか?


「はぁ?」

「そしてこの下に延びる尾状突起の部分は金剛石」

「へ、へえ」

「そしてこの中央の大きな青い石は純青石」

「・・・」

「そして首回りは珍しい青色水晶と魔樹の雫と呼ばれる透明石ね」


 魔樹の雫というのは聞いた事が無いけど、なんだか嫌な予感がビンビンするのだけど。


 マウラは首飾りのデザイン画を眺めていて、ある事に気が付いた。


「えっと、この蝶の部分は公国の国章である赤蝶みたいですね。それに中央の宝石の色はなんだか新しく第33代女王になられたジュビエーヌ様の瞳の色のような気がするのですが・・・」

「まあ、よく気が付いたわね。これは公国から発注のあった第33代大公陛下の装飾品よ」


 オーナーはそんな事を、どうして只の従業員でしかない私に教えてくれるのだろう?


「あの、とても言いにくいのですが、このデザイン画と私にどんな関係があるのでしょうか?」


 マウラが恐る恐るそう尋ねると、オーナーは悪い笑みを浮かべた。


「鉱石といえば南部連合国家が有名だけど、青色水晶は産出していないのよねぇ」


 青色水晶ってアマル山脈でしか産出しないのでは?


「そうそう、知っている? 火炎陸亀の甲羅や魔樹の雫を手に入れるにはハンターに依頼する必要があるけれど、ヴァルツホルム大森林地帯で採集活動をしているハンターの活動拠点はパルラらしいの。それにアマル山脈は鉱石の宝庫でもあるんだって」


 なんだか嫌な方向に話が進んで行くような気がするわ。


「つまり、陛下への装飾品を作成するための原材料を手に入れるには、パルラという町に拠点を置いた方が効率が良いという事よ」

「は、はあ」


 マウラがオーナーの顔を見ると、そこには既に決定事項よと書いてあるようだった。


「貴女、パルラの領主様に面識があるわね?」

「え、あ、はい、話した事はありますが・・・」


 言葉を濁したのだが、オーナーは機嫌良く笑みを浮かべていた。


「閉鎖した店の再開調査をすることにしたから、貴女も付いてきなさい」


 え、でも、でも、あの町には恐ろしい獣人がうようよいるのよ。


 それにパルラ辺境伯はエルフで文化も常識も違っているから、下手な事を言って怒らせたら大鍋で茹でられてしまうのよ。


「あ、あの、ど、どうしても、行かなければなりませんか? あのお方は怖いし、町には獣人がいっぱいいるのですが?」


 マウラが渋っていると、オーナーの笑顔がさっと消えた。


「これは業務命令よ。黙ってついてきなさい」


 どうやら私には選択肢が無いようだ。


「・・・はい」



 もう二度と来ないだろうと思っていた場所に、私は今近づいていた。


 エリアルに戻った後でもあの時の光景を夢にみるというのに、再びこの町に来たらいったいどんな悪夢に見舞われるか分からないのだ。


 だが、いくらマウラが嫌がっていても馬車の速度は落ちず、向かう先は変わらなかった。


 そして到着したパルラの南門では、沢山の人達が並んでいた。


「娯楽がある町は盛況ねぇ」


 外を見たオーナーがそう呟いたが、マウラが働いていた頃のパルラの町はドーマー辺境伯に招待された客しか来なかったので、門前で足止めされるような事は無かったはずだ。


 不思議に思ったマウラも反対側の窓から外を見ると、そこには確かに商人風やちょっとガラが悪そうな人達が並んでいた。


 その姿を見たマウラは、この町の治安が悪くなっている事を悟った。


「オーナー、町の治安に不安があります」

「え、そうなの。オルランディ公爵家の夜会で会った辺境伯様は、そんな事は言っていなかったけれど?」

「でも、あの、ガラの悪い人達の行列を見て下さい。絶対に、悪人の集団ですよ。華やかに見えるのは表の部分だけで、裏ではきっと犯罪が横行しているに違いありません」


 マウラが必死に訴えてみたが、オーナーはどこ吹く風といった感じであまり深刻には取られていないようだった。


「大丈夫よ。町で一番格式の高い宿に部屋を予約してあるから、少なくとも寝込みを襲われるという事は無いはずよ。今日は旅の疲れを取って、明日から活動するわよ」

「はい、分かりました」


 そして南門に到着すると、直ぐに誰何の声が聞こえてきた。


「おーい、そこの馬車」

「こちらには彩花宝飾店のオーナーが乗っています」

「ああ、あの閉店している店かぁ。話は聞いている。通っていいぞぉ」


 馬車が南門を通過する時、マウラがそっと外を見ると、そこにはあの時見た恐ろしい獣人の顔があった。


 そして目が合った瞬間、小さな悲鳴を上げてしまった。


 私が青い顔をしているのを見たオーナーが心配そうな顔になった。


「ちょっと大丈夫なの? ここには仕事で来ているのだから、しっかりしてもらわないと困るわよ」

「はい、すみません」


 マウラは、それなら誰か他の人を指名してよと心の中で呟いていた。



 馬車は暫くパルラの町中を走ると、豪奢な建物の前で止まった。


 窓から建物を見ていたオーナーが呟いた。


「七色の孔雀亭には、33代様が宿泊された離れがあるらしいんだけど、今は閉鎖されているらしいわね。とても残念だわ」


 それって、大公陛下が宿泊された部屋に泊まりたかったって聞こえますよ。


 どうせ経費にするつもりだったんでしょうけど、そんな貴賓室に泊まったら一体どれだけの費用がかかったことやら。


 そんなところに経費を使って私達の給金が減らされでもしたら、暴動ものですよ。


 受付での手続きが終わると、部屋の鍵が渡され待機していたポーターが私達の荷物を運んでくれた。


 案内された部屋は貴族用だったらしく、中心に大きなリビングがあり、その周りに主寝室、ムービングクローゼット、浴室、洗面台、トイレがあり、そして使用人の小部屋まであった。


 そして私は予想通りその小部屋を使う事になった。


 まあ、いいけどね。



 夕食は外食もできるそうだが、オーナーは宿の食堂を使う事にしたようだ。


 夕食はハンター達がヴァルツホルム大森林地帯で狩ったというスクイーズとかいう魔物のお肉とこの町で育てた野菜が添えられていた。


「料理はドーマー辺境伯領だった時と比べて良くなっているわね」


 オーナーの感想のとおりだったが、それはたぶん食材の違いではないだろうか?


 当時は、ヴァルツホルム大森林地帯から食材を調達する事や、ましてやこの町で作物を育てるなんて考えられなかった。


 夕食を終え部屋に戻って来たマウラは明日以降の仕事内容を確認した。


 まずは領主様への挨拶、それから首飾りを作成するのに必要な素材の注文を街中にあるバンテ流通会社に出す事と、閉鎖している店の傷み具合を調べる事だった。


 そしてパルラ辺境伯様への挨拶にも同行するように言われているが、こちらは相手が高位貴族という事もありしばらく待たされるだろうという事だった。


 お貴族様対応はオーナーがやればいいのにと思っているのだが、見逃してはくれないようだ。


 私はただの平民なのよ。


 お店で宝飾品を買いに来るお客様への対応ならいざしらず、お貴族様のお屋敷で専門外の交渉をするなんて、やったこともないしとても無理だって。


 それにお貴族様への礼儀作法だって、店に来るお客対応以外これっぽっちも知らないのよ。


 知らぬうちに不興を買って大鍋で茹でられたくはないのだ。


 不安な気持ちで悶々としていたマウラだったが、ふかふかのベッドには抗えずいつの間にか深い眠りの中に落ちて行った。


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