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番外22 疑惑のミード4(BC)

 

 ダンテは教えてもらった「赤い馬」という酒場に入って行った。


「らっしゃい」


 カウンターの向こう側で髭面の店主のだみ声が響いた。


 ダンテはうさん臭い男に教えてもらった通りカウンター席に座ると、ミード酒を注文した。


 そしてミードを飲みながら店主に声をかけた。


「店主、エルフミードもいいが、こいつも良いな」


 そのセリフを聞いた酔客達は笑ったが、店主は別の行動をした。


 俺の目の前に小さな紙片を渡してきたのだ。


 それはパルラ産エルフミードの注文票で、価格が書かれてあった。


 ダンテは頷くと、注文票に1本と書き、商会名と住所を記載して渡した。


 店主は注文内容を一瞥すると、受渡日までに代金を用意するように言ってきた。


 注文を終えたダンテは、その足でお得意様のインセーニョ男爵の元へ向かった。


 この男爵様は元からの貴族ではなく家業で成功して金で位を買った男爵なので、金はあるが権威も領地も無いといういわゆる成り上がりだった。


 こういった人達は自分が持っていない権威に異常に執着するのだ。


 男爵は私の顔を見た途端、眉間に皺を寄せた。


「ダンテ、パルラ産エルフミードはどうした?」


 その厳しい声にいつもなら委縮するだけだったが、今日は違う。


 ダンテは背筋を伸ばし男爵の顔を見返した。


「男爵様、何とか手に入れられそうです」

「ほ、本当か。いくらでも出すから必ず手に入れるのだぞ」

「はい、分かりました」


 あの男爵の顔がまるでディース神様かと思うほどの笑顔に変わったのには、思わず吹き出しそうになっていた。


 だが、ダンテにとっても胃に穴が開きそうな毎日がようやく解放されたという安堵感で一杯だったのだ。



 そしてパルラ産エルフミードの受渡日。


 代金と引き換えに引き渡される商品を今か今かと待っていたが、何時まで待ってもそれはやってこなかった。


 痺れを切らした男爵の使いの者が何回もやって来たが、ダンテに答えられる筈もなかった。


 日が変わると、慌てたダンテは赤い馬に駆けこんだ。


 そして見つけた店主に向けて怒鳴った。


「おい、商品が届かないぞ」


 ダンテがそう叫ぶと、後からやって来た男も同じことを叫んだ。


 その男もダンテと同じで騙されたようだった。


 一瞬でその男との間で共闘体制が整うと、店主に向かって商品がどうなったのかがなり立てた。


 突然、文句を言われて最初はたじたじだった店主は、事態を理解すると冷静な声で反論した。


「旦那方、ここは注文を通すだけの場所だ。ここで騒いでも商品はでてきやせんぜ」

「だが、これは詐欺ではないのか?」


 ダンテがそう言うと、店主は首を横に振った。


「旦那方、代金はまだ払っていないでしょう?」


 そう言われて、ダンテも冷静になった。


 そうだ。商品と引き換えと言われた代金はまだ手元にある。


 だが、それよりも商品が届かない方が問題なのだ。


「こちらは既に客との間で売買契約が済んでいる。商品が届かないと困るのだ」

「分かりました。注文先に大至急対応するように連絡を取りますから、あまり騒がないでくださいよ」

「う、うむ、分かった。だが、商品が無いと店に帰れない。ここで待たせてもらうぞ」


 ダンテがそう言うと、店主は肩をすくめた。


「それは構わないが、ここは酒場だ。何か注文してくれないか」


 ダンテともう1人の男はそれぞれ白ビールを注文すると、同じ席に座った。


 +++++


 その室内には毛足の長い絨毯が敷かれ、大理石で作られた暖炉、壁には有名画家が描いた自身の肖像画や掛けられ、天井には豪華なシャンデリアが明かりをともしていた。


 そしてその部屋の主はマホガニー材で作られた豪華なテーブルの前で、高価なガラス製のグラスに注がれたエルダールシア産の高級酒を楽しんでいた。


 偽物のエルフミードは良く売れるなぁ。


 お陰でこの部屋も豪華になる一方だ。


 これでロザート商会の信用はガタ落ちだ。


 この調子なら作戦の第2段階に移行するのももうすぐだろう。


 偽ミードでロザート商会とあのくっそ忌々しい雌亜人との関係が破綻したところで、この俺が偽ミードを販売していた連中を捕まえて雌亜人に引き渡してやるのだ。


 あの馬鹿な連中は、俺の為に最後まで利用されている事に気付かないだろう。


 偽ミード事件が解決すれば、あの雌亜人は俺に涙を流して感謝しながら公都でのエルフミードの専売を認めるだろう。


 そうすれば今度はこの俺が正式なエルフミードの独占販売人になって、エルフミードを手に入れるためならいくらでも出すという見栄っ張りな貴族共にたっぷりとマージンを上乗せして売りつけてやるのだ。


 吹っかけていると文句を言う客には、価格はあの雌亜人の指示だと言ってやれば、恨みを買うのはあの雌亜人で、俺は恨みを買う事も無く大金を懐に入れるのだ。


 くくく、実に愉快だ。


 そして男が愉悦に浸っていると、突然扉を開けて男が飛び込んできた。


「ご主人様、大変でございます。商品が商人の手元に届いておりません」


 は? なんだと。


「どういう事だ?」

「商品の引き渡し先から商品が届いていないという苦情が、赤い馬に入っているそうです」


 俺は怒りを覚えて手に持ったグラスを放り投げた。


「ガシャン」


 グラスが壁に当たり液体が飛び散ると、報告をした男が肩をすくめた。


「馬鹿者、直ぐに裏切り者を見つけ出せ」

「はい、今、流通ルートを調べていますので、直ぐに原因が分かると思います」


 くそっ、こんなふざけた事を考える奴を雇っていない筈だが、一体誰が?


 まさか、ロザート商会?


 いや、あいつ等にこんな芸当は無理だろう。


 まさか、あの雌亜人にバレたのか?


 男は冷酷な目をした雌の亜人に自分が魔法で焼かれる光景を想像して鳥肌が立った。


 男が怒りに震えて部屋の中をうろうろしていると、直ぐに先ほど報告にやって来た男が現れた。


「ご主人様、裏切ったのはアランジの野郎でさ」

「アランジ? 誰だ、それは」

「偽商会の設立と商品と代金の受け渡しをやらせていた奴でさ」


 くそっ、横流しして独り占めするつもりだったのか。


 いずれにしても裏切った奴は始末しないと、せっかく作り上げた仕組みが崩壊してしまう。


「いいか、良く聞け。裏切り者には制裁を加えなければならん。こちらの身元が分からないように暗殺者を雇って、裏切り者を始末するのだ」

「はい、分かりました」


 出て行こうとする男に念を押した。


「いいか、こちらの身元は絶対に明かすなよ。それで吹っかけられても言い値で払ってやれ」

「はい、分かりました」


 男は緊張のあまり大量にかいた掌の汗を拭うと、関わった奴らを全て切り捨ててでも逃げ切ってやるつもりだった。


 +++++


 破産した商会の部屋で、トラバールが質問してきた。


「姐さん、偽物を商人に渡さなくて良かったのか?」

「ええ、この男が裏切ったという事が直ぐに連中にバレるはずだから、ここで待ち構えてのこのこやって来た連中を捕まえて自白魔法を掛けてしまえばいいのよ。いくら二重三重にトカゲのしっぽを用意しても、裏切り者を始末するにはそれなりの連中がやって来るでしょう」

「おお、流石姐さん、効率的で無駄がない」

「ふふ、それは誉め言葉として受け取っておくわね」


 そしてトラバールは捕まえている商人を顎で示した。


「それでこいつはどうするんで?」

「この男は見つかったら殺されちゃうから、裏の組織を壊滅させるまで捕えておきましょう」

「了解した」


 +++++


 暗闇の中を音もなく物陰から物陰に移動して目的の建物に到着すると、最初に周囲の警戒を始めた。


 依頼主の情報によれば、ここは捨てられた元商会の建物らしく、所々建物の傷みが見て取れた。


 敷地内に人の気配も罠の類も無い事を確かめると、建物の影から影に移動して、標的を探すことにした。


 気配を探りながら建物の中を慎重に探っていくと、建物の中でも比較的痛みが少ない部屋に標的の男が居た。


 命を狙われているというのにこんな場所で逃げもせずのんびり過ごしている事や、周囲に護衛も置いていない事に違和感を覚えると、罠の可能性を考えて再度周囲を警戒した。


 だが、魔力感知には待ち伏せしている存在の反応はなく、長年鍛えてきた直観でも危険を感じなかった。


 ふっ、俺も焼きが回ったのか?


 標的の男はどう見ても、危機意識の薄い脳みその足りない馬鹿ではないか。


 そして男が居る部屋に近寄ると、標的を見た。


 そいつはくたびれたソファに座り、テーブルに置かれた木製ジョッキに手を伸ばしては中身を喉に流し込んでいた。


 ふん、いい気なもんだな。


 お前の命運が尽きるのも間もなくだ。


 そして改めて部屋の中を警戒しても、人の気配は無く、ただこの場には場違いな石像が2体置いておいてあるだけだった。


 おおかた元の持ち主が破産してこの家から去る時に捨てて行ったのだろう。


 よし、問題ない、決行だ。


 男は音もなく移動すると、男が座るソファに影に滑り込んだ。


 アサシンにとって標的の背後から音もなく近づいて一撃で仕留めるのは簡単な仕事だった。


 そして鞘から鋭利なナイフを抜くと、一瞬で立ち上がり、左手で男の髪の毛を掴み頭を後ろに倒し無防備になった喉にさっとナイフを走らせた。


 いや、走らせようとした。


 というのもナイフを持った右手を何者かに掴まれたからだ。


 一瞬で罠だったと悟ったアサシンは、左手で仕込みナイフを掴むと右腕を掴んでいる奴の脇腹に向けて突き刺したが、まるで岩のような固い物にでも当たったかのようにはじき返された。


 くそっ、防具を付けていたか。


 あれだけ慎重に調べたのに一体何処に隠れていたんだ?


 だが、今はそんな事を考えている暇は無かった。


 標的を仕留められなくても、自分自身が逃げる隙は作らなければならないのだ。


 右腕を掴んでいる手を狙ってナイフを突き立てようとしたが、それよりも先に強い衝撃を腹に受けて意識を失った。



 目を覚ますと、俺は椅子に座ったまま縛られていた。


 目の前には耳が長い女が椅子に座り、その両側には執事服を着た黒い男とメイド服を着た黄色い女が立っていた。


 そしてその執事服を着た男とメイド服を着た女の顔を見て戦慄が走った。


 それは標的が居た部屋に置かれてあった石像の顔とそっくりだったのだ。


 くそっ、あれはゴーレムだったのか。


 自分が犯した致命的ミスに唇をかんだところで、耳の長い女が口を開いた。


「お前の雇い主は誰?」


 この女は馬鹿なのか?


 そんな事アサシンが簡単に漏らすとでも・・・。


 だが、その時、自分の意識の中で、目の前の耳の長い女の為なら何でも知っている事を教えてあげなくてはならないと思うようになっていた。


 え、なんだ、これ?


 だが、自分の意思に関係なく目の前の女を喜ばせる事が自分の喜びに思えてしょうがなかった。


 そうだ。俺はこの女を喜ばせなければ何らない。


 そのためなら何でも教えてやらねば。


「名前は知らないが、依頼してきたのは若い男で、誰かの使いのようだった。暗殺を依頼するやつは身元を隠すのが普通だから、吹っかけてやったら言い値で払ってきた。依頼主は相当金を持っている奴だろう」


 俺がそう言うと、目の前の女は少し困った顔になった。


 拙い、どうしたらこの女を喜ばす事が出来るのだ。


 考えるんだ、そして何か思いだぜ。


 すると男の脳裏にある言葉が浮かんだ。



 そうだ。これを教えれば目の前の女は喜んでくれるだろう。


「思い出した。多分だが、依頼を持って来た男が漏らした言葉で、連中の酒造工房の場所なら分かると思うぞ。」


 するとどうだろう。


 女の顔がぱあっと笑顔になったのだ。


 ああ、俺はやった。やり遂げた。


 目の前の女を喜ばせる事が出来てとても幸せだった。


 そして意識を失った。


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