番外20 疑惑のミード2(BC)
アルファーノは綺麗な金色の液体が入ったグラスを手に取ると、自然と喉がごくりとなった。
いや、待て、ただ色が良いだけで味はさっぱりかもしれないんだぞ。
アルファーノが友人達の顔を見ると、自分と同じ事を考えているのが分かった。
「それでは頂く事にしましょう。皆もガーネット卿の好意に感謝を」
「「「ガーネット卿に感謝を」」」
そう言ってアルファーノが金色の液体をほんのちょっぴり口に含んだだけだというのに、口の中にそのうま味が広がっていった。
「こ、これが本物、これは、とても素晴らしい味ですぞ」
同じように疑い深そうな顔をしていた友人達もほんの少しだけ口に含むとやはり顔色が変り、残りのミードを飲み干していた。
友人達の顔を見れば、皆もこのミードが美味いと思っている事は明白だった。
成程、高位貴族達が先を争って手に入れようとするはずだ。
そして改めて目の前の人物に視線を移すと、そこには指で自分の唇を押さえて少し首を傾けた顔があった。
その仕草がとても可愛らしく思わず見つめてしまうと、その口からとんでもない事が発せられた。
「不思議ですわ。公都でパルラ産のエルフミードの販売をしているのはロザート商会だけなのですが、アルファーノ卿に販売した記録がございませんの」
「え?」
それならあの商人は一体どこから仕入れてきたのだ?
「そこでご相談なのですが、アルファーノ卿が飲んだというミード酒の瓶を見せてもらえませんか? それと購入した商人の名前も」
「え、ああ、分かりました」
当然、使用人が持って来た箱と瓶は、エルフが持って来た物と同じ物だ。
「中身はもう残ってないのですね」
アルファーノは残ったエルフミードを悪態をつきながら使用人に捨てさせた事を思い出した。
まさか、あの時の行動も感づかれていたんじゃないだろうな?
くそっ、この高位魔法使いはこちらの考えをどこまで把握しているのだ?
実力が何処まで凄いのかさっぱり分からない。
「申し訳ない」
思わずそう言ってしまったが、エルフは気にしていませんとばかりに首を横に振っていた。
「この空き箱と空き瓶を頂いても?」
「ええ、どうぞ。お持ち帰りください」
アルファーノはそう言いながら、掌を向けて押し出す仕草をして体全体でその要求に応じていた。
エルフ達が去っていった後残されたアルファーノの友人達は、空になったグラスを見つめていた。
「本物の味を知る事が出来て良かった」
アルファーノは友人のその言葉に頷いた。
「確かに、あのまま馬鹿にしていたら、我々は社交界でいい笑いものにされていたな」
その光景を思い浮かべたアルファートは、ぶるりと身震いした。
+++++
アルファーノ子爵館を後にした俺達は、その後もエルフミードに悪い噂を流していると言う下位貴族数件を回って情報を集めてからロザート商会に戻って来た。
「ねえジゼル、アルファーノ子爵や他の貴族達は皆本当の事を言っていたの?」
「ええ、裏表は無かったわよ」
すると誰かに騙されて偽物を掴まされたという事か。
問題は誰が偽物を作ったかだけど。
「ねえジゼル、ネスタ親子は本当の事を言っていたか分かる?」
「ええ、表裏は無かったわよ。本当に自分達のミードの方が美味しいと思っているようだったわ」
という事は、ネスタ親子が偽物を作っている事はなさそうだ。
偽物を作った連中に辿り着くには、まずは偽物を売った商人を当てって行くしかないか。
アルファーノ子爵達に偽ミードを売った商人達を訪ねて話を聞くと、皆別の商人から手に入れたと教えてくれた。
念のためジゼルに魔眼で視てもらったが、嘘は言っていないようだった。
そして流通経路を辿っていくと、全てのルートが破産した商人の所で途切れた。
「ねえユニス、これっておかしくない?」
「確かにそうね」
ジゼルの指摘におかしいと思った俺はそのままロザート商会に戻って来ると、アレッシアとその父親オルランド・ロザートにその事を聞いてみる事にした。
「この破産した商人達の情報って分からないかしら?」
「商業ギルドなら情報は持っていると思いますが、教えてくれるかどうかは分かりません」
おお、ここでも個人情報は保護されるのか。
いや、でも法人の記録ならそんな事もないか。
俺はジゼルとトラバールの顔を見て頷いた。
「それじゃあ、商業ギルドに乗り込むわよ」
「ええ、やってやりましょう」
「おお、姐さん、ようやく俺の出番だな」
どうやらトラバールは乱闘を期待しているようだが、そんな事はしないからな。
公都で最も大きな通り沿いにあるどっしりとした石造りの建物の前に馬車を横づけすると、白亜の化粧柱が彩りを添えた玄関前に佇む2名の制服を着た警備員がシャキッと姿勢を正した。
御者台から降りたグラファイトが恭しく馬車の扉を開けると、夜会用のドレスを着てバッチリ化粧をした俺が姿を現した。
勿論、これは相手を威圧するための演技の1つだ。
そして俺の後から同じようにドレスを着て化粧をしたジゼルと夜会服を纏ったトラバールが降りてきた。
明らかに場違いな俺達3人が商業ギルドの入口で警備員に視線を送ると、その意味を理解した警備員が何も言わずに扉を開けてくれた。
ギルドの中でも俺達の格好を見た人達は、驚いた顔をすると黙ったままじっとこちらを見つめていた。
その瞳には、これから何かが始まりそうだという好奇の色を映していた。
俺はそんな彼らの視線にも目もくれずまっすぐ受付カウンターに向かって行くと、ロビーに居た人達はこちらを避けるようにそっと場所を開けてくれた。
そして明らかに自分がターゲットにされていると理解した受付嬢は、目を泳がせ助けを求めるように左右を見たが、誰も助けてくれないと分かるとまるで絶望したような表情になっていた。
「い、いらっしゃいませ?」
動揺する受付嬢をねめつけながら、少しきつめの声をだした。
「ギルドマスターを呼びなさい」
まるで魔法弾でも受けたようにびくりと体を揺らした受付嬢は、何をしたら良いかわからず混乱していると、隣のジゼルが補足説明を加えてくれた。
「こちらのお方は公国の貴族序列第3位のパルラ辺境伯様です。商業ギルドに登録したパルラ産の偽ミードが出回っている事について、事実確認にやってまいりました」
それを聞いた受付嬢はみるみるうちに青い顔になっていった。
「失礼しました。奥にご案内させて頂きます」
よし、勝った。
こういった時は、勢いで押しきってしまうのが一番だ。
すると隣のジゼルが耳元で囁いた。
「ギルマス相手でも、子爵にしたようなあのあざとい仕草をするの?」
最初ジゼルが何を言っているか分からなかったが、次の瞬間、唇に指を当てて小首を傾げた姿を思い浮かべた。
えっ、あざとい? あざといか、あれ?
あれは相手に拒否られずに目的を達成するための技なんだから、名演技と言ってくれないかな。
受付嬢に案内された応接室で待っていると、直ぐに扉をノックする音が聞こえてきた。
入って来たのは先ほどの受付嬢ともう1人は如何にも責任者然とした雰囲気を纏った男性だった。
「パルラ辺境伯様、お待たせいたしました。私が当ギルドの責任者ディオジーニ・ソレンギです」
「あ、私は受付のアメリータ・ロベルティです」
「ロベルティが言うには、パルラ産の偽ミードが蔓延しているとか?」
ソファに座り挨拶を終えると早速、ギルマスがそう切り出してきた。
「ええ、本日はエリアルに蔓延しているパルラ産ミードの偽物について、説明してもらいに来た。ロザート商会には事情を聞いてきたから、それ以外の情報を持っていたら教えてほしい」
俺の言葉に目の前のギルマスは、ある程度事情を把握しているようだった。
「当ギルドではそういった噂が下位貴族の間に広まっていたので、ロザート商会に説明を求めたところなのです」
そうすると、ロザート商会も状況が判明した段階で俺に知らせてきたという事の様だな。
俺は頷くと、ネスタ伯爵とアルファーノ子爵の件を話してから、疑問を聞いてみる事にした。
「商業ギルドに商品登録をするのは、模倣品を防止するためだと聞いたのだが、実際には我が領のエルフミードの偽物がはびこっている。これは、どういうことなのだろうか?」
俺がそう指摘すると、明らかに2人の顔色が悪くなっていた。
「貴族の方と取引があるような商人が偽物を売るとは思えないのですが?」
「貴族に販売した商人は他の商人から仕入れたようだ。その仕入れルートを辿っていくと、どのケースでも破産した商人に行き当たったぞ」
「破産した商人、ですか」
俺はそれが事実だと分かるように頷いてみせた。
そして調査の結果判明した破産した商人の名前を羅列していくと、ギルマスの隣で聞いていた受付嬢がぴくりと反応した。
「あの、ギルマス、辺境伯様が言われた名前のいくつかに聞き覚えがあります」
「ん、そうなのか?」
「はい、このアネーリオとか、オルミという商人ですが、今思えば同一人物だったような気がします」
「なんだと、それは本当なのか?」
ギルマスが疑い深そうな声をだすと、受付嬢は少し待ってくださいと言って部屋から出て行った。
そして戻って来た時には両手に沢山のファイルを持っていた。
受付嬢は持って来たファイルをテーブルの上に置いた。
「こちらがパルラ辺境伯様が言われた破産した商人の情報です」
俺はテーブルの上からその書類を手に取った。
商会開設の資料は全て同じ内容が記載されていて、商会と代表者の名前だけ異なっていた。
そして取り扱う商品はありきたりの物ばかりで、パルラ産エルフミードとはどこにも記載がなかった。
「こうやって並べてみると、偽造だっていうのが直ぐに分かりますね」
俺がそう指摘すると、ギルマスも受付嬢も黙って頷いた。
「登録時に登録料を払えて、犯罪歴が無ければ、それ以上の調査はしていないのです。まさか、登録しない商品を取り扱うとは思いませんでした」
受付嬢がまるで言い訳のように、現在の受付状況を教えてくれた。
すると相手はかなり資金を持っているという事か。
まあ、最初から偽物を売るつもりなら、商会登録時に記載するわけもないか。
だが、こういった連中はまた直ぐに商会登録をしに来るだろう。
「次にこの人物が商会登録をしてきたら教えてもらえないか?」
俺の提案にギルマスが頷いた。
「不正を働いている可能性があるので、我々も協力させていただきます。それではロベルティ君、しばらく新規受付窓口を頼むから、その偽装登録をしてくる相手を見つけるのだ」
「はい、分かりました」
ギルマスは受付嬢との間でそのように取り決めると、俺の方に意識を向けてきた。
「パルラ辺境伯様、その怪しい奴が商会の開設にやって来たら捕まえるという事でよろしいでしょうか?」
それだと、そいつが主犯格なら良いが、ただの下っ端だったら手掛かりを失ってしまうだろう。
「いいえ、そいつがやって来たら後はこちらで引き受けますので連絡だけお願いします。私との連絡には、この連絡蝶のマジック・アイテムでお願いします」
俺はテーブルの上に連絡蝶のマジック・アイテムを置いた。
ギルマスはテーブルの上に置かれたマジック・アイテムを眺めていたが、やがて受付嬢に押し付けた。
「ロベルティ君、怪しい奴が登録に来たら直ぐに辺境伯様に連絡してくれ」
「えっ」
受付嬢は厄介毎を押し付けられたといった顔をしているので、俺はにっこり微笑んでお願いしますと言っておいた。
+++++
商業ギルドに突然現れたエルフの貴族を見送ったディオジーニ・ソレンギは、まるで独り言のように呟いた。
「アレが大公のペットと揶揄される御仁なのか」
「ええ、恐ろしい程の存在感でしたね。見つめられながら迫られた時は、逃げ出したくなりました」
「アレは決して軽視してはいけない相手だ。例の奴が新規登録に来たら直ぐに知らせてあげるのだ」
「はい、分かりました」
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