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番外19 疑惑のミード1(BC)

 

 アルファーノ子爵は、公都エリアルの自身の館で贔屓にしている商人が持参した貴族の間で垂涎の的となっている化粧箱をじっと見つめていた。


「おお、これが幻のパルラ産エルフミードなのか」

「はい、子爵様、とても人気なのでなかなか手に入れるのに苦労いたしましたが、裏で手を回してなんとか。少々手間暇がかかりましたが、懇意にしている子爵様に是非お楽しみいただければと」


 子爵は目の前で揉み手をしている商人が、いかに入手が困難だったかを延々としゃべり値段を吊り上げようとしている事には気が付いていた。


 だが、どうしても手に入れたい品物だったので、多少色をつけてやるのは仕方が無いと考えていた。


 高位貴族達が集まる夜会でしか出てこないパルラ産エルフミードは、夜会の格式を高める1つの象徴となっていた。


「おお、そうかそうか。分かった。いい値で買おうじゃないか」

「流石は子爵様、そう言って頂けると確信しておりました」


 その夜上機嫌の子爵は、日頃から懇意にしている貴族家に晩餐会への招待状を書いていた。


 それは高位貴族達がやっている試飲会を、自分もやりたくなったからだ。



 そして招待客が集まった晩さん会で、主催者席に座った子爵は得意満面だった。


「それにしてもよく手に入りましたな。アルファーノ卿」

「なあに、ちょっとした伝手があるのよ」


 皆が自分をおだてる事に、子爵はとても満足していた。


 パルラ産エルフミードは高位貴族達に独占されていて、アルファーノのような下位貴族達にまで回って来る事は殆ど無いのだ。


「アルファーノ卿、そろそろ」


 招待客の1人が我慢できなくなってきたので、これ以上引っ張るのは悪手だろう。


 子爵は給仕係にエルフミードを持ってくるよう合図を送った。


 給仕係がワゴンを押して入って来ると雑談していた招待客が押し黙り、皆の視線が一斉にワゴンに向いた。


 そして給仕の手でエルフミードがグラスに注がれていくと、静寂の中、テーブルのあちこちからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくるようだった。


 招待客の前にグラスが置かれると、子爵の合図で一斉にグラスを手にした。


 子爵も自分のグラスを手に取った。


「それでは楽しもう、乾杯」

「「「乾杯」」」


 子爵は初めて飲むエルフミードを期待を込めて口に含んだ。


「・・・うん?」


 そしてグラスを空にした者達の顔から笑顔が消えた。


 +++++


 公都エリアルのロザート商会では、パルラ産のエルフミードに悪い噂が立っているのに焦りを感じていた。


「どうしてエルフミードが不味いなんて噂が立つんだ? こんなに美味しいのに」

「ちょっとお父様、それ売り物ですよ」

「これはあくまでも調査の一環だよ。そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか」

「それ1本いくらすると思っているのですか?」


 アレッシアは、エルフミードを嬉しそうに飲んでいる父親に文句を言った。


「それからお父様、問題はそこではありません。ロザート商会がそんな不味いエルフミードを売ったという噂が広まるのが問題なのです」


 噂を流している連中は、国内の序列第3位の高位貴族を非難するような事は口に出来ないので、エルフミードを販売しているロザート商会の悪口を言うのだ。


 それをパルラ辺境伯様が聞きつけたら、私達が混ぜ物でかさ増しして売っているという疑念を持たれてしまうかもしれないのだ。


 不正などしていないのに、そんな事になったらロザート商会の信用はガタ落ちだわ。


 そもそも不味いミードを飲んだと言いふらす貴族達は、ロザート商会の販売リストに記録の無い人達だったので、意図的に悪い噂を流しているとしか思えなかった。


 だが、悪い噂を流す相手が貴族では、表立って調査する事も反論する事も出来ず困惑していると、エリアルの商業ギルドから召喚状が送られてきた。


 商業ギルドにまで悪い噂が広がってしまうと、もはや穏便にすます事も無理な状況になっていた。


 仕方がありません。


 幸か不幸か、パルラ辺境伯様がエリアル魔法学校にこられるようなので、一度相談してみましょう。


 +++++


 公城アドゥーグを出た俺達は、馬車をそのままロザート商会に向かわせた。



「パルラ辺境伯様、お待ちしておりました」


 ロザート商会の前に馬車を止めると、店の中からロザート親娘が出迎えに現れた。


 前に訪れた時は、親娘だけでいつ潰れてもおかしくない状態だったのだが、今は沢山の従業員が忙しく働いていて活気があった。


「久しぶりですね。皆さん顔色が悪いですよ」

「パルラ辺境伯様にはとんだご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません」

「謝罪はいいわ。それよりも事情を教えてください」

「分かりました。では、中にどうぞ」


 そして案内された部屋で、ロザート親娘から事のあらましを聞いた。


 悪い噂を流しているのが取引実績の無い貴族なため、何もできないらしい。


「分かりました。それでは悪い噂を流している人達に会ってみましょう」


 そして館の場所を聞き出してグラファイトに先触れを頼み、俺はジゼルとトラバールを連れてアルファーノ子爵邸に向かった。


 +++++


 アルファーノ子爵は公都の館で尋ねてきた友人達と、酷い味のエルフミードを高位貴族達がありがたがる事を肴に盛り上がっていた。


「それにしても高位貴族が目の色変えてエルフミードを欲しがる理由が、さっぱり分かりませんなぁ」

「ふははは、まさに、ひょっとして舌が麻痺していて、味が分からなくなっているのかもしれんな」

「いや、大公陛下がエルフミードを皆に振舞っているので、不味いと言えないのではないかな?」

「全く、本音が言えないなんて、高位貴族もかわいそうですなぁ。わははは」

「連中は我々が安くて美味いネスタ産のミード酒を飲むのを馬鹿にしていますが、我々も連中が不味いミードを飲んでいる事を密に笑ってやりましょうぞ」


 そんな大盛り上がりの所で、扉をノックする音が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼します。旦那様、パルラ辺境伯様から訪問の先触れが来ました。あと数時間で到着するとのことです」

「「「・・・」」」


 執事の言葉に集まっていた友人達が押し黙った。


 なぜ、このタイミングでやって来るのだ?


 まさか、我々がエルフミードを馬鹿にした事がバレたのか?


 そこでエルフの特徴である長い耳を思い出し、もしかして自分に都合の悪い言葉を聞き取る地獄耳なのかと疑念が湧き、背中に冷たい汗が流れた。


 だが、相手は貴族年鑑で第3位の高位貴族なので、来訪を断る事も出来なかった。


「あ、アルファーノ卿、我々はそろそろ」


 危険を感じた友人達が逃げようとしたところで、アルファーノは必死に引き留めた。


「ま、待て、せっかく来るというのだから、我々の感想を聞かせてやろうではないか」

「いや、相手は怒らせたら町1つ簡単に焦土にする実力者ですぞ。万が一にも暴発されて巻き添えはちょっと」

「いくら大公のペットであっても、そんな非常識な事はしないであろう」


 1人では絶対対応したくないアルファーノが、一刻も早く逃げたがる友人達をなんだかんだと引き留めていると、アルファーノには福音の、友人達には絶望の知らせがやって来た。


「旦那様、パルラ辺境伯様が到着なさいました」

「「「・・・」」」

「分かった。直ぐに出迎えをするのだ」


 絶望顔の友人達を横目で見ながら、アルファーノは死なばもろともだと悪い笑みを浮かべた。



 友人達と怯えながら待っていると、激怒しているだろう御仁がやってきた。


 アルファーノは部屋に入って来た大公のペットと呼ばれる亜人を見て、その顔に怒りの感情が無い事に気が付いた。


 いや、態とこちらを試しているといった感じか。


「アルファーノ子爵、突然の来訪にもかかわらず歓迎頂いてありがとうございます」

「い、いえ、公国でも有名なガーネット卿を我が館に迎える事が出来て、光栄に存じますぞ」


 すると目の前のエルフが友人達に視線を移した。


「あら、何かの会合の最中だったのですか?」


 その言葉は態となのか?


 その地獄耳で、エルフミードをこき下ろした事も分かっているのではないのか?


 アルファーノは時間が経てば怒りも収まるのではないかとの淡い期待から、時間稼ぎのため友人達の紹介を始めた。


 アルファーノは友人達を紹介しながら目の前の御仁を改めて観察してみると、外見は妖精種の特徴である耳が長いのを除けば人間種とほとんど変わらず、しかも社交で見かけたどのご婦人よりも美しい事に気が付いた。


 確かに妖精種は美男美女だとは聞いていたが、最近夫人達の間で流行っている白粉以外の化粧をしているその顔は、美しさが際立っていた。


 社交の場で他の貴族が大公のペットと揶揄するのは、どうやら夫人達がその美貌に嫉妬したからだろうと結論付けた。


 皆が席に着き、給仕係がお茶の配膳を終えて部屋から出て行ったところで、アルファーノがエルフの目を見つめた。


「ガーネット卿、本日はどのようなご用向きで、我が館に訪問なされたのでしょうか?」


 アルファーノが慎重に用向きを尋ねると、目の前のエルフは破壊的な笑顔を見せた。


「本日は突然の訪問でしたのに、歓迎して頂けて感謝しておりますわ。こちらに参りましたのは、アルファーノ卿が購入されたエルフミードがとんでもなく不味かったと聞いたからですわ」


 やっぱり訪問の理由はそれか。


 アルファーノが友人達の顔を見ると、皆俯いて顔を見られないようにしていた。


「えっと、それを何処で耳にされたのですか?」


 アルファーノは動揺を見透かされないように笑みを浮かべたが、それはややぎこちなかった。


「エリアルで我が領の産品の販売を委託しているロザート商会で聞きましたの」


 美人の笑顔は時に恐ろしい武器になると聞いたが、これはまさにすこぶる破壊力が高いな。


 だが、ここで本当の事を言った方が相手の為にもなるのではないか?


「ああ、そうだったのですか。あの、ガーネット卿にこんなことを言うのは恐れ多いのですが、我々下位貴族が嗜むネスタ産のミードの方がより美味いと感じたのは本当なのです」

「まあ、そうだったのですね」


 ガーネット卿は、手に持った扇子で口元を隠したが、隠されていない目が見開かれたのでとても驚いているようだった。


 拙い、ひょっとして怒らせたか?


 心配になって友人達を見ると、皆顔色が悪かった。


 可愛らしい外見をしているが、この御仁は町一つ簡単に焼く事が出来る魔法使いだという事を忘れてはいけないのだ。


「アルファーノ卿には迷惑をおかけしてしまいましたね。申し訳ありませんでした」

「いえいえ、とんでもございません。こうしてガーネット卿が訪れてもらえたことが、なによりの誠意というものですぞ」


 良かった。怒っている訳ではないらしい。


 アルファーノは謝罪を受け取ったので早く帰って欲しいと願っていたが、目の前の御仁は後ろに控えていた獣人に合図を送っていたので、まだ帰るつもりは無さそうだった。


「これはご迷惑をおかけしたお詫びです。どうぞお受け取り下さいませ」


 そう言うと雄獣人が見た事がある化粧箱を差し出してきたので、使用人に合図してそれを受け取った。


「ガーネット卿からこのような詫びを頂けるなんて、望外の喜びですな」


 そして使用人から受け取った化粧箱を開けると、中に入っている瓶を確かめた。


「ガーネット卿、これがパルラ産のエルフミードなのですかな?」

「ええ、正真正銘我がパルラ産のエルフミードですわ」


 アルファーノが先に飲んだエルフミードはもっと白く濁った色をしていたが、これはまるで黄金のようなとても綺麗な金色をしていた。


 アルファーノの困惑の顔を見たのか、目の前のエルフの笑みが深まったようだ。


「せっかくなので、皆様で本物を試飲してみてください」


 高位貴族から目の前で飲めと言われて、飲まない訳にはいかなかった。


「分かりました」


 アルファーノは使用人に瓶を渡すと、全員分をグラスに注いでくるように指示した。


 暫くして給仕係が、グラスに入った液体を全員の前に置いた。


 そのグラスの中身は、とても綺麗で目の前のエルフの髪色と同じに見えた。


いいね、ありがとうございます。


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