番外11 観光ツアー3(AD)
ファシュの部屋は1人部屋で、部屋の両側にはベッドとテーブルが据え付けてあった。
そしてテーブルの上には設備案内図があり、それを見ると1階には売店と食堂それとバーそして地下には浴場があるようだった。
設備案内図にはその他に賭け事が出来る部屋もあり、そこには沢山の種類の遊具と遊び方が記載されていた。
禁欲を旨とするディース教徒にはなじまないのだが、これらの遊具が聖地パルラにあり神がお造りになったと書かれては、無視する事も出来なかった。
これは、勉学のためにも一度試してみる必要があるが、まずは夕食だ。
神が食されたと言う数々の料理を堪能するのだ。
遊覧船で神が過ごした部屋から出たくなかったアシェルは、船で出された昼食を食べていなかったので腹ペコでもあったのだ。
ファシュが個室から出て1階の食堂に入ると、既に他の司祭や助祭達が席に着いており、笑顔の給仕達が食事を運んでいた。
アシェルが空いている席に座ると、直ぐに給仕がやって来た。
「夕食は、ディース神様が遊覧船で実際に食したメニューとなりますが、他の物もありますがどうしますか?」
そう聞かれたらアシェルの返事は1つしかなかった。
「是非、ディース神様が食した物を頂こう」
「はい、お待ちください」
給仕係は皿を並べながら説明してくれた内容では、今アシェルの目の前に並んでいる皿は、焼き魚、焼いた貝、魔物肉のステーキ、豆と野菜が入ったスープだ。
そしてバスケットの中には蜂蜜入りのパン、木製ジョッキの中には白ビールが入っていた。
今回のツアーに参加するまで海を見たことが無かったアシェルには、出された物の半分も馴染みがなかったが、神が食した物と言われれば目をつぶってでも食べるつもりだった。
それは他の司祭は助祭達も同じだったようで、皆が見た事もない料理に躊躇することなく挑戦していた。
だが、覚悟を決める必要も無く出されたものはどれも美味で、食事を終える頃には神が食した物なら当然だと思うようになっていた。
食事を終え白ビールで少しほろ酔い気分になったアシェルは、その勢いで売店に向かった。
アシェルが売店に入って行くと壁一面にショーケースが並び、その中には商品が目立つように陳列されていた。
島のロゴが入った食器やハンカチを眺めながら進んで行くと、片手でもてるくらいの大きさのディース神様そっくりの人形が色々なポーズをとって並んでいた。
じっくり見るとそこには両腕を組み虚空を睨みつける威厳のあるものや、頬に指を当てた可愛らしいものまでいろいろだ。
ファシュはその中で最も気を引く、胸と腰に黒い布切れを纏いこちらを誘うような姿をしたものをじっと見つめていた。
あの布切れは脱着可能なのだろうか?
そんな不埒な事を考えていると、販売員が後ろから声をかけてきた。
「お客様、そちらは他の司祭様にも人気がある1品で、在庫がもう残り少なくなっています」
そう言われてしまったら、ファシュとしても迷っている暇は無かった。
「頂こう」
「ありがとうございます」
人形を受け取ったファシュが再びショーケースを眺めて行くと、今度は額縁に収まった絵があった。
そこにはメズ島と砂浜を描いたものがあり、その砂浜には水着を着た女性達が描かれていた。
その女性達をよく見ると、人間達や頭の上に獣耳がある者の中に、耳が長い人物をみつけた。
その者はあの人形と同じく黒い布切れを見にまとっていた。
そうか、あの人形はこの光景をモデルにしたのか。
そう納得して隣を見ると、そこには女性の胴体だけの人形が胸と腰の部分にあの黒い布切れを纏っていた。
ショーケースの中の人形をじっと見つめていると、再び販売員に後ろから声をかけられた。
「こちらは女性用ですが、奥様や恋人へのプレゼントなら問題なく販売できますよ」
ピクリと反応してしまったアシェルは、軽く咳払いをすると販売員に頷いていた。
「そうだ。実は妻に頼まれていてな。是非、この黒いのが欲しい」
「ええ、この黒はディース神様が身に着けた色ですからね。とても人気があるのです」
平静を装ったアシェルが販売員から手渡された袋をしっかり握ると、急ぎ足で自分の部屋に戻っていった。
そしてそれまでの顔が一気に崩れてにやけ顔になると、手に持った袋を開けて黒色の水着を手に取った。
そして両手で広げたそれを見て、彼以外誰もいない部屋で「ほぉぉ」と叫んでいた。
その後は、娯楽室で従業員に神もここで遊びを楽しみましたよと囁かれると、普段の禁欲生活を忘れたかのように遊びまわった。
翌朝、朝食を終えて綺麗な砂浜に出ると、海が無い大教国では見られない何処までも続く水平線とそこに浮かぶ青い海に青い空、そして白く綺麗な砂浜を眺めていた。
そして売店で飾られていた絵に描かれた神が水と戯れる姿を売思い浮かべて、至福のひと時を満喫していた。
だが、そんな至福も終わりの時間となった。
遊覧船のデッキ上で小さくなっていく島を名残惜しそうに眺めていると、ツアーに参加した他の司祭がやって来た。
「アシェル殿、今回は素晴らしいツアーに声をかけてくれてありがとう。とても楽しい休暇になったよ」
「ああ、私も大いに満足したよ」
「次があるなら是非、声をかけてくれ」
「ああ、分かった」
アシェルはそう答えながら、直ぐに金をためて直ぐにでも来るつもりだった。
帰りの船内では、フーゴとカルバハルと名乗った店員が参加者にアンケート用紙を配っていた。
「皆さま、今回はツアーに参加頂きましてありがとうございます。今お配りしたアンケートは、次回開催時の参考とさせて頂きますので、忌憚のないご意見を頂ければと思っております」
そう言われたアシェルは、ツアー日数が足りなくて宿で提供される料理全てを食べられなかった事を不満点として書いて提出した。
遊覧船がリグアの桟橋に到着すると、あの店員が見送りに姿を見せた。
「アシェル様、楽しんで頂けましたか?」
「ああ、とても良かった。ところでこのツアーだが、是非、続けてもらいたい」
アシェルがそう要求すると、店員は大きく頷いた。
「ええ、勿論です。アシェル様とは長い付き合いになれそうで、私も嬉しいですよ」
アシェルは自分の荷物が馬車に積み込まれる作業を眺めながら、このツアーで貯金を全て使い切った事に後悔は一切無く、購入品を何処に飾ろうかと幸せな気分になっていた。
そしてサン・ケノアノールに戻ったら贔屓の服飾店に行って、神の人形に着せるディース教の祭服を仕立ててもらうつもりだった。
+++++
ツアー客を見送ったフーゴ、メラス、カルバハルは、事務所に戻ると今回の売り上げを計算していた。
先に笑い声をあげたのはメラスだった。
「ぶふふふ、大分儲かったぞ。あいつら、これがあのお方がお召し上がりになった料理ですというと、何でも注文するんだ。笑いが止まらなかったぞ」
その声に不安を覚えたフーゴが口を開いた。
「おいメラス、何でもかんでも魔女様が食した料理だと言って大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。パルラに出向いては魔女様に食べてもらっているからな。嘘はついてないぞ」
「えっ、そんなに頻繁にパルラに行っていたのか?」
「ああ、新作の試食をお願いしたり、店の売り上げ報告にな。それにディース教徒どもがユニス様に会ったと言うと、とてもうらやましそうな顔をするからな。あいつ等の顔を見ると止められん」
そう言うとメラスは恐ろしい顔で笑った。
「それにフーゴ、お前だって司祭様に魔女様が着ていた艦長服とか水遊びをしていた時の水着を売りつけているだろう。パルラに行った時、リーズ服飾店のミナーリ嬢が納品を急かされて大変だと愚痴っていたぞ」
フーゴはバツが悪そうに頭を掻いた。
「知っていたのか。だが、客が求める物を提供しているんだ。別に問題はないだろう」
「ぼったくり価格でな」
フーゴの言葉にメラスがそう言って大笑いしていた。
「まあ、確かにかなり粗利益率は良いな。カルバハルも、お土産品だといって魔女様の水着人形を売っていたが、もうけはどうなんだ?」
「くくく、売り上げはかなり好調だったぞ。勿論ぼったくり価格でな」
そう言うと、集まった3人は大笑いをした。
そこでふっとカルバハルが口を開いた。
「なあ、これ、魔女様にバレでも大丈夫だよな?」
「・・・」
「魔女様は金の亡者だとか悪評が立ったりしないよな?」
「・・・」
「もう少し良心的な価格にするか?」
「そ、そうだな」
少し冷静になった3人だった。
+++++
ル・ペルテュのメンバーでもあるオーケソン枢機卿は、配下の司祭達から一斉に休暇申請があった事を訝っていた。
そこに司祭達が、ディース神が水遊びをした島で遊んでいたという噂が耳に届いた。
「ほう、あの者達が長期休暇を取った理由がこれだったのか」
オーケソンは早速ル・ペルテュのメンバーにこの情報を共有した。
「我々だって、パルラの町にそう簡単に行けないというのに、司祭達がそんなうらやま・・・こほん、けしからん事をしているとは、これは我々も必ず体験する必要がある事ではないですかな?」
するとル・ペルテュのメンバーが、全員肯定するように頷いた。
「まさに、そのとおりですな」
その同意を受けたオーケソンは素晴らしい提案を披露した。
「皆さん、では交代でこの体験に参加するとして、その間は、休暇を取った司祭達に仕事を押し付け・・・こほん、リフレッシュして活力も十分な司祭達に任せることにしよう」
「「「異議なし」」」
+++++
フリン海国の行政執行官アニカ・シャウテンはもう1人の執行官ボー・ブロックから相談を受けていた。
「すると、本国からやって来た船員への娯楽を増やしたいと言うのね?」
「ああ、大陸を横断してくる船員は、窮屈な船室に押し込められているだろう。羽を伸ばしたいという要望が多くてな。何か良い方法はないか?」
イゴル・ドゥランテが本国送還になってから渉外もアニカ・シャウテンが代行していた。
そんな仕事の中、クマルヘムの白猫からメズ島に新しい桟橋を造ってくれないかという話がきていた。
「それならメズ島で休暇を過ごすのはどう?」
「メズ島? そこに何かあるのか?」
シャウテンは、メズ島がリゾート施設になっている事を話した。
「桟橋を造り代わりに、フリン海国用に宿の部屋を年間で使わせるという交換条件を出すのも有りかと思っているのよ。そうすれば船員の休暇にも丁度良いでしょう」
「おお、確かにそうだな。それなら俺がその桟橋を造ってやろう。頼んだぞ、シャウテン」
これが契機となり、メズ島ではディース教徒とは別に、フリン海国の船員も常連客となっていった。
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