番外10 観光ツアー2(AD)
アシェルが受け取ったパンフレットには「ディース神様の水遊び体験ツアー」と書かれてあり、その下には綺麗な砂浜とその向こう側の丘に立つ建物が描かれていた。
「これは?」
「ええ、今度新しく企画したツアーのパンフレットです。我がリグアはディース神様の領地ですから、実際あのお方が来訪されるのです。近くの島であのお方が水遊びをしたので、その体験をしたいと考える方もいるんじゃないかと思ったんです」
た、確かにそれは興味があるな。
そして2つ折りになっているパンフレットを開くと、目に飛び込んできたのは、宿の部屋、提供される食事、娯楽施設の設備、神が座乗したという戦闘艦と島に渡る遊覧船等だったが、その中でもアシェルの興味を最も強く引き付けたのは砂浜で水遊びをする女性達だった。
「な、なな、こ、このあられもない女性達の姿は何なのですか?」
すると店員はにやりと口角を上げると、そっと耳元で囁いてきた。
「ああ、この絵は、ディース神様が他の女性達と水遊びをした時の実際のお姿を、そのまま描いたものです」
「つ、つまり、神がこのようなあられもないお姿で水遊びをしたと?」
「ええ、そして宿の売店にはツアー客のために、同じような水遊び用の服を用意してあるのですよ」
なんと、このツアーに参加すれば、ディース神様が実際に乗った船に乗り、神が食した料理に舌鼓を打ち、神がたわむれたという美しい砂浜でその身を包んだと言う布切れを纏って水遊びが出来るというのか。
アシェルは思わず店員の胸倉を掴んでいた。
「こ、このツアーに申し込みたい。どうしたらいいか教えてくれ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。我々も開催したいのですが1つ問題がありまして」
すると店員はちょっと困った顔をしたので、アシェルは不安になってきた。
「何だ? 何か拙い事でもあるのか?」
「いえ、実はね、このツアーを実施するには最低でも30人集めなければならないのですが、何分今回が初めての試みなので集められるかどうか分からなくて」
それを聞いたアシェルは焦り出した。
このツアーは何があっても実施してもらわねばならないのだ。
「分かった。私が残り29人を絶対集めよう。それでツアーを必ず実施するのだ。よいな?」
「え、それは助かりますが、よろしいので?」
「勿論だ。こう見えて私は顔が広いのだ。任せてもらおう」
アシェルがそう言い切ると、店員はなんだか口角を上げたように見えた。
「では、このパンフレットで宣伝をお願います」
そう言って販売員がパンフレットの束を手渡してきた。
店員は無造作に渡してきたが、なんだか禁書でも持たされたようで心臓が早鐘を打ち、ちょっと落ち着かなかった。
このパンフレットには敬愛するあのお方のあられもないお姿が描かれていて、ディース教徒にはとても刺激が強いのだ。
これを配布して万が一にも厳格な司教に見つかったら、禁書として焼却処分を命じられる危険があった。
誰の目にも触れぬように大切に保管して、口が堅く私に友好的な司祭だけに配布すればいいか。
それからの動きは早かった。
大聖堂内で司祭達が集まる部屋に行くと、このツアーのすばらしさを説き、ディース教徒なら神がこの世に顕現した足跡を辿るツアーに参加しなければならないと説き伏せていった。
絶対成功させなければならないという強い意志は、事情を知らない司教達にも注目を集めてしまったが、パルラへの訪問を司教達に独占されている不満もあり司祭達も口が堅かった。
このツアーを司教達に邪魔される訳にはいかないのだ。
そして司祭と若干名の助祭を含めて30名と参加費を集めたアシェルは、あの店員に手紙を送った。
リグアからの返信はツアーの開催決定と、1泊2日の日程が送られてきた。
喜んだアシェルは、今回のツアーに参加する司祭や助祭達に日程を伝えると、ツアーに必要な休暇申請を絶対に確保するように念を押していった。
アシェル達30人の司祭と助祭の馬車隊は、静かにサン・ケノアノールを出発した。
馬車隊は大教国内を移動しているうちは目立たなかったが、ルフラント王国に入るとディース教徒の巡礼とは真逆の方向に進む馬車隊で、しかも大所帯という事もあって噂は瞬く間に広がった。
馬車隊が王都フェラトーネに到着すると、馬車隊の御者や護衛達も休憩のため酒場に流れて行った。
そこで酒と肴を楽しむ男達は、好奇の視線に晒されていた。
やがて1人の先客が彼らに近づいていった。
「よう、あんたら、1杯どうだい?」
「お、奢ってくれるのか。ありがとうよ」
男がおごりの酒に口を付けると、すかさず先客が口を開いた。
「あんたら何処に行くんだい?」
「ん、ああ」
男はおごりの酒に口をつけてしまった事と、既に酔いもまわっていたので、口が滑らかになっていた。
「ここだけの話なんだがな、なんでも神様の領地にあるっていうリグアって町に向かっているんだよ」
「へえ、その町でディース教の司祭様達が大規模な祭事でもするのかい?」
先客がそう聞くと、護衛の男は左右を見て少し声を落とした。
「なんでも、ディース神様が実際に行ったと言う水遊びを追体験するらしいぞ」
「え、つまり、遊びって事か?」
「ああ、だが、ディース教徒にとっては、これほど重要な体験はないって話だ」
「へえ、それは凄いな」
この話は瞬く間に王国中に広がって行き、大教国にも漏れ伝わって行った。
そうとは知らないアシェル達は、何事も無かったかのようにリグアに到着していた。
町で馬車を降りたアシェル達ツアー参加者は、これから神の足跡をたどる事がとても楽しみでのようで浮かれていた。
出迎えはあの時の店員で、「アイテール大教国御一行様」と書かれた旗を持ち、目立つお仕着せを着て立っていた。
「アシェル司祭様、ようこそリグアへ」
「うむ、今日はよろしく頼む」
「ええ、勿論でございます」
全員の準備が整ったのを確かめると挨拶を始めた。
「本日はディース神様の足跡をたどるツアーに参加頂き、ありがとうございます。ご案内役は私フーゴとカルバハルが行います」
そう言うと2名がぺこりと頭を下げた。
「最初は、ディース神様がフリン海国の戦闘艦と1対12の戦いに勝利したフェラン号にご案内します」
それを聞いた司祭達は「おお、流石は戦いの神だ」と感嘆の声を上げた。
そして木製の戦闘艦の後甲板に上がると、そこには豪奢な服を着た人形が立っていた。
「これがディース神様がお召しになられた艦長服です。敵艦からの魔法弾が炸裂する中、不安になった兵達に敵の砲撃に全く動じないお姿を見せて皆を安心させていたのです」
そして戦いの一部始終をまるで実況するかのように語る内容に観客が次第に興奮していくと、ニコニコ顔のフーゴが艦長服を指さした。
「皆さま、ディース神様がお召しになられたこの服と帽子のレプリカを販売しております。是非お買い求めください」
そう言われたアシェルは購入するため手を上げると、他の司祭達も手を上げていた。
神が身に付けられた服を手に入れるなら、金などいくらでも払ってやるさ。
それに司教達よりも先にこれを手に入れられるのは、何とも気分が良いのだ。
アシェル達が神がお召しになった艦長服を購入していると、もう1人の販売員カルバハルがテーブルを設置してその上にフェラン号の模型や海戦の模様を描いた絵を並べ始めた。
販売員に此処でしか買えないと言われては、躊躇する事もなく直ぐに購入を決断した。
そして貴重品を手に入れてほくほくしていると、次は隣の桟橋に案内された。
そこには全く違うタイプの大型艦が係留されていた。
「皆さま、これがディース神様が水遊びにご利用になられたお召し艦です。勿論、ディース神様が宿泊されたお部屋もございますよ」
「「「おおお」」」
アシェルはツアーの取りまとめ役という利点を生かしてディース神様が寝泊まりした部屋がある事を事前に知っていたので、沢山の鼻薬を使って神が寝泊まりしたという3番個室を確保していた。
船に乗り込むと、販売員のフーゴが皆にディース神様が宿泊したという3番個室の前に連れて行かれた。
「この部屋がディース神様が寝泊まりされた部屋になります」
「「「おおお」」」
「今日この部屋をご利用される、幸運のお客様はアシェル様になります」
それを聞いた他の司祭達が一斉に冷たい視線を向けてきたが、アシェルはそれを完全に無視して当たり前のように3番個室の扉を開けて中に入って行った。
そして大きく呼吸して部屋の空気を吸い込むと、微かな森林の香りがした。
「フーゴ殿、この香は?」
部屋で案内役のフーゴと2人きりになると、直ぐに尋ねた。
「ああ、これはあのお方が身に着けている香水の香りですね」
それを聞いたアシェルは、再び大きく息を吸い込んだ。
「この香水も売っているのか?」
アシェルが期待を込めてそう尋ねると、フーゴはにっこり微笑んだ。
「ええ、勿論販売しておりますよ」
アシェルは幸福な気持ちで神の香水を手に入れた。
個室で1人になったアシェルは周りに誰も居ない事を確かめてから、中央に鎮座している吊り寝台にダイブした。
「ああ、神の残り香が、スゥハァ、スゥハァ」
アシェルは少しでも長く神の存在を感じていたくて、メズ島に到着するまで部屋から一歩も外に出なかった。
やがて船が目的地に到着すると、船の係員が扉をノックした。
「お客様、メズ島に到着しました。下船の用意をお願いします」
「ああ、分かった」
名残惜しくもあったが、この先がツアーの目的地なので下船の用意をすると、部屋を後にした。
船の舷側から島を見ると、そこは外洋から守られた入江に綺麗な砂浜があり、緩やかな稜線上に白を基調にした建物が建っていた。
アシェルは自分の荷物を持ってくれるポーターの後をついて白い建物に入ると、そこでは宿の受付がにこやかに笑みを浮かべて待っていた。
「ようこそ、メズ島観光宿、憩いの場にようこそ」
宿帳に名前を書いて渡すと、受付の女性はその名前を確かめた。
「アシェル様ですね。こちらが3階の301号室の鍵になります。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
そう言ってカウンターの上に置かれた部屋の鍵を受け取ると、アシェルの荷物を持ったポーターを従えて指定された部屋に向かった。
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