番外8 会議は紛糾する2(BC)
「北街道は後回しにする」
クレメントがそう宣言すると、即座に北街道代表のアッスント伯爵が口を開いた。
「殿下、少しお待ちください。それは決定ですか?」
「ああ、そうだ。この決定は覆らない」
クレメントの決定に勝者となった3者は笑みを浮かべ、敗者は悔しさのあまり打ち震えるだろうと思っていると、意外にもアッスント伯爵は笑みを浮かべていた。
「そこまでおっしゃるなら、私も今まで黙っていた事をぶっちゃけるしかありませんな」
「ほう、面白そうだな。私が納得するだけの理由があるのだろうな?」
「ええ、勿論でございます。ヴァルツホルム大森林地帯から得られる木材や魔物は公国でも重要な資源であり、それは北街道の先、パルラから供給されております。それに、貴族の方々が娯楽を求めてこの町に遊びに行っているのは分かっているのですよ。そして街道の補修が出来ていないと不満を漏らしている事もね」
アッスント伯爵が他の貴族達を見回してからそう暴露すると、それまで自信たっぷりだった他街道の貴族達の顔色がさっと変わった。
「し、仕方が無いだろう。あの町には娯楽が沢山あるのだ。しかも自慢の騎士をレースに参加させられるのだぞ。そのレースで辺境伯殿の騎士や他家の騎士を打ち負かす喜びが分からないのか?」
貴族達は名誉を重んじる種族だ。
そんな彼らに他家と直接競って栄誉を勝ち取る機会が与えられたら、黙って傍観していることなどできるはずもないか。
実際、ポンプッチ伯爵がそうぶっちゃけると、相槌を打つようにバルドゥッチ伯爵も口を開いた。
「そうですぞ。あの障害レースで不動の地位を築いているオルランディ公爵家のティランティ将軍に、あともう少しで勝てる所まで行った時などまさに叫びたくなる程でした。次回こそは、その栄誉を我が家が勝ち取るつもりだ」
残念そうに悔しがるバルドゥッチ伯爵も、そう語る口調はとてもさわやかなものに聞こえた。
クレメントはあの町で楽しむ貴族がオルランディ公爵以外にもいるのだなと思っていると、更にアッスント伯爵が現状をぶっちゃけた。
「陛下に決闘を禁止にされていますからな。あの町で騎士同士によるレースがその代案になっているのです」
ほう、そんな事になっていたのか。
「しかも、あのレースは危険なようで、パルラの係員が保護魔法を掛けてくれるのです。そのおかげでレース中に盛大に落馬しても、競争相手の騎士に妨害されても怪我一つ負わないのです。貴族家でも大金をかけて鍛えた騎士が負傷して使い物にならなくなったら大きな損失ですが、それが無いと分かっていれば、皆安心して無茶が出来ますからなぁ。騎士達の全力での戦いは文字通り血沸き肉躍る見世物になるので、貴族達の良い娯楽になっているのです」
確かに怪我をしないと分かっていれば、大いに楽しめる。
「バルドゥッチ伯爵、あのレース見ておりましたぞ。惜しい戦いでしたが、次は勝てるかもしれませんぞ」
「そうなのですベンダンディ伯爵、ティランティ将軍に勝つことが出来れば、公爵様からその栄誉として短剣が授与されますからなぁ、次はもっと騎士を鍛えて挑戦するつもりですぞ」
「はっはっはっ、それは私もです。ティランティ将軍を打ち負かすのは我が騎士団が先かもしれませんぞ」
どうなっている。4人の貴族が意気投合しているぞ。
まさかとは思うが、他の貴族もあの町で楽しんでいるという事なのか?
そして4人の伯爵の後ろに控えている下級貴族に目を向けると、皆納得顔で頷いていた。
すると南のポンプッチ伯爵が得意満面で口を開いた。
「はっはっはっ、ティランティ将軍に勝つなんて、そう簡単な話ではありませんぞ。お陰で随分儲けさせてもらいましたがね」
ポンプッチ伯爵のぶっちゃけに3人の伯爵が目を剥いた。
「あ、ずるいですぞ、ポンプッチ殿。我らの金を巻き上げましたな」
「ティランティ将軍は、公爵様の護衛を務める一騎当千の騎士なのですぞ。貴方方の騎士が勝つには相当な努力をしないと難しいでしょうなぁ」
そういえば姉様がオルランディ公爵が次期公爵に爵位を譲ったら、パルラに別荘を建ててそこを終の棲家にするとか言っていたような。
そこであの女に招待されて、パルラの町に遊びに行った時の事を思い出していた。
人口のわりに広大な面積を有するあの町は、貴族達が遊んでいるレース場を有する賭場のほかに、魔素水を贅沢に使った浴場、人間将棋とやらを披露した闘技場それに玉突き台があるプールバーとかいうものあったな。
確かに娯楽が沢山だ。
「ポンプッチ伯爵、そのティランティ将軍は、障害レースでガーネット卿の手下に負けたぞ」
「「「えっ」」」
先ほどからポンプッチ伯爵達がぶっちゃけているから、クレメントも同じことをしてやると、伯爵達は驚いて目を見開いていた。
「殿下、その話を詳しくお伺い出来ますでしょうか?」
「確か、白猫って名前の白髪の猫獣人がティランティ将軍と一騎打ちをして、勝っていたぞ。そしてガーネット卿は公爵からミスリルの短剣を受け取っていたな」
それを聞いた伯爵達が目を見開いていた。
「なんと、既にガーネット卿に先を越されていたのですか」
伯爵達は悔しそうな顔をしていたが、「まあ、ガーネット卿は主催者側ですから」という声で記録外になっていた。
「それにしても、皆があの町で遊んでいるのがよく分ったよ」
「いやあ、あの町の統治者がエルフだと言うので、いろいろと言い訳ができるというか」
「確かに、周りが背徳な町だと叫んでも、そこの領主は人種が違うと言えば、誰も文句が言えませんからなぁ」
皆が罰が悪そうに笑顔になると、バルドゥッチ伯爵がポツリと呟いた。
「実は、パルラで遊んでいる事を家族にバレてしまいましてな。お陰で家族を連れて遊びに行くことになったのだが、あの町の女性達は、その、かなり開放的な服装をしているから、最初その姿を見られた時、娼婦の町だと誤解されて大変でした」
「ああ、分かりますぞ。実は当家でもそのような事がありましてな。あの時は本当に大変でした」
そう言って苦笑いをするポンプッチ伯爵が後頭部をかいていた。
「それで、どうやって切り抜けたのですかな?」
「あ、それがあの町には魔素水浴場というのがあるだろう。あの町では平民が貴重な魔素水を浴場のお湯に使っているのを目にした妻や娘が、自分達よりも平民が贅沢していることに憤慨したのだが、町に連れてきていたメイド達は普通に利用していたようなのだ」
「へえ、それでどうなりましたか?」
質問されたポンプッチ伯爵はにやりと笑みを浮かべた。
「メイド達の肌艶が良くなり魔素を肌から吸収するため食事量も抑えられるというので、体形維持に最適だと分かったのだ。後はもう妻も娘も浴場に入り浸っては、疲れも吹き飛ぶとか娯楽もあるとか言って、割引が付く回数券とかいうのを購入して帰って来たのだ」
「ぶっ、それじゃあ」
「ああ、そうだ。お陰で私も、あの町に堂々と行けるようになって助かっている」
それを聞いて伯爵達は笑い合った。
「ところで、あの町の住民は障害レースで騎士が障害を飛び越えようとすると決まって「落ちろ~」と叫ぶのは何なのですかな。私の自慢の騎士がそんな言葉でコケるわけも無いと言うのに」
ベンダンディ伯爵がそう不満を口にすると、アッスント伯爵が話題を変えた。
「そう言えば、タロッツィ伯爵を覚えておられますかな?」
「ああ、あの」
その時の事を思い出したのか、アッスント伯爵がとても嬉しそうな顔でその後を続けた。
「そうそう、集まっていた我々に向かってティランティ将軍に最初に土を付けるのはこの私だとか大見栄をはっていたのに、いざ、レースが始まったら、最初の障害で着地に失敗して盛大にすっ転んでいましたな」
「ああ、集まった観衆の落ちろコールとそれに続いた嘲笑を含んだ笑い声に、顔を真っ赤にして地団駄踏んでおりましたぞ」
バルドゥッチ伯爵は可笑しそうに肩を震わせていた。
「ああ、あの時は貴族同士のマナーとして笑いを堪えるのに、本当に苦労しましたぞ」
「たまたま居合わせてしまったアレマン男爵は気の毒でしたなぁ。タロッツィ伯爵に睨まれながら必死に笑いをかみ殺そうとする姿には、同情すら感じましたぞ」
その時の事を思い出したのか伯爵達を含め、後ろの下級貴族達も声を殺して笑っていた。
そして皆の笑いが収まった頃合いを見計らって、完全に逸れてしまった議題を元に戻し最後の裁断を下した。
「それでは皆の意見が一致したということで、街道補修は北街道から実施する事でよろしいな?」
「「「え?」」」
皆が驚いた顔になったが、次の一言で皆頷いた。
「なんだ、北街道が整備されていないと、馬車での移動が辛いのではないのか?」
「「「異議なし」」」
クレメントとしてはあの女に利益を与える決定に少し思うところはあるが、うるさい貴族共を黙らせる事が出来たことで姉様の負担が減った事に満足していた。
それに姉様がこの案件を自分に頼んだのは、貴族間の調整能力を鍛えるためだと思えば、自分も成長したのだと実感がもてた。
そして、とても晴れやかな気分で姉の元に向かった。
「姉様、僕は立派にやり遂げましたよ」
それでも漁夫の利を得たあの女には、一言言ってやらねば気が済まなかった。
+++++
俺は、パルラの領主館でダラム行政官の次男ランフランコ・モンダルトの面会を受けていた。
「ガーネット様、ダラムの行政官ベニート・モンダルトから連絡が来ました」
ダラムは大公直轄領だから、ジュビエーヌからの連絡という事だな。
いつも用事がある時はアッポンディオ・ヴィッラが直接やって来るが、それが無いという事はただの事務連絡なのだろう。
「どのような内容ですか?」
「はい、国の街道補修予算が可決されて、最優先でエリアル北街道を修繕すると言う内容です」
ああ、ダラムは王家直轄都市でエリアル北街道の終点なのだから、それは当然の判断なのだろう。
だが、それがパルラに何の関係があるんだ?
「ダラムは来訪者が多くなるから、行政官殿としては嬉しい悲鳴というところかしら?」
「ええ、それもあるのですが、父は北街道が整備されたらパルラに遊びにやって来る人達が大挙押して押し寄せるはずなので、注意してくださいと言っておりました」
「え?」
俺が驚いていると、ランフランコは丁寧に状況を教えてくれた。
「ガーネット様、ダラムにやってくる来訪者の大半はパルラまで来る人達です。今までは街道が荒れていて躊躇していた人達が、街道が整備されたと知ったらどっと押し寄せて来るでしょう。これは賭けてもいいです」
つまり、今でも大忙しの所に更に観光客が押し寄せて来るという事か。
俺が黙り込むと、ランフランコは同情するような顔になった。
「ガーネット様、実はクレメント殿下のお言葉がありまして、領地経営が忙しくなれば姉にちょっかいをかける暇も無くなるだろうとの事です」
うん、ああ、そうか。
俺がジュビエーヌだけ誘って、遊びに行くのでないかと恐れているのか。
ぶふっ、まったくクレメントは、まだまだおこちゃまだなぁ。
だが、口ではなんだかんだ言っても事前に情報を流してくれるとは、なかなか良いところがあるじゃないか。
これならまたダラムと協力して人数制限も可能だし、こちらも従業員を増やして対応する事も可能だな。
ふふ、クレメントよ、こちらからの感謝として次回ジュビエーヌを遊びに誘った時には、必ず連れて行ってやるから安心するんだぞ。
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