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番外7 会議は紛糾する1(BC)

 

 クレメントは公城アドゥーグの執務室に籠りっぱなしの姉の体調を心配して、声をかけにいった。


「姉様、入りますよ」

「ええ、良いわよ」


 クレメントは姉が休憩できるようにと、専用メイドのマーサにお茶を用意したワゴンを持って来させていた。


「姉様、根を詰めすぎです。少し休憩しましょう。マーサ頼む」

「はい、お任せください」


 マーサは慣れた手付きで姉と自分の分を用意すると、執務机の前にあるソファセットのローテーブルの上に置いていった。


 姉はその甘い香りに笑みを浮かべると、「それじゃあ少しだけ」といって、ソファに座りお茶を飲んでくれた。


「姉様、仕事ならバスラー宰相に任せてしまえばいいでしょう」

「彼も忙しいらしくて、そうもいかないのよ」


 クレメントは姉の疲れた顔がとても心配になっていた。


「姉様、それなら僕が手伝います」


 クレメントは自分ならエリアル魔法学校の政治・行政科で領地運営のノウハウも勉強しているので、きっと姉の仕事の手伝いができると自信があった。


 姉様は僕の顔を見てにっこり微笑んでくれた。


「クレメントも立派になったわね。それじゃあ、これを手伝ってくれるかしら?」


 そして渡された書類は街道の補修計画書だった。


 公国では、第31代様が公都エリアルから国の東西南北に向けて街道を整備していた。


 この道は整備した第31代様が「国道」と区分した街道で、その整備は王家と街道が通過する領地を有する領主との間で費用を折半していた。


 そして先のロヴァル騒動で被害を受けた街道沿いの領主から、道路の修繕について沢山の陳情が上がっていた。


 その実施時期を巡って、利益を受ける貴族同士で相当揉めているのだそうだ。


「分かりました。僕がビシッと言ってやりますよ」



 クレメントが向かった先は、国の行政機構の1つである国土省だった。


 そこの局長に紹介された行政官はキメンティと名乗った。


 クレメントの目の前で気の毒なほど委縮した頭髪の薄い男は、震える手で資料を差し出してきた。


「殿下、こちらが現在の陳情書の内容です。公国の限られた予算の中、何処から手を付けるかであちこちの領主様達から、自分の所を一番最初にやれと言われて困っているのです」


 そこで真っ先に思い浮かんだのは、なんだかんだと姉様を連れ出そうとするあの女の顔だった。


 よし、北街道は最後にしてやろう。


 そしてあの女が馬車で移動する時、悪路で尻を痛める姿を思い浮かべてニヤリと笑みを浮かべた。


(まあ、実際ユニスの移動方法は空路なので、クレメントの思惑は外れるのだが)


「良し、俺が何とかしてやる」


 この時のクレメントは、自分が言えば簡単に収まるだろうと考えていた。


 クレメントは各街道の代表者と話をしようと、公城アドゥーグのとある1室に皆を集めさせた。


 クレメントは行政官であるキメンティを伴って会議室に入って行くと、集まっていた貴族達が椅子から一斉に立ち上がった。


「「「殿下、本日はよろしくお願いします」」」


 クレメントは集まった貴族達に手を振ると、コの字型に配置されたテーブルの上座に着席した。


 クレメントが着席したのを見た貴族達がそれまで座っていた椅子に座り直そうとして、その座席の位置でまた揉め始めた。


 何が起きたのかと呆然としていると、キメンティがクレメントの傍にやってきてその理由を教えてくれた。


「殿下、彼らは誰が上座に座るかで揉めているのです」


 全く呆れ果てた連中だが、それぞれが街道の代表となっているので、後れを取る訳にはいかないのだろう。


「待て、それでは私がお前達の座席を決めてやる。まず右側のテーブルは、手前が東街道のベンダンディ伯爵で、その隣が西街道のバルドゥッチ伯爵、左側のテーブルは、手前が南街道のポンプッチ伯爵、その隣が北街道のアッスント伯爵だ。これは東と南の街道には公爵が収めている領地があることに敬意を表してだ。理解してもらえるとありがたい」

「「「ははっ、陛下のおっしゃる通りに」」」


 そしてクレメントが指定した席に伯爵が座ると、その後ろにある椅子にそれぞれの応援団ともいうべき下級貴族達が大人しく着席した。


 この会合の代表者が全員伯爵位なのは、暗黙の了解か何かなのだろう。


 そして後ろに控えている下級貴族の応援団が、3人で人数を合わせてあるのも同じ理由なのだろう。


 行政官のキメンティは、クレメントの後ろにある椅子に小さくなって座っていた。


 そして会議の始めるためキメンティが椅子から立ち上がると、集まった伯爵達に睨まれて気の毒そうなほどに小さくなりながらも、進行役として第一声を発した。


「み、皆さま、本日はお忙しい中、国道であるエリアル街道の補修に関する会議にお集まりいただきまして誠にありがとうございます。今回は特別に仲裁役としてクレメント殿下に同席頂いております」


 各街道を代表した伯爵達は、腕を組みこれから戦いが始まるともで思っているのかぐっと拳を握り込み、唇をきゅっと引き結んでいた。


 行政官から聞いた話では、各街道の代表者は他者よりも早く工事をしてもらうため、いかにその工事が重要かを身振り手振りで大げさに表現するが、いざ費用の話になるとそれはお前の仕事だとそっぽを向くのだとか。


 クレメントはそんな連中から無駄な工事を諦めさせ、順番を決めたうえで費用を捻出させなくてはならなかった。


「それでは殿下、一言よろしいでしょうか」


 キメンティに促されてクレメントは口を開いた。


「うむ、此処に居るキメンティ行政官から、エリアルに通じる4本の国道の補修について協力してほしいと応援を頼まれた。其方らも色々言いたいこともあろうと思い、こうやって話を聞く場を設けた。多少の無礼は目を瞑るから、皆忌憚のない意見を聞かせてくれ」


 最初に口を開いたのは、先のロヴァル騒動で帝国軍に侵攻された東街道のベンダンディ伯爵だった。


「殿下、お許しいただきましてありがとうございます。それでは気軽に話させてもらいます」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。


 そして再び顔を上げたそこには、それまでの神妙な顔色は無く、戦いに挑む海千山千の詐欺師の顔があった。


「東街道は帝国に蹂躙されて酷いものです。街道は公国の物流を支える重要なインフラです。一刻も早く修繕する必要があると思います。ですが、我が領では運営が非常に厳しく、街道整備に回せる費用も捻出出来ない状況なのです」


 ベンダンディ伯爵がそう言って勝利を確信したように頷くと、後ろに控えていた3人の応援団が「そうです、その通りです」と囃し立てた。


 クレメントはロヴァル騒動の時、東街道の貴族達が次々と城門を開け帝国軍を招き入れていた事を知っていたが、それを言う事も無くぐっと我慢した。


 他の伯爵達の発言も似たり寄ったりな内容で、同じように後ろに控えた3人の応援団が囃し立てていた。


 そして心配顔のキメンティを一瞥すると、クレメントは口を開いた。


「諸君らの言い分はもっともだと思うし、同情の念も禁じ得ない。だが、王家にもそれほど余裕はないのだ」


 クレメントのその言葉が、自分達の意に沿わない事を察した伯爵達は、すぐに本性を現した。


「ちょっと待って頂きたい。東街道には、公国の穀倉地帯を通る街道です。当然のことながら農産物を買い付けに来る商人達も多く、公国の大動脈と言っても良い街道ですぞ。この街道を優先して補修しなければ皆さんも腹を空かせる事になるのではないですかな? 東街道の重要性が分かって頂けたのなら、当然東街道の修繕が最優先なのもご理解いただけたでしょう」


 その言い分に後ろに控えた応援団も、そうだと言うように同じタイミングで頷いていた。


 それに直ぐ反論したのは、西街道のバルドゥッチ伯爵だった。


「何を言い出すかと思えば、各領地でも麦は育てているだろう。それよりも西街道沿いでは発酵食品の生産が盛んなのですぞ。パンに沿えるチーズは欲しくないのですかな。それに白ビールがなければ、きっと暴動が起きるのではありませんか? ご理解いただけたのなら当然西街道が優先されると確信しておりますぞ」


 そして後ろにいる応援団も当たり前だと言うようにニヤリと口角を上げていた。


 するとテーブルをばんと叩いて、南街道のポンプッチ伯爵が口を開いた。


「ふん、普段は平民の事などこれっぽっちも考えない癖に何を言うのだ。それよりも唯一他国と繋がっている南街道の方が最も重要だろう? 他国と街道が繋がっているという事は、他国の情報も入って来るのですぞ。それにフリン海国から入る舶来品が入って来なくなったら貴族達が騒ぎ出すこと請負ですぞ。国の為にも南街道が最も重要な街道だと分かって頂けたと確信しております」


 4街道の貴族達が諍いを始めると、行政官のキメンティは下を向いて黙り込んだ。


 なるほど、何時もこの調子で話が進まないのか。


 クレメントは各代表が主張する内容に納得するものがあると考え、どこの街道を優先させるか悩みだした。


 拙い、これで順位付けなんかしたら、後回しになった街道沿いの貴族から必ず恨みを買ってしまうではないか。


 姉様、これは自分には荷が重いような気がします。


 だが、どのみち恨みを買うのであれば、あの女に利益が生じるエリアル北街道は絶対に最後にしてやる。


 ふふ、あの女が髪を振り乱して悔しがる姿が目に浮かぶな。


 クレメントがそんな事を考えている間も、目の前では各街道を代表する貴族達が口角泡を飛ばしながら、白熱したというか不毛な議論を繰り返していた。


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