番外5 大陸の新秩序5(AD)
エリアル北街道を一路パルラに向かう馬車隊の中ではルミール・アスベカとその家族は絶望に打ちひしがれていた。
「あなた、これでもう終わりなの?」
自分の不安が妻にも移ったのか、不安そうな顔を向けてきた妻の手を掴んだ。
「すまない、俺の判断ミスだ」
「ううっ、私達は駄目でも、娘だけは、あの子は何も知らないのよ」
エリアルでロヴァル大公と面談しなんとか身の安全を確保したかったのだが、大公の反応は冷たかった。
ディース神に神敵認定されるという事は、生きる術を失うのと同義だった。
そこで最後の手段として、ディース神に認められているロヴァル大公に庇護を求めようとしたのだがどうやら失敗したようだ。
そして護送されたパルラの町では、大帝国を崩壊させた戦犯、いや、ディース神が庇護した最悪の魔女が待っていた。
その赤い瞳にじっと見つめられて恐怖を覚えたが、何とか娘だけでも助けてもらうためその慈悲にすがるしかなかった。
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俺はまたビルギットさんが用意した玉座に座り、目の前にひれ伏したルミール・アスベカの一族とその前に置かれた2つの箱を眺めていた。
ジュビエーヌからの連絡で、あの箱の中は黒蝶の2番と3番の首が入っていて、4番だったルミール・アスベカが一族の命の保証を条件に降伏してきたらしい。
顔を伏せている人達は肩が震え、これから自分達に下される断罪を待っているような感じだった。
そんなに俺は血も涙もない酷い人間に見えるのだろうか?
そして隣にいるジゼルの顔を見た。
奴隷商人からジゼルを救い出すためハンゼルカ伯国を訪れた時、この男に交易許可証を発行してもらったので、王国に潜入する事が出来たのだ。
俺にとっては、そちらの方が重要だった。
「それで、ルミール・アスベカの希望は家族の身の安全で良いのか?」
「はい」
「今、この町は宿泊施設の建設が最優先になっていて、一般住宅は後回しなのよ。貴方達は、空き家になっているバルギット帝国の領事館を利用してね」
「え?」
こいつは身の安全だけじゃなくて、住宅まで手配しないと満足しないのか?
「それが嫌なら、隣のダラムにでも行ったらいいでしょう」
俺がそういうと、アスベカの一族は皆真っ青な顔になってブルブル震え出した。
俺がそれを見て何が起きたのか分からず困っていると、ジゼルが裾を引っ張ってきた。
「ちょっとユニス、違うわよ」
「え、何が?」
「この人達は借家暮らしに不満を持っている訳じゃなくて、ユニスに許された事に驚いているのよ」
「えっと、つまり、私がこの者達に厳罰を与えると思われていたと?」
「そう、そしてダラムに行けと言いうのは、罪をゆるされずに追放されると思ったようね」
え、そうだったの。
俺がルミール・アスベカの顔を見ると、それが事実ですとばかりに頷いた。
「まったく、分かりにくいわね。貴方達のこの町での安全は保障するわ。そして、家は直ぐには用意できないから当面はバルギット帝国の領事館を利用してほしいと言ったのよ」
「ありがとうございます。これで私も後顧の憂いなく逝く事ができます」
「逝く?」
ルミール・アスベカは家族は許されるが、自分は無理だと思っているようだ。
「ねえジゼル、この男に反意はあるの?」
「無いわね。それにこの町に住むとなれば家族が人質になるんだから、めったな事は出来ないと思うわよ」
確かにそれもそうか。
俺はジゼルの見立てに納得すると、直ぐにルミール・アスベカに向き直った。
「お前には、私にとって最も大事なジゼルの救出時に便宜を図ってもらった借りがある。私は、お前の罪を不問にすることでその借りを返す事にするわ」
それを聞いたルミール・アスベカはぽかんと口を開け、家族たちは全員助かった事に涙を流して喜んでいた。
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クマルヘムにある宿の1室で旅装束に着替えたリリアーヌは、部屋に備え付けられた姿見でその出来栄えをチェックしていた。
そしてちょっとでも不満があると、護衛騎士のベレンに言って別の物と取り換えていた。
何故リリアーヌがクマルヘムに居るかというと、エラディオから魔法で封をした手紙で大帝国の顛末を受け取ったからだ。
公国が神から統治を任され神聖ロヴァル公国と名乗ったという報告があり、それなら我が王国も神からのお墨付きは当然欲しい。
幸いにもパルラに行くには、以西の地のクマルヘムから直接パルラに行ける手段があるので、それを利用してお願いに行くのだ。
リリアーヌの着替えを手伝っていたベレンが思わずため息を漏らしていた。
「殿下、そろそろお決め頂かないと乗り遅れますよ」
「あ、ちょっと待ってよ。せっかくの旅行なんだから、身支度はきちんとしなくちゃでしょう?」
「ですが、パルラに向かうゴーレム馬車の出発時刻が迫っております。万が一にも乗り遅れるような事があれば1日無駄にしてしまいます」
ベレンの不満の声に、リリアーヌは頬を膨らませた。
「もう、せっかくガーネット様に会いに行くと言うのに、おめかしは必要でしょう?」
「いえ、明朝到着ですから只の移動です」
リリアーヌは、ベレンにせかされながらパルラ行きの駅にやって来た。
そこではパルラに向かう利用客達が既に集まっていた。
やがてやって来たのは、4本脚の大きなゴーレムで背中に乗客が乗る籠が乗っていた。
ゴーレムへの乗り込みは階段になっている尻尾からで係員が乗客の手を掴んで補助してくれていた。
ゴーレム馬車の中は、中央の通路の左右に座席が設置してあり、リリアーヌはベレンと一緒の2人席に座った。
ここから先は普段なら危険で入れないヴァルツホルム大森林地帯をパルラまで行くのだ。
森の中はうっそうと木々が生い茂り、時折何かが動く影が見えた。
その度に物珍しそうに指さしてあれは何と、隣に座るベレンに尋ねていた。
その姿が初めて外に出る子供のように微笑ましく、つい御者があれは何で、これは何という風にガイド役を務めるほどだった。
リリアーヌは王国運営という重荷を父親と兄に押し付ける事が出来き、そして父親からはしばらくは自由にして良いとお墨付きをもらっていた。
そして今、リリアーヌは護衛騎士を伴って初めての海外旅行、もとい、外交使節としてパルラを目指しているのだ。
リリアーヌが王城トリシューラから外に出るのは、王族の保養地であるルジャだけだったので、今回の旅はとても楽しみだった。
ゴーレム馬は危険地帯のはずのヴァルツホルム大森林地帯を順調に走っており、食事の時間になると給仕係からお弁当が支給され、夜のとばりが降りると毛布が配られた。
パルラには明け方に到着した。
大型のゴーレム馬車はパルラの南門をくぐれないので、門の前で停止すると、乗客が席を立ち尻尾の階段から降りて行った。
リリアーヌもベレンを伴って馬車を降りると、そこにはエラディオが待っていた。
「殿下、長旅でお疲れでしょう。部屋の準備も整っておりますので、取り急ぎ王都領事館に向かいましょう」
「エラディオ、他の乗客は入場審査を受けているようだけど?」
「殿下達は問題ありません。私に付いてきてください」
そう言うとエラディオは門を守る獣人達に軽く声をかけると、そのまま中に入って行った。
エラディオについていった私やベレンも見られていたはずなのに、止められる事も無かった。
リリアーヌ達は南門の中で待っていたゴーレム馬が引く箱型馬車に乗ると、そのまま大きな建物の前まで運んでくれた。
そこには部外者を阻む重厚な門があり、脇の警備員詰め所から獣人が姿を現した。
「エラディオ殿、そちらの方が王国からのお客様なのですね」
「はい、王国の王女殿下です」
すると警備を担当していた獣人がぺこりと頭を下げた。
「王女殿下、滞在中、門の警備は私らがやらせていただきます」
「ええ、よろしくお願いしますね」
そして敷地内に入ると、エラディオが王都領事館の説明をしてくれた。
「正面が本館で、左側にあるのが別館です。そして隣の敷地にはユニス殿が住まう領主館があります」
へえ、ガーネット様は、自分の建物の隣という好立地に建ててくれたのね。
本館に入ると、1階に食堂と来客スペース、2階が護衛用の待機場所と武器庫、収納部屋、そして3階は私とベレンの部屋それと大容量の衣装部屋があった。
リリアーヌは3階にある大きな衣装部屋に目を丸くした。
「ガーネット様は、私が相当な衣装持ちだと思っているようね」
「この町には大きな服飾店があると聞きますし、せっかくですから買い物でも楽しみましょう」
「ふふ、そうね」
リリアーヌがベレンとそんな会話をしていると、エラディオが渋い顔になった。
「殿下、この町の衣装はなんていうか、その、非常に開放的なのです」
「それで?」
「ああ、もう、露出の多い服ばかりなので、殿下には合わないと思いますよ」
エラディオが投げやりにそう言ってきたのを聞いて、リリアーヌは思わずベレンと顔を見合わせた。
「ぷっ、ふふふ、ガーネット様もこの町ではそのような恰好をしていると聞きましたよ。なら、私達もパルラの文化として楽しむ方が、好印象を与えるのではありませんか?」
「そうですよ、エラディオ。私達は王国を代表して友好を示めしに来たのです。それならこの町の文化に理解がある姿を見せた方が相手には好印象をあたえるでしょう」
リリアーヌの発言に、ベレンも同意を示してくれた。
「分かりました。それではお好きなようにどうぞ。でも、服を手に取って後悔しても知りませんからね。私は領主館のビルギットさんに、滞在中のお世話係を何人か借りてきます」
エラディオが出て行くと、早速ベレンを伴ってその話題の店に行くことにした。
そして今リリアーヌは、その服を手に取って目を丸くしていた。
「驚いたわ。エラディオが言っていたのは本当だったのね」
「殿下、これを見て下さい。凄いですよ」
ベレンが持っていたのは小さな布切れだった。
リリアーヌがそれを見て固まっていると、販売員がやって来た。
「いらっしゃいませぇ。私はルーチェ・ミナーリと言いますぅ。どうですかぁ、それはパルラ辺境伯様、たっての希望で作った女性用下着ですよぅ。凄いでしょう、それロヴァル大公陛下も愛用なされているブランド品ですよぅ」
「え、こ、これをガーネット様が?」
「はい、勿論、御愛用されています。どうですぅ、これを身に付ければガーネット様になったような気分になりますよぅ」
リリアーヌが驚きの声を上げると、販売員はまるでネギと鍋を背負ったカモを見るような瞳をしていた。
買い物を終えたリリアーヌはベレンと一緒にプレミアムという名のカフェで、ガーネット様の好物というモッカとプリンアラモードを堪能していた。
「殿下、凄かったですね」
「ええ、まさか、服選びでこれだけ労力を使ったのは初めてだわ」
「でも、この町ではこの恰好の方が、かえって目立たないんですから不思議ですよねぇ」
「そうねぇ、これ、他の町では絶対に着られないわよ。そして、このプリンというのは美味しいわね」
「ええ、とても甘くておいしいです。でも、これだけ大きいとなんだか背徳感があります」
ベレンはそう言いながら自分のお腹を見ていた。
「まあ、どうせこの町にいる間だけなんだから、もっと楽しみましょう」
「はい、お供いたします」
リリアーヌ達はエラディオが慌ててやって来るまで、この町に来た目的をすっかり忘れて遊びまわっていた。
そして目的を思い出して青くなったリリアーヌがユニスにお願いして、王城トリシューラに送り届けてもらった。
その時、ディース神に扮して顕現してもらい、ようやく王国も神聖ルフラント王国を名乗る事が出来るようになったのだとか。
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