番外4 大陸の新秩序4(AD)
ユニス達と別れたガスバルは自領に戻り、バンダールシア大帝国の使者から所領のはく奪を命じられるのを待っていると、意外にもやって来たのは使用人で、そしてもたらされた情報は皇帝が亡くなったというものだった。
あの時、帝城アトゥールであの皇帝はユニス殿を討伐するとか言っていたからな、きっとパルラで返り討ちに遭ったのだろう。
「当主、皇帝が亡くなったのなら所領のはく奪も白紙に戻ったのでは?」
従兄のその疑問は、ガスバルも感じている事だった。
そうなってくると次の皇帝が誰になって、どんな方針を取るのかを確かめる必要があった。
「う、うむ、これは一度ヌメイラに行って情報収集をする必要がありそうだな」
「では当主、領地は私に任せて下さい」
「分かった。では行って来る」
帝都ヌメイラに向けて馬を走らせていると、持てるだけの荷物を持って帝都方面からやってくる人達が沢山いるのに気が付いた。
宿泊のため入った宿で、酒場で盛り上がる人達の中にヌメイラからやって来た人達が居る事に気が付き、ちょっと話しかけてみた。
「皆さんはヌメイラからやって来たのですか?」
「ええ、大帝国軍は偉大なるディース神様の怒りに触れたでしょう。ヌメイラなんかに居たらいつ何時ディース神様の神罰が落ちるとも限りませんしね」
「ええ、そんな恐ろしく危険な場所など住める訳がありません」
「そうですぞ、貴方もディース神様が見逃してくれそうな、小さな町に逃げた方がいいですよ」
酒を奢った事で口が軽くなった男達は、自分が知っている事を洗いざらい教えてくれた。
ガスバルは彼らが自分の事を心配してくれていることに感謝の意を示し、追加の酒を奢ってから部屋に戻った。
ガスバルの予想ではパルラの町でユニス殿が皇帝を討ち取ったと思っていたが、それがディース神だと聞いて困惑していた。
どうしてそんなに都合よく神が現れるのか、さっぱり分からなかった。
だが、少なくとも帝国の人々がそれを信じて、ヌメイラに居る事が危険だと思っているようだ。
ヌメイラに近づくにつれて帝都から逃げ出す人達が多くなり、逆方向のガスバルの馬がなかなか進めなくなっていた。
ようやくたどり着いたヌメイラは、ガスバルが知っている町とはガラっと変わっていた。
帝城に通じるグラシアン通りの両側にある貴族の邸宅は、門が破壊され遠くに見える館は焼け落ちていた。
そして歓楽街では、店や市場は殆どが閉まっていて通りは閑散としていた。
そんな中、軒下の座り込み酒を飲んでいる男が居た。
元は高級服だったと思われるボロを纏った男は、ガスバルの姿を認めると酒瓶を掲げて話しかけてきた。
「よう、お貴族様がこんな町に何か用でもあるのか?」
「私は黄色冒険者だ。何時から帝都はこんな風になったんだ?」
「はは、それはこの国の皇帝がディース神の怒りに触れ神罰を受けたからさ」
ここでもディース神か。
そこでガスバルの最大の関心事を聞いてみる事にした。
「なあ、皇帝が亡くなったのなら、今は誰がこの国を統治しているんだ?」
「誰も」
「どういう意味だ?」
秩序を保つためには、それを成す為の人や組織が必要じゃないのか?
「だから、神罰を恐れて誰も皇帝になろうとしないんだ。だから、この国には統治者は居ないってことさ」
「宰相はどうした? たしか、リボル・ロマン・バチーク殿だったと思うが?」
「ああ、あの男は逃げたぞ。今頃は領地で神罰を恐れて縮こまっているんじゃないのか。ふははっ」
そう言うとさもおかしいとでも言いたげに酒瓶を持ち上げると、何処からやって来たのか別の男が酔っ払いを殴りつけて酒瓶を奪っていった。
そこにあったのは無法地帯だった。
「まるでユニス殿が統治する前のリグアみたいだな」
そして酔っ払いの顔にどこか見覚えがあるのに気付くと、その特徴的な腕の傷が目に付いた。
ガスバルは、目の前の酔っ払いに声をかけた。
「まさか、リュカ・マルタン・アブラーム卿なのですか?」
ガスバルが思わず口にすると、酔っ払いは驚いた顔に変わった。
「買いかぶりすぎだ。俺はただの酔っ払いさ」
そう言って顔をそむけた哀れな男に、これ以上詰問するつもりはなかったのでその場を離れた。
ガスバルはヌメイラと帝国の未来が暗い事にため息をつくと、この状況を何とかしてくれる唯一の人物に連絡蝶を送る事にした。
+++++
パルラに亡命してきたアースガルは、パルラ生活協同会社での仕事を終えてガーネット卿の恩情で住まわせてもらっている旧バルギット帝国領事館に戻ってきていた。
今、この館には同じく亡命してきたジュール・ソレルとパメラ・アリブランディが生活していた。
夕食を終えパルラ産の白ビールを飲んでいると、パメラが来客を伝えに来た。
「レスタンクールさん、ユニス様が来られました」
自分は既に帝国の貴族ではないので、パメラにはさん付けで呼んでもらっていた。
「えっ、それは大変だ。パメラお茶の用意を頼む」
「はい、畏まりました」
アースガルは、テーブルを挟んだ反対側にのんびり座っているガーネット卿の姿を眺めていた。
大帝国軍をパルラで撃退してからというもの、本人がいくら否定しても町の住民はこのお方をディース神だと信じて疑わなかった。
アースガル自身も、領民目線で領地運営をする見目麗しいこのお方が神だと言われても、決して否定はしないだろう。
そして綺麗な手でカップを掴みそれを小さな口に運ぶ姿を、なんとも美しい所作だなあと眺めていた。
そのため目の前のお方の言葉を聞き逃した。
「え?」
つい、アースガルがそう言ってしまうと、目の前のお方は少し拗ねて呆れたような顔で再び同じことを言ってくれた。
その顔がとても可愛らしかった事は、心の中に留め置いた。
「アースガル、バンダールシア大帝国が崩壊して旧バルギット帝国領の治安がかなり悪くなっているの。貴方は生まれ育った土地が、地獄に変った事をどう思う?」
「どうって聞かれましても、私は国を捨てた負け犬ですから悲しくは思いますが何もできませんよ?」
俺の答えに目の前のお方はちょっとがっかりしたような顔をしたが、何の力も無い自分を買いかぶり過ぎですよと心の中で呟いた。
「帝国領の人達が貴方に国の運営を願ったら、ヌメイラに帰って帝国を再興しようと思う?」
「ぶふっ、ガーネット卿、突然何をおっしゃられるかと思えば、そんな事は絶対にありえませんよ」
アースガルが思いっきり首を横に振ると、目の前のお方は逆ににっこり微笑んだ。
「へえ、絶対とまで言い切るのね?」
「はい。ガーネット卿も帝都の館を脱出した時、あのままだったら木の枝に吊るされていたとおっしゃったではありませんか」
アースガルはあの時の事を、このお方は忘れているのではないかと不安になっていた。
「じゃあ、私と賭けをしない?」
「賭け、ですか?」
そう言ったガーネット卿の顔は、いたずらを思いついた子供のように嬉しそうだ。
「私と一緒にヌメイラに行って、住民が貴方を統治者と認めたら帝国を再興する。認めなかったらパルラの町で今まで通り生活するというのはどう?」
アースガルが返答に困っていると、それまで壁際に控えていたパメラが口を開いた。
「レスタンクールさん面白そうではありませんか、この賭け受けてみましょうよ」
「え、絶対無理だと思うけど?」
「あら、アースガルは私と賭けも出来ない腑抜けなの?」
腑抜けと言われてちょっとムッとしたアースガルは、このお方をちょっと困らせてみたくなった。
「では、私が勝ったならガーネット卿が1日私の伴侶になって下さい。どうです、自信があるのならこれくらい簡単ですよね?」
アースガルが絶対断るだろうと思っていると、意外にも目の前のお方はにっこり微笑んで頷いた。
「いいわよ」
ヌメイラに向かう馬車の中でアースガルは、目の前のお方との1日デートプランをあれこれ考えていた。
まあ、同じ馬車の中にジュール・ソレルとパメラ・アリブランディという邪魔者が居て、こちらの思考を無言で邪魔しているのだが。
この2人は賭けの見届け人という名目で同行していた。
そして意識を再びデートプランに戻して、昼間は障害レースを楽しみ、夜はミニバーで酒を飲みながら酔いが回り赤くなったお方の唇を俺の物にして、寝室で1枚づつ服を脱がして露になった豊満な肉体に、ムフフ。
「アースガル、楽しそうね」
「え、ええ、ガーネット卿との逢瀬を楽しみにしているのです」
「そう、その願いが叶えば良いわね」
「ええ、勿論叶うと思っておりますよ」
アースガルが自身満々に答えても、目の前のお方は笑みを崩さなかった。
どうしてそんなに自信があるのかさっぱり分からなかったが、それもヌメイラに到着すれば分かる事だった。
そして突然馬車が止まると、目の前のお方が立ち上がった。
「それじゃあ、始めましょうか」
ガーネット卿が馬車から出て行った後、突然それは起こった。
気が付くとそこはもうヌメイラの上空で、ガーネット卿は大きな2枚翅を付けたあのディース神の格好をして馬車の傍を滞空していた。
「え?」
+++++
ガスバルはその日、ユニス殿から人を集めるよう指示を受けていたので、冒険者ギルドを通して酒場や人が集まりそうな場所で今日何かがあると噂を広めていた。
秩序を失い日々やる事も無い人々は、噂に興味を持ちヌメイラの町に集まっていた。
そして人々が何が起こるのかと期待と興味を込めて目を輝かせると、突然それは起こった。
上空に赤い魔法陣が現れると、まぶしい光と共に大きな七色の2枚翅を付けたどう見てもユニス殿にしか見えない女性が現れた。
だが、ユニス殿を見たことが無い民衆は、その姿を見た途端、一斉に両ひざを突き祈りを捧げ始めた。
旧バルギット帝国も国教はディース教なので、あの姿を見たら誰もがディース神がこの地に顕現したと思うだろう。
「お前達に道を示す者を遣わす。我が意に反する者はおるか?」
「「「ディース神様の御心のままに」」」
神罰を受けると絶望していた民衆は、神からそう言われて異を唱えるような愚か者はいるはずもなかった。
+++++
アースガルは目の前で起きている事が信じられなかった。
目の前にはディース神に化けたガーネット卿がいて、周りには両ひざをついてその姿をありがたそうに崇める民衆がいた。
そしてガーネット卿は俺に「じゃ、後は任せたわよ」と囁くと、そのまま上空に舞い上がり一瞬で消えてしまったのだ。
「え?」
あっけにとらえる俺に、隣にいたパメラ・アリブランディが声をかけた。
「新皇帝陛下、これから国の立て直しは大変ですが、頑張りましょうね」
「俺はルーセンビリカの立て直しをするから、パメラは陛下のお傍でサポートを頼むぞ」
そう言ったのはジュール・ソレルだった。
どうやらこうなる事は、俺以外は皆知っていたらしい。
くそっ、騙された。
だが、どんなに嘆いても、もう後戻りはできなかった。
そして周りを見回すと、集まった民衆が皆期待を込めた瞳で見つめているのだ。
そんな民衆にパメラ・アリブランディが良く通る声を張り上げた。
「皆の者、このお方がディース神に認められた神聖バルギット帝国の初代皇帝アースガル・ヨルンド・レスタンクール陛下であらせられるぞ」
「「「おお、神聖バルギット帝国万歳、レスタンクール陛下万歳」」」
アースガルは自分を崇める民衆を見ていると、パメラがそっと紙片を渡してきた。
アースガルはそれを読むと、半場あきらめたように民衆に向かって声を張り上げた。
「皆の者、私は神にこの地の統治を任された。本日からこの地は神の祝福された土地となる。皆も励め、そして神にこの地がいかに素晴らしくなったかと自慢しようではないか」
それを聞いた民衆はどっと沸き上がった。
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