12―48 新たな聖地
俺達が寛いでいると食堂にジュビエーヌとクレメントが入って来た。
「陛下、殿下、おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「おはようユニス、ええ、すっかり元気になったわ」
「あ、ああ」
ジュビエーヌは俺の顔を見るととても嬉しそうに笑顔を見せたが、クレメントは微妙な顔をしていた。
そしてジュビエーヌが俺の隣に座ったタイミングで、エリアルへ戻るのか聞いてみる事にした。
「ねえジュビエーヌ、エリアルに帰れそうなの?」
するとジュビエーヌは難しそうな顔になった。
「う~ん、今のエリアルは裏切り者のバスラー宰相に乗っ取られているの。とても帰れそうも無いわ」
「姉様、申し訳ありません。僕が宰相の口車に乗ってしまったせいで」
「貴方のせいではないわ」
お互い暗い顔になった2人の前に、厨房から出てきたチェチーリアさんが朝食を置いてくれた。
「陛下、殿下、空腹だと名案も浮かばないでしょう。どうぞ、お召し上がりになって下さい」
「ありがとう」
「感謝する」
そして2人が食事を始めると、あおいちゃんが話しかけてきた。
「お姉ちゃん、何とかならないの?」
あおいちゃんは他人の目がある時は、必ず俺達が双子の姉妹という設定を守っているよな。
「そうよ、ディース神様」
シェリーが面白半分にそう言うと、ジュビエーヌがぱっと顔を上げた。
「そうよ。それよ」
ジュビエーヌは名案を思いついたといった顔で俺を見つめてきた。
「ねえユニス、お願いがあるんだけど」
「え、何ですか?」
「あの突然上空にぱっと現れて七色の翅を広げたあれを、エリアルでもやってもらえないかしら?」
「ああ、そうね。それは名案だわ」
「そうね、絶対やるべき」
ジュビエーヌのお願いに、あおいちゃんとシェリーが直ぐに同意を示してきた。
「え、ちょっと、皆さん?」
「お姉ちゃん、あれなら軍勢を整える必要も無いし、手間いらずよ」
あおいちゃんが食い気味にそう言って来ると、ジュビエーヌやシェリーもうんうんと頷いた。
こ、これは、やらないといけない状況になってきたな。
まあ、前回は城攻用ゴーレムに戦闘用ゴーレムの一団を作成したが、それが不要なら確かに手間はないか。
だけど、大騒ぎにならないか?
あ、いや、それを狙っているのか。
リングダールの話では、大帝国の皇帝はディース神から地上の統治を任されたとか言っていたしな。
それを自分で再現しようとは、ジュビエーヌもなかなか策士だな。
「ええ、分かりました。期待に沿えるように努力します」
周りの期待に満ちた目に抵抗出来る訳もなく、俺は頷く事しかできなかった。
+++++
公城アドゥーグの大公執務室では、皇帝から臨時大公を任命されたラファエル・クレーメンス・バスラーが座っていた。
黒蝶の6番に任命され公国攻略を任されてから、大帝国軍がエリアルに凱旋したらようやくその任務が完了するのだ。
そうしたら俺は、エリアルを含む広大な地域を所領とするバスラー公爵に任命されるだろう。
いかな魔女といっても力を抑えられた状態で、あの大軍に攻められたららひとたまりもあるまい。
バスラーが勝利の美酒を堪能していると、大公執務室にドタドタという足音が聞こえたと思うと突然扉が開いた。
「馬鹿者、なんだその礼儀のない行動は?」
「そんな事を気にしている場合ではありません。大変なんです」
「この無礼な行動よりも大変な事ってなんだ」
思わずバスラーがそう怒鳴っても、当番兵はひるまなかった。
「パルラで大帝国軍が負けました」
「は?」
一瞬バスラーは何を言われたのか理解できなかった。
いや、周囲の音が消えて何も聞こえなかった。
はっと我に返ると、当番兵が俺の体を揺すっていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ」
ま、拙い。
敗残兵がエリアルに逃げてきたら、何が起こるか分からないぞ。
「おい、エリアルの門を閉めるんだ。急げ」
「は、はい」
そして、それは突然やって来た。
エリアルの住民が騒然とする中、バスラーが慌てて公城のテラスに出ると上空には赤色の魔法陣が現れていた。
するとまぶしく光った後、そこには虹色の輝く2枚翅を付けたものが現れた。
+++++
俺はジュビエーヌとクレメントが乗る馬車と一緒に公都エリアルの上空に転移した。
2人が乗った馬車と共に公城アドゥーグの前にゆっくり降下していくと、殆どのエリアルの民衆がこちらを見上げて呆然と立ち尽くしていた。
やがて何処からともなく鐘の音が聞こえて来ると、それに呼応するかのようにエリアルの町の至る所から鐘の音が聞こえてきた。
それはまるでジュビエーヌ達の帰還を喜んでいるかのようだった。
公城アドゥーグの前には、使用人やら近衛兵やらが慌てて出てきていたが、連中が味方だとは分からないので、ここは一言牽制しておいた方が良さそうだ。
「この者にこの地の統治を任せた。我が決定に異を唱える者はおるか?」
俺がそう質問すると、それまで呆然と立ち尽くしていた人々が突然両ひざを突いて、あの祈りを捧げるポーズを取った。
「「「ディース神様の御心のままに」」」
安全が確保されたようなので、ジュビエーヌ達を乗せた馬車を着地させた。
馬車からはジュビエーヌとクレメントそれに護衛のセレンとテルルが降りて来た。
馬車から降りたジュビエーヌは、俺の前で片膝を突くと恭しく頭を下げた。
そして集まった者達に振り返ると、片手を胸に当てた。
「私はディース神様にこの国の統治を託されたわ。今日この時から、我が国は神聖ロヴァル公国になる」
「「「ははぁ」」」
え? なんでそうなるの。
「それでは最初の命令を伝える。この国の神敵であるラファエル・クレーメンス・バスラーを捕らえよ」
「「「ははぁ」」」
俺が驚いていると、こちらを振り向いたジュビエーヌが嬉しそうにウィンクしてきた。
あっけなく問題が解決したようだ。
俺はジュビエーヌに微笑みかけてから上空に舞い上がった。
その時、法衣を着た人物が何やら叫びながら慌ててやって来たようだったが、既に上空に上がっていたので何も聞こえなかった。
+++++
エリアルにあるディース教会では、司祭のフェーグレーンが午前のお勤めを終えてのんびり休憩していると下働きの少年がやって来た。
「司祭様、大変です空を見て下さい」
その少年の異常な慌てぶりに何事かがあったのを察したフェーグレーンは、慌てて外に出ると少年が指さす上空を見上げた。
まぶしい光の中から今まさに現れようとしているのは、どう見てもこの世に顕現したディース神そのものだった。
「お、おおおお~、神よぉ」
神職になってから毎日祈りを捧げているが、神が本当いるのかと疑問に感じたことが全く無かったといえば嘘となる。
だが、そんな疑念も一瞬で吹き飛ばす現実が目の前にあった。
「おい、誰か、神の顕現だ。祝福の鐘を鳴らせ」
この世に顕現した神がゆっくりと公城の方に降下しているに気付くと、フェーグレーンは公城に向けて駆け出した。
何が何でも神のお姿を近くで拝見しなくては。
+++++
ジュビエーヌ達をエリアルに送り届けた後、領主館の食堂で一服していると、パルラの主要メンバーがぞろぞろと入って来た。
「ああ、ユニス様、こちらにおられましたか」
「皆さんにも大変な思いをさせてしまいましたね。とても感謝しておりますよ」
俺がそう言うと代表してビアッジョ・アマディが口を開いた。
「ありがとうございます。それで今後の事を相談したいのですが」
「今後の事?」
「はい、ユニス様のあのお姿を見た者達が逃げた先や故郷に帰ってディース神が顕現されたと吹聴するはずですから、ディース教徒が大挙してパルラに押し寄せて来ます。その対策です」
「・・・え?」
まさか、そんな事態まで想定していなかったぞ。
するとアンブロシウス・リングダールが頷いていた。
「まさにそうです。これからサン・ケノアノールからも、正式な派遣団がやって来るでしょう。もしかすると、パルラに大聖堂を建立させろと要求してくるかもしれませんね」
すると今度はジルド・ガンドルフィが口を開いた。
巡礼者が大挙して押し寄せてきますので、宿泊施設や飲食施設も圧倒的に足りないと思います。
「え、え、え?」
俺が助けを求めて周りを見回すと、ベルグランドも口を差しはさんできた。
「ルフラント王国からも多分ですが、ディース神のお墨付きが欲しいと使者がやって来ると思いますよ」
「え、王国も、なの?」
「はい、ロヴァル大公は公国の統治者だと神の承認を得ました。これに異を唱えるという事は神を否定する事と同義なので、誰も反論できない絶対不可侵の地位を得た事になります。それを見た王国が黙っているとは思えません」
ああ、確かにあの王様なら何か言ってきそうだな。
するとバンビーナ・ブルコが大げさに両手を広げて天を仰いだ。
「そうさね。これからこのパルラはバンダールシア大陸の聖地になるんだ。膨大な数の巡礼者やら観光客やらが押し寄せて来るさね。私もせいぜい稼がせてもらわないとね」
え、聖地だって?
俺がそれを聞いて慌てると、すかさずシェリーがいたずらっぽい笑みを浮かべながら俺の肩を叩いてきた。
「頑張ってね。神様」
こいつ、もとはと言えばお前が・・・。
そして大挙して押し寄せて来るディース教徒の姿が脳裏に浮かんだ途端、俺は頭を抱えた。
パルラの治安が、俺の平穏な生活が、自由な時間が、全て無くなるのか?
そんな俺のもう片方の肩にあおいちゃんが手を置いてきた。
「神威君、大丈夫よ。息抜きがしたくなったら、私が発掘調査に連れ出してあげるわ」
そうだ、変化石も魔法国の技術なら、魔素抜きの圧縮空気を作る技術もあるかもしれないぞ。
「そうそう、何ならプリンアラモードを奢らせてあげるわよ」
シェリーも完全に他人事だと思って面白がっているな。
まったくこの女性陣は、俺と一緒で地球に帰れないというになんでこんなに自由なんだ?
「いやいや、君たちだけ好きな事をするのはずるいだろう。ここは交代制だよね?」
「「え?」」
俺は逃げようとする2人をがっちり捕まえた。
「いやいや、代わりなんてとても無理にきまっているじゃない」
「そうよ、ミシロの代わりなんて誰にもできない」
2人が否定すると、それに同意するようにビアッジョ・アマディが口を開いた。
「そうです、ユニス様の代わりなんて誰にも出来ないのですから、これから忙しくなりますのでよろしくお願いします」
ビアッジョ・アマディの後ろでは、パルラの主だったメンバーが真剣な顔で頷いていた。
その圧に負けそうになったところで、ジゼルが食堂にやってきた。
その姿を見た途端、俺はすかさずジゼルの元に駆け寄るとその腰を抱きしめた。
「え、ユニス、どうしたの?」
俺はその問いかけに構わず重力制御魔法と飛行魔法を掛けると、窓から飛び出して上空に舞い上がった。
「なあに、ちょっとした遊覧飛行だよ」
そして地上での喧噪を忘れて、青く澄み渡った空に駆け上がった。
「ああ、この解放感がたまらないよね」
「何だか分からないけど、ユニスが楽しいならそれでいいわよ」
俺の我儘に付き合ってくれているジゼルは優しく微笑んでいた。
魔素抜きの圧縮空気を作るのにどれくらいかかるか分からないし、帰れたとしても海底遺跡から脱出して大海原を漂流しながら船に助けてもらうなんてどんな確率だよ。
「ねえジゼル、パルラで初めて会った時からいろいろあったけど、ずっと友達でいてくれてありがとうね」
「急にどうしたの? そんなの当たり前でしょう」
「うん、そうだね」
まあ、ジゼルが生きているうちは、ここで暮らすのも悪くないかと考え直した。
「ユニス、なんだかうれしそうね」
「ふふ、ジゼルと空の散歩が楽しいからだよ」
そして俺はジゼルと一緒に空の遊覧飛行を楽しむのだった。
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