12―44 神罰
転移魔法でパルラ上空に突然現れた俺の姿を見て驚き固まっていた敵兵は、俺の面前に多数の藍色魔法陣が現れても不思議な事に逃げる事も防御する事も無く手を持った剣を誇らかに突き上げ雄たけびを上げていた。
それはまるで、強力な援軍が現れたとでも思っているかのような態度だった。
南門を突破してパルラの町中に侵入した敵兵も住民を捜索するのを止め、じっとこちらを見上げているので、良い的になっていた。
そんな敵兵に向けて藍色魔法を発動させた。
魔法陣から放たれた電撃は、こちらを見上げている敵兵の剣先や兜、肩当てなどの金属部分に次々と着弾すると、ぴくりと体が跳ねそのまま地面に倒れて動かなくなっていった。
パルラの町中に侵入してきた敵兵を片付けると、外の敵兵も片付ける事にした。
その時、城壁の上に目をやるとジゼルやジュビエーヌの元気な姿が見えた。
良かった。間に合ったようだ。
南門前には20騎程の魔法騎士が滞空し、南門に通じる道路には多数の騎士が整列していた。
俺はジゼル達を見下ろす危険な位置をキープしている魔法騎士に狙いを定めた。
「電離気体」
黄色魔法が発動し危険な位置に滞空している魔法騎士に向けて電撃が飛ぶと、それまで呆然とこちらを見ていた敵兵が慌てて回避行動を取り始めた。
だがその動きは遅く、俺の電撃から逃れる事は出来なかった。
直撃を受けた魔法騎士は、吹き飛ばされ上空を回転しながら落下していった。
上空の味方が次々と撃ち落とされている姿を見ていた地上の敵軍は、混乱しているのか周囲の仲間達を見る者、墜落した魔法騎士の残骸をじっと見つめる者そして指示を仰ぐように後方の司令部を振り返る者と様々だった。
それでも上官からの命令が無いせいか動かなかった。
俺がパルラ上空に突然現れた衝撃で戸惑っている敵兵も、戦闘力を維持していれば、時間の経過とともに正気に戻り再びパルラを攻め入るだろう。
そうなったら今は無事なジゼル達も再び命の危険に晒されるので、そうならないためにも敵の戦意は徹底的に砕いておく事にした。
俺の前に再び黄色魔法陣が現れその標的が自分達だと気付いた敵兵は、皆悲鳴を上げ仲間を押しのけて逃げようとして大混乱が生じた。
ようやく敵の中にパニックが発生したので魔法の狙いを少しそらして放つと、次の目標に向けて移動した。
そこではまだ戦意がある民兵達が、突破された南門の方に移動していた。
俺はそんな民兵に狙いを定めた。
こちらはそれほど脅威ではなかったので、無数の藍色魔法を展開するとそのまま狙い撃ちにしていった。
敵兵はこちらを見上げて驚いたような顔をする者、こちらに気付かずに攻めてこようとする者とまちまちだったが、等しく電撃を受けて動かなくなった。
やがて敵兵の中から、剣を投げ盾を捨て兜を脱ぐと両ひざを突き、まるでこちらに慈悲を請うかのように頭を下げる者が現れた。
地球では降伏の意思表示のため白旗を掲げるとか武器を捨て両手を上げるのが普通だが、ここは地球とは違う世界なのであれが降伏のサインなのかもしれなかった。
いずれにしても戦意を失っている者に攻撃する必要はないので、攻撃の対象から外していった。
すると俺が降伏した兵を見逃しているのに気付いた敵兵が、次々と降伏のポーズをとるようになっていった。
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ペーデルは突然何もない空間から現れたそれがディース教で教える神のお姿そっくりなのに驚いたが、直ぐに神が我々を祝福してくださっているのだと理解した。
「おい、お前達、神は我々の正しい行動を祝福しているぞ」
「「「おおお」」」
ペーデルがそう叫ぶと、仲間たちは突然現れたそれが自分達を応援するためこの世に顕現した神だと理解したようで歓声を上げた。
だが、その期待は直ぐ戸惑いに変わった。
神の目の前に大きな藍色の円形模様が現れると、そこからパルラに突入した部隊の頭上に光の雨が降り注いだ。
ペーデルはその光景を目の当たりにしても、まだ味方が攻撃を受けている事を理解できなかった。
それは仲間達も同じだったようで、ただ茫然とその光景を眺めているだけだった。
やがて神がこちらに顔を向けると、それでも自分達が神に祝福されているのだと信じて疑わなかった。
そんな自分達の前に白い光が襲い掛かると、初めて自分達の行為が神の怒りを買った事に気付いた。
だがペーデルに悔い改める時間的余裕は無かった。
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ブリスは突然上空に現れた物体を見て、直ぐにそれが何者なのか気が付いた。
それは毎日の祈りの為ディース教会に行く度に目撃する、壁画に描かれた神のお姿そのものだったからだ。
そしてブリスは思った。
我々が最悪の魔女とその手下共を討伐する事に、神が祝福をお与え下さる為にこの世に顕現してくれたのだと。
この世界では、戦いと豊穣の神ディースが味方する軍は決して負けないという不文律があった。
ブリスは我々がディース神に認められた神の軍であるとの確信があったので、突然上空に現れた神が自分達の勝利を祝福してくれているのだと信じて疑わなかった。
そのためディース神の前にお姿の何倍もありそうな大きな藍色の丸い模様が現れると、神の御業の美しさに魅了されたようにじっと見つめていた。
日頃狩猟を行うブリスは目が良かった。
神が造り出したその藍色の円形模様を見つめていると、それが藍色魔法陣の集合体であることに気が付いた。
その藍色魔法陣の集合体から発せられた目がくらむ程の光がパルラの町中に降り注ぐと、魔女とその一味に神罰が下ったのだと確信した。
ブリスはその光景を見ながら、神への感謝の言葉を唱えていた。
神はパルラの町に罰を与えると、今度はパルラ場外のしかも正規軍がいる方向に黄色い円形の模様を作り出した。
ブリスの目には、それが黄色魔法陣の集合体であることが見えていたが、きっと味方への祝福だろうと思っていた。
そして黄色魔法陣からまぶしい光が発生すると、南門前で滞空していた魔法騎士達が一瞬で薙ぎ払われた。
その光景を見て真っ青になったブリスは、思わず神に対して不敬な言葉を放っていた。
「違う、違うぞ。そっちは味方だ」
神はブリスの叫びなど聞こえないのか、今度は自分達の方を向くと、パルラの町に放ったと同じ藍色の円形模様が現れた。
そこまできてようやく神の怒りが自分達に向いているのに気が付くと、何故だと言う疑問で頭の中が一杯になっていた。
だが、神は無慈悲だった。
足がすくみ動けなくなっている民兵達に向けて神罰が降り注いだ。
神罰を受けた仲間達は、体をびくりと硬直させると次々と昏倒していった。
ブリスはその光景を見ても、自分達の行動のどこが怒りを買ったのかさっぱり理解できなかった。
いや、理解したくなかったのだ。
神の怒りを買ったのが自分達だったなんて、到底受け入れられるものではなかったからだ。
我々は神の軍ではなかったのか?
だが、現実は残酷だった。
今まで同じ釜の飯を食っていた見知った顔が、次々と神罰を受けて昏倒していった。
ブリスは自分の周囲で神罰を受けて次々と昏倒していく味方を見つめながら、その脳みそがようやく働きだし、これが現実だと理解した。
すると今度は自分が神から恐ろしい罰を受ける事で、その罪が自分だけじゃなく家族や既に亡くなった祖先へも及ぶのではないかという恐ろしい考えが頭をもたげてきた。
ディース教では、人々が亡くなるとその魂はディース神の元に戻り、再び赤子として転生すると教わっていた。
そしてはっとなった。
神に嫌われた魂が、この輪廻の輪から外れるのではないかと。
輪廻の輪から外れた魂は二度と転生できず、永遠の暗闇の中をさまようのではないかと。
そう思ってしまうと、既に無くなった祖父や祖母の魂がディース神の罰により永遠の暗闇の中をさまよう姿が目に浮かび、恐怖が襲ってきた。
それだけではなく自分の家族が亡くなった後、やはりブリスのせいで永遠の暗闇の中をさまようのではないか? それよりも神に罰を受けて永遠の苦しみを受けるのではないかとどんどん悪い方向に思考が向くと、自分の罪深さに体がブルブルと震えだした。
なんとしても神にお怒りを鎮めてもらわなければ、自分の親しい者達に害が及んでしまう。
そう思ったブリスの行動は早かった。
右手に持った剣と左手の盾を投げ捨てると、兜を脱ぎその場で両ひざを突いた。
そして額の前に両手を合わせると、目を瞑りディース神に許しを請うため必死に祈り始めた。
戦いと豊穣の神ディース様、どうか、どうか、心を入れ替えた自分をお許し下さい。
なんとしても家族が神に見捨てられるのだけは防がねばならなかったので、もう必死に祈りを捧げた。
目を瞑ったおかげで鋭敏になった耳からは、同僚が神罰を受け苦悶の叫びを上げながら倒れる音が聞こえてきたが、不思議と自分には神罰が落ちなかった。
やがて心が落ち着き、早鐘を打っていたやかましい心臓の鼓動が元に戻って来るに従い、自分の耳に周囲の音が聞こえるようになってきた。
ブリスの耳に聞こえるはずの激しい戦闘音や仲間の悲鳴、神罰を受けて倒れる音等が消えていた。
ひょっとして自分は知らないうちに神からの罰を受けて死んでしまったのではないかと不安になり、恐る恐る目を開けてみた。
そこには神罰を受けた仲間達が地面に転がっていたが、ブリスと同じように神に祈りを捧げる者達の姿も結構あったのだ。
己の罪に気付きブリスと同じように神に許しを請うた者と目が合うと、お互い神に罪を許された安心感でふっと笑みを浮かべあった。
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大帝国の本陣で将軍達は、ディース神が味方の軍勢に神罰を下す姿を信じられない思いで眺めていた。
「そ、そんな、馬鹿な」
「どうして我々に神罰が?」
「我々は負けるのか?」
「だ、だが、敵は既に陥落寸前だぞ?」
「ば、馬鹿、先ほどのディース神の神罰を見ただろう。パルラに攻め込んだ味方は多分全滅しているぞ」
そんな状況を冷めた目で見ていたザカリーは、神敵認定された事で既に大帝国軍の士気が恐ろしいほど低下した事を悟った。
この状況を逆転するにはあれが神だという事を否定し、自分の方が神なのだと部下に信じさせる必要があった。
「狼狽えるな」
「し、しかし、ディース神に敵認定されてしまっては、我々に勝ち目はありません」
この迷信深い馬鹿者共め。
「あれは偽物だ」
「に、にせもの?」
「しかし、あれはどう見ても・・・」
「黙れ。良いか、良く聞け、大帝国の守護神は俺だ。あれじゃない」
ザカリーがそう強い口調で言ったが、将軍達はみな戸惑った表情をしていた。
神を使って大帝国を正当化しようとしたはずが、これでは全くの逆効果じゃないか。
全く、なんたる皮肉か。
ここで対応を間違ったらわが軍は崩壊するだろう。
それなら俺が取るべき手段は1つだけだ。
「そんなに不安なら、俺がその不安ごとあの偽神を退治してやろう。よく見ておれ」
「「「は、はい」」」
ザカリーは味方に見せつける為態と黒い翅を具現化すると、上空に舞い上がった。
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