12―39 パルラ防衛戦1
パルラの城壁上から戦況を見つめていたジゼルは、ユニスが大帝国の正規軍の大半を引き連れてヴァルツホルム大森林地帯に入っていったのを見て、ユニスが消えて行った方角に向けて片手を振った。
ユニス、無事逃げ延びてね。
そしてパルラの南門前に残った敵兵を見ると、そのほとんどが民兵で数もかなり減っていた。
ここパルラはドーマー辺境伯が「ロヴァルの女狐」と揶揄された前大公の目をごまかすため、かなり立派な城壁を持つ要塞に見えるように造られていた。
そのおかげで南門を突破するにはそれなりの兵力と頑丈な攻城兵器が必要なのだ。
それに今はユニスが城壁前に大量のカルトロップを敷き詰めているので、侵攻ルートも南門前に限定されていて守る側はかなり有利だった。
そしてジゼルは南門を守るため、ベイン達弓を持った獣人に手を振った。
「皆ぁ、やっかいな連中はユニスが連れて行ってくれたわ。私達はユニスが戻ってくるまでの間、あの残った連中からこの南門を守るわよ」
「「「おおお」」」
常時開いていた南門は大帝国軍が攻めてきた時ユニスが閉じてくれたので、後はユニスが戻ってくるまでの間、この南門を守るのが私達の役目なのだ。
そして南門前に残った敵軍は、再び南門を攻めようと集結していた。
「来るわよ。ベイン、矢の準備をお願い」
「おうよ」
+++++
ブリスは南門正面に配置されていた正規軍が飛行物体から攻撃された後、それを追いかけてヴァルツホルム大森林地帯に入って行くのを見て、自分達も後を追いかけるかどうか迷っていた。
すると正規軍から離れてこちらに駆けて来る騎馬があった。
「おい、お前達は、このままパルラを攻め落とせ」
「え、でも」
ブリスは報奨金が逃げて行くのではないかと心配になったが、連絡係の次の一言で納得した。
「パルラの町にはまだ大罪人がいる。お前達の標的はそっちだ。当然報奨金は払われるぞ」
そしてやる気に満ちた仲間達が南門に攻めかかるが、苦戦していた。
今も何回目かの突撃に後、仲間達の歓声が悲鳴に変わり部隊が逃げ戻って来た。
「なあレジス、あの堅牢な門を破るには攻城兵器が必要じゃないのか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。大帝国軍の他の部隊もこちらに続々とやって来ているらしい。その中には工兵部隊もいて、破城槌とか自走バリスタそれにカタパルトなんてのもあるらしいぞ」
それを聞いたブリスは、味方の勝利を確信した。
+++++
南門上の城壁では、敵の突撃を何度も撃退したため楽観ムードが広がっていた。
「ジゼル殿、ユニス様が敵の正規軍を連れて行ってくれたおかげで、こちらは随分楽な戦いになっていますね」
弓を手に持ったベインの顔にも笑顔が浮かんでいた。
だが、そんなベインの顔が歪むのも直ぐだった。
ダラムに続く街道から新たな軍勢がやってきたのだ。
その部隊が纏った軍服には見覚えがあった。
「あれはアイテールよ。連中は空を飛ぶわ」
ジゼルの声を聞いてベインが声を上げた。
「弓隊、対空警戒」
こちらが警戒する中、敵部隊の中から上空に舞い上がる影がいくつも現れると、そのままこちらに向かってきた。
「ベイン」
ジゼルが叫ぶと、それに応じてベインも命令を発した。
「弓隊、対空射撃。魔法騎士を近づけるな」
アイテールの魔法騎士は悠々とこちらの上空に達すると、ベイン達の矢を手に持った盾で防ぎ、お返しとばかりに魔法攻撃を繰り返していた。
敵の魔法騎士は30騎ほどでそれほど多くはないのだが、上空からの攻撃を無視すると魔法攻撃でやられてしまうので注意を空に向けると、南門を攻める地上部隊への牽制が出来ないというジレンマに陥っていた。
「拙いわね。このままだと南門が突破されてしまうわ」
ジゼルがそう呟いた時、意外な味方が現れた。
+++++
ディース教源流派のペーデルは、解体され職を失った大教皇親衛隊の隊員のうち、主流派から源流派に改宗した連中を集めて1つの部隊を編成していた。
ペーデルは元々鼻持ちならないリングダールが嫌いだったこともあり、アーネルが権力を握ったところで大教皇親衛隊の解体を提案した。
大教皇親衛隊はディース教主流派最大の武闘集団であり、冷遇している主流派が反発したら最も厄介な相手となるので、今のうちに処分することは源流派にとって悪い話ではなくアーネルは直ぐに許可したのだ。
そして厄介なリングダール達ゴリゴリの主流派は、魔女の住まう町に追いやった。
今頃はアーネルの指示を受けて魔女に襲いかかり、返り討ちになっている頃だろう。
政敵の始末を魔女に押し付け、しかも魔女の力も削げるのだからこんな美味しい話はないだろう。
そして俺は魔女が住まう町の上空にやって来て、門を守る魔女の手下共に魔法攻撃を行っていた。
地上を這いつくばる愚か者共に魔法を撃ち込むのは、簡単で楽な仕事だった。
それで大手柄を立てられるのだから止められない。
それにこの場には皇帝もやって来るというではないか、ここで功績を上げれば皇帝の覚えもめでたいだろう。
くくく、大帝国での俺の出世も思いのままだな。
そんな楽な攻撃をしていたペーデルの目に信じられないものが写った。
それは空中で味方の魔法騎士に襲い掛かる6つの影だった。
それが次々とペーデルの部下を襲っているのだ。
その中の1つが俺の方にやってきた。
「よう、お前はペーデルじゃないか。まさかこんな所で会うとはな」
「き、貴様はリングダール。何故、生きている、いや、何故、味方を攻撃しているんだ」
「味方? 味方とは誰の事だ?」
「ふ、ふざけているのか? 味方といえば我々の事に決まっているだろうが」
とぼけた顔をしているリングダールにかっとなったペーデルがそう叫ぶと、意外な答えが返って来た。
「俺の味方はユニス・アイ・ガーネット様だ。お前達じゃない」
こいつ正気なのか。
ゴリゴリのディース教主流派で教会の守護者でもある大教皇親衛隊が、よりにもよって教会の最大の敵に尻尾を振るとは何事だ。
「貴様狂ったのか。それはディース神様に唾するような所業だぞ」
「それがどうかしたか?」
ディース教徒にとって最も嫌がられる言葉を使ったというのに、この男は信じられない事にそれを誇らしそうにしていた。
「可哀そうにどうやら狂ったようだな。俺が神に代わり貴様を成敗してやるぜ」
「ぬかせ」
ペーデルは腰の剣を抜くとリングダールに切りかかった。
ペーデルは焦っていた。
大教皇猊下を見殺しにして、神を捨て最悪の魔女を選んだ男の剣に何の曇りもなかったからだ。
リングダールの剣で一撃を受け劣勢になったペーデルは、一騎打ちを諦め味方の魔法騎士を呼んだ。
「お前達、こいつを何とかしろ」
「あ、逃げるな。卑怯者め」
数の上ではこちらが優勢なはずなのに個人の能力の差でほぼ互角の戦いになっていたが、リングダール達はパルラの上空から離れないので一息つく事が出来た。
まあ人数差があるのだ。
暫く相手をしていれば、疲労して飛んでいられなくなるだろう。
+++++
上空からの攻撃に手を焼いていたジゼル達を助けにやって来たのは、リングダール達だった。
彼らが敵の魔法騎士を牽制してくれたおかげで、ジゼル達は南門を攻略しようとする敵部隊に専念する事が出来た。
だがユニスの話だと、彼らが滞空していられる時間はおおよそ1時間らしい。
そして敵の魔法騎士もそれが分かっているので、交代しながら休みなく攻めてきていた。
最後まで奮戦していたリングダールが墜落すると、空中の戦いは一気に不利になった。
ジゼルは上空からの攻撃を避けながら、城壁に落下してきたリングダールに治癒の魔法をかけた。
「暫く動けないんでしょう。ゆっくり休んでね」
「ジゼル殿、すまないな。魔力が回復するまで待ってくれ」
だが制空権を奪われると途端に南門の戦いが不利になっていた。
ベイン達も何とかしようと矢を放つのだが、魔法騎士が左手に持った盾で簡単に防がれていた。
魔法騎士はこちらの攻撃が無駄だとばかりに、小馬鹿にしたように笑っていた。
ジゼルがそんな魔法騎士を忌々しく睨んでいると、その顔が突然驚きと焦りに代わると電撃を受けて墜落していった。
一体何事かと、振り返るとそこにはエルフ達が居た。
「えっと、ベルヒニアさん?」
ジゼルはうろ覚えの名前を口にすると、声をかけられた若いエルフはにっこり微笑んだ。
「えっと確かジゼルさんですよね? ユニス様と何時も一緒にいる」
「ええ、そうです」
「私達も手を貸しますね」
「え、ありがとうございます」
ジゼルがお礼を言ったところで、また他の声が聞こえてきた。
「ほっほっ、怪我をした人はおらんか? 傷薬ならあるぞい」
声をかけてきたのはエルフの薬師マガリさんだった。
「ありがとうございます」
ジゼルが再び礼を言うと、マガリさんは上空に電撃を放っているベルヒニアさん達をみて発破をかけていた。
「ほれ、ベルヒニアもデメトリオももっときばらんか」
「マガリ様も、ちょっとは手伝ってくれてもいいんですよ?」
尻を叩かれたベルヒニアが文句を言うと、マガリさんは愉快そうに笑っていた。
「儂は防御魔法を使うからの、攻撃はお前さんらの役目じゃ」
そしてエルフ達の加勢もあり少し余裕がでてきたところで、再びダラムの方角から敵の増援が現れた。
今度の増援は見ればはっきりと分かるように正規軍が攻城兵器を伴っていた。
ジゼルが固まっていると、直ぐ横を黒い残像が映った。
それはユニスの黒い人形で、それまで魔力を温存していたようだが、敵の攻城兵器を見た途端駆け出していった。
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大帝国軍のモラン将軍は先遣部隊が既にパルラで戦闘中だと報告を受けると、当初の予定を破棄して全部隊を前進させていた。
バルギット帝国がバンダールシア大帝国に取り込まれた事で自分が解任されるのを待っていたモランは、新しく軍事権を握ったラドミール・アーモス・ファルタ元帥から留任を命じられた。
そして工兵部隊を加えた旧帝国軍を率いて、魔女の領地までやって来たのだ。
当初元帥の命令でエリアルで待機していたが、突然の命令変更でパルラまで進軍してきたのだ。
到着してみると既に先遣部隊が戦闘を開始しており、南門の攻防戦が繰り広げられていた。
そしていきなり敵の洗礼を受けた。
魔女の町から黒い人形が飛び出してくると、わが軍に攻撃を仕掛けてきたのだ。
そしてその狙いが攻城兵器だと分かった頃には、手持ちの兵器の大半と工兵部隊に随伴していた護衛部隊がほぼ壊滅していた。
黒い人形も魔力が尽きたのか、こちらの攻撃に満身創痍になったのか、よろよろとパルラの町に逃げ戻っていた。
黒い人形に止めを刺せなかったのは残念だが、既に戦闘能力を失っているのなら良しとしよう。
その後モランが戦況を確かめてみると、パルラに到着した部隊がそのまま戦闘に加わると言ういわゆる戦力の逐次投入という愚を犯している事と、それによってかなりの被害を出している事が分かった。
損害規模は対魔女戦で許容できる範囲かどうかは不明だが、元帥が知ればよい顔はしないだろう事はなんとなく分かった。
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