12―37 遺跡への遠い道のり1
「ジゼルそれとみんな、これからの事を話すわね」
そして城壁の外に展開している敵の正規軍を指さした。
「私はこれから敵の中心に行って挑発行動を行うわ。そして出来るだけ多くの兵を大森林地帯の中に誘い込むから、貴方達は残った連中からパルラの南門を守ってね」
「ユニス、1人で大丈夫なの?」
ジゼルが心配そうな顔でそう聞いてきたが、この作戦は俺だけじゃないと出来ないのだ。
「大丈夫よ。それに1人の方が動きやすいからね」
「絶対に無理はしないでね」
ジゼルが悲しそうな顔でそう言ってきたので、俺は安心させるように抱きしめた。
「ジゼル、私は絶対帰って来る。それまで無事でいてね」
「うん、ユニスが戻ってくるまで待っているわ」
そして最後に集まった一同を見回して黙って頷くと、城壁の上から上空に舞い上がった。
上空から見下ろすと、パルラの南門前にはかなりの軍勢が終結しているのが見えた。
その中には装備が統一された正規軍と、まちまちな民兵部隊が居た。
俺の目的は厄介な正規軍を出来るだけパルラから引き剥がす事なので、態と正規軍の上空を飛んで悪目立ちするように魔法を撃ち込んで挑発してやった。
「電離気体」
自分の目の前に現れた身長よりも大きな黄色魔法陣から多数電撃が飛ぶと、正規軍の中で炸裂した。
黄色魔法を撃つと少なくなった体内魔力量が更に減るので、大気中から補給出来ない今はどっと疲労感を覚えるようになった。
連中も俺が弱っているのが分かれば、金星を挙げるチャンスだとかさにかかって攻めて来るだろう。
そこで今度は俺が弱っている事をアピールするように肩で息をするふりをしながら青色魔法での攻撃を数回行い、限界を示唆するようにぐったりと肩をおとしてから戦場から脱出した。
すると、敵軍から思惑通り「魔女の魔力が切れそうだぞ」という叫び声があちこちから上がっていた。
よしよし、これで俺を討ち取ろうと追いかけてくるだろうから、1兵でも多くの敵兵を引きつけるのだ。
そして釣り上げた敵軍をヴァルツホルム大森林地帯の奥深くに誘い込み、魔物に後始末を押し付ける計画なのだ。
ヴァルツホルム大森林地帯の中に入ると、敵が付いてこられるように速度を落とした。
まあ、これには魔力消費を抑えるという意味もあるがな。
逃げる方向がビルスキルニルの遺跡のためか、追いかけて来る連中は直ぐに魔素水泉を往復するホルスタインが付けた獣道を見つけてそれを利用していた。
先頭は機動力のある騎兵で、その後を比較的足の速い軽装歩兵が追従していた。
弱っている今なら魔物達も襲い掛かって来るだろうと魔力感知を発動すると、案の定魔物達がこちらに向かって大森林地帯のありとあらゆる方向から集まって来ていた。
そして最初にやって来たのは上空からだった。
全く、真っ先に狙われたのはよりにもよって俺かよ。
魔力消費を抑えなければならないというのに、なんてツイてないんだ。
ぼやいても翼竜の狙いが逸れる事も無く、そいつはまっすぐ俺目掛けて飛んできていた。
飛行魔法の速度を上げれば振り切る事は可能だが、今は大帝国軍をヴァルツホルム大森林地帯の奥深くに誘い込むという大事な任務中なのでそれはできなかった。
体内魔素量がかなり減っている俺がただの羽虫だと認識したのか、最初の翼竜は大口を開けてまっすぐ突っ込んできたのでその口の中に火炎弾を撃ち込んだ。
先頭の翼竜が青色魔法を受けて爆散すると、後からついてきた翼竜は慌てて四方に回避行動を取ったが、それにより簡単に狙えるようになった翼面に向けて火炎弾を撃ち込んでやった。
翼が燃え次々と仲間が落下していくと、こちらが簡単な獲物じゃないと判断した個体は興味を無くして去っていった。
だが、諦めない1頭が俺の後方やや上空を飛びながらこちらの隙を伺っていた。
この先も付いてこられるのは都合が悪いので、上空でくるりと反転して諦めの悪いそいつに青色の魔法陣を見せてやると慌てて逃げていった。
上空の脅威が去ったので地上の大帝国軍に注意を向けると、集まって来ていた魔物達が足の遅い軽装歩兵達に襲い掛かるところだった。
森の中から突然現れた魔物は、哀れな犠牲者の体を咥えて森の中に消えて行った。
歩兵達も手に持った剣で応戦しているのだが、森の中から素早い動きで襲い掛かって来る魔物に対応が出来ていないようだ。
襲撃を迎え撃とうと足を止めた歩兵は魔物達の恰好の得物になったようで、四方八方から現れた魔物に次々と襲われていった。
保護外装の性能を落としているので男達の悲鳴は聞こえないが、吹き出す赤い液体は見えていた。
それからも次々と魔物が現れては機動力の劣る歩兵が次々と襲われていき、気が付くと俺を追いかけているのは騎兵だけになっていた。
その光景を見て、ふっと1つの場面が思い浮かんだ。
それは7百年前最悪の魔女が獣王ブリアックを裏切った後、大帝国の精鋭聖騎士百名が魔女を追いかける光景だった。
7百年前もこんな感じだったのだろうか?
7百年前に現れたという最悪の魔女は、女エルフの保護外装を纏ったハドリー・オルコットじゃないかと思っている。
ハドリーも魔女の休日で機能低下していく保護外装を呪いながら、獣王ブリアックに負担をかけないように敵兵をヴァルツホルム大森林地帯に引きずり込んだんじゃないだろうか?
それを獣王ブリアック、いや、ブリアックの周りに居た事情を知らない連中が、魔女が裏切ったと誤解して周りに言いふらしたとしたら?
保護外装が機能低下していく中、自分を殺そうと百騎の刺客が追いかけて来る光景はさぞ恐ろしかった事だろう。
地上では足の速い騎士も魔物に襲われ始めていた。
百名の聖騎士の生き残りが4騎だけだったのは、弱ったハドリーに返り討ちに遭ったのではなく、大森林の魔物に襲われたというのが正解に思えてきたな。
そして俺の方もビルスキルニルの遺跡までまだ道半ばだというのに、心なしか高度が下がってきているようだ。
はっとなってあおいちゃんから借りている手鏡で自分の瞳を見ると、その色は緑色になっていた。
後ろを振り返ると、まだかなりの数の敵騎兵がこちらを追いかけてきていた。
俺は何とか飛行距離を稼ごうと手を動かしたり足をばたつかせたりして、より魔力を節約できる方法はないかと試行錯誤していると翼竜が俺の傍をかすめていった。
くそ、あいつ、まだ諦めていなかったのか。
俺が突然変な動きをしたから目測をあやまってくれたようだが、次もそれを期待するわけにはいかなかった。
翼竜は俺の周りを旋回して、次の襲撃のタイミングを計っていた。
そんな時、地上から放たれた矢がかすめていった。
飛行高度が下がって矢の射程範囲に入ったのだろう、地上を追いかけて来る騎兵達の状況を見る為意識を移すと、その間に翼竜が姿を消していた。
はっとなって、魔力感知を発動すると俺の背後に輝点が現れた。
そしてその輝点は、急速に接近していた。
俺はぎりぎりのタイミングで身をかわすと、通り過ぎるその体に触れて重力制御魔法を掛けてやった。
翼竜は急に重くなった体に驚きの声を上げると、そのまま羽をばたつかせながら落下していった。
ふうと息を吐きだした所で周囲の景色を見ると、先ほどより地面に近づいていた。
翼竜の攻撃を避けるのに魔法を使ったせいか、飛行魔法を維持するのが難しくなってきたようだ。
残りの魔素量では、とてもビルスキルニルの遺跡まで辿り着けそうも無かった。
追いかけて来る敵の騎兵はこちらの高度が落ちてきた事に気付いたようで、先頭の騎兵が手に持った馬上槍を掲げて気勢を上げていた。
そしてこちらの高度が落ちて矢を当てやすくなったのか、こちらを狙う矢の数が増えてきていた。
幸いなことに矢は大森林の枝に邪魔されたり、悪路で明後日の方向に飛んだりして半数はこちらに脅威は与えていないが、更に高度が下がれば危険度も上がるだろう。
そして飛行魔法を維持できなくなり森林地帯に墜落したら、魔物に襲われる危険も追加されるのだ。
徐々に落ちる高度に焦りながらも、何か良い方法はないかと必死に考えていた。
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大帝国軍の騎兵隊長ドラホミールは、上空を逃げていく魔女をじっと睨みつけながらヴァルツホルム大森林地帯の中に出来た獣道を突き進んでいた。
敬虔なディース教徒であるドラホミールは、子供の頃からずっと助祭様から最悪の魔女がいかに悪辣で残酷だったかを長年聞かされていた。
子供心に帝都キュレーネを壊滅させた話を聞くと、生きたまま焼き殺されていく人々に恐怖を覚えるとともに、それを行った魔女への強い怒りを感じた。
自分がその場所に居たら、絶対魔女をこれ以上ないと言うくらい残酷に殺してやろうと思ったものだ。
そんな自分に魔女討伐隊への参加命令が出たのは、天命だと感じた。
そして魔女の手下になったロヴァル大公がパルラに逃げ込んだという情報を受け、真っ先にやって来たのだ。
南門の攻防戦では城壁に立った魔女からの攻撃で何度も撃退されたが、上官からは大気中の魔素が減少しているので、攻撃を続ければ魔女は動けなくなると言われていた。
何度目かの突撃をした後、突然魔女が我々の上空に飛んでくると、攻撃魔法を撃って来たが、どうも様子がおかしかった。
攻撃魔法が徐々に弱くなると、まるで魔力切れを起こしたかのように逃げ出したのだ。
それを見た瞬間、これは魔女を討ち取る絶好のチャンスだと感じると、部下に号令をかけていた。
「魔女が弱っているぞ。これは絶好の機会だ。我々に仇なす最大の敵に止めを刺すのだ。さすれば俺達は英雄だ、恩賞は思いのままぞ」
「「「おおお」」」
ドラホミールは愛馬を駆って魔女を追いかけると、部下達も付いてくるのが分かった。
ヴァルツホルム大森林地帯に入ると下草に馬の脚がとられて前進するのに苦労したが、直ぐに地面が踏み固められた獣道を見つけると追跡も楽になった。
上空をよろよろと飛ぶ魔女は、翼竜から攻撃を受けていた。
そして攻撃を躱された翼竜が地面に落下すると、魔女の方も残り少ない魔力を使ったせいか、先ほどよりも高度が落ちてきていた。
ドラホミールはその手柄があとわずかで手が届く位置まで迫ると、矢筒から矢を取り出し渾身の力を込めて弦を引き絞り矢を放った。
冒険者ギルドでは、名誉職として赤色冒険者という称号がある。
それはあの最悪の魔女を討ち取る事で得られる最大級の名誉称号だ。
狙いすませた矢が魔女に吸い込まれるように飛んでいくと、魔女は体勢を崩し地面に向けて墜落していった。
「魔女が落ちたぞ~、落下地点に急げ~」
「「「おおお~」」」
ドラホミールが叫ぶと、部下達から気勢が上がった。
魔女を仕留めると言う最大級の手柄がもう手が届くところまで来ていた。
ドラホミールは魔女を仕留めた証拠として首を持っていくか、それとも死体をそのまま持って帰るかという事を考えるくらい余裕が生まれていた。
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