12―34 移転準備
酒場での乱闘は、男達の絶唱と共に皿が飛び、椅子が飛び、テーブルがひっくり返っていた。
俺の事を守ろうとした事はまあ認めてやろう。
だが、嬉しそうに喧嘩をするお前達を見ていると、それはただの口実が欲しかっただけで、本当は賭場で負けた腹いせがしたかっただけじゃないのかと疑いたくなるぞ。
宿の従業員が慌てて止めに入るが、人数と勢いに押されて全く役に立っていなかった。
「ええい、お前達いい加減にしないか」
俺は激しく暴れる男達を狙って微弱雷を放った。
「うぎゃぁ」
「ぐぎゅう」
「げひゃぁ」
主犯格の男達が電撃を浴びて床に倒れると、それまで一緒になって暴れていた酔客達が驚いて動きを止めた。
しんと静まり返った所でジルド・ガンドルフィが俺の前にやって来ると、仰々しく俺の前で片膝を突くと、俺にしか見えないようににやりと笑みを浮かべた。
「パルラ辺境伯様、お怪我はございませんか?」
「「「ええ~っ」」」
こ、この男、出来る。
ガルドのその一言は絶大で、俺の正体を知った酔客達がたちまち挙動不審になっていた。
俺はそんな酔客に止めの一撃を加えた。
「これ以上暴れるのなら全員牢に放り込むわよ」
「「「す、すみませんでした~」」」
事態の収拾ができたところで逃げたアイテールの男を振り返ると、そこに男の姿は無かった。
「くそっ、逃げられた。お前達、この席に座っていた男は何処に行ったか知っているか?」
「え、そういえば、さっきこっそり出て行ったような・・・」
あああ、全くなんてことだ。
慌てて宿から飛び出し男の姿を探したが、残念ながら目の前の通りには何処にもその姿は無かった。
全く魔力を節約したいというのに面倒な奴らだ。
俺は愚痴をこぼしながら魔力感知を発動すると、生垣の裏に反応があった。
俺がまっすぐ進んで行くと、慌てた男が生垣にそって逃げ出した。
また空を飛んでくれたら簡単に捕まえられるのだが、相手もそれが分かっているのか狙い撃ちされないように生垣の中をぬって巧みに逃げていた。
追跡劇を初めて数刻、ようやく最後の1人を捕まえると、途中で気絶させておいたリングダールを確保してから皆が待っているアイテールの館に戻って行った。
帰る途中俺が重力制御魔法を掛けて軽くした男2人を両肩に担いでいる姿を見た通行人が、皆ぎょっとした顔でのけ反っていた。
そして皆が集まっている部屋に入ると、信じられない光景が広がっていた。
そこにはジゼルやアースガル達が、捕まえた4人のアイテールの男達と和気あいあいといった感じでお茶を飲みながら談笑しているのだ。
「ちょっと、どうしてこうなっているのか誰か説明してくれるんでしょうね?」
「え、ガーネット卿、凄い力持ちだったのですね」
俺の格好を見たアースガルが驚くと、直ぐにグラファイトとインジウムが傍に来て肩に担いだ2人を降ろすのを手伝ってくれた。
「2人ともありがとう。それで、どうして皆仲良くしているの?」
俺がグラファイトとインジウムに礼を言ってから、アースガル達に再び同じ質問をした。
「あ、ユニス、この人達は私達に協力してくれるらしいわよ」
魔眼持ちのジゼルがそう太鼓判を押すなら問題は無いのだろうが、どうにも納得できない俺はジゼルに説明を求めた。
「ジゼル、それはどういう意味なの?」
「ああ、この人達、ディース教内で冷遇されていたようで、最初からユニスに味方するつもりでパルラまで来ていたそうなの」
「え? だって、こいつら歴史書を狙って」
「あ、それは此処の来る口実のようね」
混乱する俺にジゼルが呆気なく真相を教えてくれた。
という事は、俺は無駄な努力をしたのか?
悔しくなった俺は、床に転がっているリングダールを起こした。
「うっ、あ、ガーネット様」
「リングダール、貴方の部下に聞いたんだけど、私達に協力してくれると言うのは本当なの?」
いきなりそう聞かれたリングダールは困惑顔になったが、直ぐに部下達から合図を受けると頷いてきた。
「ああ、そう言う事ですか。我々はアイテール大教国を裏切り、ガーネット様にお味方するつもりです」
ちょっと、それ、早く言ってよぉ。
俺が思わず某人気CMのおなじみのセリフを口ごもると、それを聞いていないリングダールがにこやかな表情で5人の部下を紹介してくれたのだった。
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大帝国軍の追っ手をまいたジュビエーヌ達は、パルラに向けて先を急いでいた。
そしてジュビエーヌが激しい振動に耐えていると、ふっとセレンが止まった。
それまで歯を食いしばっていたジュビエーヌはほっとしたが、まだ夜が明けていないうちに立ち止まった事で嫌な予感がした。
「どうかしたの?」
「待ち伏せされている」
そして暗闇の中目を凝らすと、道の先に明かりがあるのが見えた。
たとえ敵が待ち伏せしていたとしても、ユニスのオートマタなら問題なく突破できるだろう。
それなのにどうして止まったのかしら?
「ねえセレン、連中を制圧する事も出来るのよね?」
「ええ、問題は無いのですが、陛下をパルラまで無事送り届けるには魔法石を節約する必要があります」
「あっ」
セレンに言われて、公城アドゥーグを脱出する時、慌てていたのでにユニスに渡されていたオートマタ用の予備の魔法石や連絡蝶のマジック・アイテムも忘れてきた事を思い出した。
つまり戦闘を行うと魔力消費が増えるから魔法石の残量が不安になるという事ね。
「脱出する時に忘れていたわ。それでどうしたらいいの?」
「戦闘を避けて迂回したいのですが、それをすると荒地を走る事になるのと、また食事が粗末になるという事です」
ジュビエーヌは今以上に激しい振動に耐えなければならない事に慄き、そしてテルルが持って来た未加工の獲物を思い出して渋い顔になった。
するとクレメントが隣にやって来た。
「姉様、北街道の貴族達に街道の安全確保をさせたらどうでしょうか?」
ジュビエーヌはクレメントが何を言いたいのか分かったが、首を横に振った。
「大帝国は公国の主だった町全てに吟遊詩人を送り込んで、大帝国はディース神の神託で最悪の魔女の討伐を行っていると噂を広めているわ。そして私達はそれを邪魔する愚か者だともね」
クレメントは嫌そうな顔をした。
「そんな嘘を信じるのは学の無い平民だけで、領主なら大丈夫でしょう?」
「貴族達は保身の為ならありとあらゆる手段を講じるわ。ディース教に逆らう事は身の破滅だと分かっているから、信じるふりをするのよ」
クレメントは悔しそうな顔をしていたが、それ以上我儘は言わなくなった。
覚悟を決めたジュビエーヌはセレンを見た。
「パルラまで頑張って耐えるから、迂回する案でいきましょう」
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俺とジゼルが領主館に戻って来ると、そこではビルギットさんの主導の元、館の使用人達が移転のための準備を進めていた。
俺はビルギットさんに声をかけてから、ジゼルと一緒に自室に向かい自分達の荷造りをすることにした。
引っ越しの荷造りと言えば、思い出の品が出て来てなつかしさについ手が止まりがちになるが、ここでも全く同じでなかなか進んでいなかった。
ジゼルと一緒にこれが王国に行った時の物とか、あれが以西の地に行った時の物とかが出てきてつい思い出話しをしてしまうのだ。
そんな事をやっていたら、様子を見に来たビルギットさんに呆れられてしまった。
どうみても俺が荷造りの邪魔をしているのでこの場をジゼルに任せると、俺は皆の進捗を確かめる事にした。
最初に向かったのはバンビーナ・ブルコが管理している魔素水浴場だ。
そこでは仁王立ちして両手を腰で組んだブルコが厳しい視線で監視する中、せっせと働く獣人達の姿があった。
そして俺を見たブルコが声をかけてきた。
「ちょっとお前さん、クマルヘムに移ってもちゃんとこれと同じ物を建ててくれるさね?」
「ええ、候補地もちゃんと考えていますよ」
それを聞いたブルコは満面の笑みを浮かべた。
「それは皆が集まるような好立地なんだろうね」
「ええ、中心地に近いところですよ」
「ほう、クマルヘムの住民や町にやって来る外国の連中も沢山いるのなら、娯楽に飢えている連中も沢山いそうさね」
そう言ってニヤニヤしているブルコを見ていると、クマルヘムの住民や商売とかでやって来る商人達の財布の中身が心配になって来た。
俺は心の中で、ブルコの毒牙にかかるだろう気の毒な人達が尻の毛まで抜かれませんようにと祈っていた。
まあ、フリン海国の水兵達は航海中に金を使えないのだから、ぱあっと使える場所を提供してやるのはむしろ感謝されるかもしれないな。
バンビーナ・ブルコの元を去り獣人達が荷造りをしている寮の向かうと、そこではベイン達が荷づくりをしていた。
「ベイン、進捗はどう?」
「あ、ユニス様、家具類はまた現地で作り直しとなりそうですね」
家具類は結構嵩張るのでそれをゴーレムに積もうとすると、作成する数がかなり増えてしまうのだ。
残りの魔宝石の数からいっても、それは厳しい。
「ベイン、申し訳ないけど、そうしてもらえると嬉しいわ」
「あ、文句を言っている訳ではありません。道具さえ持っていければ大丈夫ですから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
そして次に向かったのは最も大変だろうと思われるリーズ服飾店だ。
一番大変そうなリーズ服飾店では、慣れない手つきで大量の木箱の中に完成品やら素材を詰め込む従業員達の姿があった。
店の裏手には数体の運搬用ゴーレムが座り込み、その背中の籠の中に木箱が積み上がっていた。
「ルーチェさん、木箱とか足りていますか?」
「あ、ユニス様ぁ、大丈夫だと思いますぅ」
「積み込み用のゴーレムを作っておきますね」
「あ、ありがとうございますぅ。それとぉ、クマルヘムの人達のことですけどぉ、パルラの服とかってぇ、受け入れてもらえるでしょうかぁ?」
そう言って視線を向けたのは、露出の多い服や下着が入った箱だった。
クマルヘムの人達には、パルラの服装はまだ刺激が強そうだった。
「慣れるまでは厳しいかもしれないわね」
「やっぱりそうですよねぇ。ここはひとつユニス様に一肌脱いでもらわないといけませんよねぇ」
そう言ってルーチェは、おれの恰好をしげしげと眺めてきた。
それは俺に歩く広告塔になれということか。
まあ、リーズ服飾店に撤退されたら困るから協力は惜しまないが、どうなるかは知らないぞ。
北の通用門から大森林地帯に出ると、作業小屋ではウジェ達が樽の中に種やら収穫物を詰め込む作業を行っていた。
「あ、ユニス様、見回りご苦労様です」
「ええ、ウジェも大変そうだけど、敵が来る前に出発したいからよろしくお願いね」
「はい、おかませください」
いいね、ありがとうございます。




