12―33 アイテール領事館強襲
俺とジゼルは、アースガル達と大教国の領事館襲撃の事前相談を始めた。
「ユニス様は、あの館に何人居るのかご存じですか?」
そう言えばリングダール達が領主館にやって来る時は、イェルムという男しか連れてこないな。
「私に挨拶に来るのはリングダールとイェルムという男だけなのよね。そっちはお隣さんなのだから、日頃の交流とか無いの?」
「私達と挨拶したのもそのイェルムという男だけですね。パメラはどうだ?」
ジュール・ソレルがパメラに聞くと、パメラはちょっと考えていた。
「あの館の使用人と仲良くなって情報収集しようとしたのですが、不思議な事にあの館には使用人が居ないのです」
「え、普通は本国から連れて来るか、この町で採用するのではないのか?」
アースガルが驚いた顔をした。
「ええ、私もそう思いましたので、使用人募集に協力しましょうかと言ってみたのですが、不要だと言われてしまいました」
「それじゃあ、身の回りの世話はどうしているのだ?」
アースガル達の会話を聞きながら、俺もその事実に首を傾げた。
「ねえパメラ、アイテールの館を出入りしている人達の特徴を教えてくれる? ああ、ジュール・ソレルとアースガルも目撃情報をお願いね」
そして3人の目撃情報を元に、身体的特徴等で領事館を出入りしている人数を特定していった。
「皆の目撃情報をまとめると、あの館に出入りしているのは6人の男達のようね。名前まで分かっているのはリングダールとイェルムの2名、他の4名は不明と」
人数を特定したところで魔力感知を発動すると、アイテールの領事館には丁度良い事に6つの反応が現れた。
「丁度良い事に、アイテールの領事館には全員そろっているわね。私達が正面玄関から突入するから、貴方達3人は勝手口と1階の窓を見張っていて、飛び出して来たら確保してくれる」
俺がそう言うと、アースガルは後ろに控えている2体のオートマタをちらりと見て肩をすくめた。
「ええ、勿論協力させていただきますが、活躍する場面はなさそうですね」
アースガルにそう言われて、後ろを見るとグラファイトとインジウムが当然とばかりにドヤ顔をしていた。
+++++
リングダールはサン・ケノアノールがアンデット、いや、不浄なる者達に占拠された事件で、すっかり入れ替わってしまったル・ペルテュの命令でこの町にやって来ていた。
あの事件で大教国の実権が主流派から源流派に移ってしまい、主流派だったリングダールはすっかり冷や飯を食わされていた事もあり、源流派から理不尽な要求をされるサン・ケノアノールにいるよりも何倍もましだろうと考えたのだ。
そしてリングダール達は禁欲的で物静かなサン・ケノアノールに比べ、開放的で活気あふれるパルラの町がすっかり気に入っていた。
ふっ、俺もすっかりこの町の雰囲気に馴染んでしまったな。
そして少しでもこの町の滞在期間を延ばす為にも、課された任務は果たさねばならなかった。
重い腰を上げたリングダールは、部下達からの報告を聞くため1階の会議室に向かった。
そこでリングダールは1杯のお茶を飲んでから、報告を聞く事にした。
「それではイェルム、麗しき町の支配者にしてル・ペルテュの注目の的である第1標的殿の行方は分かったのか?」
リングダールの物言いに、集まった部下達がにやりと笑みを浮かべた。
「ご安心下さい。どうやら館に戻ってきたようです」
リングダールはイェルムの軽い口調を聞いて顔を顰めた。
「イェルム、見た目そっくりな妹殿と見間違いをしていないか?」
リングダールも初めて見た時は思わず二度見してしまったが、それほどこの双子の姉妹は瓜二つなのだ。
「いえいえ、確かにユニス・アイ・ガーネット殿、あ、失礼、第1標的殿でしたよ。あの狐獣人が隣にくっ付いていましたから間違いありません」
あの狐女はどういう訳かあのそっくりな姉妹の見分けがつくようで、間違えた事がないらしい。
「そうか、随分長い間留守にしていたようだが、何か情報はないのか?」
皆が黙った所で、エリアルで主流派との連絡役を任せていたファルクが口を開いた。
「公国内で多数の吟遊詩人が、ディース神から神託を受けた大帝国軍が魔女を討伐するという噂をばら撒いています。その対策でもしていたのではないでしょうか?」
「アーネルの奴は、第1標的殿と戦うつもりなのか?」
「その事なんですが」
今度はサン・ケノアノールに行っていたニリアンが口を開いた。
「ニリアン、どうかしたのか?」
リングダールに促されたニリアンは、懐から封蝋が押された手紙を取り出した。
「新しく外交・諜報担当になったアベニウス枢機卿から、命令書を預かってきました」
リングダールはニリアンが危険物でもあるかのように懐からつまみ出した手紙を、苦笑しながら受け取った。
手紙には確かにアベニウス枢機卿の封蝋が押されていて、この手紙が正式な物であるのは分かった。
「パルラで破壊工作を行えと言ってきたぞ。枢機卿は他に何か言っていたか?」
イェルムは僅かに右上に視線を向けた。
「はい、お前達への最後の命令だ、しっかり役目を果たせ、と言っておりました」
「そうか・・・」
そして皆が苦笑いをしたところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「今日、来客の予定はあったか?」
リングダールの質問に集まっていた全員が首を横に振った。
それを見てリングダールが窓際に寄ってそっと入口を見た。
「拙い、第1標的だ」
「えっ、まさか、手紙の内容が漏れていたのでは?」
それを聞いたリングダールは舌打ちをすると、警戒態勢に入るように手で合図を送った。
+++++
パルラにあるアイテール領事館の正面で俺が扉をノックすると、直ぐに両脇にやって来たグラファイトとインジウムが突入の体勢をとった。
2人の様子を見て魔力感知を発動すると、扉の奥に1人、その左右に2人、奥の部屋に3人が身を潜めていた。
そして扉を開けて現れたのは見知った男だ。
「ああ、これはガーネット様、態々お越し頂かなくても、呼び出してもらえたらお伺いしましたのに」
にこやかに微笑むイェルムを前に、隣のジゼルが俺の裾を引っ張った。
俺が片手を上げると飛び出したインジウムがイェルムの顔面を掴み、そのまま床に押し倒して動きを封じると、そのまま中に入って扉の影に隠れている男を、反対側にはグラファイトが向かい男達を制圧した。
その間、僅か数秒。
だが、外からアースガル達の叫び声が聞こえ慌てて奥の部屋に突撃したが、そこはもぬけの殻だった。
「拙い、逃げられた」
慌てて開いていた窓から顔を出すと、ジュール・ソレルが1人を取り押さえていたが他の2人の姿は無かった。
そしてパメラが上空を指さしたので、その方角を見ると2つの黒い影が浮かんでいた。
「くそっ」
俺は毒づくと自身に重力制御と飛行魔法を掛けて上空に舞い上がると、俺の姿を見た2人は2手に分かれて逃げ出した。
先に狙いを定めたのは一番厄介なリングダールだ。
俺が想定よりも早い速度で接近してきたのを見てかなり驚いていたようだが、その無防備な背中に微弱雷を叩き込んだ。
びくりと体が跳ねたリングダールが意識を失って墜落していくのを空中でキャッチすると、そのまま地面に下ろし最後に残った男を魔力感知で探したが上空にその輝点は無かった。
くそっ、空中は不利と気付いて地上に降りたか。
男に俺が町を放棄する事を敵に知らせないためにも、一刻も早く捕まえなければならない。
俺は男が向かった先にあった七色の孔雀亭に降下すると、移転準備をしていたジルド・ガンドルフィを見つけた。
「ジルド、こっちにアイテールの男が来なかった? 空を飛んでいたと思うんだけど」
ジルド・ガンドルフィは小首を傾げると、傍で作業していた男達に大声で質問してくれた。
「お前達、空を飛んでいた男を知らないか?」
「ああ、それなら、野外の宴亭の方に降下していったような」
「そう、ありがとう」
ガルドに尋ねられた男は、予想外の声に慌てて顔を上げ、俺を認識すると慌てていた。
「え、あ、ユニス様?」
俺は慌てている男に手を振り教えられた野外の宴亭の方に向かおうとすると、ガルド・ガンドルフィに呼び止められた。
「あ、ユニス様、あちらの宿は満室になっております」
「え? 満室」
「はい、みなさん、この町に遊びに来ておられます。あ、ダラムに連絡して明日以降の受付は中止としているので問題ありません」
やはり娯楽は人気があるな。
いや、今はそれどころではないな。
「ガルド付いてきて」
「はい」
野外の宴亭は宿泊費が安い事もあって、宿は沢山の宿泊客でにぎわっていた。
そして受付で逃げて来た男が部屋に潜んでいる可能性が無い事を確かめてから、大勢の中に潜り込める宿に併設されている食堂に向かった。
そこではほぼ満席のテーブルに男達が座り、レースの予想表を見ながら楽しそうに飲食していた。
アイテールの連中は禁欲を旨としているので、場の空気にそぐわない人物を探していった。
テーブルの間を魚の目鷹の目で進んで行くと、陽気な酔客から声をかけられた。
「よう嬢ちゃん、誰か探しているのかい?」
「おっ、そこのかわいい姉ちゃん、ちょっとお酌してくれねえか?」
「給仕の姉ちゃんか、白ビール追加頼むわ」
「おい、もうちょっと腰をふってくれよ」
それらの声を華麗にスルーしながら探していくと、奥の席に1人でお茶を飲んでいる陽気な酔客達とは明らかにテンションが違う男を見つけた。
俺がその男の前で立ち止まると、俯いていた男は渋々といった感じで顔を上げた。
その男と目が合った瞬間、当たりだと思った俺は思わず口角を上げた。
「見つけたわよ」
俺の指摘に男は明らかに狼狽えていた。
そして捕まえようと手を伸ばした所で、後ろから酒臭い息がかかった。
「おい姉ちゃん、無視してねえで、こっちきて酌してくんねえか」
肩を掴まれ強制的に向きを変えられると、そこには鼻と頬を真っ赤にした男の顔があった。
俺が酔客と向き合う恰好になると、直ぐに別の酔客が割って入って来た。
「おい、絡むのは止めろ。お嬢さんが困っているだろう」
「なんだてめえは? 俺はこっちの嬢ちゃんに用があるんだ。外野はすっこんでろ」
「なんだとぉ」
場が一瞬で殺気立つと、俺が止める間もなく2つの酔客グループ間で乱闘が始まった。
諍いは他の客に被害が及ぶと次第に拡大していき、直ぐに食堂内全体に広がっていった。
乱闘の発端となったのが俺というのは、百歩譲ってまあ認めてやろう。
だからと言って俺は、絶対に、絶対に「私の為に争うのや止めて」なんて言わないからな。
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