12―30 逃亡
ジュビエーヌが会議室に入って行くと、集まったメンバーが議論していた。
「まさかこんなに早くエリアル東街道を進軍されるとは思いませんでした」
「街道沿いの貴族達は殆ど戦わずに降伏したようです」
「何故、そのような事に?」
「ああ、敵軍から先触れがあって、『我々はディース神に選ばれた神の軍だ。我々の敵は最悪の魔女だけであり、同じ人間に危害を加えるつもりは無い』と触れ回っているようです」
「なんと、敵の狙いはガーネット卿という事か」
「これでは下手に抵抗すると、神敵とみなされてしまいますな」
やがて宰相がこちらに困り顔を向けてきた。
「陛下、公都内でもあちこちで吟遊詩人がこの状況を歌っており、酒場や食堂等でも噂になっております。ここで神の軍と呼ばれる敵軍に抵抗するのは、民衆達からも反発されるでしょう。いや、反乱される危険すらあります」
この者らは先に併合された帝国の例から自分達の領地と身分が安堵されると思っていて、どこか他人事のような顔をしていた。
だがジュビエーヌ自身は、大帝国から領土を奪った犯罪者の子孫として処罰されるのは明白だった。
そう考えると、今ここで私を見つめて来る者達が全員敵に思えてきた。
私自身も魔女の呪いで魔法が使えないので何の役にも立たないけど、何もせず国を失っては、これまで国を維持してきたご先祖様達に合わせる顔が無いのだ。
「私は」
そこまで言ったところでクレメントに遮られた。
「姉様、降伏しましょう」
「何を言っているの?」
クレメントは降伏してもロヴァルの血を受け継いでいる自分達に、未来はないという事を理解しているのだろうか?
「だって、獅子の慟哭も無しにどうやって対抗するのです?」
ジュビエーヌはその言葉に驚愕した。
何故、クレメントはそれを知っているの?
「ええ、確かにそうですね。陛下、ここはもう他に選択肢は無いと思われます」
そしてバスラー宰相、貴方も何故獅子の慟哭が無い事を前提に話をしているの?
そこで他の者達が初耳の事実を知って驚愕しているというのに、この2人だけは違う表情をしている事で事情を察知した。
もはや私には何もできないのね。
この状況では、もう何を言っても無駄だろう。
「皆の意見も降伏を支持しているの?」
ジュビエーヌがそう問うと、皆顔を伏せた。
「そう・・・皆の意見が一致しているのなら、私から言う事は何もないわ」
そして席を立つと、自分の部屋に戻ることにした。
そして廊下を歩いているとクレメントが追いついてきた。
「姉様、これで平穏な生活が送れますね」
「クレメント、どうして獅子の慟哭を奪ったの?」
だが、私が非難を込めた瞳で見つめてもクレメントは怯まなかった。
「あんな物があったら、姉様が民衆から大量殺戮者という汚名を着せられるのですよ。そんなの耐えられません」
ああ、間違っているとはいえ、この子は私の事を思ってくれているのね。
「クレメント、大帝国軍が来たらロヴァル一族の血を受け継ぐ者は皆処断されるのです。私達の生きられる場所はもうパルラ以外無くなったのですよ」
「え、そんな、いや、だって、宰相が獅子の慟哭が無くなれば僕たちは平穏な暮らしができるようになるって」
バスラー宰相。
あの男の事はユニスも懸念していたわね。
こうなってくると、もうあの男が裏切っている事は明白だった。
「クレメント、パルラの町に逃げるわよ」
そして自室に急ごうとしたところで、武装した兵士に行く手を塞がれた。
見覚えの無い兵士が、7色の宝石を象った印をつけた鎧を身に着けて剣を向けてきた。
「お前がジュビエーヌだな、大人しく縛につけ。抵抗すれば魔女の共犯者として殺害許可で出ているぞ」
するとクレメントが叫んだ。
「待て、バスラー宰相から協力したら見逃してもらえると言われているんだぞ」
だが、兵士達は噴出していた。
「ぶははは、お前はよっぽどおめでたい奴だな。大帝国が国を奪った大罪人の子孫を許すとでも思っているのか? お前達の極刑は確定しているんだよ」
「そ、そんな馬鹿な。宰相は確かに約束したんだ」
クレメントが狼狽している隙を突いて兵士達が切りかかろうとしたところで、ジュビエーヌの目の隅に青色と赤色の線が写った。
一瞬の事だったが、それまで通路を塞いでいた兵士達はあっという間に意識を刈り取られ、通路の端に寄せられていた。
「もう安全です。それと道を作りましたよ。」
「あ、ありがとう」
セレンが安全だと言ってきたので、ジュビエーヌはクレメントを連れて王族区域に入った。
「クレメント、急いで荷造りして。あ、服装は町民の恰好にするのよ」
「え、あ、はい」
ジュビエーヌはロヴァル騒動の時を思い出して、またパルラまで逃げるなんてと思っていた。
ジュビエーヌは自室に入り必要な物を袋に詰めていると、突然背後から声をかけられた。
「陛下、何をなされているのですか?」
ジュビエーヌは突然声をかけられて驚いたが、その声がマーラだと気が付いた。
だが、先ほどの会議室でのやり取りを思い出し、マーラも敵なのか味方なのか判断できなくなっていた。
「ちょっと外出するだけよ。マーラも暇をあげるから偶には家族に元にでも行ってみたら?」
この部屋にはセレンが居るので不測の事態があっても大丈夫だろうと思っていると、マーラがジュビエーヌの前に回り込みその場でしゃがみこんだ。
「陛下、そのような雑事なら私がやります。どのような物が必要なのか教えてもらえますか?」
ジュビエーヌは、マーラの変わらない忠誠に涙が込み上げてきたが、何とか言葉を吐きだした。
「分かったわ。それじゃあパルラまで行くための変装用の服と、野営に必要な物をお願いね」
それを聞いたマーラは目を見開いたが、直ぐに覚悟を決めたようだ。
「分かりました。急いで荷造りをします。それから追っ手は私にお任せ下さい」
それを聞いてマーラが何時までも自分の味方なのだと分かり、涙が出そうになった。
「ありがとう、貴女も無事でいてね」
「はい、ありがとうございます」
マーラも泣きそうな顔をしていたが、慣れた手つきで荷づくりを行ってくれた。
そしてクレメントと合流すると、先のロヴァル騒動の時に使った秘密通路を経由して町の外に脱出した。
ジュビエーヌはクレメントを連れて昼間は街道を避けて岩陰等に潜み、夜になると街道を北に移動していた。
「姉様、どうしてもパルラに行くのですか?」
クレメントは質問なのか愚痴なのか、何度の同じことを口にしていた。
そしてジュビエーヌもそれに同じ言葉で返していた。
「ザカリー・ウェス・アラスティアからみたら、私達は国を奪った極悪人の子孫なのよ。捕まったらどんな目にあわされるか少し考えたら分かるでしょう」
「しかし、バスラー宰相が」
「もう、まだそんな事を言っているの? あの男は敵の間者なのよ」
「え? でも」
「いい、良く聞いて。私達の味方が居るとしたらそれはユニスだけよ。今だってユニスのオートマタが私達を守ってくれているが明確な事実なの」
そして後ろで控えている頼もしい2体のオートマタをじっと見つめた。
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ブリス達が公都エリアルに到着すると、そこでは既に城門が開き、神の軍を歓迎する人達が城門前に集まっていた。
正規軍の将軍が歓迎を受けて城門の中に消えると、俺達の指揮官がやって来た。
「お前達、これから野営の準備をするぞ」
「え、先に進まないので?」
「進軍が早すぎたようだ。魔女の眼前に到着する時は、魔女が最も弱った頃合いにする必要があるそうだ」
それを聞いた民兵達が歓声をあげた。
「おお、ディース神が我々の為に魔女の力を抑えてくれているぞ」
「おおお、神が味方したのなら俺達の勝利は確実だな」
「だが、魔素が薄くなっているって話だぞ。俺達にも影響があるんじゃないのか?」
1人の男が言った言葉に一瞬場が凍り付いたが、直ぐに他の男が笑い飛ばした。
「ぶははは、心配はないぞ。俺達人間は、食い物から魔素を補給するんだ。だから食い物が無くならない限り問題はない」
「おお、そうなのか。すると魔女も同じじゃないのか?」
「いや、魔女は食い物からじゃなくて、大気中の魔素から補給するそうだ」
「へえ、やっぱり魔女は俺達とは違うんだなぁ」
「ああ、魔女は魔物と一緒だ。だから俺達とは相容れないんだよ。魔素切れにならないようにいっぱい食っておいた方がいいぞ」
そんな話を聞いて、ブリスもお代わりをすることにした。
「そうだな。もう一杯もらおうか。俺達は飯を食うほど元気になるが、魔女は日に日に弱って行くんだ。こんな愉快な事はない」
「ああ、違いない。もはや落ちぶれた魔女に味方する者はいない。さっさとパルラという町に行って聖戦を終わりにしようや」
「おお、俺達の未来は明るいな」
腹が膨れ、勝ち戦が確定した事に大いに気分を良くしたところで、指揮官が慌ててやって来た。
「おい、お前達、大帝国が大罪人指名している犯罪者が逃げたそうだ。俺達も正規兵達と一緒に追いかける事になった。急いで支度するんだ」
「え、一体誰が逃げたんで?」
ブリスが尋ねると、指揮官はにやりと笑った。
「ああ、ジュビエーヌ・ブランヴィル・サン・ロヴァルという大罪人だ」
「え、それってロヴァルの大公じゃぁ?」
「それは違う。大帝国から土地を奪った大罪人の子孫で、魔女に味方する大馬鹿者だ。いいから急げ。それにジュビエーヌを捕まえた奴には報奨金がたんまり支払われるぞ」
「「「おおお」」」
報奨金と聞いたブリスは大急ぎでお代わりを腹の中に収めてから防具を付け武器を持って立ち上がると、レジスがやってきた。
「おいブリス、これを飲んでおけ」
レジスの掌には小さな丸薬があった。
「これは?」
「ああ、何でも、紫煙草の粉が入っていて身体能力が高まるらしい。これを飲むと、歩く速度が上がるし、疲れや眠気も感じなくなるらしい。直ぐに大罪人を捕まえられるぞ」
「ああ、それはいいな」
ブリスは直ぐにその丸薬を飲み込むと、レジスは他の者達にもその丸薬を配っていた。
丸薬の効果は覿面で、ブリスは体の中から力がみなぎって来るのが分かった。
「おおお、これは最高だ。今なら魔女にだって負けないぜ」
俺の言葉を聞いた周りの連中も同じような声を上げていた。
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