12―26 黒蝶の計略
そこは窓が無い石壁の部屋で、奥の壁に白字に翅を広げた黒い蝶が描かれた旗が飾られ、部屋の四隅にも黒蝶を描いた垂れ幕があった。
その部屋の中央には奥行きのあるどっしりとした重厚なテーブルに黒いテーブルクロスがかかり、その上には等間隔で蝋燭を付けた燭台が並んでいた。
長方形のテーブルには誕生日席に黒い衣装に白字で「1」と描かれたた黒いフードを被った人物が着席しており、彼の両側には「2」から「8」までの番号を付けた同じ格好をした者達が座っていた。
まず先に声を上げたのは進行役を担う「2」番だった。
「これより黒蝶の会合を始める。9番から11番までの3名は最悪の魔女に倒され、12番と13番は対外活動中なので、本日は此処に集まっている1番から8番までの8名で全員となる。それでは1番、ご挨拶お願いします」
「うむ、分かった。諸君、今日が黒蝶として集まる最後の日となる。長い忍耐の時が終わり、ようやく我々が日のあたる場所に出る時が来たのだ。これから我々は闇に潜むためのこのフードを取り、復活する大帝国の一員となって頑張って行こうではないか」
「「「おおお~」」」
1番の宣言に集まった他の者達が皆拍手していた。
「1番、ようやくバンダールシア大帝国を復活させるという悲願が達成できるのですね。こんなにうれしい事はありません」
2番はそう賞賛すると、直ぐに進行役の任に戻った。
「それではまず旧バルギット帝国に関する経過について、1番に代わり私が諸君らに説明しよう。帝国の皇帝就任式を乗っ取り1番が大帝国復活を宣言された。その席上、大帝国復活に不満を持った不届者共は1番が罰を加えられた。これにより旧帝国領で我々に表立って反抗する者はほぼ皆無といっていいだろう。そして1番は帝国軍を掌握し、直ぐに魔女討伐のために軍を再編成された」
そこまで言って2番は集まったメンバーを見回してから1番を見て、後を続けた。
「帝都ヌメイラの民衆には大帝国が復活した事を伝えたが、帝国領内にはまだこの事実を知らない民草が居る。この者らには、吟遊詩人を使って最悪の魔女の恐怖と民衆を守るために大帝国を復活させた事、そして1番が強い統治者であることを触れ回させる。さすれば恐怖におびえた愚かな民衆は、感涙にむせび泣き、我々を支持するばかりか魔女を倒す為自ら武器を手に立ち上がる事だろう」
そして1番を見ると、満足したように頷いた。
「いつの時代も同じだ。愚かな民衆は統治者の都合に合わせて方向性を示してやればよい。実に御しやすい連中だ」
「まさにそのとおりでございますな」
2番は1番の言に賛意を示すと先を続けた。
「バルギットのオーリクとレスタンクールの大公爵家は取り潰しましたが、アブラームの対処はどのように?」
「ある意味大帝国復活の功労者だからな。大帝国の公爵として遇しよう。その方が民衆の受けもいいだろうしな。まあ、正気に戻って不満を言うようなら直ぐに処分するがな。がははは」
1番がそう言って笑うと、集まった他のメンバーもそれに合わせて笑い声をあげた。
そして片手を上げて皆の注目を集めると、次の議題に移った。
「報酬の話になったので、皆にも大帝国復活後の処遇について話しておこう」
1番はそう言うと、集まった者達を見ながら頷いていった。
「まず2番は、大帝国で加領のうえ筆頭大公爵位を授与する。そして宰相職も担ってもらう」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ、次は3番、4番、5番の3名も加領のうえ大公爵に任ぜよう」
「「「はっ、ありがとうございます」」」
次に1番は7番を見た。
「7番は、ディース教の新しい教皇職を任せる。引き続き教会内部の統制を任せる」
「はっ、ありがとうございます。既に教会内は源流派が要職を占めておりますので、今後はより一層1番にお役に立てると思います」
次に見たのは8番だった。
「8番は侯爵に叙任し、大帝国の技術総局の局長を任せよう」
「1番、感謝いたします」
残すは6番だけとなったところで、当の6番は俯いていた。
6番の担当は公国であり、魔女に邪魔されて策略がうまくいっていないからだ。
それを察知した2番が、1番に話しかけた。
「1番、大帝国復活の宣言のおり、公国と王国に領土の返却を要求されましたが、2国は素直に応じるでしょうか? 勿論こちらから圧力は加えますが」
そう質問された1番は直ぐに頷いた。
「反発するだろうが、今はそれでよい。あの2国は魔女が頼りなのだ。魔女が討たれたら大人しく降伏するだろう」
「それなのですが、そろそろ魔女を討伐する手段を教えて頂いても?」
2番がそう1番に質問すると、他のメンバーもその話に関心があるようでみな聞き耳を立てた。
「良いだろう。ここに居ない13番が太古の遺跡を起動させた。これによりこの大地から一時的に魔素が消える事になる」
「え、魔素が消える、ですって?」
それを聞いたメンバーに動揺が広がった。
「慌てるな。魔素が消えるのは数日だ。我々は食べ物から魔素を補給するので魔素が消えても問題ない。だが、魔女は大気中の魔素をその身に取り込んでいるのだ。大気中の魔素が消えれば、圧倒的な力を誇る魔女も赤子同然だ。簡単に殺せる」
すると感の鋭い5番が声を上げた。
「1番、ひょっとして7百年前に起きた事って?」
「ああ、想像どおりだ。我が一族にのみ伝わる7百年前の真実によると、この大地から魔素が消えたようだ。すると魔女はみるみるうちに弱っていったそうだ。力を失った魔女の討伐など簡単な作業でしかなかっただろうさ。その時点で大帝国は救われたと言うのに、愚かな民衆が暴動などおこしやがって」
1番は感情が高ぶったのかテーブルをどんと叩いた。
集まった他のメンバーは一瞬びくりと反応したが、直ぐに2番がとりなした。
「まさにそのとおりですな。民衆には吟遊詩人を通じてアラスティア一族がディース神から地上の統治を任された唯一の一族だという事を、その空っぽの脳みそにもしみこむ程徹底的に教育いたしましょう」
「1番、魔女は魔素が消えたら姿をくらますのではありませんか?」
3番の疑問に、1番は機嫌よく答えた。
「ああ、だからパルラを攻めるのだ。前に6番に調べさせた通り、魔女は獣人に執着を持っている。それは7百年前も同じだ。あの町に獣人が居る限り魔女は逃げられないさ」
「ですが、我々がパルラを攻めれば獣人を避難させるのでは?」
なおも3番が懸念を口にするが、1番は上機嫌で首を横に振った。
「何処に? ヴァルツホルム大森林地帯か? 力を失った魔女に獣人を魔物から守る術は無いぞ」
「それではこの大地から魔素が抜けた後で、パルラを攻めるのですね?」
2番が1番の考えを補足すると、1番が直ぐにそれを否定した。
「いや、この現象は2日程度しか持たない。我々は魔素が消えるタイミングでパルラに攻め込まなければならない」
「そうすると我々の進軍に気付いた魔女が、わが軍の進軍を遅らせようと邪魔をしてくるのではないでしょうか? 最悪、赤色魔法を撃たれたらかなりの損害を覚悟する必要もありますが?」
その懸念に集まった者達が肯定の意味を込めて頷いたが、1番は首を振った。
「魔女の休日が発動すれば魔女は弱って行くのだ。赤色魔法を放てばより早く魔女は力を失うだろう。パルラ攻めには吟遊詩人の歌で集まった民兵達を先にぶつける。仮に魔女が赤色魔法を発動してもやられるのは民兵どもだ。その後、衰弱した魔女を正規軍でなぶり殺しだ」
そこで3番がさらに懸念を口にした。
「魔女が正規軍が来るまで力を温存していたら、どうしますか?」
「復活した魔女は2度赤色魔法を放ったが魔法の発動までかなり時間を要していた。魔女が我が正規軍に対して赤色魔法を放ったとしても、それだけの時間があれば、俺が魔女の魔法発動時の隙を狙って仕留められる」
「え、1番が自ら軍を率いるのですか? 危険ではありませんか?」
2番が心配そうな顔でそう言うと、1番はにやりと口角をあげた。
「ああ、そのためのこの4つのマジック・アイテムがあるのだ」
そういうと1番は、魔女の所持品だった4つのマジック・アイテムを見せびらかせた。
「つまりこの4つのマジック・アイテムの力で、俺は魔女と同等の力を発揮できるのだ。そして俺がこの力を発揮する時、魔女は魔素を失い衰えているだろう」
「「「すばらしいです」」」
そして1番の視線が6番に向いた。
「我々は予定通り進軍するため公国に邪魔をされるわけにはいかない。分かるな?」
「はい、公国の貴族共を扇動して我々に対抗できないようにします」
だが1番は首を横に振った。
「公国の連中は、大公が赤色魔法を使える事を拠り所にしている。それがある限り我々に対抗できると思いあがるだろう。大気中の魔素が薄くなっても獅子の慟哭が使えるのかどうか不明だが、連中がそれを力の拠り所としている以上、排除する必要がある」
「分かりました。大公の弟が使えそうなので、必ずや良い報告が出来るでしょう」
「うむ、期待しているぞ」
「ははっ、必ずやお役に立って見せます」
1番が納得すると、6番がほっとするのが分かった。
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