12―22 没落した男
外から聞こえて来る喧噪を確かめようと窓から外を覗くと、そこでは2人のアースガルが取っ組み合いをしていた。
「ねえジゼル、あそこで争っているアースガル達に本物は居るの?」
それがそう尋ねると、ジゼルも窓枠から顔を出してその2人を魔眼で見てくれた。
「あ、片方は本物みたい」
「はぁ、どうして本物が此処に居るのか分からないけど、ジゼル、助けに行くわよ」
「ええ、分かったわ」
俺達が窓から外に出ようとすると、ジュール・ソレルが止めてきた。
「あの、そこは窓で、ここは館の3階ですが?」
「仕方がないでしょう。急いで助けに行かないと、本物が倒されてしまったら夢見が悪いし」
「ま、まあ、確かにそうですね」
そして俺とジゼルに重力制御魔法と飛行魔法をかけて、2人の男が争っている現場に降下していった。
2人のアースガルが殆ど動かず剣戟を交えている姿は、決闘をしているようにも見えた。
すると俺達が傍に来たことに気が付いた2人が声をかけてきた。
「ユニス様、この偽物を倒すのに協力してください」
「ガーネット卿、偽物はこいつの方です。騙されないでください」
先ほどまで斧を振るっていた偽物は服装を変えたようでどちらが本物なのか見分けが付かなかったが、俺にはこんな時にとても頼りになる存在が居るのだ。
「ねえジゼル、どっちが本物なの?」
「えっと、あっちね」
ジゼルが片方を指さすと、偽物は「くそっ」と呟きながら、つま先に仕込まれた隠しナイフで本者の太ももを刺さして隙が出来たところで止めを刺そうとしていた。
俺はアースガルを助ける為偽物に魔法弾を撃ち込み、大きくのけ反ったところを本物のアースガルが剣を突き刺した。
「ぐあ、ああ、魔女肉が食いたかった・・・」
こいつは本当に俺の事を食材と思っていたのか。
そんな偽物に、アースガルがとどめを刺した。
「はぁ、はぁ、ガーネット卿、助太刀感謝いたします」
「もしかしてこの男と決闘していたの? 名誉の戦いに水を差してしまったのなら謝罪しますね」
「はぁ、はぁ、確かに私の顔を利用された名誉の戦いでしたが、助太刀頂いて大いに助かりました」
そしてアースガルが息を整えて、改めて俺達を見てその恰好に驚いていた。
「あの、もしよかったら、我が家で着替えを用意させてもらえませんか?」
アースガルは先ほどまでの厳しい顔から、今はどうみてもスケコマシの顔に戻っていた。
こいつまさかとは思うが、俺とジゼルをお持ち帰りするつもりじゃないだろうな?
だがジゼルに着替えさせたいのでその提案を受け入れたいが、その前に確かめる事があった。
「ありがとう。でも、その前に私の護衛を探したいので、少し待ってもらえますか?」
「護衛といいますと、あのオートマタですか?」
「ええ、反応はあるのですが、姿が見えないのです」
先ほどから「・・・さまぁ」とか「・・・ですぅ」とかいう声が風に乗って聞こえてくるのだが、見回しても何処にもその姿が無いのだ。
するとジゼルが上空を見上げたので俺も釣られて空を見上げたが、そこには何も見えなかった。
そこで遠見の魔法をかけてズームしてみると、遥か上空で2つの影が見えた。
え、何でそんな所に居るの?
俺は重力制御魔法と飛行魔法をかけて上空に舞い上がると、2人がぷかぷか浮かんでいる場所まで上昇していった。
「ちょっと貴方達、こんな所で何をしているの?」
「お、お姉さまぁ~、そ、それがぁ~、気が付いたら体がどんどん浮かんでしまってぇ、風に流されないようにするのが大変ですぅ~」
意味が分からない。
そう思っていると、グラファイトが説明してくれた。
「大姐様、それが突然後ろから体を持ち上げられたのです。その時、大姐様が使う重力制御魔法をかけられたようです」
ああ、体を軽くされてそのまま上空に放り投げられたのか。
流石のオートマタも、上空に放り上げられては何もできないか。
そんな事が出来るのは、ビルスキルニルの遺跡で重力制御魔法を覚えたであろうシェリー・オルコットで間違いなさそうだ。
「グラファイト、インジウム、手を出して」
「はあぃ」
「はい」
俺がそう言って手を差し出すと、インジウムは俺に抱き着いてきた。
まあくっ付いていてくれれば問題無いので、俺はそのまま2人に重力を加えるとジゼルとアースガルが待っている地面に降下していった。
「ユニスお帰り、人形を見つけたのね」
俺がジゼルに頷くと、直ぐにグラファイトが傍にやって来た。
「大姐様、お召し物をどうぞ」
すると今度はアースガルがすかさず声をかけてきた。
「ガーネット卿、着替えなら私の館で用意します」
そしてグラファイトとアースガルの間で見えない火花が散ったのを感じて、慌てて割って入った。
「グラファイトありがとう。今回はジゼルや白猫達の服も用意してもらう事になっているから、アースガルに頼むことにしたのよ」
「そうでしたか」
グラファイトは不満そうだったが、服を借りるのが俺だけじゃないと説明すると分かってくれたようだ。
「それではガーネット卿、私の館に参りましょう。勿論、他の皆様も歓迎しますよ」
「ええ、ご厄介になるわ」
レスタンクールの館は誰も居ないのか、しんと静まり返っていた。
「誰も居ないの?」
「ええ、レスタンクール公爵家が取り潰しになりましたので、使用人は全員解雇しました。使用人達は身の回りの物を持って家に帰ったのでしょう」
「え、どういう事?」
思わず聞き返すと、アースガルが説明してくれた。
「我がバルギット帝国はバンダールシア大帝国に併合されました。そして大昔に大帝国を崩壊させた戦犯として、バルギットの一族は国を明け渡したアブラームを除き身分をはく奪されたのです」
それって7百年前の意趣返しってやつか。
「それでも家族くらいは残っていても不思議じゃないでしょう?」
「ああ、昼間のうちに領地に戻って行きました。今頃は持てるだけの財産を手に姿をくらませているでしょうね」
まあ、ぐずぐずしていたら全て差し押さえられてしまうのだから、その行動も頷けるか。
「貴方は何故残っていたの?」
「一応当主ですからね。最後の確認くらいはしておかないと」
そう言ったアースガルの顔は少し寂しそうだった。
そして誰も居ない館に入ると、先ほどまでの戦闘で服がボロボロになった俺達のためにアースガルの家族が残していった衣装を貰う事になった。
皆がそれぞれ好みの服に着替えると、アースガル達男性陣が待っている食堂に入った。
そこでは鼻の下を伸ばしたアースガルが立ち上がり、先ほどまでとは打って変わった軽さで挨拶してきた。
「いやあガーネット卿、とてもお似合いですよ。このまま舞踏会にお誘いしたいくらです」
アースガルから提供してもらった服はどれもこれも豪華なドレスばかりだったので、俺達は全員指摘されたような恰好になっていた。
「ありがとう。それとジゼル達にも着替えを提供してくれてとても感謝しています。でも、この衣装は本当に頂いても良かったの?」
「はい、残していても誰かに奪われるだけなので、こうやって皆さんのお役に立てる方が何倍もましです」
なんだか申し訳ないと思った俺は、アースガルがこれからどうするのか聞いてみる事にした。
「それでこれからどうするのですか?」
「復活したバンダールシア大帝国に居場所はありません。公国か王国に逃れるしか方法はないでしょうね」
アースガルの窮状を聞かされては、手を差し伸べない訳にはいかなかった。
「そう、それならパルラで歓迎するわよ」
俺がそう言うと、直ぐにジュール・ソレルが口を差しはさんできた。
「ガーネット卿、レスタンクール卿をかくまうと、大帝国に公国に侵攻する口実を与える事になりませんか?」
その言葉に一瞬ムッとなったが、ジュール・ソレルの顔は真剣だった。
ジュビエーヌに迷惑が掛かるのは困るが、パメラの話だと連中は既に公国と王国に領土的野心を持っているようだし、今更侵攻の口実が1つ増えたところで大した違いは無いだろう。
それに大帝国は民衆の戦意高揚のため、どうあっても俺を最悪の魔女に仕立て上げたいだろうしね。
「助けを求めている者に手を差し伸べるのは当然でしょう? それに大帝国とやらは公国に領土的野心を持っているようだし、今更って感じよね」
俺がそう言うと、ジュール・ソレルもそれには納得したようだ。
「確かに大帝国復活の式典に参加していたバラチェ卿がそう言っていましたね。それともう1つお伺いしますが、レスタンクール卿を連れてパルラに戻るおつもりですか?」
「ええ、今更1人2人増えたところで同じでしょう?」
すると今度はパメラが口を開いた。
「ユニス様、レスタンクール卿は最早帝国では犯罪人扱いです。一緒に居るのを見つかれば群衆に襲撃されるかもしれませんし、そもそも検問所で捕まってしまうでしょう。そうするとガーネット卿にも迷惑が掛かると思うのですが?」
パメラの言葉を聞いて、戦争に負けたベニート・ムッソリーニが逃避行の末、イタリアの群衆に掴まって吊るされた末路を思い浮かべた。
「私を気遣ってくれてありがとう。移動するならアースガルに擬態魔法をかけて別人に見せかける事も出来るし、そもそも帝国内を陸上移動するつもりがないので心配はいりませんよ」
「ああ」
パメラは上空を指さして納得したようだ。
すると、それまで議論の的になっていた張本人が口を開いた。
「あのう、まだ私がパルラに行くとは言っていないと思うのですが・・・」
「何を言っているの? このままだと貴方は明日の朝には死体になって、そこら辺の木に吊るされているかもしれないのよ?」
俺の指摘にアースガルは顔を顰めたが、直ぐに首を横に振った。
「そんな不吉な事を具体的に指摘しないでくださいよ。それにパルラに行くとしても、自分の生活を賄うだけの資産を持っていけないでしょう」
「それならパルラで仕事をすればいいでしょう。既に貴族じゃないのだから今更矜持がどうのとは言わないでしょう?」
俺の指摘に少しの間黙っていたが、直ぐに頷いてきた。
「分かりました。ですが、戦う事しかできませんが、大丈夫でしょうか?」
「何を言っているの、貴族家当主なら領地経営のノウハウもあるだろうし、潰しは聞くでしょう? どうしても戦いたいのなら、狩猟隊の護衛任務をやらせてあげるわ」
俺がそう言うと、アースガルの表情がようやく和らいだ。
「分かりました。よろしくお願いします」
それからパメラとジュール・ソレルを見た。
「貴方達はどうする?」
するとパメラが直ぐに手を上げた。
「あ、はい、はい、私は一緒に連れて行って欲しいです」
それを見ていたジュール・ソレルも頷いていた。
「ガーネット卿、私も帝国に居場所はありませんのでお願いします」
「ええ、いいですよ」
俺はガスバルに連絡蝶を送りパルラに帰る事を伝えると、早速帰りの馬車を製造していった。
いいね、ありがとうございます。




