12―21 女の正体
「13番、そろそろ敵に止めを刺してここからずらかろう」
「私はそんな面倒事は御免よ」
「ちっ、いい加減覚悟を決めないと組織内で上にいけないぞ」
「どうでもいいわよ」
白猫は今まで手加減されていたと分かりくやしさで怒りが込み上げてきたが、魔法弾を何発も食らって痛みで体が動かなかった。
斧を手にした12番が近づいてくると、そこには人を殺す愉悦に浸った醜い顔があった。
そして斧を振りかぶった。
「魔女の首は駄目だったが、お前の首なら簡単に断ち切れそうだ」
体が動かない白猫は、最後の抵抗として自分を殺そうとしている男を睨みつけた。
だが、その斧は自分に向けて振り下ろされる事は無く、男の顔に驚愕の表情が浮かぶと悲鳴をあげて吹き飛んだ。
何があったのかと魔法弾が飛んできた方向に目をやると、そこには台から上半身を起こした雇い主さんの姿があった。
その姿を見た白猫の胸中は、起きるのが遅いという不満とこれで助かったという安堵が同居していた。
+++++
俺は江戸時代の罪人のよう縛られてゴザの上で正座させられていた。
そして俺の前にはどう見ても西洋の法衣を纏った司祭が手に持ったロザリオを握りしめながら目の前の聖杯に向かってなにやら祈りを捧げていた。
和洋混在の違和感だらけの空間で何が起こるのかと観察していると、祈りを終えた司祭が突然目の前の聖杯を掴んで俺に向かってその中身をぶちまけたのだ。
聖杯に入っていた濁った液体が空間を飛翔しながらまっすぐ俺の顔面にかかると、猛烈な悪臭に鼻が詰まり呼吸が苦しくなり、酸素を求めて必死に息を吸おうと過呼吸気味になったところで目が覚めた。
すると今度は目が猛烈にしみて開けていられなくなり、慌てて上体を起こすと自分に浄化魔法をかけようやく目が見えるようになると、目の前に斧を振り上げた男の後ろ姿が見えた。
そして斧を振り下ろそうとしている男の足元に、ボロボロになった白猫の姿があった。
俺は何も考えずに青色魔法を発動させると、白猫に襲い掛かろうとしている男の背中に向けて魔法弾を放った。
石弾が男の背中に命中すると、油断していた男はそのまま吹き飛んでいった。
白猫の命の危機が去ったところで一体何が起こっているのかと周囲に目を向けると、白猫のほか黒犬と赤熊も酷い有様で床に倒れていて、そして1人だけ黒ローブを纏った人物が立っていた。
状況から判断して、白猫達がやられたのは先ほど吹き飛ばした斧男とこの黒ローブが原因に違いなかった。
「お前がやったのか?」
「ふぅ、目が覚めてしまったのね」
俺が敵と認定した黒ローブは、その声で女だというのが分かった。
「答えろ。これはお前がやったのか?」
「そうだ、と言ったら?」
俺は寝かされていた台の上から床の上に降り立つと、自分の周囲に空間障壁の魔法を掛けてから黒ローブに向けて青色魔法陣を展開した。
俺がやる気満々なのを見た黒ローブの女も同じように空間障壁の魔法を発動すると、俺に向けて同じように青色魔法陣を展開したので、後はお互い魔法の盾でガードしながらの撃ち合いとなった。
そんな立ち止まったまま殴り合いの喧嘩をしている俺に向かって、先ほど吹き飛ばした斧男が横合いから斧を振り下ろしてきた。
「俺の高級肉」
だがその斧は、展開していた空間障壁がはじき返した。
そこで初めて男の顔を見ると、それはアースガルだった。
まさか、こいつ食人の習慣でもあったのか。
「ちょっとアースガル、私の事を肉と呼ばないで。それだとまるで私がデブと言われているようで不快だわ」
訳が分からず慌てた俺はおかしなことを口走ったが、それまで味方だと思っていたアースガルがいきなり豹変したのだから、これは仕方が無いのだ。
アースガルはパルラで会った時とはまるで別人のようだが、その顔は見間違えようがなかった。
一体帝都に戻ってから何があったと言うのだ?
そして再び斧を振り上げたので、重力制御魔法を調整して蹴飛ばしてやった。
これでしばらくは大人しくしているだろう。
改めて黒ローブに電撃を放っていると、その隙に白猫達が物陰に隠れるのが見えた。
白猫達に跳弾が当たる心配が無くなったことで、止めを差す前に黒ローブが敵であることを確かめる事にした。
「私の友人達に随分酷い事をしてくれたじゃない」
「あら、それはお互い様でしょう」
お互い様?
俺はこいつを知らないぞ。
「どういう意味か分からないけど、少なくとも私は目の前で友人を黙って殺させはしないわよ」
そして黒ローブへの圧力を高める為攻撃魔法を青色から緑色に切り替えようとしたところで、部屋への入口にベルグランドとジゼルが顔を出した。
良かった。
ジゼルは無事だったようだ。
だが、このままでは流れ弾で負傷するかもしれないので、自身に展開している空間障壁で守るため入口の方に移動すると、同じタイミングで女の方も窓際に移動するとそのまま窓を突き破って飛び出していった。
それを見たアースガルも「くそっ」と毒づいて、女が破った窓から逃げ出していった。
2人が飛び出した窓の方に魔力感知を発動すると、2つの輝点が遠ざかったので戦闘はこれで終了にした。
そして白猫達の治療を行うため、3人が隠れている場所を覗き込んだ。
「酷い怪我ね。直ぐに手当てするわね」
俺が白猫に声をかけると、白猫は窓の外を指さした。
「ユニス様、敵を捕まえなくて良かったのですか?」
俺はそんな白猫に微笑みかけた。
「あんな連中はどうでもいいのよ。それよりも貴女達の怪我を直す方が先よ」
3人の怪盗娘に回復魔法をかけて酷い怪我を綺麗にすると、俺は3人の前で頭を下げた。
「ありがとう。状況から判断して、貴女達が私を助けてくれたのでしょう。助かったわ」
それからジゼルに話しかけた。
「ジゼル、無事で良かったわ。何処も怪我をしていない?」
「ええ、大丈夫よ。ユニスも無事で良かったわ」
「女ボス、私が地下の牢やからジゼル殿を救い出したのです。私も褒めて下さってもいいのではないでしょうか?」
「ええ、そうね。よくやってくれました」
すると白猫の焦った声が聞こえた。
「ユニス様、お召し物は?」
そう言われて自分自身を見下ろすと、見事に全裸だった。
「あ」
俺が驚いていると、白猫は俺を見て鼻の下を伸ばしているベルグランドの顔面を蹴飛ばしていた。
そう言えば風呂から出て脱衣所に辿り着いたところで気を失ったので、当然服を着ていないのは想像できた。
普通ならこんな時はグラファイトがすっとやって来て「お召し物をどうぞ」と言って来るのだが、その姿は何処にもなかった。
代わりに白猫が渡してくれたショールとタオルで身を包むと、ジゼルも似たような恰好なのに気が付いた。
「ジゼル、貴女も浴場で倒れた所を捕まったのね?」
「ええ、そしてベルグランドさんに助けてもらったわ」
それを聞いて改めてベルグランドを見てお礼を言った。
「ベルグランド、ジゼルを助け出してくれてありがとう」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「それにしてもアースガルがこんな事をするなんて信じられないわね」
「その事なんだけど」
俺がそう零すとジゼルが話しかけてきた。
「何か分かったの?」
「それがあの男、私の魔眼だと違う男に見えたんだけど」
「え、という事は、あれは擬態魔法でアースガルに化けていた別人という事?」
すると今度は白猫が口を開いた。
「実はレスタンクールの館でユニス様がアースガルと呼ぶ男に会ったのですが、自分はユニス様を帝都に呼んでいないと言い張っていました」
「え、ここはレスタンクールの館じゃないの?」
思わず驚いてそう聞くと、白猫はそうだと言わんばかりに頷いていた。
「はい、ここは隣家のフリュクレフ侯爵家の館です」
「え、どういう事?」
「それはそこに倒れているルーセンビリカに聞けばわかると思いますが?」
そして白猫が視線を送った先を見ると、そこで初めてパメラとジュール・ソレルが倒れているのに気が付いた。
「え、パメラとジュール・ソレルも居たのね」
「その2人はユニス様を探しておりました」
「そうなの」
どうやらこの2人も俺の事を心配して探してくれていたようだ。
そして2人を治癒すると、気がついたパメラが俺の手を取って来た。
「ユニス様、無事で何よりです」
「ありがとう、パメラもなんだか大変な目に遭ったようね」
俺がパメラを気遣っていると、隣からジュール・ソレルが会話に入って来た。
「あのぅ、それは私もなんですが?」
「貴方はアースガルの護衛でしょう? どうしてこうなったのか説明できるんじゃないの?」
俺が文句を言うと、ジュール・ソレルは首を横に振った。
「いえ、私がレスタンクール卿の護衛をしていたのはパルラに居た時の話で、本国に戻ってすぐ任を解かれました」
「あら、それじゃあ事情は分かっていないのね」
「ですが、これまでの経緯はご説明できると思います」
そしてパメラとジュール・ソレルが、バラチェ男爵館で別れた後の顛末を話してくれた。
そうするとパメラの上司であるフリュクレフ将軍もアースガルも、本人に成りすました別人だったということか。
「私は偽アースガルに騙されて、帝都に呼びつけられたという事なのね。そうだとすると偽将軍が見つけたという遺跡で発見した遺物も、帝都におびき寄せる嘘だったのね」
俺ががっかりしていると、ジゼルが俺の肩に手を置いてきた。
「ねえ、その偽将軍というのがさっき逃げた女なら、あの女の正体はユニスが持っていた姿絵の女よ」
俺が持っていた姿絵って、もしかしてシェリー・オルコットとのツーショット写真の事か?
え、だとするとあれがシェリー・オルコットだったの?
てか、あの女やっぱりこの地に来ていたのか。
そんな時、突然俺の左手の甲に連絡蝶が現れた。
誰からだろうとその翅に触ってみると、現れたメッセージはシェリー・オルコットからだった。
何故分かるかというと、宛名がミシロになっていたからだ。
この地で俺の本当の苗字を知っているのは、あおいちゃんを除けばあの女以外考えられないのだ。
メッセージには、俺が保護外装の能力に過信して黒蝶に殺されるだろうという事と、保護外装に重大な弱点がある事を知りたいならキュレーネ砂漠で発見された魔法国の遺跡まで1人で来いという内容だった。
シェリー・オルコットはこちらの世界にやってきて、俺よりもこの保護外装に詳しくなったようだ。
もしかしたら、どこかでこの保護外装の取扱説明書でも見つけたのかもしれないな。
それならシェリーに聞いてみればいいだけの話だ。
次の行き先が決まった俺には、もう帝都に用は無かった。
「ジゼルそれと皆、悪いけど帝都見物は取りやめてパルラに引き返すわよ」
「ユニスがそれでいいのなら私は問題ないわ」
「あ、私達もです」
ジゼルも白猫も了承してくれたので早速帰ろうとしたところで、窓の外から男達が言い争う声が聞こえてきた。
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