12―17 レスタンクールの館
ガスバルはガーネット卿の傍で公国や王国の人達と交流するようになってから、この2ヶ国の事が気に入っていた。
そのため公国と王国を併呑するというこの宣言に腹が立ったが、顔に出さないように必死に我慢していた。
「最悪の魔女により滅ぼされたバンダールシア大帝国は、7百年の雌伏の時を経てようやく復活した。大帝国が復活したという輝かしい事実を民衆達にも実感させるため、帝国崩壊の原因となった憎っくき魔女に復讐し、その骸を民衆の前に晒してやろうではないか」
「「「おおお~」」」
ガスバルはその発言を聞いて、周囲に潜んでいるルーセンビリカの間者に自分が酷く動揺している事を悟られないように、他の貴族達と一緒になって両手を上げアラスティアの宣言に賛意を示す行動を取っていた。
そして、どうやったら疑われずにこの場から逃げ出せるか必死に考えていた。
謁見の間でザカリー・ウェス・アラスティアの宣言を聞いた後、ルーセンビリカやアラスティアの側近達に目を付けられないように大人しくして、なんとか帝城ラトゥールから解放された時はもう夕方近かった。
それは爵位の高い順で馬車を呼ばれたからで、男爵でしかないガスバルは殆ど最後だったからだ。
本当ならそのままレスタンクール公爵館に行きたかったが、グラシアン通りは人々があふれかえり馬車が進まないという状況で、先触れを出す余裕も無かった。
それにこの時間になったら誰かが戻ってきている可能性もあったので、まずは情報共有してから次の行動を起こした方が良いだろうと判断したのだ。
バラチェ男爵帝都館に辿り着いた時には、既に周囲が暗くなっていた。
ガスバルが館の中に入ると、直ぐに気が付いたヨランドが小走りでやって来た。
「あ、旦那様、おかえりなさいませ」
「ああ、お客様方は戻ってこられているか?」
ガスバルがそう聞くと、ヨランドはちょっと困った顔で首を傾げた。
「えっと、お客様はまだ誰も帰ってきておりません」
その言葉を聞いてガスバルは嫌な胸騒ぎを覚えた。
「ヨランド、荷造りの用意をしてくれ」
「え、お客様が誰もお戻りでないのに、誰の荷造りをするのでしょうか?」
「私も含めた全員分だ。ああ、それからお前も解雇するから荷物をまとめるように」
「え?」
ヨランドの顔には信じられないという驚きと、ああやっぱりという諦めが同時に現れていた。
+++++
怪盗3色とベルグランドはグラシアン通りの人込みに紛れて目的の館から1つ手前の敷地にこっそり潜り込むと、周囲を警戒しながら公爵館の方に向かった。
誰の館が分からない敷地とレスタンクール家の敷地の境界には、木々が生い茂り身を隠すには丁度良い環境になっていた。
その木々の間からそっと目的の館を見ると、周囲には明かりが灯り、さほど警備が厳重には見えなかった。
「ねえ白猫、なんだか警備が手薄に見えるんだけど」
「そうねえ、今朝の下見でもさほど警戒はされていなかったようだけど、中に雇い主さんが居る事を考えると、大勢隠れている可能性も捨てきれないわね」
白猫が黒犬の懸念に答えると、すぐ赤熊が声をかけてきた。
「なあ、ここは敵地で、俺達はエルフの姉さんを助けに来たんだろう? こんなところでまごまごしていたら手遅れにならないか?」
「確かにそうなんだけど、助けに来た私達が捕まったら笑い話にもならないわ」
「そんときゃあ俺とこの男とで敵を引き付けるから、お前達が突っ込めばいい」
そう言って赤熊は目の前に見える標的の館を顎で指示した。
まあ、赤熊に指摘されなくても最悪の場合その手を使うけどね。
「黒犬、連中を眠らせるマジック・アイテム持っているわよね?」
「任せて」
すると今度はベルグランドが手を上げてきた。
「あのう、脱出路を確保するための罠を仕掛けておこうか?」
ベルグランドのその提案に雇い主さんとジゼルさんがどんな状態なのか不明なので、追っ手から逃げるにしても時間稼ぎが出来るのはありがたかった。
「そうね、それじゃあお願いします」
そしてベルグランドをその場に残し、3人の怪盗達は障害物を盾に館に近づいていった。
レスタンクールの館はグラシアン通りに面している正面側には門番の詰め所があるので、隣家との境界にある森を裏手に回っていった。
やがて見えてきた庭師の小屋からは煙突から煙が上っているので、中に人が居るのが分かった。
「白猫、どうする?」
庭師の仕事は朝早くそして上がりも早いので、この時間なら既に仕事を終えて家族団らんというのが普通だ。
「問題ないと思う。身を低くして一気に駆け抜けるわよ」
「「分かった」」
そして3人は持ち前の身体能力を発揮してさっと駆け抜けると、レスタンクール家の敷地内を横切り厩舎の裏側に辿り着いた。
そこで微かな違和感を覚えたが、それが何なのか思いつかなかった。
だが、周囲は静まり返り、私達が見つかった事による不審者を知らせる警報も、それによって集まって来る敵の足音も聞こえないので、罠だったとしても今は良しとすることにした。
レスタンクールの敷地には本館の他別館が2つあり、コの字型に建物が配置されている。
そしてコの字型に建物に囲まれた中庭があり、誰だか分からない銅像が水飲み場の中央に佇んでいた。
そして中庭の奥には厩舎や倉庫群が連なっていた。
魔力感知で調べてみると正面の本館と右側の別館に多くの反応があるが、左側の別館には3つしか反応が無かった。
調べた事がある王国の貴族館は、住み込みの使用人が住まう別館と来客を宿泊させる別館という組み合わせが多かった。
雇い主さんを監禁しているのなら一番怪しいのは左側の別館だろう。
白猫は2人に左側の別館を指さすと、頷いた黒犬が持ち物の中から鞭のようなアイテムを取り出した。
それは黒犬が開発した便利アイテムの1つで、先端が伸びて狙ったものに絡みつくのだ。
そして黒犬は別館の屋根に向けて鞭を振るうと先端が伸びて行き屋根の上で何かに絡みついた。
黒犬は鞭を2、3回引っ張って先端がしっかり絡みついた事に満足すると、こちらに頷いてきた。
白猫は黒犬が持っている鞭を掴むとそのままするすると壁伝いに登って行き屋根に到着すると鞭を引っ張って合図を送った。
次にやって来たのは黒犬で、赤熊に合図を送ると、直ぐに鞭を引っ張って合図を返してきた。
黒犬はそれを確かめると伸び切った鞭を元に戻した。
するとスルスルと元の長さに戻る鞭に引っ張られて赤熊が屋根に上がって来た。
赤熊は筋肉の分体が重く白猫や黒犬のように軽業があまり得意ではないので、時間がある場合はこうやって引っ張り上げるのが通常になっていた。
屋根に上った赤熊は「ふぅ」と一息ついていた。
「何時もの事だが、黒犬のマジック・アイテムは便利だよなあ」
「それはどうも」
黒犬は褒められてまんざらでもない顔をしていた。
そして天窓がある部屋を調べ誰も居ない事を確かめてから中に潜入した。
左側の別館は反応が3つしかないので簡単に確認できたが、ここは残念ながらハズレだった。
次に向かうのは本命の本館だ。
本館は石造りの3階建てのかなり大きな建物で、魔力感知にも多くの反応があった。
「黒犬、人数が多いわ。眠らせる事は可能?」
黒犬は本館の大きさを目測しながら考え込んでいた。
「大丈夫だけど時間がかかるわよ」
「それじゃあ反応が多い1階に仕掛けましょう。3人で手分けすれば、ほぼ同時に無力化出来るわ」
「分かった。それじゃあマジック・アイテムを渡すわ」
黒犬から受け取ったマジック・アイテムを手に、館を3つに分けて仕掛けて行く事にした。
「私は中央、黒犬は右、赤熊は左をお願い」
「「分かった」」
そして数を数えながらタイミングを合わせてマジック・アイテムを仕掛けて行った。
マジック・アイテムからは無色、無臭の催眠ガスが発生し、館の1階に充満していった。
それに伴い先ほどまで聞こえていた喧噪が直ぐに聞こえなくなった。
その後、静まり返った1階を調べてから2階に上がると、同じように部屋の中を確かめて行った。
白猫は自分が分担した部屋が全てハズレだった事に落胆しながら待ち合わせ場所となっている階段前に戻って来ると、ほどなく黒犬と赤熊が戻って来て首を横に振った。
白猫は人差し指を上に突き上げて、3階に上がる事を2人に示した。
魔力感知を発動して出会いがしらで見つかる事を避けながら階段を上がっていくと、反応がある部屋を調べて行った。
+++++
12番は魔女を捕獲する方法を13番に相談すると、最大にして唯一の問題は魔女の傍に常にいる狐獣人の魔眼だと指摘した。
その魔眼を騙せば、魔女も警戒を解いて簡単に捕獲できるだろうと言ったのだ。
そこで緊急応募した何も知らない使用人に、魔女の世話を任せる事を思いついた。
結果は、目の前の作業台に横たえられた魔女の裸体が示していた。
脱衣所で倒れた魔女を肩に担いでこの部屋まで運んできたが、作業が終わった頃には息が上がっていた。
部下に運搬を任せれば楽に運べたが、せっかく綺麗に洗った魔女の体に他人の手あかが付くのは嫌だったのだ。
作業台の上の魔女は、惜しげも無くその裸体を晒していた。
12番は横たえられたその裸体をじっくり眺めながら、ジャンパオロが描いた春画とそん色ない事に感嘆の声を漏らした。
流石は有名春画画家だ。
見ただけで体のサイズが分かると豪語するだけの事はある。
「それにしても魔女も焼きが回ったな。自分が調理されるため風呂に入って体を綺麗にしてくれるんだからな。下準備の手間が省けて大助かりだぜ。くくく」
そして12番は、入念に手洗いした両手で魔女の胸のふくらみを掴んだ。
「ふむ、想像どおりだ。とても柔らかい」
そして指先を魔女の皮膚にそって動かし、なめらかな感触を楽しんだ。
やがて指先が股間から太ももに移ると、そこで掌を広げて軽く掴んでその弾力を確かめた。
「おお、柔らかいがしっかりと筋肉もついている良い肉だ。これはレアのステーキ肉か、いや、生肉でもいけるか?」
大いに満足した12番は出来るだけ多くの魔女肉を手に入れる為、魔女の頭を1番に差し出す事にした。
「1番は大帝国を滅ぼした魔女に意趣返しをすることで大帝国復活を強く民衆に印象付けようとしているからな。魔女のさらし首があればその願いが叶うだろう」
12番はそう独り言ちると、壁に飾ってある大きな半月斧を手に取った。
肉を切断するというただそれだけの為に造られた斧は、ずっしりと重くそして先端は鋭かった。
この斧ならどの部位でも一撃で切断できるだろう。
そして作業台の上に横たわる魔女の細首目掛けて、その斧を振り下ろした。
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