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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第12章 魔女VS黒蝶
364/416

12―13 濡れ衣

 

 バラシェ男爵館を後にしたパメラは、ルーセンビリカの本部がある建物に向けて帝都の道を歩いていた。


 公国での任務が長く帝都が久しぶりだったパメラは、帝都の雰囲気を味わってみたくなり、少し回り道をしてからルーセンビリカの本部に行く事にした。


 そして街中で帝都民が多い商業区に来ると、町の空気が自分の知っているものとは異なり深く沈んでいる事に気が付いた。


 通りを行き交う人々の顔色が優れないのだ。


 異常を察知したパメラは、行き交う人々や店先で買い物をする人の会話に注意深く聞き耳を立ててみた。


「・・・倒れたというのは本当なのか?」

「ああ、魔女の呪いのようだ。だが、現帝は持ったほうだよ」

「次の皇帝は誰になるんだ?」

「ああ多分だが、アブラーム大公爵家から選出されるんじゃないかというのがもっぱらの噂だ」


 おかしいわね。


 皇帝陛下は、エリクサーの力で寿命が延びている筈よ。


 将軍だって、最初はパルラからエクサル草を取り寄せてそれを黄金館でエリクサーにしていたが、それよりも直接ユニス様にエリクサーに加工してもらった方が品質が良いという事で、ユニス様に作ってもらっているのだ。


 そのエリクサーを飲んでいる皇帝が、魔女の呪いで重体になっている筈がないのだ。


 そう思ったパメラは事の真意を確かめる為、急ぎ足でルーセンビリカ本部に向かった。


 ルーセンビリカ本部に到着すると何時も挨拶していた門番が別人に変わっているという残酷な時間の経過にため息をつき、自分もそろそろ異動を希望しようかと考えながら将軍の部屋の前までやってきた。


 そこに居た当番兵も知らない顔だった。


「パロットよ、任務報告があるから将軍への面会を希望するわ」

「ああ、入っていいぞ」


 パメラはその対応に再び違和感を覚えたが、知らない顔だったので新人かなと思って気にしないことにした。


「将軍、入ります」


 将軍の執務室に入ると、重厚な執務机の向こう側に眉間に皺を寄せた将軍が書類とにらめっこしていた。


 パメラはそのいつもと変わらないその姿にほっとした。


「将軍、対象を帝都まで案内しました。現在はバラチェ男爵の帝都館に滞在しておられます」

「ご苦労様。貴女には特別休暇と任務報酬を渡すから、第1会議室で待機していて」

「え? あ、はい。ありがとうございます」


 そしてパメラが逡巡していると、それに気が付いた将軍が声をかけてきた。


「どうかしたの?」

「フリュクレフ将軍、お伺いしたい事があります」


 パメラがそう言うと、将軍は手に持った書類をテーブルに置くとこちらに視線を向けてくれた。


「私はパルラから仕入れたエリクサーを本国に送る任務を担っております。ですが、帝都で民達が皇帝陛下が魔女呪いで倒れたと話しておりました。これは絶対におかしいと思います」


 そこまで言って反応を見ようと視線を向けると、将軍は首を横に振っていた。


「何を聞いたか知らないけど、主治医の診断はただの過労で数日安静にしていたら回復すると言っていたわ」


 街中の反応はそんなものじゃないと言いたかったが、組織のトップの言葉に疑念を挟むのはルーセンビリカでは御法度なので、パメラはぐっと我慢した。


 将軍が休暇と報酬をくれるというのなら、その期間で情報を集めてみれば良いのだ。


 そして指示された第1会議室で待っていると、突然扉が開き武器を手にした男達が突入してきた。


 パメラも外国で潜入任務をするベテランなので危険を察知して直ぐ回避行動をとったが、男達の手に持った剣から逃れる事が出来ず左腕と脇腹に強い痛みを感じた。


 強烈な痛みに耐えながら、パルラでユニス様におねだりしていたスリングショットの白弾を床に投げつけた。


 強烈な閃光に男達が苦悶のうめき声を上げるのを聞きながら、パメラはあたりを付けていた窓にダイブした。


 その窓の外側には何時も物が置かれていて、地面に落ちる前のワンクッションになってくれた。


 何とか怪我を増やすことなくルーセンビリカの本部から脱出したパメラは、そのまま人目を避けて路地裏に入ると、物陰に隠れて持っていたスカーフで傷口を塞ぎ何とか出血を止めようとした。


 これ以上血を失うと、意識を保つことも歩く事も難しくなりそうだった。


 そしてどうしてこんな事になったのかと自問しても、何も原因が思い浮かばなかった。


 それから何度か追っ手をやり過ごし、重くなる足をなんとか動かして出来るだけ遠くに逃げようとしたが、次第に意識が朦朧となってきた。


 そして足元がおぼつかなくなって倒れると、目の前につま先があった。


 見上げるとそこには口角を上げた男が見下ろしていた。


「知っているか? お前は皇帝陛下に提供されたエリクサーを偽物とすり替えた罪で断罪される予定なんだ」

「私を陥れようとしても裁判で真実を叫んでやるわ」

「いや、その必要はない。死人に口無しだからな」


 パメラを大罪人に仕立て上げようとする男を睨みつけたが、もはや抵抗する体力は残っていなかった。


 こちらを見下した男が勝ち誇った顔で剣を突き出そうとしたところで、突然驚きの表情に変わると「ぐえっ」と声を上げてその場に倒れた。


 何が起きたのかと男が立っていた後ろを見ると、そこには見慣れた顔があった。


「パメラ、無事か?」

「これが無事に見える?」

「ああ、悪い。これを飲め」


 そう言ってジュール・ソレルが差し出したのは、見覚えのある赤い液体だった。


「どうして貴方がエリクサーを持っているの?」

「ああ、陛下に献上されるエリクサーが偽物なんじゃないかって疑念が湧いてな。それが本当かどうか調べたくて1本くすねたんだ。お前がこれを飲めば、本物か偽物か一発で分かるだろう?」


 私の事を被検体にしようとするジュール・ソレルは、とても良い顔をしていた。


「私は実験台ってこと?」

「ああ、どうせこのままなら死ぬんだ。だったら、実験に付き合ってくれてもいいだろう?」


 ジュール・ソレルの言い草に腹が立ったが、このままならどうせ死ぬと分かっているので素直にエリクサーを受け取った。


 その赤色の液体を見て、ユニス様にエクサル草をエリクサーに加工して下さいと頼んだ時の事を思い出した。


 あの時、ユニス様は困惑顔で「え、どうやって加工するの?」って冗談なのか本気なのか分からない事を言っていたが、私が知っている黄金館での作業工程を話すとそのとおり作ってくれたのだ。


 その出来栄えは見事な物で、あのフリュクレフ将軍が驚き、こんな事なら最初から頼んでいたらよかったと言わせた程だった。


 まさかそのエリクサーを自分が飲む事になるとは思わなかったが、一瞬の躊躇も無く蓋を開けると一気に飲み込んだ。


 液体が食道を通り過ぎ胃の中に流れ込んでいく感覚を感じていると、直ぐに体中が熱くなった。


 私の事をじっと見ていたジュール・ソレルは、その結果に多いに満足したようだ。


「ふむ、どうやらパルラから送られてきたエリクサーは本物だったな」

「勝手な事ばかり言ってないで、ちょっと手を貸してよ」


 そしてパメラが手を差し出すと、ジュール・ソレルはそのまま引っ張り上げてくれた。


「ジュール、貴方はルーセンビリカがおかしくなっていると気が付いているのね?」

「ああ、どうやら何者かに乗っ取られたようだ」


 ジュール・ソレルのその言葉に納得できる部分が多くある事に気付いた。


「私は将軍も別人じゃないかと疑っているわ」

「将軍が? 何か根拠があるのか」


 ジュール・ソレルはあの将軍が本物と思っているようだが、私には見逃せない違和感があるのだ。


「だって、将軍は私の顔を見ると何時も働けとしか言わないのに、今日会った将軍は、私に休暇と報酬をくれると言ったのよ」


 パメラのその指摘に、ジュール・ソレルはにやりと笑っていた。


「お前も相当苦労していたんだな」

「同情はいらないわ」

「分かった。じゃあ、確かめてみようじゃないか」

「え、どうやって?」

「本部の将軍の執務室に忍び込むんだよ」


 +++++


 レスタンクール家の馬車で走り去るのを見届けたガスバルは、ベルグランドと赤熊を馴染みの料亭に連れて行くため準備を始めた。


 するとカシルダが慌てた表情でやって来た。


「旦那様、帝国から緊急の呼び出しです」


 そう言って差し出された小さなメモには、右上に帝国を示す黄色の蝶が描かれていた。


 メモには、帝都在住の貴族は正装のうえ、可及的速やかに帝城ラトゥールに出仕するようにと記載され、署名欄には宰相ではなく、皇帝の信頼厚いルーセンビリカの責任者ソフィ・クリスティーン・フリュクレフ将軍の名前があった。


 ルーセンビリカは皇帝の意を受けて、国内の治安や国外の情報収集、場合によっては暗殺まで行う裏の組織だ。


 普通国内の貴族に招集をかけるのは宰相の役目なのに、裏の組織が表に出てくると言うのはよっぽどの事態なのだろう。


 事の重大さに気付いたガスバルは、2人に断りを入れて出仕準備をすることにした。


「ベルグランド殿、赤熊殿、帝国から緊急の呼び出しを受けてしまった。私は直ぐに帝城に出仕しなければならないので、料亭への案内が出来なくなった。すまぬが、2人だけで行ってくれぬか」

「行くっていったって一見さんお断りじゃないのですか?」

「多分そうだな。ま、俺達は勝手にそこらへんの酒場でも行ってみるさ」


 困惑顔のベルグランドの肩に赤熊が手を置くと、2人で繰り出そうと提案していた。


「すまぬな」

「国からの呼び出しじゃ、仕方ないだろう」


 2人に断りを入れたガスバルはカシルダに手伝ってもらい正装に着替えると、唯一残っていた馬車に乗り込んだ。


 順調に出発した馬車だったが、帝城ラトゥールに繋がるグラシアン通りは既に他の貴族の馬車で渋滞していた。


 やれやれ、これじゃあ、何時、帝城に入れるか分からないな。


 そこでふっと車窓から外を見ると、そこには帝国の3大公爵家の1つレスタンクール公爵館が見えていた。


「さてさて、レスタンクール公爵も帝城に呼び出されている筈だから、ユニス殿は待ちぼうけになっていなければいいのですがね」



 狭い馬車内でじっと我慢していたガスバルだったが、ようやく馬車が帝城の入口に辿り着き馬車から降りる事が出来た。


 縮こまった体をほぐす為大きく伸びをしたかったが、周囲には他の貴族やそれを案内する使用人が多数いるので、貴族としての矜持を守るため案内されるのをじっと我慢することにした。


 やがて儀典官の見習いらしい少年がやって来ると、ガスバルの名前を聞いてきた。


「失礼ですが、お名前をお聞かせください」

「私はガスバル・ギー・バラチェ男爵だ」

「男爵様、ご案内いたしますので付いてきてください」

「うむ」


 ガスバルは一礼して先導する少年の後に付いて行くと、控室のような広い場所に案内された。


 そこには子爵と男爵クラスの貴族達が集められていた。


 ガスバルは見知った顔に軽く挨拶していた。


「おお、エルモーソ卿も呼び出しを受けたのですな」

「これはバラチェ卿、館で寛いでいたら緊急の呼び出して慌ててやってきましたわ」


 ガスバルは、頭を掻くエルモーソ子爵もきちんと正装をしているのを確認していた。


いいね、ありがとうございます。

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