12―11 帝都へ
翌日、朝起きた俺は着替えを済ませると、グラファイトを伴って荷馬車に向かった。
ガスバルの家族に世話になったので、そのお礼を渡すためだ。
荷馬車には、パルラから持ってきたエルフミード、魔素水、白ビール、甘味大根それにクマルヘムから取り寄せたフリン海国産の産物もあるが、ここはパルラ産が良いだろう。
そして館のメイドが朝食の準備が出来たと知らせてきたので早速お礼となる産品を持ってジゼルを連れて食堂に向かった。
食堂にはガスバルとその両親が揃っていたので、ご厄介になったお礼として持ってきたお土産を差し出した。
「これは公国の特産品です。是非お楽しみください」
「まあ、ユニスさん、お気遣い頂いて嬉しいわ」
俺が差し出したお土産を見たガスバルが声を上げた。
「おお、これはパルラ産のエルフミードと甘味大根ではないですか、それに魔素水や白ビールも。父上、母上、これは公国の貴族ご用達の高級品ですぞ」
「え、まあ、そんな高価な品、ユニスさん無理していませんか?」
「いいえ、ちょっとした伝手があるので安く手に入るのです」
俺が首を振ると、ガスバルの母親は俺がただの平民じゃないと察したようだ。
そして使用人総出のお見送りを受けた俺達は、男爵館を後にして昨日着陸した場所に向かっていた。
「ガスバル、昨日の場所から空を飛ぶのね?」
「ええ、ここより帝都に近い場所に無人地帯がありますので、少しは時間短縮できると思います」
「そう、分かったわ」
そして昨日着陸に使った場所から上空に舞い上がると、ガスバルが指示するルートに沿って飛行した。
上空から地面を見下ろすと、山岳や森林という人がほとんど住んでいない場所が続いていた。
「ガスバル、よくこんな人がいなさそうな場所知っているわね」
「ああ、それは冒険者として良く行く場所とかなんですよ」
そしてガスバルは眼下に広がる森林を手で指示した。
「ここらへんの森林地帯には薬草の種類と量が豊富なので、それ狙いの冒険者が良く利用しているんです。まあ、豊かな森には魔物も多いんですがね」
緑豊かな森林地帯を通過すると、そこに小さな小川と馬車を着陸させられる空き地があった。
「ユニス殿、あそこは冒険者や商人達が野営する休憩所となっております。あの場所に降下してそれから地上を移動しましょう」
俺はガスバルの指示に従い馬車隊を降下させた。
「誰かに見られる危険は無かったの?」
「ああ、仮に見られていたとしても相手は冒険者でしょうから、目撃したものが魔物ならいざ知らず、馬車なら酒場で話しても誰も本気にしませんよ」
まあ、そんなものか。
馬車は一路帝都に向けて快調に進んでいると前方に大きな城壁が見えてきた。
「ユニス殿、今日はこの町で一泊しましょう」
「そうね、ちなみにここは何処なの?」
「ここはトランという町で、バジル・ゴセック伯爵の領都になります」
馬車隊が城門に到着すると、早速門を守る兵士がこちらを誰何してきた。
「お~い、そこの馬車」
その声に答えたのは、パメラだった。
パメラは城門が見えたところで御者台の隣に移っていた。
「ルーセンビリカよ」
「え、これは失礼しました」
すると馬車は中を検分されることも無くすんなり城門を越えていた。
今更ながらだが、ルーセンビリカが皇帝直属の情報機関というのが納得である。
街中を走っていた馬車隊が停車したのは、立派な門構えの宿の前だった。
馬車を降りた俺が宿を見上げていると、直ぐにガスバルがやって来た。
「七色の孔雀亭には負けますが、ここもなかなかですぞ」
「私はあの宿に泊まった事が無いから、比べられないので大丈夫よ」
俺がそう答えると、ガスバルは笑いながら「ガーネット卿には立派な館がありますからなあ」と言ってきた。
受付はパメラが済ませてくれたので、俺達はそのまま案内された部屋に入った。
部屋割りはガスバルの館と同じだった。
夕食のためジゼルと一緒に1階の食堂に降りていくと、高級宿だけあって客層は上品で大騒ぎする事も無く、節度を持って飲食を楽しんでいた。
すると、既に怪盗の3人娘とベルグランドが待っていて、白猫が手を上げて左右に振っていた。
「あ、ユニスさん、こっちですよ」
その席には怪盗の3人娘とベルグランドが座っていた。
「ガスバルもパメラも居ないのね」
「ああ、ガスバル殿はこの町の領主に挨拶に行きましたよ」
「パメラは、この町にあるルーセンビリカの支部に行ったようだ」
俺の質問にベルグランドと赤熊が応えてくれた。
俺とジゼルがテーブルに着くと、給仕係が注文を取りに来てくれた。
この店のお勧め料理に舌鼓を打っていると、隣の席の会話が聞こえてきた。
「最近、帝都での商いはどうだ?」
「どうだと言われてもなぁ、税があれだけ上がっては、もうけがなぁ」
聞こえてくる会話の内容と身なりからして、帝国の商人のようだ。
増税かぁ。
封建国家で増税というと、皇帝の散財で財政がひっ迫しているか、戦争に備えて軍備を増強しているといったところか。
「そういえば最近帝都でディース教の連中を多く見かけるようになったな」
「帝国も国教がディース教なんだから、別におかしい事は無いだろう?」
「いや、サン・ケノアノールへの巡礼者が通る事はあっても、帝都でたむろすることは無かったと思うが?」
「言われて見ればそうだが、初代様の時代は魔女と戦った戦友なんだから別におかしい事もないんじゃないか?」
帝国と教国は仲が良いのか。
そう言えば、最近は公国と王国の間も交流が増えたと聞くようになったな。
白猫達と楽しい食事を終えて部屋に戻って来た俺達は、ナイトガウンに着替えて眠る準備をしていた。
「ねえユニス、何か落としたわよ」
その言葉に振り返ると、ジゼルは床に落ちた何かを拾い上げていた。
俺は拾ってくれた事にお礼を言ったが、ジゼルは落とし物を拾ったまま動かなかった。
「ジゼル?」
俺が声をかけると、ジゼルは拾ったそれを俺の目の前に突き出してきた。
それは前にビルスキルニルの遺跡で見つけた俺とシェリー・オルコットのツーショット写真だった。
確かあれはあおいちゃんがビルスキルニルの遺跡で見つけた壁画を参考に、魔法国の人口精霊を探しに行った時に偶然見つけたものだ。
「ねえユニス、隣の女は誰なの?」
あああ、普通は知らない男女が写っていたら、なんでこんな物持っているのと聞くはずだが、ジゼルははっきりと女の事だけ聞いてきた。
今までジゼルにはっきり聞いた事は無かったが、なんとなくジゼルの魔眼に俺は海城神威として見えているんじゃないかと思っていたが、この一言ではっきりしてしまった。
なら、分かっているという前提で話しても問題はないだろうな。
「その女はシェリー・オルコットっていうんだ」
俺を見つめるジゼルの橙色の魔眼が光っていた。
「そのシェリー・オルコットは、ユニスの女じゃないのね?」
なんだこれは、まるで浮気を疑われて問い詰められているようじゃないか。
「まさか、仕事上の関係、というよりも商売敵と言った方が正確か。そして俺はその女に出し抜かれて、この地に来るはめになったんだよ」
「ふうん、そうなのね」
ジゼルは俺の説明に納得したようで、写真を返してくれた。
+++++
高級宿を出たガスバルは、そのまま領主館にやって来た。
先触れも無くやって来たから大丈夫かと思ったが、館の執事に案内された部屋で待っているとそれほど待たずにゴセック卿がやって来た。
「おお、これはバラシェ卿ではないか。久しいのう」
「ゴセック卿もお変わりなく」
挨拶を終えたところでメイドがワゴンを押して現れ、ゴセック卿と俺の前にお茶を置いていった。
ゴセック卿はお茶に口を付けると、早速口を開いた。
「トランに来たのは冒険者の仕事で?」
「ええ、依頼人を帝都まで護衛する任務を受けております」
「ほう、帝都か」
ゴセック卿はそういって考え込んだので、ガスバルが睨んだ通り帝都での情勢を何か知っているようだ。
「実は、とある噂を聞いたのです」
「どんな噂だね?」
ここからする話は場合によっては拙い事態に陥ることも考えられるので、出来るだけ慎重に聞く必要があった。
「帝都の噂なのですが、何か大変な事が起こったようだと」
ガスバルがそう言うと、ゴセック卿はじっとこちらを見つめてきた。
やがてため息をつくと、顔をそっと寄せてきた。
「その噂とは、陛下の健康の事だな?」
「ええ、帝都に行くなら正装を持っていった方が良いと言われました」
帝国では魔女の呪いで皇帝が短命なため、皇帝の葬儀は簡略化され新皇帝の戴冠式が大々的に行われるのだ。
このため貴族達は新皇帝の戴冠式用の正装を持って帝城に集まることになっていた。
この町にルーセンビリカの支部があるせいか、ゴセック卿は周囲を警戒するように見回した。
「ルーセンビリカは、皇帝の寿命延命のためエリクサーを手に入れたそうだが、どうやらそれが偽物だったらしい」
「え、あのルーセンビリカが偽物を掴まされたのですか?」
「ああ、連中は絶対に認めないだろうが、今までも偽薬を掴まされた事があったらしい。またどこかの詐欺師に騙されたのだろう」
「しかし、あのルーセンビリカを騙すとは、名うての詐欺師かよっぽどの命知らずのどちらなのでしょうな」
そして真面目な顔になったゴセック卿は、更に声量を下げた。
「帝都に正装を持っていくのは正解かもしれんぞ」
「ああ、やはりそうなのですね。すると次期皇帝は」
「ああ、考えているとおりだと思うぞ」
「あのルーセンビリカが良く認めましたね」
「まったくだ。あれだけ反対していたフリュクレフ将軍が、あっさり認めたらしいぞ」
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翌朝、トランの町を出発した馬車隊は、一路帝都に向けて快調に進んでいた。
そしてひときわ大きな城壁が眼前に現れた。
「ユニス殿、あれが帝国の中枢、帝都ヌメイラです」
ガスバルが俺にそう言ってからパメラに向き直った。
「それでパメラ殿、どの門から入るのです?」
「はい、フリュクレフ将軍からは貴族門から入るように言われています」
それは帝都ヌメイラの貴族地区に最も近い門の事らしい。
無駄に装飾に凝ったその門には目立つ制服を着た門番が控えていて、やって来る馬車に記される紋章を確認しては御者に通るように手を振っていた。
この馬車隊にはパルラ辺境伯の家紋が付いているが、それが帝国で認識されるのか分からなかったが、俺達の馬車隊を見た門番はそのまま入れと合図を送って来た。
それを見て、まだ見ぬフリュクレフ将軍がかなり有能な人物だと思わされた。
そしてパメラとガスバルから「ようそこ帝都へ」と言われたので、にっこりと微笑み返した。
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第2章から第4章までの間で文言を少し修正する作業を行います。
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