12―10 バラチェ男爵領
俺達の馬車隊がバラチェ男爵領の領都フェリナに入っていくと、馬車隊が物珍しいのか建物の窓や扉が開き、住民がじっとこちらの様子を窺っていた。
そんな領民達に向けてガスバルが馬車の窓から顔を出して手を振ると、領民達がわっと沸き立った。
それはまるで町の英雄が凱旋したような感じだった。
「ガスバルは領民に愛されているのね」
俺がそう言うと、窓から出していた頭を戻したガスバルが恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いやあ、領主というよりも黄色冒険者「十字剣」の武勇伝が有名になってしまったんですよ。がははは」
そんな凱旋パレードみたいになった道をゆっくり走りながらようやくたどり着いた男爵館では、玄関前に使用人達が総出で出迎えてくれていた。
俺は馬車が止まり腰を上げたガスバルの腕を掴んだ。
「ガスバル、帝国に居る間は貴方の事はガスバル様と呼ぶから、私の事はユニスと呼んで下さいね」
「え、ああ、身分を偽りたいのですね。分かりました」
そしてガスバルに続いて馬車を降りると、彼の元に立派な服装をした執事然とした男性が挨拶してきた。
「旦那様、お帰りなさいませ。大森林の悪魔の討伐に出られてかなり経ちましたが、やっと任務を全うされたのですね」
うん、大森林の悪魔って、俺の事か。
「あ、いや、その、なんだ」
ガスバルは歯切れ悪く頭を掻いていた。
すると今度は外見と服装からメイド長と思われる女性が、こちらをチラ見しながらハンカチ片手に涙を拭く仕草をしていた。
「女性が苦手な当主様がこんなに沢山の女性を連れて凱旋なさるなんて、なんて喜ばしい事でしょうか」
そう言われて後ろを見ると、確かにジゼルにパメラそれと怪盗の3人娘と女性比率が高かった。
「な、いや、これは、違うのだ」
ガスバルは焦りながら両手を振っておかしな踊りを踊っていたが、やがてこちらを振り返った。
「が・・・ユニス殿、これは違うのです」
「まあ、お客様のお名前はユニス様とおっしゃるのですね」
そういったメイド長は口元を手で隠して、とても嬉しそうな表情をしていた。
あ、これ、何か勘違いされているな。
なんだか面白そうだから、しばらくそのままにしておくか。
そんな俺の顔を見たジゼルが呆れたような顔をしていたのは、この際見なかった事にしておこう。
「はい、私はユニスと言います。そして隣がジゼルとパメラ、そして後ろの・・・」
はて、怪盗の3人娘は名前どうしようかと考えていると、3人は勝手に自己紹介していた。
「あ、私はシロです」
「私はクロ」
「ああ、俺はアカだ」
「私はこの館のメイド長ヨランドと申します。よろしくお願いします」
そう言って俺達にペコリと一礼すると、直ぐに表情が仕事人のそれに変わった。
「女性の皆さまを部屋にご案内しますので、こちらにどうぞ」
そして取り残されそうになったベルグランドにはガスバルが声をかけていた。
「ベルグランド殿は、私についてまいられよ」
案内された部屋は俺とジゼル、白猫と黒犬、それと赤熊とパメラという部屋割りになっていた。
部屋のベッドに座りのんびりしていると直ぐにガスバルが呼びに来た。
「ユニス殿、ジゼル殿、町を案内いたしましょう」
「ええ、お願いしますね」
ガスバルの先導で正面玄関を出ると、そこでは既に怪盗の3人娘とベルグランドが待っていたがパメラの姿は無かった。
まあ、彼女はこの国の人間だから別に観光する意味が無いのだろう。
フェリナの港に近づいていくと、水揚げした魚を売り買いする市場や直ぐに燻製にするための作業場が軒を連ね、煙突からは煙が上がっていた。
「魚は直ぐ駄目になるので、燻製にしてから他領に出荷しているのです」
成程、これが主要輸出品になるのか。
リグアでは密造酒がメインで、魚なんてメラスの趣味で偶に漁をしているだけだからなぁ。
あの町で真面目に漁業をしてくれれば、パルラにも少しは魚料理が楽しめるんだけど。
ガスバルの案内で俺達が港地区に入っていくと、直ぐに領民達が集まって来た。
「領主様、おかえりなさい。随分長いなあと思っておりましたが、成程そういう事だったんですね」
「領主様、今日はとっても良い日ですね。どうぞ、これお祝いです」
そう言うと領民が手に持った海産物を差し出してきた。
「ああ、いや、その、なんだ、ありがとう」
それを困惑顔のガスバルが、恐る恐る手を出して受け取っていた。
そして俺達の所にやって来た領民達は、花束やら花飾りやらを作って差し出してきた。
「お嬢さん達、これどうぞ」
俺は笑顔で差し出されたそれを拒否する事も出来ず、礼を言ってから受け取った。
ジゼルや怪盗達も俺の行動を見てそれに倣っていた。
「なあ、これって何か勘違いされていないか?」
赤熊がそう指摘してきたが、ここで否定したらガスバルが恥をかいてしまうので、俺は黙っているように唇に指を当てた。
「そしてあちらが船を造る工場と木材加工場になります。リグアのものと比べるとちょっと引けを取りますが」
「謙遜する事は無いわ、これでも十分凄いわよ」
そして燻製を作っている工場では、工場長がニコニコ顔で差し出してきた燻製を味見させてもらう事になった。
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相部屋の女性が出て行った後1人になったパメラは、懐から連絡蝶のマジック・アイテムを取り出すと、早速彼女の上司であるフリュクレフ将軍に連絡を入れる事にした。
当初の予定と違い大教国経由ではなく直接帝国に乗り込んだので、急いで知らせる必要もあったのだ。
将軍からは定期的にこちらの位置と帝都への到着予定日を知らせるようにと指示を受けていたので、ようやく連絡蝶が送れる状況が出来てほっとしていた。
+++++
俺達が男爵館に戻る頃には、両手一杯のお土産を抱えることになった。
「ユニス殿、少し持ちましょうか?」
「いいわよ、もうすぐガスバル様の館でしょう?」
そして男爵館に到着すると、俺達の状況を見た使用人達が慌ててやって来て荷物を持ってくれた。
部屋に戻って来て一休みしていると、直ぐに夕食の案内があった。
男爵館での夕食は随分にぎやかだった。
椅子をキチキチに詰め込まれた食堂では俺達の他、ガスバルの両親に領地管理を任されている男にガスバルの従兄だという者達までいた。
そして当主を脇に置いて会話の主導権を握っているのは、ガスバルの母親だった。
「それで皆さまはどちらのご出身ですの?」
「ああ、私とジゼルは公国で、後の3人は王国ですね。パメラは帝国人で道案内をお願いしております」
「まあ、まあ、ガスバル、貴方、帝国内ではさっぱりモテませんでしたが、他国では人気があるのですね?」
「あ、いや、母上、そのユニス殿達は、その」
「それで皆さん、このバラチェ男爵領を見た感想を教えてもらえるかしら?」
そう言って俺の顔をじっと見てきたので、どうやら俺が応えなければいけないようだ。
「そうですねぇ、フェリナの港はとても栄えているようです。それに領民との距離が近いのがとても良いですね」
「まあ、まあ、よく分っていらっしゃいますわね。おほほほ」
領地を褒められた母親はとてもうれしそうだった。
「それで、ユニスさんは年はおいくつなの?」
「ちょ、母上、未婚女性に年齢を尋ねるのはマナー違反ですぞ」
「あら、何を言っているの? これはとても重要な事なのですよ。だって貴方、もしこの方が」
そこでガスバルが大声を出したので夫人の声がかき消されたが、ガスバルは俺が7百歳と言うと思って焦っているのが丸わかりだった。
「と、とにかく、これ以上詮索するのは止めて頂きたい」
ガスバルの圧に押されてその後の質問は、公国や王国のものに移っていった。
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客達が部屋に戻っていった後の食堂で、ガスバルは両親と従兄に掴まっていた。
そして最初に口を開いたのはやや興奮ぎみの母親だった。
「今回随分長い外出だったのは、こういう事だったのですね?」
「母上?」
「貴方の本命はあのユニスさんなのでしょう?」
ガスバルは母親の正確な指摘に心臓が跳ねあがった。
「は、はは、母上、い、一体なにを、言っているのでしゅか」
「そうやって、直ぐ動揺するのが良い証拠です」
すると今度は領地経営を任せている従兄が口を開いた。
「当主は体内魔力量が多い優秀な魔法使いに憧れを抱いていたので、普通の女性を連れて来るとは思いませんでしたぞ」
「何を言っているのだ、あ、い、いや、何でもない」
思わず本当の事を言いそうになって慌てて口を噤んだが、本当はガーネット卿は赤い瞳を持つ最上級の魔法使いだとぶちまけたくて仕方無かった。
「ところでガスバル、ユニスさんはとうがたっているようだけど子供は産めそうなの?」
ガスバルは母親の言葉で、ガーネット卿と結婚してこの領地で生活する姿を想像してしまい、つい顔が緩んでしまった。
「はっ、い、いや、違うのです。あ、いや、違わない、いや、そうなって欲しいのですが、違うのです」
母上の言う事が現実になればどれだけ嬉しいか。
だが、相手は公国の高位貴族であり、あのロヴァル大公がガーネット卿が国外に出る事を決して許さないだろう事は簡単に分かっていた。
その事を考えて「はぁ」とため息をつくと、今度は父親が口を開いた。
「なんだガスバル、何か不満でもあるのか? ああ、そうかユニスさんがとうがたっているから、他に4人の妾も連れてきたという事か。どうなのだ、5人も養うだけの経済力がこの男爵領にあるのか?」
父親が従兄に話を振ると、従兄は真剣に考えだした。
「そうですね、いろいろ考えないと厳しいかもしれませんが、せっかくの良縁なのでなんとか頑張ってみます」
そして父親と従兄が顔を突き合わせて何やら真剣な顔で話し始めた。
ガスバルが気付けば、周りは既に自分とガーネット卿の婚礼やその後の事について相談し始めたのを見て、背中に冷たい汗が流れ落ちた。
「えっと、母上、父上、違うのです。それに私達は帝都に行く途中でこの地に寄ったのです」
「ほう、陛下に婚姻の報告をするのか」
「父上、それは違いますぞ」
慌ててガスバルが訂正すると、今度は真剣な顔をした従兄が口を開いた。
「当主、帝都に行くのなら正装を1式持っていった方が良いですぞ」
「正装? 何かあるのか」
「ええ、どうやら皇帝が病に臥せったらしい。当主が帝都に行っている間に万が一の事があってもいいように持っていった方が良いですぞ」
「そうか、分かった」
皇帝が短命の帝国では、前皇帝の葬儀よりも新皇帝の就任式の方が重要視されるのだ。
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