12―8 遊覧旅行6
海賊船ダウラ号の後甲板上では、敵船から逃げて来たナチョが悪態をついていた。
くそっ、何であんな化け物が船に乗っているんだよ。
金持ちの道楽野郎が無人島に上陸したなら、護衛は皆そっちにいるんじゃなかったのか?
ゴドイが海賊船で横づけしてから何百という海賊共が乗り込んできたと言うのに、皆あの化け物に次々と海に放り投げられていた。
その光景を目の当たりにして直ぐに船を奪還されると知り、舵を壊して二度と島に戻れないようにしてから海賊船に逃げ込んだのだ。
くそっ、これから船内を捜索してお宝を手に入れ、普段お高くとまっている女達の顔が歪む瞬間を拝めると思ったのに、これでは苦労しただけじゃないか。
そんなことを考えていると、海賊の1人が叫び声を上げたので振り返ると、そこには先ほどの船が空に浮かんでいた。
あまりにもありえない光景に一瞬目を疑ったが、他の海賊も空を浮く船を指さしてあんぐりと口を開いていたので、どうやら夢でも幻覚でもなさそうだ。
そして空飛ぶ船から何か小さな物が分離したのが一瞬見えたような気がしたが、次の瞬間ナチョの足元が破壊されるのを感じた。
そして意識を失った。
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眼下の海賊船が吹き飛ぶと、船の中に居た人達から歓声が上がった。
まあ連中にひどい目にあわされたのだから当然の反応か。
「さあ、メズ島に戻るわよ」
船が空を飛んでいたことでメズ島でもひと悶着あったが、島に居た技術者に舵を修理してもらう事が出来た。
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明日はリグアに戻る最後の夜。
オーバンは来るように言われた遊覧船の娯楽室に入ると、既に男達が集まっていてベルグランドが採点表の回収にやって来た。
「先輩、渡してもらいましょうか」
「ん、ああ」
オーバンは自分が記載したカード取り出したが、渡すのを躊躇していた。
「なあ、本当にこれで採点するのか?」
「先輩、何をいまさら。皆、楽しみにしているんですから、早く渡してくださいよ」
そう言われて仕方なく差し出すと、ベルグランドはもぎ取るように持っていった。
全員からカードの回収を終えると、テーブル席で待ち構えていた数人の男達と早速集計作業を始めていた。
オーバンはそれが終わるまでの間、娯楽室内のミニバーに寄って軽い酒を飲むことにした。
そこには先客としてユニス様の護衛を務めるガスバル殿が居た。
「おお、これはオーバン殿、これで2度目ですが船が空を飛ぶのはやっぱり驚きますなぁ」
「私は初めての経験ですが、確かに驚きですね」
「ええ、そうでしょう。やはり赤い瞳を持つ魔法使いは規格外という事なのでしょうなぁ」
「ガスバル殿、その規格外のお方を、このような形で見世物にするのはどうかと思うのですが?」
オーバンが不満を表明すると、ガスバル殿はちょっと困った顔になった。
「タスカ卿には拙いのではと進言したのだが、聞き入れてもらえなかったのだ。後は、ガーネット卿の心の広さに期待しようではないか。お、そろそろ始まるようだ。ささ、オーバン殿もあちらに行きましょうぞ」
確かあの好々爺は子爵だったか、男爵位では止めるのが難しいという事か。
オーバンはガスバルに促されてボードの前まで来ると、そこにある大きなボードに中央左から黒、橙、紫、緑、青、黄、ピンクの色の点が記してあり、その点から放射状に線が伸びていた。
放射状に延びた5本の線の先には、美しさ、かわいらしさ、エロさ、りりしさそして気品と書かれてあった。
「おお、やっぱり黒はエロさが際立っておるのう」
主催者であるタスカ学校長が感想を口にすると、周囲の男達が納得するように頷いていた。
あのボードの点の色は、女性達の水着の色を表しているようだ。
3人の女社長達は大人の女性という雰囲気があったので、気品の数値が高かった。
そしてかわいらしさには橙とピンクが伸びていて、黒に票は入っていなかった。
まあ、黒をかわいらしいと思うような者はここには居ないのには納得するが。
男達は、手に持った白ビールをグイと飲みながら歓声をあげていた。
「やっぱり橙とピンクは、そう言う評価になるよな」
「ああ、確かにそうだな。おい、りりしさって何だよ? お高くとまっているって意味か?」
「普通に考えたら力強さって事じゃないのか? ひょっとしてお前達何もわからずに点数を付けたのか?」
そんな事を話しているとメラスがその会話に割って入って来た。
「お前達、何を言っているんだ? これは怖いという意味だぞ。なんてったって黒は怒らせたらすっげぇおっかないからな。お前達も綺麗でそしておっかねえもんが好きだろう?」
メラスが集まった男達にそう話しかけると、皆楽しそうに応じた。
「おい、それはお前だけじゃないのか? わははは」
「そうだ、そうだ。喧嘩吹っかけて一発でのされたって話じゃないか。かっこ悪いぞぉ。がはははは」
「ちぇっ、お前らは直接魔法を撃たれてないから分からないだけだ。目の前に見えない障壁があると分かった時の絶望感はお前らには分からないさ。まあ、俺は美しくてそしておっかない女が大好きだがな。はっはっはっ」
そんな盛り上がっている娯楽室の扉が突然「バン」という音とともに開かれると、鋭い声が響いた。
「全員、動くな」
オーバンが振り返ると、扉の前にはボートに記載された対象者達が勢ぞろいしていた。
ユニス様の厳しい声に娯楽室内に居た者達の動きがピタリと止まると、部屋に入って来た女性達が集計結果が記載されているボードの前に集まって来た。
「ちょっとユニス、これって名前は書いていないけど絶対私達の事よ」
「え、ちょっとこれ私なの?」
ジゼル殿の言葉に他の女性達もその意味が分かったようで、直ぐに騒ぎになっていた。
「首謀者は誰?」
ユニス様の厳しい声にタスカ学校長を探したが、何故か何処にも居なかった。
「あれ?」
周囲からもそんな声が漏れそうな中、こっそり逃げようとしたベルグランドが捕まった。
「ベルグランド、貴方なのね?」
「え、ちょ、女ボス、私じゃないです」
だが、体の良い身代わりを見つけた男達は一斉にベルグランドを指さしていた。
「「「こいつです」」」
その息のあった声に、指名されたベルグランドは絶望に沈んでいた。
やれやれ、これはちょっと助けてやるべきだろうかと一瞬考えたその時、ユニス様の顔が笑っているのを見てその考えをひっこめた。
どうやらガスバル殿の見立ては間違っていないようだ。
これならそれほどひどい目には遭わされないだろうし、後で慰めながら酒を奢って何を言われたか聞き出すのも面白そうだと思い直した。
理由は分からないが、ユニス様はこういった遊びには意外とおおらかなのだ。
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色々想定外の出来事もあったが、終わってみれば満足できる遊覧旅行になったと自画自賛した。
メズ島で船が空を飛んでいるところを目撃されてしまい言い訳がとても面倒だったが、フーゴやメラスがフェラン号で既に経験済だった事や、ジュビエーヌが諦め半分の声で「ユニスなら仕方がないわね」の一言で収まってしまったのだ。
メズ島には舵を直せる技術者が居たので、その後は空を飛ぶ事は無く船旅を再開してリグアまで戻って来た。
リグアに戻ると旅行を楽しんでくれたジュビエーヌ達をエリアルまで送り届け、その足でクマルヘムにやって来た。
旧センディノ辺境伯館の執務室の扉を開けるとそこには仕事中の3人娘がいた。
「皆、ドワーフ達の移動はどんな感じ?」
「ああ、これはユニス様、第1陣は大きな問題も無く無事アマル山脈まで送り届けました」
「そう、ご苦労様」
白猫は少しやつれた顔をしていたが、無事仕事をやり遂げてくれたようだ。
「あ、それとリグアから船遊びに行っていた人達が馬車で戻ってきていますよ」
「ああ、そう」
「それで私達には仕事を押し付けて、自分は友人たちと楽しい船遊びをしていたのですね?」
そのちょっと棘のある言い方に白猫を見ると、なんだかその顔には不満と書いてあるようだった。
「えっと、白猫?」
「そりゃあ私達は元々盗賊ですし、遊びに誘われなくても仕方がないですけどね」
「えっと、黒犬?」
「そうそう、どうせ俺達は仲間だとは思われてないと言う事だな? 俺達はここでやけ酒でも飲んでればいいのさ」
「え、赤熊?」
他の2人の顔にも明らかに不満という文字が書いてあった。
するとすぐ後ろに居たジゼルが声をかけていた。
「この3人は、ユニスに遊びに誘って欲しかったのよ」
「あ、それは申し訳ない」
あの後、怪盗の3人娘の機嫌を取るのに相当苦労したが何とか矛を収めてもらうと、ようやくパルラに戻って来る事が出来た。
「やっとパルラに戻って来れたわね」
「そうねえ、あ、ビルギットさんもお疲れさまでした」
「ええ、遊びに誘って頂いてありがとうございました」
なんだかんだあったが、ビルギットさんも楽しんでくれたようで良かった。
そして領主館に戻って来ると、そこにはパメラ・アリブランディが門前で何やらぶつぶつ言いながら行ったり来たりしていた。
そして俺の姿を見つけると、ぱっと顔が明るくなった。
「ああ、ユニス様、やっと見つけました」
パメラは帝国の情報機関ルーセンビリカの一員で、普段はパルラでの情報収集とエリクサーの原料となるエクサル草を買う購買担当者になっていた。
「パメラさん、私を探していたのですか?」
「はい、あ、ユニス様、ご機嫌麗しゅうございます」
「ええ、パメラさんもお元気そうでなによりです。せっかくですから中に入って下さい」
「あ、ありがとうございます」
そして1階の応接に招き入れると、ビルギットさんがお茶を用意してきますと言って席を外した。
ビルギットさんがお茶を持ってくるまでの間、俺達はそれぞれの近況について話していた。
パメラの顔を見ていると、そう言えばアースガルが本国に帰って随分経つなあと思い出していた。
するとこちらの考えを読んだのか、パメラの口からその人物の名前が出てきた。
「レスタンクール公爵からの手紙を預かっています」
「・・・え?」
いいね、ありがとうございます。




