12―5 遊覧旅行3
翌朝、吊寝台の上で気分良く起きた俺達は、ベッドの上で大きく伸びをした。
「ねえユニス、このベッド本当に揺れないのね。海の上だというのに、パルラの自室で眠っていたような感じよ」
「ああ、ベッドが天井から吊ってあるからね。陸上に居る時と何も変わらないわよ」
するとジゼルが何かを思い出すように小首を傾げた。
「これがフェラン号にもあったらよかったのにね」
ああ、あの船は武装交易船だから居住空間を贅沢に設計できないよね。
「でも、まさかベッドを吊るなんて良く思い付くわね」
ジゼルの疑問にちょっと得意になってしまったが、これは帆船時代の知恵だから俺が考えたんじゃないんだよね。
朝の支度を終えると空腹を満たす為、メラスが仕切る食堂に向かった。
遊覧船の通路を歩いていると、夜勤だった水兵達がすれ違いざまに挨拶してくれた。
「あ、ユニス様、昨晩はちょっと船が揺れましたが、大丈夫でしたか?」
「え、そうだったのね。でも、大丈夫でしたよ」
「それは良かったです」
水兵達がすれ違うと、直ぐにジゼルが話しかけてきた。
「全然気づかなかったわ」
まあ、そのための吊寝台だからね。
俺達が食事テーブルに座り朝食を待っていると、直ぐにジュビエーヌとクレメントがやって来た。
「ユニス、おはよう」
「陛下、殿下、ゆっくり休めましたか?」
俺が挨拶を返すと、クレメントが文句を言ってきた。
「それは嫌味か? この顔を見てゆっくり休めたと思うのか?」
そう言われてクレメントの顔を見ると、なんだか青い顔をしていた。
するとジュビエーヌが笑いを堪えながら、そっと耳打ちしてきた。
「弟はユニスの忠告を無視して、ベッドを固定していたようなの」
ああ、それで船酔いしたのか。
クレメント君、君もまだまだ青いな。
先達の知恵は素直に聞いておくものだよ。
「殿下、スープだけにしますか?」
「ああ、頼む」
俺は笑いを堪えながら、給仕に合図して胃に負担にならないような軽いメニューを用意してもらった。
クレメント以外の俺達の目の前には、飲み物と海鮮を主体とした料理それとバスケットに入ったパンが並んでいた。
「ねえユニス、それで今日はあの島に上陸するのよね?」
ジュビエーヌは窓から見えるメズ島を見ていた。
「ええ、今日行く場所は入江になっていて、とても綺麗な砂浜で波も穏やかです。きっと、楽しい水遊びになると思いますよ」
俺がそう説明すると、直ぐにクレメントが口を挟んできた。
「そんな穏やかな場所なら、何で船をそこに入れないんだ?」
どうやらクレメントは船が揺れるのがお気に召さなかったようだ。
「ああ、水深が足りないので入江に入れないのです」
「すいしん?」
「船底よりも浅い海なので、近寄れないという意味です」
「それならどうやってあの島まで行くのだ?」
「それは私が皆さんを運んでいきます」
「え、お前が?」
なんだか俺に頼るのがとても嫌そうな顔をしているな。
「お気に召さないのでしたら、小舟を漕いで移動しますか? 移動中はちょっと揺れますし、ひょっとすると海水もかかるかもしれませんけど」
俺がそう言うとその場面を想像できたのか、渋い顔になっていた。
「い、いや、今回はガーネット卿の好意に甘える事にしよう」
「そうですか。まあ、その気分の悪さも島に上陸してしまえば直ぐに元通りになると思いますよ」
「水遊びというと、アレに着替えるのね」
俺がクレメントの顔を見て笑いをかみ殺していると、ジュビエーヌがやや引き攣った顔でそう言ってきた。
「試着したワンピースはとっても素敵でしたよ」
俺がそうフォローすると、再びクレメントが口を開いた。
「俺もアレを見たぞ。姉様にあんな物を身に着けさせるなんて、全く信じられない」
「殿下、ご不満なら船に居残りでも構いませんよ?」
「だ、誰も、そんな事は言っていない」
そう言って横を向いたクレメントの頬はやや赤くなっていた。
食後の行動を他の者にも伝えると少し休憩した後、個室に水着を取りに戻ってから更衣室に向かった。
更衣室にはメイド達が待っていて、それぞれ着替えを手伝ってくれた。
俺とジゼルはセパレートタイプだったが、まさかビルギットさんまで同じだとは意外だった。
それを指摘してみると、パルラの酒場で俺達と一緒にあのバニースーツを着た人だからもう慣れたんだとか。
更衣室の扉を開け広い空間になっている後甲板に出ると、そこには既に皆が集まっていた。
そして彼女達の水着の色が皆違っていた。
俺が黒、ジゼルが橙、ビルギットさんが紫、ベネデッタ・リーズが緑、エイヴリル・アッカーが青、ビリアナ・ワイトが黄そしてルーチェがピンクだった。
流石に3人の女社長の水着はワンピースタイプだったが、ルーチェは俺達と同じセパレートタイプだった。
俺が見ているのに気付いたルーチェが傍にやって来た。
「色が被らないように調整するの大変でしたぁ」
え、そんな事してたの?
皆がお互いの水着に意見を出し合っていると、更衣室の扉が開き真っ赤なワンピースを着たジュビエーヌとクレメントが現れた。
ジュビエーヌの姿を見ていると、またルーチェが俺の元にやって来た。
「やっぱり陛下には、公国旗の赤い蝶と同じ色が一番似合いますよねぇ」
成程ね、それで水着の色を調整していたのか。
ルーチェは意外と細かいところまで気遣いができる娘のようだ。
ちょっと恥ずかしそうな仕草で現れたジュビエーヌと姉の水着を見て赤くなっているクレメントは、俺達がもっと大胆な恰好をしているので目を丸くしていた。
「それじゃあ、メズ島に行くから集まってくれる」
皆が集まったところで重力制御魔法と飛行魔法をかけると、そのままメズ島まで飛んでいった。
そこでは既に男性陣が来ていて、メラス達も陸揚げした物資でビーチパラソルやビーチチェアを用意してくれていた。
俺達がやって来ると、メラスが手を止めて挨拶にきてくれた。
「魔女様、のどが乾いたら何時でも申し付けて下さい」
「ありがとう」
砂浜に居る女性達を見ると、海が初めての公国人達は水際でつま先を水につけているがどう見てもおっかなびっくりと言った感じだ。
そんな中ジゼルはぼんやり海を眺めていた。
「ジゼル、海に入ってみましょう」
「え? うん」
俺達が海に向かうと、ジュビエーヌも一緒についてきた。
「ユニス、私も相手してよね」
「ええ、喜んで」
そして少し深いところまで行くと2人の手を取って、水遊びを始めた。
+++++
ガスバルはタスカ学校長とベルグランドが作ったと言うカードを手に、砂浜に車座になり眉間に皺を寄せていた。
「タスカ卿、この全部の項目にチェックを入れるのですか?」
「そうじゃないと正しい評価にならんじゃろう?」
「え、しかし、この問いにチェックを入れるというのは、採点対象にバレたら拙いのではないのですかな?」
「なあに、無記名なら誰が書いたか分からんじゃろうて」
するとタスカ学校長は集まった男達にカードへの記載を促していた。
「ほれ、お前達もさっさと記載せんか」
ガスバルはカードを手に、海で楽しそうに遊ぶ女達を眺めていた。
リーズ服飾店でブラと呼ばれる黒い布に包まれた胸に、つい視線が吸い寄せられるのだ。
本人が前かがみになる度に覗く谷間を見て、つい凝視してしまいそうになるのを必死にこらえているとベルグランドが小声で話しかけてきた。
「ガスバル殿、女ボスのあの谷間、たまりませんよね。勿論、誰に入れるかは決まってきますよね?」
ベルグランドにそう言われてカードに目を落とした。
無記名なのは安心だが、このカードが見られたら問題にならないのだろうか?
そこでふっと周りの男達の視線の向かう先をみて、もう結果が見えているような気がしていた。
+++++
魔女様達がメズ島の海岸で遊んでいる時、フーゴは遊覧船の艦橋で船のお守をしていた。
そんな時、見張り台で周囲の警戒をしていた水兵が声を上げた。
「島から小舟、こちらに接近してきます」
フーゴはその声を聞くと遠見のマジック・アイテムを手に艦橋から張り出した見張り台に出た。
そこでは確かにメズ島から遊覧船に向かってオールを漕いでいる小舟があった。
接近してくる小舟の中には島で採れた果物のようなものが積んであった。
「あれは、物売りの船か?」
「ええ、普通の港ではありきたりな光景なんですが、ここは無人島ですよね? いつの間にか人が住み着いたんでしょうか?」
「おい、誰か、メズ島に島民がいるのを聞いたことがある者はいるか?」
フーゴがそう叫ぶと、1人の男が声を上げた。
「へい、確か、王国から逃げて来た連中が住み着いたって誰かが言っていましたぜ」
1人の男がそう発言したが、フーゴはそんな話は聞いていなかったので疑念に思った。
「それは誰かに聞いたのか?」
「へい、食事の時に相席になった男がそんなことを言っていました」
「その男を呼んで来い」
「へい」
男を待っている間も、小舟はこちらに手を振りながら接近してきていた。
フーゴがイライラいしながら待っていると、4人の男がやってきた。
フーゴはその男の顔を見て驚いた。
「お前はナチョじゃないか。なんでこの船に乗っている?」
「ああ、それは、この船を奪うためさ」
ナチョのその言葉と同時に後ろにいた3人の男が襲い掛かって来て、あっという間に床に転がされていた。
「フーゴ、この船は俺が貰ってやるぜ。なあに、礼はいらんぞ」
「馬鹿野郎。この船は誰の持ち物か知っているのか?」
「ふん、ヤバかったら金目の物を奪って沈めればいいのさ。あばよ」
そして顔に強烈な一撃を受けたフーゴは意識を失った。
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