11―30 無礼講の集まり3
俺に抱き着いてきた女性は、コルネーリア嬢だった。
「コルネーリア様?」
「これ、コルネーリア、いくらぶれいこうとはいえ、ガーネット卿に抱き着くのは流石にやりすぎだぞ。それにガーネット卿は、そちらの方と歓談中だったのではないのか?」
後ろからやって来たのはシュレンドルフ侯爵だった。
「侯爵様、ご無沙汰いたしております。話は終わっておりますので問題ありませんよ。それではイゾラ卿、ごきげんよう」
イゾラ男爵はまだ何かいいたそうだったが、シュレンドルフ侯爵が来たのでしぶしぶ別の席に移っていった。
「ガーネット様、なんだか絡まれているようでしたので割り込みましたが、迷惑だったら申し訳ありませんでした」
「いえ、本当に困っておりましたので、とても助かりました」
コルネーリア嬢がおせっかいだったかと困った顔をしていたので、直ぐにそれを否定した。
「いやあ、ソフィア様の時代に始まったこのぶれいこうなる催しに両公爵家が出席しないので、私やバスラー卿のような侯爵家が一番被害を受けておりましたからなあ。今回はガーネット卿のお陰で随分助かっておりますぞ。わっはっはっ」
ああ、公爵達はあおいちゃんの思惑通り酷い目に遭ったらしいな。
「ところで侯爵様、私が年若い男の子が好みという噂があるようなのですが、何かご存じではありませんか?」
「はて、私が耳にしたのは、ガーネット卿の隣に居ても見劣りしない男前を紹介しても、一向に返事が来ないという事くらいですかな」
侯爵が小首を傾げたところで、隣に居たコルネーリア嬢が会話に入ってきた。
「あ、私知ってます。確か、お茶会で聞いたのは、パルラには年若い男性が居ないとか、年を取ると若い子が好みになるとか、ガーネット様は7百歳のおばあちゃんだとか話しているのを聞きましたわ。ほんと酷いですよね。ガーネット様はどう見ても10代後半にしか見えないのに」
そう言ってコルネーリア嬢は怒っていたが、その噂話の連想で俺がショタコンだという結論に達したのが容易の想像できた。
隣ではジゼルが下を向いて肩を震わせていたので、ちょっと脇腹をくすぐっておいた。
そうするとあのイゾラ男爵は、その噂の信ぴょう性を確かめるための鉄砲玉にされたとみる方が無難だな。
「ところでガーネット卿、北街道沿いの貴族達がパルラに向かう通行人が増えて街道の売り上げが増えていると喜んでいたが、パルラはそんなに人気なのですかな?」
「ええ、陛下とオルランディ公爵を招待して競技を行ったのですが、それが好評で遊びに来る人達が増えたようです」
この会話に喰いついたのはコルネーリア嬢だった。
「まあ、そうなのですね。私もパルラに行ってみたいのですが、なかなか機会が無くて。お父様ったら仕事が忙しいとか言って連れて行って下さらないし、私が勝手に行こうとすると強く反対されますし」
そう言って侯爵に向かって頬を膨らませていた。
「魔法学校の他の学科の学生なら、見学旅行で来られるんですけどねぇ」
「ええ、本当に残念です。儀礼科には誰も声をかけてくれないのです」
俺がそう言うと、コルネーリア嬢もそれに同意していた。
まあ儀礼科は高位の貴族令嬢がゴロゴロいるから、学校側も問題は起こしたくないのだろうな。
そして侯爵家との楽しいひと時を過ごした後でやって来たのは、見覚えの無い身なりの良い男性だった。
「ガーネット卿、こうやって直接話をするのは初めてですね」
男はにこやかに微笑みながら空いている椅子座ってきた。
「私はスハイム領主ルーベン・ジャコッベ・アガッツァーリです」
挨拶に来た男は、パルラに就職しに来たフェオリーノの父親だった。
「初めましてアガッツァーリ卿、エリアル北街道グループの取りまとめ役ご苦労様です」
「ええ、本来取りまとめ役は北街道沿いの貴族で最高位であるガーネット卿が担うべき名誉職なのですが、誠に勝手ながらガーネット卿はこのような些事は嫌がるだろうと判断いたしました。愚息のフェオリーノからも、ガーネット卿が私を信頼してこの職責を任せてくれていると聞いております」
どうやら自分の認識が正しい事を確かめているようなので、ここは肯定しておこう。
「ええ、私もアガッツァーリ卿にはとても感謝しております。それにフェオリーノさんにも町の運営に協力いただいて、とても助かっております」
「おお、それは何よりです。ところでガーネット卿」
そう言ってアガッツァーリ侯爵は周りで誰も聞き耳を立てていない事を確かめてから、声を落とした。
「ガーネット卿が陛下に提供しているという幻の果物を、私に譲っていただく事は可能でしょうか?」
幻の果物って霊木の実の事か?
あの実を食べたい貴族は驚く程多く、ジュビエーヌも貴族達に言う事を聞かせるにはとても効果的なアイテムだと言っていたな。
ジュビエーヌの権力維持のためにも、そう簡単に他者に渡すわけにはいかないか。
「アガッツァーリ卿、あれはとても入手が困難な品なので、お譲りする事は難しいですね」
「やはり、そうですか」
アガッツァーリ侯爵は、目に見えてがっかりしていた。
するとジゼルがそっと耳打ちしてきた。
「ねえユニス、この方は本当に困っているようよ」
という事は、この侯爵はまともで、北街道の貴族達の取りまとめに苦労しているという事か。
俺の平穏の為にもアガッツァーリ侯爵には頑張ってもらわないといけないから、ちょっとは協力した方がよさそうだ。
「アガッツァーリ卿、霊木の実は渡せませんが、パルラ産のエルフミードなら少しは譲れます。これで北街道の皆さまがあまり暴走しないように抑えてもらえませんか?」
「え、よろしいのですか?」
「ええ、私もアガッツァーリ卿とは今後も懇意にしていただきたいので、是非お願いします」
アガッツァーリ侯爵は何度も謝意を示しながら別のテーブルに移っていくと、次にやってきたのは見覚えのある女性だった。
「ガーネット卿、ようやくお話する機会に恵まれました」
「ええっと、確かスクウィッツアート卿でしたね?」
「はい、アージア・スクウィッツアートでございます」
俺の正面に座った女男爵の顔色が悪いのは、寝不足か深い悩みでもあるのだろう。
俺は待機している給仕を呼ぶと、女男爵のためのお茶を持ってきてもらった。
「どうぞ。まずはお茶を飲んで気を休めて下さい」
「ありがとうございます」
アージアはカップを手に取りお茶を口に含んだが、心配事でもあるのか両手で持ったカップが小刻みに震えていた。
「今日は天気も良く、気持ちいいですわね」
「はい」
「少しは落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございます」
そして女男爵は手に持ったカップをソーサーに戻すと、話をする態勢になった。
「実は、ガーネット卿に相談したい事があるのです」
そう言われて前に領地経営が厳しいという話を聞いていたのでその話なのかと先を促そうとすると、品の無いどら声に遮られた。
「おお、こんな所に美しい花が咲き誇っておりますなぁ。願うならば我が館の庭園に移植したいと思うほどですぞ。がはははっ」
顔を上げるとそこには、前に見たことがある禿げ頭に薄い口髭、たるんだ顎に揺れる腹という陸に上がったトドが現れた。
この男には公国の祭事の時に手を掴まれ、確か「アニス」と呼ばれた事があったな。
トドは勝手に空いている椅子に座ると、空気を全く読まずに話し出した。
「ガーネット卿、パルラの繁栄は目を見張るものがありますなぁ」
「ええ、ありがとうございます」
「我が領もなかなか繁栄しておりますぞ。それこそ領民を食わせる事も出来ない無能者を領地ごと救済合併出来る程に」
そう言うとトドはアージアに蔑んだ目を向けた。
トドに見られたアージアは俯いて小さくなっていたので、恐らく領民を食わせる事も出来ない無能者というのがアージア・スクウィッツアート女男爵という事なのだろう。
それにしても勝手に合併なんて出来るのか?
「アリッキ卿、勝手に他領を併合なんて出来るのですか?」
「ええ、婚姻とかで両家が結びつき、それを公国が認めれば可能ですよ」
トドは既に既定路線だとでも言いたげに頷くと、アージアの方は真っ青な顔で固まっていた。
その2人の様子を見て、ジュビエーヌに申請があったら却下してくれるように頼んでみる事にした。
「そうそう、パルラではゴーレム馬に乗った競争があるそうですな。私も遊びに行きたいと常々思っておったのです」
「はあ」
「ああ、そうだ。私とスクウィッツアート卿が婚姻した暁には、新婚旅行としてパルラに遊びに行くのも面白そうですな」
トドの独壇場をただ黙って聞いていたアージアも、流石に口を挟んできた。
「アリッキ卿、まだそのような話にはなっていないと思いますが?」
「ほう、では貴女はまだ本気で立て直せると思っておるのですかな?」
「それはアリッキ卿が横やりを入れるから、領地経営がうまくいかないのですわ」
ああ、そう言う事か。
「何を言っているのだ? 領地経営がうまくいっていないのは其方自身の非力さ故だろう。それに貴殿の領地で広がっている災害が、我が領でも影響を及ぼしているのだぞ。少しは申し訳ないという気持ちにならないのか?」
「そ、それは・・・」
うん、災害?
俺はその言葉に興味を引かれた。
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