11―28 無礼講の集まり1
俺はビルギットさんにお茶とお茶菓子の用意をお願いすると、リングダールが待っているはずの応接室に向かった。
応接室に入っていくと、2人の男が待っていた。
1人はアンブロシウス・リングダールで、もう1人は確かイェルムとか名乗っていたはずだ。
ソファに座っていた2人は、俺の姿を認めると直ぐに立ち上がって頭を下げた。
「ガーネット様、この度はご厚恩を賜り誠にありがとうございます。早速、部下を連れてまかりこしました。この者は一緒にキュレーネ砂漠に同行しておりますので、覚えておられるかもしれませんね」
「ええ、確か、イェルムさんでしたね?」
「はい、名前を覚えていてもらって感激です」
お互い挨拶が終わりソファに座ると、リングダールは公国にどうやって来たとか、エリアルのディース教会の司祭であるフェーグレーンとの関係とか、エリアル北街道が栄えている事等を話していたが、イェルムがそっと耳打ちすると真面目な顔になった。
ようやく本題か。
「ガーネット様、ところで歴史書がパルラにある事を確かめたいのですが、よろしいですか?」
「歴史書は妹のアオイが熱心に研究していて、取り上げるのが難しいのですが?」
俺がさりげなくお断りを入れてみたのだが、リングダールは諦めなかった。
「それなら少し離れたところから見るだけでも構いません」
形式上は彼らから借りている状況なので、これ以上拒否することは出来ないか。
「分かりました。それでは案内しますが、途中でトイレとか言って抜け出さないでくださいね」
彼らが館の中を勝手に動き回られないように釘をさすと、2人ともにっこり微笑んだ。
「ええ、軍人として訓練しておりますので、そのような粗相は致しません」
くそっ、ジゼルを呼ばなかった事を今程後悔した事は無いな。
ジゼルが居れば、あのうさん臭そうな笑顔に下にどんな顔を隠しているのか分かったんだがなぁ。
2人を連れて2階にあるあおいちゃんの部屋にくると、机に向かって歴史書を調べている姿を少し離れた位置で見学させた。
「妹が見ているのが禁書庫にあった歴史書です」
俺の言葉に、リングダールがじっとあおいちゃんの手先を見つめていた。
あおいちゃんも俺達が何をしに来たのか分かっているので、そっと歴史書を持ち上げてこちらに表紙が見えるようにしてくれた。
「ええ、確かに我が国の歴史書で間違いないようですね」
「では、これでよろしいですね?」
「ええ、結構です」
歴史書の所在を確かめた2人とともに元の応接に戻って来ると、リングダールが口を開いた。
「驚きました。妹君とは本当に瓜二つなのですね」
「ええ、双子ですから」
「ほう、では、能力も同じなのですか?」
早速こちらの戦力評価といったところか。
「ええ、同じ能力ですよ」
こちらには侮れない程の戦力がある事を示しておくことは、抑止力になって良いことだ。
それに離反策を考えていたとしても、少なくとも利害関係が一致している間はあおいちゃんが俺を裏切る事は無いのだから。
それからアンブロシウス・リングダールに新しく建てた領事館の鍵を渡すと、彼らが帰っていく姿を領主館前で見送る事にした。
「ガーネット様に屋敷を用意して頂いたばかりか、こうやって見送って頂けるとは望外の喜びですな」
「リングダールさんも、この町で快適に暮らせるよう願っております」
大教国の2人が去っていくと、それを見計らっていたのかオーバンが姿を現した。
「ユニス様、エリアルからいつぞやの魔法師団長が訪ねてきております」
魔法師団長ってアッポンディオ・ヴィッラの事か?
今日は来客が多いな。
そして領主館1階の応接室に入って来たアッポンディオ・ヴィッラは、俺の姿を認めるとにっこり微笑んだ。
「ガーネット様、ご機嫌麗しゅうございます」
「ええ、ヴィッラも元気そうね。貴方が来たという事は、大公陛下のお使いですね?」
「はい、ガーネット様は重要人物ですから、私が直接お伺いするのは当然です」
そしてソファに座りお茶を飲みながら、一通り雑談してから本題に入った。
「ガーネット様、今度エリアルで陛下主催の野外でのお茶会が決まりました。そして私がその招待状をお持ちしました」
そう言って王家の封蝋が付いた封筒を差し出してきた。
封筒を受けとり中身を確かめると、確かにジュビエーヌからのお茶会へのお誘いだった。
でも、なんで野外?
「意外ですね。野外でお茶会を開く文化でもあるのですか?」
「いえ、野外で行うのは先代のソフィア様の時代だけでした。最初は室内で行う予定だったのですが、ガーネット様が出席されるという噂を聞きつけた貴族達から是非参加したいという申し出が多数寄せられまして、それならソフィア様にならって公城の庭園で盛大にやろうという事になりました」
あおいちゃんがこの世界にロイヤルガーデンパーティを広めたのか。
いや、待て、何故俺が出席するのが確定しているんだ?
「えっと、何故、私の出席が確定しているのですか?」
俺がそう質問すると、ヴィッラはとても驚いた顔になった。
「えっ、何を言っているのですか? ガーネット様が陛下主催のお茶会なら参加すると貴族達に返書を出していたから、陛下が気を使ったのですよ?」
「え、私のせいなの?」
俺が驚いていると、ヴィッラは当然という顔をしていた。
「そうです。陛下も貴族達から、ガーネット様が出席するお茶会は何時開催するのかといつも尋ねられていましたからね。そういう事ですから、ガーネット様の参加は必須です。よろしいですね?」
ヴィッラは絶対に逃がしませんよという顔で、俺の返事をじっと待っていた。
俺のせいでジュビエーヌに迷惑かけているのだから、これは逃げられないな。
「はい、分かりました」
俺が承知すると、それまで厳しい顔をしていたヴィッラの顔が笑顔になった。
「いやあ、良かったです。ガーネット様にごねられたらどうしようかと一瞬焦ってしまいました。あははは」
そう言って豪快に後頭部を掻いていた。
「ソフィア様が開いたという野外のお茶会とは、どのような感じなのです?」
あおいちゃんの事だから何か変なルールでも加えてないかと聞いてみると、俺の想像は当たっていたようだ。
「王家からお茶とお菓子それに簡単な軽食を用意して、後は集まった皆さんが社交するなり、年頃のご子息ご令嬢の相手探しだったり、いろいろですね。あ、それと会場ではぶれいこうとかいう、爵位を無視して楽しみましょうという会になっております。ソフィア様は突然このような突拍子も無い事を思いつかれる方でした」
そう言ったヴィッラは何とも言えない遠い目をしていた。
無礼講、だと?
なんだか嫌な予感しかしないんだが。
アッポンディオ・ヴィッラが帰ってからあおいちゃんに確かめたが、やっぱり無礼講とは想像通りのものだった。
あおいちゃんは当時を思い出したのか、ちょっと不満そうな顔で指を左右に振っていた。
「当然でしょう。何で私だけ貴族共にああだこうだ言われて、悩まなければならないのよ。たまには自分達も下の者から問い詰められて、言葉に詰まるという特別な体験させてやろうと思ったのよ」
あおいちゃんも大公やっていた頃は、随分不満が溜まっていたんだなぁ。
そんなところに気の短い獣人を参加させるのは危険があるので、比較的理性的なジゼルだけ連れて行く事にした。
ジュビエーヌ主催のパーティに参加するにあたり正式な招待状を持って街道を移動するという正式な移動方法が苦痛なので、ジュビエーヌに霊木の実というワイロを使い、エリアル北街道沿いの貴族達に俺が通過しないという通達を出してもらった。
お陰でロイヤルガーデンパーティ当日、俺とジゼルはパルラからエリアルまで約3時間の優雅な空の旅を満喫する事が出来た。
エリアルに到着すると早速ジュビエーヌにお土産を持って挨拶に行ったのだが、久しぶりに会ったジュビエーヌは何故か不満そうな顔をしていた。
「ああ、やっと来たわね。どうして当日に来るのよ。貴族達から本当に来るのかとかうるさかったんだからね」
「ああ、それは申し訳ありませんでした。でも、エリアルに家は無いし、朝パルラを出ても間に合うんだから仕方が無かったのよ。それよりもちゃんとお土産で霊木の実を持ってきたから、これを食べて機嫌を直して、ね?」
「うっ」
ジュビエーヌの眉間の皺が消えたぞ。よし、もう少しだな。
「あ、それからリグアでも遊覧用の船をちゃんと造っているから、もうすぐ海を見にいけるからね、ね?」
「もう、買収しようったって駄目なんだからね」
そうは言っているがジュビエーヌの顔は、遊覧旅行を思い描いているのか笑顔が広がっていた。
よし、勝った。
いいね、ありがとうございます。




