11―21 女王蟻
皆を集めてこれからの事を説明した。
「すると、下から1階ずつ女王蟻を探しながら進む必要があるという事じゃな?」
「ええ、魔力感知でも反応が重なってしまって、どれが女王蟻なのか分からないのよ」
「ですが、どうやってそれが女王蟻だと判断すればいいのでしょうか?」
オーバンが困った顔でそう聞いてきた。
「ああ、それは部屋の種類ね。多分此処にも食料貯蔵庫やら育児室等があるはずだけど、見つけるのは繁殖室よ。そこでは女王蟻が卵を産んでいるわ」
「成程、卵がある部屋を探すのですね」
するとトラバールが不満そうな顔をしていた。
「なあ姐さん、ドワーフの国でやったようにドバーッと燃やしてしまえば手間いらずじゃないのか?」
まあ、魔力感知で巣穴の範囲が分かったから一気に焼き払ってしまう事は可能なのだが、ここが試験の塔だと分かったからには出来るだけ損傷を与えずに手に入れたいんだよ。
「ここは重要な遺構なの。高熱で歪んだり欠けたりして本来の機能が回復しなくなるととても困るのよ。ここは出来るだけ遺構に損害を与えないようにして確保する必要があるの。トラバールもそのハンマーで黒蟻だけを潰してね」
「お、おう。どわっ」
俺の指示に返事返すと、突然インジウムがトラバールを突き飛ばした。
「あ、お姉さまぁ、私もぉ、このブーツでぇ、魔物だけ踏みつぶしますねぇ」
「ええ、期待しているわね」
そして突き飛ばされたトラバールが地面に転んではいたが、親指を突き上げているので怪我はしていないようだ。
「それじゃあ、1つ上の階に行くわよ」
「「「はい」」」
全員に重力制御魔法をかけて浮き上がると、吹き抜けになっている空間から1つ上階に上がり魔力感知に反応がある場所を指さした。
「いい、女王蟻が居なかったら無視して上の階に行くから、戦闘は極力避けてね」
「「「はい」」」
そして小石や砂、おがくず等を固めた扉を開くと、そこには黒蟻達が身を寄せ合っていた。
どうやら外れのようで扉を閉めて次に行こうとしたが、扉を開けた事で空気の流れが生じたのか黒蟻達が動き出してしまったようだ。
「ちっ、起きちまったか」
「仕方がないわ。警告を発せられる前に仕留めるのよ」
「「「はい」」」
部屋の中ではトラバールがハンマーを振るい、オーバンが短剣を突き出し、ジゼルがメイスを振り下ろした。
そしてグラファイトとインジウムは、ダンスをするかのように華麗にステップを踏みながら物凄い勢いで黒蟻を踏みつぶしていた。
その行為は道路工事でよく地面を踏み固めるために使うタンピングランマーのようで、踏みつぶされた黒蟻はぺちゃんこになっていた。
そのあまりな姿を見たジゼル達が思わず手を止めていた。
「あれ、凄いわね。なんていうか圧倒的?」
「いや、あれは虐殺というのでは?」
「この状態、ちょっと土をかぶせたら完全犯罪が成立するな」
「それ、街中でやらないようにエルフ殿に言っておいた方がいいんじゃないか?」
全てが終わった後は、酷い有様が残った。
後でラムに聞いて、問題ないようなら焼き払ってしまおう。
そして数回上に上がったところで同じようにハズレの部屋から出ようとすると、目の隅に何かが映った。
そして危険を感じて部屋の中に退避すると、目の前を何かがかすめて行った。
俺が慌てて戻って来た姿を見て、他の皆も警戒態勢に入っていた。
「ユニス、どうしたの?」
改めて扉の隙間からそっと外を覗くと、吹き抜けの空間に多数のスズメバチが待ち構えていた。
「流石にこれだけ巣の中で大騒ぎしていたら、相手にも感づかれてしまうわね」
「姐さん、何が現れたんだ?」
トラバールがその先を促してきた。
「スズメバチに待ち伏せされているわ」
「ユニス、皆で一斉に攻撃する?」
「姐さん、俺に任せてもらおう」
「ユニス様、私も何時でも行けます」
ジゼルの言葉にトラバールとオーバンが応じていた。
そうは言ってもジゼル達の武器は元々黒蟻を想定したもので、高速で空を飛ぶ相手には不向きだろう。
いたずらに時間をかけて、更に多くの敵が集まってこられても面倒なのだ。
ここはグラファイトとインジウムに頑張ってもらうか。
「皆ありがとうね。でも、そのやる気は本番の女王蟻戦に取っといてね」
「本番?・・・いや、だが」
「雑魚はグラファイトとインジウムに任せるから、貴方達は体力を温存しているのよ」
「お、おう、分かった」
こう言っておけば、士気が下がる事も無いだろう。
俺はグラファイトとインジウムに頷いてから扉の外に躍り出ると、塔の中なので藍色魔法で対抗することにした。
「石礫」
俺の目の前に多数の魔法陣が現れると、そこから小石サイズの石弾が滞空しているスズメバチ目掛けて飛んでいった。
「グラファイト、インジウム、攻撃してきたら対応よろしくね」
「はい、問題ありません」
「はあぃ、任せて下さいませぇ」
最初の不意打ちで相当数のスズメバチが被弾して落下していったが、直ぐに激しく動き回りだしたので、目標を外した石礫は壁に当たっていた。
威力の弱い藍色魔法なので、壁に与えるダメージはそれほど酷いものではないと思いたい。
そして俺に向かって襲い掛かって来るスズメバチは、両側に待機しているグラファイトとインジウムが素早く仕留めてくれた。
敵の姿が無くなると、直ぐにジゼル達を呼び上の階に上がる事にした。
今の騒動で女王蟻が感づいたかもしれないので、これからは時間との勝負になるだろう。
「皆急いで、次の階に行くわよ」
「「「はい」」」
そして部屋の確認と起きた黒蟻との戦闘を繰り返し上の階へと進んでいくと、他の階とは造りが違う部屋を見つけた。
その部屋はそれまでの階にあった簡易的な壁ではなく、かなり頑丈な壁が作られていた。
今までの階で見た壁とは全く別物に見えたので、これは当たりかもしれないと期待を込めて扉を包囲すると、グラファイトに合図して扉を開けてもらい中に突撃した。
その部屋は床に大量の白色の楕円形の物体が並び、それを黒蟻達が世話している裏では黒蟻の3倍はある大きな個体が佇んでいた。
「見つけた。皆あの他より大きいのが女王蟻よ」
「お前さん、アレを仕留めれば儂らはアマル山脈に戻れるんじゃな?」
「ええ、頑張りましょう」
俺達が女王蟻をロックオンしたところで、女王蟻の方も繁殖室に異物が入って来たことが不快だったのか、こちらに顔を向けると威嚇するように大きな顎を開いた。
その姿を見て襲い掛かって来るのを待ち構えていると、女王蟻はくるりと後ろを向いて壁の向こう側に姿を消していた。
「え?」
「は?」
「いったい何が?」
攻撃を受け止めようと皆が構えていたところで、皆、女王蟻の予期しない行動に唖然としていた。
「ちょっと、しっかりして。女王蟻が逃げるわよ」
俺がそう指摘すると、トラバール達が慌てて追いかけようとすると、それまで繁殖室で卵の世話をしていた黒蟻が、猛烈な勢いで襲い掛かって来た。
窮鼠猫を噛むという言葉があるが、必死になった黒蟻の攻撃は強烈で、トラバール達も押されていた。
すると今度は俺達が入って来た扉からも黒蟻共が襲い掛かって来たので、俺達は完全に包囲される形になった。
このままだと女王蟻に逃げられてしまうが、陣形が崩れるとジゼルや他の皆が怪我をする危険があった。
「仕方ないわね」
「姐さん、何かするのか?」
「ちょっと荒っぽいけど、女王蟻を仕留めるのよ」
「え、この状況でどうやって?」
トラバールとオーバンが聞いてきたが、それに答えるよりも先に空間障壁の魔法を発動して敵の無謀な攻撃を防御した。
そして直ぐにグラファイトとインジウムを見た。
「グラファイト、インジウムを女王蟻が逃げた壁に投げて」
「はい」
グラファイトは直ぐにインジウムの体を捕まえると、そのまま壁に向かって放り投げた。
「インジィ頼むわよ」
「はあぃ、お任せくださ~~~ぃ」
インジウムは間延びする声を発しながら飛んでいくと、女王蟻が消えて行った壁を突き破って向こう側に消えていった。
インジウムの任務完了を待っている間、俺達も空間障壁の外側にいる黒蟻達の動きを警戒していた。
女王蟻を助けようとインジウムの方に向かって行くようなら、空間障壁を解除して攻撃に出なければならないからだ。
「お前さん、なんだか気持ち悪い光景じゃのう」
「ユニス様、応援を送らなくて大丈夫でしょうか?」
オーバンが不安そうに聞いてきたので、俺は自信を込めて頷いた。
「インジウムなら大丈夫でしょう」
そして待っていると壁からインジウムが顔を出した。
「お姉さまぁ、やりましたぁ」
そう言って右手を上げると、その下には動かなくなった女王蟻の姿があった。
すると、それまで狂ったように空間障壁の外側でこちらを攻撃しようとしていた黒蟻は、統一した意思が消えたせいかそれぞれ勝手な動きを始めていた。
それを見ていたバラシュが声をかけてきた。
「なあ、お前さん、これで終わったのか? 儂らはこれで帰れるのか?」
バラシュの要望はこれで良いだろうが、この塔が機能できるようにするにはまだ作業が必要だな。
「そうね。せっかくだから、この塔の掃除をしましょう」
「姐さん、掃除って、アレを退治すればいいのか?」
トラバールは周りをウロウロしている黒蟻を指さした。
「そうねえ。それも含まれるわね」
「ユニス様、それ以外は何でしょうか?」
「ああ、まだ上にスズメバチの巣があるでしょう。それからこの巣の残骸も含めて全部ってところね」
いいね、ありがとうございます。




