11―18 構造物の正体
蔦に完全に取り込まれ身動きが取れなくなっていたが、先に取り込まれたジゼルの気配は感じていた。
そしてこの蔦はまるで呼吸でもしているかのように蠢動すると、俺の体はその呼吸に合わせて少しずつ奥に飲み込まれているようだった。
すると突然目の前に花穂が現れると、ポンと弾けて白い粉を吹きかけてきた。
取り込んだ獲物を麻痺させて養分にしているのだろうが、俺には効かないぞ。
やがて前方の圧力が突然消えると、何もない暗い空間に落下する感覚があった。
直ぐに暗視の魔法を発動すると目の前にジゼルが倒れていて、そのジゼルに襲い掛かろうとしている顎を大きく開けた黒蟻とはちょっと違う蟻の姿が見えた。
俺は着地と同時に走り出すと、ジゼルに襲い掛かろうとしている蟻を蹴り飛ばした。
蹴る直前に重力制御魔法を解除して最大限の衝撃が相手に加わるように調整すると、「ベコッ」と潰れる音を残して吹き飛んでいった。
すると今度は部屋の壁をすり抜けて先ほどと同じ複数の蟻が現れて、襲い掛かって来た。
武器を持っていないので、再び重力制御を使って襲ってくる蟻を服が汚れないようにスカートをたくし上げて次々と踏みつぶしていった。
その足裏から伝わる感触が気色悪かったので、何とか気を紛らわすため現実逃避をすることにした。
そう俺は今牧歌的な西洋娘で、あの襲い掛かって来る蟻は収穫したばかりのブドウなのだ。
そして俺は桶の中に入っているブドウをふみふみして、ワインを作る作業を行っているのだと。
ま、まあ、トラバールやバラシュが見ていたら、酔っ払いの千鳥足だと笑われそうだが。
そんな足踏みを終えた頃には、俺の足と靴は汚れ、周りには踏みつぶした残骸だらけになっていた。
「うげっ」
これじゃあインジウムに文句を言えないなぁ。
当面の脅威を排除出来た事から、目を覚ましたジゼルを驚かせないように浄化魔法で周囲ごと綺麗にしていった。
「ジゼル、大丈夫?」
声をかけてもジゼルはぴくりとも動かなかったので、取り込まれる時にあの花粉を吸い込んでしまったようだ。
すると先ほどの種類が違う蟻は、魔物が取り込んだ獲物を解体する蟻なのだろう。
ジゼルに状態異常解除の魔法をかけると目を覚ますまでの間、ジゼルを膝枕にして顔にかかった髪をやさしく整えていると、突然目の前に何かが光った。
すわ、新たな敵かと思ったが、そこには体長30cm程の小さな人型が空中に浮かんでいた。
そしてその人型の背中には2枚翅があり、その翅は根本が白く先端に行くほど緑色が濃くなり、黒色の放射状に延びる等間隔の線があった。
この姿、前にも見たことがあるぞ。
そして思い出したのは、魔素水泉で出会ったロムと名乗った人工精霊だ。
驚かせて逃げられないように細心の注意を払いながら、出来るだけ友好的に見えるように微笑みかけた。
「初めまして、私はユニス・アイ・ガーネットよ」
「あ、初めまして、私はラムよ」
俺がお辞儀をして挨拶すると、人工精霊も挨拶を返してくれた。
どうやら友好的な最初の接触に成功したようだ。
それにしてもラムか、ロムといい、こいつら集積回路みたいな名前だな。
「ねえ、どうして訪問者がこんな所に居るの?」
目の前の人口精霊は、不思議そうに小首を傾げて質問してきた。
俺の事を訪問者と呼んだ事で、この存在が魔法国製であることは確定した。
「ラムちゃんは、私の事を見つけて姿を現してくれたの?」
「ええ、そうよ」
どうやら人口精霊達は、この保護外装の魔力を感知して姿を現すようだ。
そういえばロムは帰還の塔の管理者で、この地にやって来る訪問者を魔法国に案内する案内人だったな。
するとここは魔法国の遺構なのか?
「ねえラムちゃん、ここにも魔法国があったの?」
「あ、ここには試験の塔があったんだよ」
何だって、するとあの蔦だらけの構造物が試験の塔だったのか。
だが、ラムは過去形で言ったぞ。
という事は、既に試験の塔は機能していないのか。
まあ、あの蔦だらけの外見を見たら、それも納得だな。
だが此処が試験の塔というのならスズメバチや黒蟻を退治した後、蔦を引っこ抜いて綺麗にすれば、どこが壊れているのか分かりそうだな。
そしてラムに聞いて壊れた個所を修理して使えるようにすれば、獣人達の問題が解決するではないか。
そうすれば顔を見る度にビアッジョ・アマディがチクチクと言い放つ小言爆弾から逃げ回らなくても済むし、エルフ達に頼んで獣避薬を作ってもらう必要も無くなるのだ。
俺はジゼルの顔を見下ろして、その頬をそっと触れた。
「ジゼル、もう少しで貴女達を苦しめていた欠陥から解放してあげられるわよ」
良し方針が決まったからには、早速この塔の機能を回復させよう。
「ね、ねえ、ラムちゃ」
ラムに声をかけようとすると、ふっと火が消えるように姿がかき消えてしまった。
何が起こったのかとラムが消えたあたりを手で触れていると、膝上のジゼルが身じろぎした。
「ううっ」
「ジゼル、起きたのね」
ジゼルの顔を見守っていると瞳が開き、俺達は暫くの間見つめ合っていた。
「ユニス?」
「ジゼル大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。助けてくれてありがとう」
そう言いながらジゼルが上体を起こすのを手助けしていると、周囲を見たジゼルの体が固まるのが分かった。
「ね、ねえ、ユニス。ここは何処なの?」
ジゼルも周りを見てうすうす気づいているだろうから、ここは素直に事実を伝えておこう。
「残念ながら、魔物の中よ」
それを聞いたジゼルの狐耳がペタンと倒れた。
「巻き込んでしまって、ごめんなさい」
俺はジゼルを抱き寄せると背中を軽く摩った。
「何を言っているのよ。あそこでジゼルを見捨てられる訳ないでしょう。ところでどこか怪我はしていない?」
ジゼルは、体のあちこちを手で触れて確かめていた。
「う~ん、蔦に引っ張られたときに擦りむいただけだと思うけど」
ジゼルの肘に擦りむいたような跡があったので、念のため軽傷治癒の魔法をかけておいた。
そして一息つくと、俺達を救出しなかったオーバンに無性に腹が立ってきた。
「それにしても、オーバンがあんなにヘタレだとは思わなかったわ」
俺が文句を言うと、ジゼルは意外にも笑っていた。
「ふふ、それは仕方がないわよ。獣人牧場出身者は、異性に免疫が無いんだから」
「え、だって、パルラでは女性も多いよね?」
俺がそう聞き返すと、ジゼルは人差し指を顎に当てて少し上を見ていた。
「う~ん、トラバールもそうみたいだけど、元剣闘士達の判断基準は力みたいなの。だから、女性も強い方が好みみたいよ」
強い? 獣人で強そうなのって、ああ、赤熊がいたな。
オーバンはどうか分からないが、トラバールは人間将棋で赤熊に放り投げられていたし、以西の地でもあの2人は息が合っていたな。
怪盗の3人娘にはクマルヘムの運営を任せてしまったが、あの3人なら後任を育成してパルラに戻って来てくれるかもしれないな。
それから先ほど会ったラムの事を考えてみた。
ジゼルが起きた途端姿を消したことから、どうやら人口精霊は魔法国と関係が無い人物には姿を見られたくないらしい。
そう考えるとロムと会った時も、俺が1人の時やあおいちゃんと2人だけだった事に思い至った。
さて、ジゼルも落ち着いてきたし、そろそろ周囲の状況を確認してみるか。
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