11―16 厄介な蔦
グラファイトとインジウムがスズメバチを退治してくれた翌朝、朝食を済ませた俺達は目の前に広がる蔦をどうしようか考えていた。
ヴァルツホルム大森林地帯で見つけた蔦は、木の魔物でゴムのようにしなりながら攻撃してきたからだ。
だが昨日グラファイトとインジウムが傍まで行った時は攻撃してこなかったので、植物系の魔物ではなくただの草という可能性が高かった。
そうはいっても地面がまったく見えない程生い茂っていて、その下に潜む危険な地面の裂け目等が分からない事や、毒蛇とかが潜んでいて誤って尻尾を踏んで噛みつかれる危険もあるのだ。
そして何よりも黒蟻の巣の入口があっても気付けないだろう。
念の為皆の武器を見たが、どう見ても草刈りには向いていなかった。
仕方がない、ここは草刈鎌でも錬成するか。
俺達用に片手用の草刈鎌を錬成すると、トラバール達に渡していった。
「ユニス様、これは?」
「あの蔦が邪魔でしょう。あれじゃあ、巣穴への入口があっても分からないからね。これで刈り取るのよ」
グラファイトとインジウム用には、両手で使う大型の鎌の方が扱いやすいだろう。
その大きな鎌を見たトラバールが、興奮しながら話しかけてきた。
「な、なあ、姐さん、それは俺でも分かるぞ。切ったモノを冥府に送るとかなんとかいうおっそろしい武器だろう。以前酔っぱらった妹ちゃんから聞いたから間違いないよな?」
いや、だから、これは死神の鎌じゃなくて只の草刈鎌だからな。
それにしてもあおいちゃん、酒場で何を話しているんだ?
だが、こんなにうれしそうな顔でそう言われると、下手に間違いを訂正するよりも持ち上げておいた方が良いだろう。
「これは植物系の魔物に大打撃を与える武器よ」
「おお、やっぱりそうだったのか。すげえなぁ」
そして全員鎌を手に持ってスズメバチの防衛ラインの内側に入っていったが、襲い掛かって来るスズメバチはいなかった。
どうやらグラファイトとインジウムは、とても上手に仕事をしてくれたようだ。
そして蔦が生えている場所まで行き手で蔦を持ちあげてみようとすると、地面にしっかり張り付いていてびくともしなかった。
それでも力を入れて隙間を作り、そこに鎌を入れて切ってみた。
だが、その蔦はまるでワイヤーで出来ているんじゃないかと思うほど固く、なかなか切れなかった。
「なんじゃこれは、全く切れんぞ」
「ユニス、これ、硬いわね」
バラシュもジゼルも蔦を切るのに相当苦労していたので、トラバールやオーバンもそうなのだろうと視線を向けると、意外にも2人は気合を入れて蔦を切っていた。
なかなかやるなあと見ていると、2人はチラチラと同じ方向に視線を送っていた。
その視線の先には、両手用の鎌を持って豪快に草刈りをしているグラファイトとインジウムの姿があった。
理由は分からないが、オートマタと張り合っているようだ。
早々に音を上げたジゼルと一緒に、周囲の警戒をしながら5人が刈る草を集めて少し離れた場所に積み上げていった。
刈り取られた蔦を積み上げたジゼルが、空を見上げながら汗を拭った。
「なんだか、のどかねえ」
確かに、こんな所まで来てまさか野良仕事をするとは思わなかったよ。
「休憩にして、お茶にでもしようか?」
俺がジゼルにそう返すと、それを聞いていたバラシュも賛成してきた。
「おお、お前さん、儂も賛成じゃぞ」
そういわれたのでグラファイトを呼んで袋の中から茶葉を取り出すと、お湯を沸かしてお茶を用意した。
地面に座ってお茶を飲んでいる姿はとても平和そうにみえるのだが、ここは魔物が跳梁跋扈するアマル山脈なのだ。
「のう、お前さん、どうせなら酒とツマミの方が良いんじゃが?」
「それはお預けよ」
おい、こら、何で敵の巣の面前で酒盛りしようと思うんだよ。
気を抜くにしても限度ってもんがあるだろうが。
その後も蔦を切る作業をしていると、周囲がうす暗くなってきた。
夜になるとあの黒蟻が活動を開始するはずだから、作業はここで終える事にした。
「皆、作業を終えて夕食にしましょう」
「え、もうよろしいのですか?」
オーバンがそう聞いてきたが、こちらも昼間活動しているので休息が必要なのだ。
「後は、明日の作業にしましょう」
「分かりました。それでは早速夕食の準備を始めましょう」
それまで草刈りをしていたオーバンは直ぐに作業の手を止めて、夕食の準備を始めてくれた。
本当に働き者の男である。
オーバン達が夕食の準備をしている間、俺は昨日即席で作った砦にほころびが無いかチェックしていった。
そして夕食を終えた俺達は砦の1階をグラファイトとインジウムに頼み、2階に上がって休む事にした。
そして夜中に襲撃で起こされる事も無く朝を迎えると、砦から出て目の前の光景に目が点になった。
昨日あれだけ苦労して草刈りをしたというのに、朝になったらすっかり元に戻っているのだ。
あれ? まさか、1日前に戻っている?
そう思いたいほど、見事に蔦が生い茂っているのだ。
だが、俺には昨日作業した記憶があるし、それに積み上げた蔦の残骸もちゃんと残っているからそれは無いと直ぐに分かった。
それじゃあ、幻覚でも見せられているのか?
そう思っていたのは俺だけでは無かった。
「ねえユニス、元に戻っているわよ。まだ寝ぼけているのかしら?」
「なんじゃこりゃぁ、昨日と同じ光景じゃないか。お前さん、何かやったのか?」
「ユニス様、これは何者かによる幻覚なのでしょうか?」
皆が目の前の光景を見て、驚きの声を上げていた。
「あれが幻覚かどうか、傍まで行って確かめてみましょう」
俺は皆を促して昨日作業をした場所まで移動すると、そこにある蔦を確かめてみた。
それは幻覚ではなく、まぎれもない本物の蔦と葉だった。
昨日の作業がまるで無意味だったとあざ笑うかのように、見事に生い茂っているのだ。
なんていう生命力。たった一晩で元に戻るなんて。
ひと思いに焼き払いたいという誘惑に抗っていると、ジゼルが話しかけてきた。
「ねえユニス、これじゃあ、何回やっても同じなんじゃ?」
「お前さん、これ本当に植物なのか?」
バラシュはこれが植物ではなく植物系の魔物じゃないかと疑っていたので、良く調べてみようと前かがみになると、そこには蔦と葉の中に麦の穂のような花穂があるのを見つけた。
それがぽんと弾けると中から花粉のような粉が噴き出し、空中に飛散していった。
そして背後から聞こえるバタンという物が倒れる音で振り返ると、ジゼル達が倒れていた。
え、なんで?
「ジゼル、皆、どうしたの?」
「ユニス、体が痺れているわ」
「姐さん、う、うごけん」
どうやらあの花粉には、麻痺毒が含まれていたようだ。
どういう事だ?
別に食虫植物って感じでもなさそうだし、どうしてそんな事をするのか意味が分からなかった。
状態異常になったジゼル達を回復させながら、この植物はどうやって繁殖するのかと考えていると、葛の事を思い出した。
「グラファイト、この蔦を引っ張り上げてみて」
「はい」
グラファイトが蔦を両手で掴むと、そのまま重量挙げの選手のようにぐぐっと力を入れて引っ張り上げた。
するとそれに伴い地面が盛り上がり、土中から太い地下茎が現れた。
地球でも葛は地下茎で増えるが、この植物も同じような植生のようだ。
そしてもう1つ分かった事があった。
「お前さん、これはまさか」
「ええ、どうやらそのようね」
バラシュもその地下茎を見て、ドワーフ国で見たあの木の根部分にそっくりだと気が付いたようだ。
そこまで考えるとこの蔦が花穂から麻痺毒を飛散させるのは、近くを通る獲物を動けなくして、黒蟻が餌として確保するためじゃないかと思いついた。
そして餌を運ぶ先は。
「グラファイト、その地下茎をもう少し引っ張ってみて」
「はい」
そしてグラファイトが引っ張ると、地面が割れ更に地下茎が地上に現れた。
そしてその向かう先には、やっぱりあの蔦が絡まる構造物で間違いなかった。
これなら地面を処理して黒蟻の巣穴を見つけなくても、この地下茎の接続部分を調べれば連中の巣穴に辿り着けそうだ。
「グラファイト、インジウム、あの構造物まで蔦を刈ってくれる」
「はい、分かりました」
「はあぃ」
2人は持ち上げていた地下茎を降ろすと昨日作業した草刈鎌を手に、再び物凄い勢いで草刈りを始めてくれた。
「大姐様、お待たせしました」
「お姉さまぁ、ちゃんと刈り取りましたぁ」
2人が嬉しそうにそう報告すると、目の前にはあの構造物まで綺麗に刈り取られた通路が出来上がっていた。
「2人とも、ご苦労様」
「はあぃ」
「これくらいなんでもありません」
俺は全員の顔を見回した。
「皆、それじゃあ女王蟻を仕留めに行くわよ」
「「「はい」」」
蔦が生い茂る構造物まで辿り着くと、そこにあったのは寄生元が何なのかも分からない程密集した蔦の塔だった。
「グラファイトとインジウムは、地下茎の方から私達が入れる入り口を作ってくれる」
「はい、畏まりました」
「はあぃ、分かりましたぁ」
2人が地下茎を持ち上げてその下に消えていくと、俺達は地上部分から侵入できる場所を探す事にした。
「皆は、花穂に気を付けながら中に入れる場所を探してね」
「「「はい」」」
そして俺も蔦が生い茂る塔をじっと観察していると、突然ジゼルの悲鳴が聞こえてきた。
悲鳴が聞こえた方に目を向けると、そこには蔦に絡まったジゼルの姿があった。
「ジゼル?」
「ユニス助けて。突然蔦に絡まれて逃げられないの」
「ちょっと、待ってて」
ジゼルは蔦の抱き着いた状態で、手足や胴体を蔦に絡まれてがっちりホールドされていた。
絡まった蔦を両手で掴み強引に引きちぎろうとすると、今度はその蔦から新しい蔦が生えてきてそれが俺の両腕に絡まってきた。
まさかこの蔦は魔物なのか?
何とか蔦に絡みつかれないように格闘していると、今度は両足首に蔦が絡みついてきた。
足を振って何とか振り払おうとしたが、足首に絡みつくとぐっと左右に引っ張られた。
足首に絡みついた蔦はその後ふくらはぎに這い上がり、そのまま太ももに延びてきていた。
足の方に絡みついた蔦に意識が向いていると、今度は手首に絡まっていた蔦引っ張られ体が持ち上げられた。
俺もジゼルと同じように両手両足を広げて蔦に抱き着くような恰好にさせられていて、地面に足が付いていないので踏ん張りも効かず引き剥がす事が出来なかった。
何とか踏ん張れるように重力制御魔法で強引に地面に足を着こうとしたが、ジゼルに覆いかぶさる態勢になっていたため、重力を増したらジゼルを押し潰してしまいそうだった。
他に方法が無いかと考えていると、両手に絡まった蔦は腕から胸にまで達しており、足首に絡まった蔦も太ももを越えて股間にまで達していた。
まとわりつく蔦の圧力が強くなると、今度は蔦の中に取り込まれていった。
拙い、このままだと2人とも蔦の養分にされてしまう。
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