11―15 巣の守護者
ドワーフに国から坑道を西へ西へと突き進み地上に出ると、今度は魔力感知で見つけた地点に向けて東へ東へと飛行していた。
広大なヴァルツホルム大森林地帯の北側に横たわるアマル山脈には古竜が棲息していると言われているので、面倒事を避ける為出来るだけ山脈から距離を取って飛行していた。
それでも遭遇する可能性があるので、空中や山脈を遠見の魔法で警戒していた。
上空から見るアマル山脈は実に広大で、複雑な起伏をした稜線が広がっていた。
そして岩だらけの稜線上や山頂部よりやや低い場所には高山植物のような緑色が広がり、切り込んだ谷間には樹木が密集していた。
「そろそろよ。皆、注意していてね」
皆に注意を促すと、皆持っている武器を持ち直したり気合を入れ直したりしていた。
そして魔力感知で見つけた地点までやって来ると、そこは比較的平らな地面が広がり中央にはかなり大きな構造物があった。
その構造物は円柱形をしていて、それを覆い隠すようにうっそうとした蔦が絡まっていた。
蔦が絡みついた構造物が何なのか分からなかったが、かなり大きな物のようだ。
何かの巨大樹が蔦に絡まれて、そのまま立ち枯れたのかもしれないな。
そんな構造物に絡みついた蔦は根本から周囲の地面に放射状に広がっていて、その下の地面がどうなっているのか全く見当がつかなかった。
坑道の入口付近では開けた空間に降りて罠にはまったので、あの蔦に覆い隠された部分に迂闊に着地するのは嫌だった。
そうすると手前で降りて地面を確かめながら進んでいくしかないが、その前にあの構造物の頂上部分を調べてみる価値はありそうだ。
「ちょっと危険かもしれないけど、あの構造物のてっぺんまで行ってみるわよ」
そして巣になっている可能性が高い構造物の直上に向けて接近していくと、目的の場所から黒い煙のようなものが立ち上った。
なんだろうと遠見の魔法で見ると、それは煙ではなく地球でも馴染みがあるスズメバチの大群だった。
あの特徴的で危険を感じる黄色と黒の配色、威嚇するような羽音そして凶悪そうな顎と地球のそれとそっくりだった。
見た目がスズメバチだからといって能力も同じとは言えないが、万が一にも刺されてアナフィラキシーショックになったら大変なので、皆を空間障壁の魔法でガードするとそのまま後退を始めた。
「姐さん、どうして攻撃しないんだ?」
消極的な行動に気が付いたトラバールが、不思議そうな顔でそう聞いてきた。
「私が知っている女王蟻は、危険を察知すると逃げてしまうのよ。だから、巣の傍で魔法を使いたくないの」
それにしても、なんでここにスズメバチの巣があるんだよ。
黒蟻の巣の上にスズメバチの巣があるなんて、厄介以外の何物でもないぞ。
そして俺が知るスズメバチと違う点が1つだけあった。
空間障壁の外側でブンブンと威嚇するように羽音を鳴らしているそれは、体長が優に20cmはあるのだ。
ちょ、凶悪すぎんだろう。
そして何が合図だったかは分からないが、集団での攻撃が始まった。
スズメバチは腹の先にある針を出して攻撃してくるが、目の前にある見えない壁に阻まれていた。
それでも諦めることなく、何度も突進してくる姿は鳥肌ものである。
それでもこちらが巣から遠ざかって行くと、ようやく諦めて帰って行った。
スズメバチが諦めて帰っていたラインは、構造物からかなり離れた場所だった。
そこでグラファイトを見た。
地球のスズメバチは黒色に反応するのだが、ここでもそうなのだろうか?
スズメバチの巣を何とかするにも、連中の生態を少し確かめておいた方がよさそうだな。
魔法で殲滅するのは簡単だが、そんな事をしたら確実に女王蟻に逃げられるだろう。
そうなったらドワーフの問題を根本的に解決した事にはならないのだ。
それを防ぐには、戦闘も出来るだけ地味に、だ。
周りの岩石を集めその中から鉄成分を取り出すと、その鉄でかなり大きなハエ叩きを作った。
グラファイトの膂力なら片手で持って振り回すだけでも、相当数始末できるだろう。
色に関係なく襲って来る可能性も考えて、インジウムの分も作っておくか。
「な、なあ、姐さん、何を作っているんだ?」
俺が見たことも無い不思議な物を作っていると思ったトラバールが、我慢できなくなって尋ねてきた。
「ちょっとした武器よ」
「これが、かぁ?」
トラバールはその形状を見て、とても疑わしそうな顔をしていた。
ふふん、見ていればこれの有効性が分かると思うぞ。
俺はグラファイトとインジウムを呼んで、1本ずつ手渡した。
2人とも不思議そうな顔で、鉄製ハエ叩きを眺めていた。
「大姐様、これは?」
「ああ、さっきの蜂が現れたらそれを振り回すのよ」
「お姉さまぁ、これであのブンブンうるさいのをぶっ叩けばいいんですねぇ」
「ええ、そうよ。遠慮なくやっちゃってね」
「はあぃ」
俺達は、巨大スズメバチが襲ってこないラインの外側で待機していた。
そして左右の少し離れた場所で、グラファイトとインジウムが大きな鉄製のハエ叩きを持って待機してもらっていた。
これならスズメバチが襲ってきても、大した魔力を消費しないで対処できるだろう。
最初は2人に蜂が襲い掛かって来たら戻ってくるように命じたのだが、グラファイトから蜂の攻撃パターン把握のため直ぐに戻らず少し戦闘を維持したいと言われたので、それを許可しておいた。
襲ってきた蜂が全軍とは限らないし、巣に近づくと特殊個体が出て来る可能性もあるしね。
それを確かめておくことも重要だろう。
上空を見上げると既に日は頂点からやや傾いてきているので、急がないと日暮れまで時間がなさそうだった。
そして右手を頭上に上げ、その手を前方に突き出した。
俺の合図を見たグラファイトとインジウムが、スズメバチの警戒範囲である見えないラインを越えて内部に入っていった。
さてスズメバチはどの位置で反応するか、反応する場合物体の色の違いにも影響があるのか?
遠見の魔法で構造物のてっぺんを観察していると、まだ動きは無いようだ。
グラファイト達が歩き出した時は巣に動く気配が無かったが、2人が構造物まで半分まで進んだところで動きがあった。
そして黒い煙が湧き上がると上空で2手に別れ、それぞれグラファイトとインジウムの方に向かって行った。
どうやら色による違いはないようだ。
まあ、地球のスズメバチは天敵である熊の体色の黒に反応しているから、違いはあるのだろう。
2手に分かれた蜂の大群は2人の直上まで飛行すると、そのまま急降下していった。
グラファイトとインジウムは上空から襲い掛かって来るスズメバチの大群を見上げながら、鉄製のハエ叩きを構えていた。
心なしか2人の顔には、笑みが浮かんでいるように見えるな。
そして急降下して襲い掛かって来るスズメバチに高速でハエ叩きを左右に振ると、その空気の振動がこちらにまで伝わってくるようだ。
鉄製のハエ叩きにぶっ叩かれたスズメバチは、粉々に砕けて2人の周りに残骸となって降り注いでいた。
グラファイトとインジウムの猛烈な攻撃に遭っても、スズメバチは怯む事も無く次から次へと急降下していった。
そして上空からの攻撃が効かないとみるや、今度は低空から襲い掛かって来た。
2人はそれも予想していたのか、ハエ叩きを水平に振り回して対応していた。
グラファイトとインジウムは足元にかつてスズメバチだった残骸を残して、なおも前進していた。
その威風堂々とした姿に関心していると、先ほどまで黒い煙のようだったスズメバチの大群が今では小さな集団程度まで数を減らしていた。
どうやら巣からの更なる応援は出てこないようだ。
ひょっとして、巣から出てきたスズメバチを全て退治できてしまうのか?
その時、とても興奮したトラバールが隣にやって来た。
「な、なあ、姐さん、もしかしてあれは特殊武器だったのか?」
トラバールは2人がスズメバチ相手に無双している姿を見ながら、そんな事を言ってきた。
いや違うと否定しようとしたのだが、トラバールの期待を込めた目を見たら、その期待に応えてやる方が良いのだろうと考えを変えた。
味方の士気を高めておくのも戦いの基本だからね。
「あれはねぇ、飛行系の魔物に大打撃を与える特効武器だよ」
「おお、やっぱりそうなのか。な、なあ、姐さん、俺もアレを持っていればもっと働けると思うんだが?」
ん、なんだ、トラバールもハエ叩きが気に入ったのか?
それならパルラで害虫駆除係にでも任命してやろう。
害虫は女性達の天敵だから、パルラの女性陣からモテる事請け合いだぞ。
「分かったわ。後でトラバール専用のを作ってあげるわね」
「おお、楽しみにしているぜ」
そして2人は、構造物から伸びている蔦の手前で止まった。
その頃には巣から出て来るスズメバチは、1匹も居なくなっていた。
これはチャンスなのでは?
あれがスズメバチに似た魔物なら、次の個体がサナギから孵って成虫になるまである程度の時間が必要だろう。
グラファイトとインジウムは、襲い掛かって来るスズメバチが居なくなったのを確かめてから意気揚々とこちらに戻って来た。
だが、近くまで来て分かったのだが、2人の体中にはスズメバチの体液が降りかかり、そこに無数の翅や胴体の破片がこびりついていた。
うげっ、なんじゃその姿は。
「お姉さまぁ、私ぃ、頑張りましたぁ」
そう言って嬉しそうな顔で抱き着いてこようとしたインジウムを、俺は両手で突き出して必死に止めた。
「待って、待って、お願いだから。ちょっと止まって」
「えー」
不満そうに頬を膨らませているインジウムをその場で停止させると、グラファイトと一緒にその場で浄化魔法をかけた。
2、3回浄化魔法をかけてようやく従来の輝きを取り戻した2人に、かなり消耗したであろう魔宝石も取り換えておいた。
「お姉さまぁ、もういいですかぁ?」
インジウムはきらきらと期待を込めた瞳をしていて、どうしても俺に抱き着きたいらしい。
仕方がない。
ここは当人達のやる気維持のためにも応じて置こう。
「インジィ、頑張ったわね。それとグラファイトもご苦労様」
「はい」
「あはぁ」
そして抱き着いてきたインジウムの頭を撫でてやった。
こんなにうれしそうにされたら、これくらいは安い報酬だな。
それに2人の活躍でスズメバチを駆除できたのなら、あの構造物の傍まで行けそうだしね。
だが、既に周囲は薄暗くなっており、今日は此処までにしておいたほうがよさそうだ。
皆にも浄化魔法をかけて1日の汚れを落とすと、夕食の支度を頼み、俺は夜中に黒蟻に襲撃されないように即席の砦を構築していった。
全ての準備が整うと、皆で夕食を取り明日に備えて眠る事にした。
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