11―13 夜の襲撃
男部屋から緊急を告げる音が聞こえてくると、直ぐに状況を確かめる事にした。
「グラファイト」
「はい」
走り出しながらグラファイトの名を呼ぶと、直ぐに俺の目の隅から黒い影が飛び出していった。
そしてグラファイトがぶち破った扉から男部屋に入ると、3人の男達が床に倒れグラファイトは床に這いつくばって何かを捕まえていた。
「グラファイト、それを見せて」
「はい、こちらでございます」
グラファイトが差し出してきたそれは、体長が15㎝はある巨大な蟻の外見をしていた。
グラファイトに掴まった巨大蟻は、こちらを威嚇するように大きな顎をガチガチならしていた。
よく見ようと顔を近づけると、巨大蟻は腹をこちらに向けてその先端から針を突き出してきた。
「うわっ」
こいつ毒針を持っているのか。
見た目が蟻だからといって、武器もそうだと思い込むのは良くないな。
「お気をつけください。こいつはそこの3人を既に刺しているようです」
蟻は俺に襲い掛かろうとした瞬間、グラファイトによって潰されていた。
「え、ちょ、それを早く言ってよ」
俺は床に倒れている3人を確かめると毒にやられていた。
そして状態異常の解除と、念のため治癒魔法をかけた。
バラシュは頭を振りながら起き上がると俺に頭を下げた。
「お前さん、助かった」
「バラシュ、蟻の事を教えて?」
「蟻って、何じゃ?」
バラシュがそう言うと、グラファイトが潰した蟻の頭をバラシュに見せた。
「うぉっ、何じゃこいつは?」
「こいつが私達の寝込みを襲ったのよ」
バラシュは、鋭い顎を持った蟻の頭部をじっと見つめていた。
「まさか、こいつが・・・」
「ちょっと、1人で納得していないで知っている事を教えなさいよ」
俺が文句を言うと、バラシュは頭を掻いた。
「ああ、すまん、すまん。この国は魔物に襲われたと話したじゃろう。先輩の話だと、突然寝室から血痕だけ残して人が消えると言う話じゃった」
まさか、その場で人を解体して運んでいたのか?
その場面を想像して鳥肌がたった。
「最初に人が消えるようになったのは、魔女様が消滅した後だったんじゃ」
すると7百年前か。
「最初は、ただの家出とか駆け落ちじゃないかとか言われていたんじゃが、そんな事が続くようになってな。これは何かがおかしいという事になったんじゃ」
まあ、神隠しが横行するようになれば騒ぎになるよな。
「そこで魔物のせいじゃないかって話になって、侵入路になりそうな所を塞いでいったんじゃが、それでも被害は減るどころかむしろ増えたんじゃ」
原因がわからなければパニックになるな。
「何をやっても原因が分からず、しまいには皆家に閉じ籠るようになったんじゃ。それでもどんどん人が居なくなってな。そして見えない敵に怯え始め、恐怖にかられた結果、ここを捨てる事にしたそうじゃ」
そりゃあ、原因が分からずやられっぱなしだったら逃げだすわな。
こちらもインジウムとグラファイトがこいつを捕まえなければ、原因が分からなかっただろうし。
「のう、お前さん、これで儂らは此処に帰ってこれるんか?」
バラシュの期待を込めた瞳を見ながら、俺は首を横に振った。
これが蟻と同じなら、恐らくこの2匹は偵察だ。
偵察蟻の出したフェロモンを感知して、蟻の大群がやって来るだろう。
「まだ、駄目ね」
「何故じゃ、お前さんのオートマタがこいつを潰したら終わりじゃないのか?」
「これは偵察ね。直ぐに大群で襲って来るわよ」
「何じゃと」
そこでふっと疑問が湧いた。
俺はバラシュに教わって、外部からの進入路を全て塞いだはずだ。
なら、こいつは何処から侵入してきたんだ?
いや、待て、これが地球の蟻と同じならトンネルを掘る筈だ。
そして天井を見上げて俺はため息をついた。
周りは全て岩盤だし、巨大蟻の強力な顎ならトンネルを掘ろうと思えばどこでも可能だろう。
「バラシュ、この蟻は夜しか襲ってこないの?」
「ああ、仲間が消えるのはいつも夜だったそうじゃ」
ひょっとして、こいつらは夜行性なのか?
それで目撃されることも無く、活動が出来たという事か?
この空間全部を次の夜までに調べるなんて到底無理だろう。
そうすると昼間のうちに撤退するのが正解だが、ここで逃げたら金鉱脈を手に入れるチャンスは無くなるよな。
「ねえバラシュ、貴方達の願いはこの地に戻る事よね?」
「ああ、その可能性を探っているところじゃ」
ならここで貸しを作って、堂々と金鉱脈を要求した方がいいんじゃないか?
そうすると連中を駆除しなければならないが、連中が蟻と似たような生態系ならどこかに巣と女王蟻が居るはずだ。
俺は魔力感知を発動して他にも潜入してきた蟻を探ったが、どこにも反応は無かった。
こうなったらあえて攻撃させてその侵入路を特定し、そこから敵の巣を見つけ出した方が手っ取り早いな。
「それじゃあ、連中を駆除しましょう」
「簡単に言うてくれるが、何か方法はあるんか?」
「ええ、多分、ね」
そう言ってバラシュにウィンクしてやったというのに、こいつはそれを簡単にスルーしやがった。
そして俺達は1部屋に集まって朝まで過ごし、朝食を済ませると中央広場に移動した。
「姐さん、ここで何かするのか?」
「ここに塔を造って、蟻の集団を待ち受けるわよ」
トラバールが広場を見回してそう質問してきたので、ここに拠点を作るのだと教えた。
「がはは、姐さんと防衛戦をやるのはこれで2度目だな。腕が鳴るぜ」
「ええ、パルラの時と同じようにユニス様の隣で精一杯働かせてもらいます」
「ユニス、私もよ」
皆、パルラでの攻防戦を思い出してやる気を見せているが、無理はしないでね。
「バラシュ、燃える石の在庫はあるの?」
「調べてみなければ分からんぞ」
「オーバン、トラバール、バラシュに同行して燃える石があったら運んできて」
「はい、お任せください」
「姐さん、そんな物何に使うんだ?」
トラバールは意味が分からず聞いてきたので、これが重要な事を言い聞かせる事にした。
「塔の周りにばら撒いて敵が逃げられないようにするのよ」
「その心は?」
「一網打尽にするためよ」
「流石姐さん、容赦ねえな」
おい、そんな事はいいから手を動かせ。
そしてグラファイトとインジウムに砦用の資材を運んでもらうと、早速中央広場に石造りの塔を建てて行った。
砦の2階部分が出来上がった頃に、袋を抱えた3人が戻って来た。
「姐さん、燃える石をもってきたぜ」
「ユニス様、もう少し在庫はありましたが、まだ必要ですか?」
俺は3人が抱えてきた量は全然足りなかった。
「持ってきた石は、塔を中心に円を描くようにばら撒いてね」
俺の指示で3人が建設中の塔から少し離れた所に移動した。
「姐さん、ここら辺か?」
蟻の大軍を逃がさないようにするにはそれなりの範囲が必要だが、燃える石の在庫という制限があるので塔から半径6mの所でばら撒く事になった。
敵を迎え撃つ準備が整うと、俺達は3階建ての塔の屋上に上がった。
そこから周囲の状況を見回していると、燃える石の散布を終えたオーバンが隣にやってきた。
「ユニス様、準備完了です」
「ええ、見ていたわ。ご苦労様」
「魔物の蒸し焼きとか、えげつねえなぁ」
おいトラバール、そんなに食いたいなら食わせてやるぞ。
「夜は長いわ。今のうちに仮眠しておきましょう」
そして塔の3階の空間で仮眠をとる事にした。
「ユニス起きて、そろそろ夜になるわよ」
ジゼルに揺り起こされて屋上にあがると、そこでは焚火を囲んで皆が集まっていた。
「ユニス様、戦の前の腹ごしらえです」
そう言ってオーバンが暖かい具沢山のスープを渡してくれた。
「ありがとう」
オーバンに礼を言ってから皿を受け取ると、焚火の傍に座って頂くことにした。
「姐さん、日が落ちたら直ぐに仕掛けてくると思うか?」
その質問に答えられるのはバラシュだけだろう。
「バラシュ、どうなの?」
「分からん」
バラシュは首を横に振ってぶっきらぼうに答えてきた。
そうなると夜の間、ずっと警戒する必要があるか。
長い夜になりそうだ。
「バラシュ、ところであの黒蟻に名前はあるの?」
「ああ、儂らドワーフはアレをアマルの悪魔と呼んどった」
「アマルの悪魔ねぇ。それじゃ、早速作戦開始よ。私はこれからこの空洞全体を魔力感知で監視するから、貴方達は適度に休憩を取りながら周囲の警戒をお願いね」
「「「はい」」」
俺は即席で作ったビーチチェアに座ると、魔力感知を発動して周囲の監視を始めた。
そして眠らないよう隣のビーチチェアに座るジゼルに定期的に声をかけてもらっていると、突然多数の反応が現れた。
「え?」
「姐さん、どうした?」
「敵が現れたわ」
俺のその一言で、皆が緊張するのが分かった。
「それで姐さん、どこからだ?」
「全周囲よ」
「「「え?」」」
「だから、ありとあらゆる場所から突然反応が現れたのよ」
そういって起き上がると暗視魔法を発動した。
やがてガサガサという騒がしい音が次第に大きく聞こえるようになってきた。
「出来るだけ粘ってね」
「「「はい」」」
中央広場に即席で作った塔の屋上から周囲を見張っていると、全方面から黒蟻の大群が押し寄せてきた。
その姿を認めると、早速、牽制のため魔法攻撃を始めた。
「火炎弾」
青色魔法陣から放たれた火の弾が黒い絨毯に着弾すると、真っ赤な爆発とともに黒い物体が四散した。
それからも押し寄せる黒い絨毯に向かって火炎弾を撃ち込んでいくが、敵の数が多いため火炎弾で空いた隙間が直ぐに黒蟻に埋められていった。
「ユニス、凄い数ね」
「そうねぇ。これだけ数が多いと、もう笑っちゃうわね」
「お前さん、笑いごとじゃないぞ」
どうやらバラシュは涙目になっているようだ。
俺の牽制で怒った黒蟻共は俺達に狙いを定めまっすぐ向かってきており、やがて燃える石を敷き詰めたラインを越えてきた。
「姐さん、ラインを越えて来たぞ」
「ええ、全ての黒蟻があのラインを越えるまで暫くしのぐわよ」
「「「おう」」」
燃える石を敷き詰めたラインを越えた黒蟻は、そのまま俺達が籠る石の塔まで押し寄せると、直ぐに壁面を登ってこようとしていた。
「皆、登ってきたら蹴落とすなり切り飛ばすなり、時間稼ぎをよろしくね」
「おう」
「任せて下さい」
黒蟻共は滑る壁面に手こずっていたが、そのうち仲間の背中を利用して上に上にと登って来ていた。
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