11―6 厳しい交渉
言葉を失っていた俺は、慌ててフェーグレーン司祭に返事をした。
「ええっと、今の所そのような事は無いと思います」
「いやいや、それはガーネット様に言えないだけで、きっと胸の内で抱え込んでいると思いますよ」
やんわりと否定してみたが、フェーグレーン司祭は意外な提案をしてきた。
「そこでガーネット様にとっておきの提案があるのですが、パルラの町にディース教の教会を置いて、領民達に救いの手を差し伸べましょう」
おい、ちょっと待て。
教会といえば、どこの世界でも禁欲主義が原則だよな。
今のパルラはどちらかというと快楽主義者とまではいかないまでも、かなりの自由主義者の集まりになっているぞ。
そんな所に教会関係者がやって来たら、やれ女性の服装がふしだらだとか賭け事は悪いことだとか一々口出しをされて、住民達に不満が溜まりそうだ。
ここは断らないと、パルラの町で暴動が起きる危険が。
「ええっとフェーグレーン司祭、パルラはとても小さな町ですし、住民の半数以上は獣人やエルフという亜人種ですから、その、ディース教の布教にはなじまないかと」
フェーグレーン司祭は俺の指摘をうんうんと頷いていたが、全く意に介していない事は彼が次に語った言葉で明確だった。
「いえ、いえ、そんな事はないと思いますよ。何処の町にでも神の救済を求める者はいるはずですし、亜人が多いとはいっても人間種が1人も居ないという訳でもないのでしょう?」
くっ、食い下がってくるな。
ジュビエーヌはとても困った顔をしているが、口を出してこないところを見ると教会との関係をこじらせるのは拙いのだろう。
だが、教会を設置することは何としても阻まなければ。
ええい、こういった輩には、やんわり言っても伝わらないのだ。
「パルラにディース教会は不要です」
俺がはっきり言うと、フェーグレーン司祭は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。
「なんと、ガーネット卿は教会が人々を救済する事を拒むと言うのですか?」
一々言い方が癪に障るな。
「ええ、パルラでは救いを求める人は存在しないと断言します」
「むむ、それは困った。大公陛下、これは国と教会間の取り決めに違反しているのではないですかな?」
「そ、それは・・・」
ジュビエーヌが言いよどんだので、公国とディース教会の間ではやはり何等かの取り決めがあるようだ。
それにしてもジュビエーヌを脅すとは、とんでもない奴だな。
俺が冷たい視線で睨んでやると、フェーグレーン司祭は殺気を感じたのかリングダールの後ろに隠れてしまった。
それが合図だったかのように、今度はリングダールが口を開いた。
「ガーネット卿、ご無沙汰しております」
「ええ、リングダールさんもお変わりなく」
「失礼ですが、禁書庫にあった歴史書はお持ちですね?」
うおっ、こいつ、やっぱりそこを突いてきたか。
くそっ、持っているか、持ってないかを問われたら答えはイエスしかないじゃないか。
「はい、持っております」
「ほう、そうですか。それならそろそろ返却をお考え頂かないといけませんねぇ」
禁書庫にあった怪盗三色の犯行声明を持ち出したから、リングダールは俺がずっと持っていると思っているようだ。
だが、やっと手に入れてこれから内容を分析しようとしているので、今取り上げられるのは非常に困るのだ。
「リングダールさん、私がサン・ケノアノールをアンデッド共から解放した功績は、理解されておりますよね?」
「ええ勿論、とても感謝しておりますよ」
「それならもう少し、貸し出し期間を延長してくれても良いんじゃないですか?」
俺がそう強気で言ったのだが、リングダールはどこ吹く風だ。
「それは困りました。元々猊下は閲覧許可を出したのであって、貸出までは許可されておりません。約束を破られたのはそちらですよね?」
「そ、それは」
俺が何か言おうとするとリングダールは首を横に振った。
「禁書庫の書籍は我が大教国でも最も重要な宝物。勝手に持ち出されてしかも何時返してもらえるかも分からぬでは、とても困るのです」
正論で攻められると言い返せないな。
俺が言いよどんでいると、リングダールが逆に提案をしてきた。
「そうは言ってもガーネット卿には多大なる貢献を頂いております。なら、こういたしましょう。歴史書を返却してもらうまで、パルラに監視役を常駐させます」
隣にいるフェーグレーン司祭もうんうんと頷いている所を見ると、2人の間ではこの流れは既定路線のようだ。
拙い。非常に拙い。
このままでは強制的にパルラに教会を作られてしまう。
俺が何か良い考えは無いかと悩んでいると、リングダールが更に畳みかけてきた。
「禁書庫に保管してある書籍は教国の宝物ですから、こちらで監視するのは当たり前ですよね?」
くそうリングダールめ、痛いところを突きやがって。
俺が黙っていると、リングダールがおかしなことを言ってきた。
「なので、僭越ながら私がその任に当たりたいと思います」
「リングダール殿、何を?」
フェーグレーン司祭もリングダールの申し出が事前の申し合わせと違ったようで慌てて口を差しはさんできたが、リングダールはそれを無視していた。
「えっと、リングダールさんが監視? それはどういう意味でしょうか?」
「私は大教皇猊下の護衛役だったので、厳密には教会関係者ではありません。それでも嫌というのなら、ディース教の助祭あたりが派遣されてくるでしょうな」
くそっ、これが落としどころなのか?
「分かりました。それではリングダールさんを受け入れましょう」
俺がそう言うと、慌ててフェーグレーン司祭が口を挟んできた。
「ちょ、リングダール殿、それは」
「ガーネット卿が、常識のあるお方で本当に良かったです」
リングダールはそう言って俺に一礼すると、まだ何か言いたそうなフェーグレーン司祭を引っ張って帰っていった。
俺とジュビエーヌが執務室に戻って来ると、留守番をしていたジゼルが声をかけてきた。
「おかえりなさい」
俺はジゼルの隣に座るとも、ふもふの尻尾の感触を楽しんだ。
「どうしたの?」
「ちょっと嫌な事があったから癒しが必要なの」
俺のその言葉を聞いて、ジュビエーヌがすまなそうな顔をしていた。
「ユニス、ごめんなさいね」
「大丈夫よ。それにジュビエーヌが悪い訳じゃないでしょう」
「まあ、そうなんだけど、これでパルラに教国の拠点が作られてしまうでしょう」
俺達の会話を聞いていたジゼルが小首を傾げた。
「ねえ、するとパルラに帝国や王国の他、教国の領事館も出来るという事?」
「どういう意味?」
ジュビエーヌがそう聞いてきたのでこれまでの経緯を話すと、ジュビエーヌが頬を膨らませた。
「ちょっと、パルラに帝国や王国それに教国の館があるのに、どうして私の館は無いの?」
いや、ジュビエーヌには七色の孔雀亭の特別室を用意しているんだけど?
「え、ちょっと、ジュビエーヌ?」
「だ・か・ら、どうして私の別荘は建ててくれないのよ」
「ええっ、七色の孔雀亭に特別室を用意しているよね?」
俺がそう言うと隣のジゼルに裾を引っ張られた。
「ユニス、そういう事じゃないのよ。陛下は自分もユニスに特別対応をして欲しいのよ」
え、ええ、そうなの。
だが、他者には絶対に見せないジュビエーヌが頬を膨らませて怒る姿は、とても可愛かったので思わず首を縦にふっていた。
「はい、分かりました」
俺は鼻の下を伸ばしていたのだろう、ジゼルに脇腹を抓られた。
ちょっとジゼルさん、痛いってば。
セレンとテルルに魔宝石の補給をしてから公城アドゥーグを後にすると、俺達はエリアルにあるリーズ服飾店の本店を訪ねた。
パルラに戻った時に、リーズ服飾店のルーチェ・ミナーリから社長に会ってくださいとお願いされていたからだ。
店内は買い物客で混んでいたが、俺達の姿を認めた店員が直ぐにやって来た。
「これはパルラ辺境伯様、奥の部屋にご案内します」
「ええ、よろしくお願いします」
そして奥の応接に案内され、そこで待っていると女社長のベネデッタ・リーズが現れた。
「これはパルラ辺境伯様、ようこそおいで下さいました」
「リーズ社長、いつもお世話になっております。ルーチェさんから社長に会ってくださいと頼まれたのですが、何かありましたか?」
俺がそう尋ねると、リーズ社長はほっとした表情になった。
「ええ、実は以前辺境伯様に頼まれてお手紙を当店経由で配達したのですが、それが貴族様の間で、辺境伯様に連絡を取る手段だと誤解されたようでして」
そういうとリーズ社長は、テーブルにどさりと手紙の束を置いた。
「これは?」
「他の貴族家から辺境伯様宛のお手紙でございます。配達できないと断ったのですが、パルラ辺境伯様が来られたら渡してくださいとのことだったので、仕方なく預かっておりました」
俺は山となった手紙を手に取ると封蝋を剥がして中を確かめたが、そこにはお茶会や夜会、舞踏会へ招待する文面が綴ってあった。
既に大半は開催日が過ぎていたが、未来の日付のものもあった。
そして中には釣書らしきものまで。
そんな中に、スクウィッツアート女男爵からの夜会の招待状もあった。
あの女男爵からは前にも夜会に誘われていたが、色々あってすっぽかしていた。
そう言えば、ジュビエーヌも俺が社交に顔を出さないと貴族達から愚痴を言われていると言っていたな。
「リーズ社長、ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「い、いえ、辺境伯様に謝られる事では」
俺が頭を下げると、リーズ社長が慌てていた。
個別に出席するとまた揉めそうだから、ジュビエーヌが主催するお茶会か晩さん会にでも顔を出しておくか。
俺はジゼルやリーズ社長の手を借りて、お誘いに応じられなかった事への謝罪と今後も参加する予定が無い事への告知、それと陛下主催の晩さん会には参加する可能性がある事を書いていった。
ようやく返事を書き終えた頃には、3人とも手が震えていたほどだった。
「リーズ社長、文字通りお手を煩わせてしまい申し訳ありません。ジゼルもお疲れ様」
「とんでもございませんわ」
「私はおなかがすいたわ」
「ああそれじゃあ、3人でご飯でも食べに行きましょうか。リーズ社長、お勧めの店とかあります?」
「ああ、それなら」
そして俺達はリーズ社長に連れられてエイヴリル・アッカーの会社に来ていた。
「ここはエイヴリル・アッカーさんのバンケット会社ですよね?」
俺が困惑して尋ねると、リーズ社長はにっこり微笑んだ。
「ええ、エイヴリルの会社は食堂も運営しているんですよ」
そして会社に入ると確かに食堂があった。
俺達が席に着いて食事を待っていると、エイヴリル・アッカーがやって来た。
「まあ、これは辺境伯様、私の店にようこそおいで下さいました」
「ええ、リーズ社長に勧められてきました。楽しみにしていますね」
「はい、ありがとうございます」
出てきたのは肉料理の豆野菜添えだったが、とても美味しかった。
会計の際に再びやって来たエイヴリル・アッカーに、お代は結構なのでその代わりにパルラにも食堂を出店させてほしいと言われた。
観光客が増えたパルラには丁度良いので、俺はその提案を了承した。
そしてリーズ社長にお礼を言うとパルラに戻る事にした。
いいね、ありがとうございます。




