11―1 バタフライ効果
バラシュはドワーフ王に呼ばれて久しぶりにコルタカ山脈にあるドワーフの国に戻ると、早速お気に入りの酒場に入った。
ドワーフ王との面会は明日なので、今日は旅の疲れを取ってのんびりするつもりなのだ。
何時も満席のその店は空席がちらほらと目に付き、心なしか客の表情も冴えないようだ。
バラシュは空いている席に座り注文した酒と肴を待っていると、隣席の客の会話が漏れ聞こえてきた。
それによるとコルタカ山脈にある鉱脈が枯渇ぎみで満足に製品が作れないとか、ドックネケル山脈西側に魔女の国が出来たという内容だった。
バラシュは魔女という単語を聞いて、以前ヴァルツホルム大森林地帯で出会った胸のでかいエルフを思い出した。
そう言えばあの最悪の魔女そっくりのエルフはどうしているかなあと考えていると、後ろから肩を叩かれた。
「ようバラシュ、久しぶりじゃないか」
木製ジョッキの酒を零さないように慌てて口に付けてから振り返ると、そこには馴染みの顔があった。
「ああ、ダッジか。お前、ハンゼルカ伯国の商館はどうした?」
「ああ、ちょっと用があってな。おお、そう言えばお前のコレが商館を尋ねて来たぜ」
そういってダッジは、いやらしい笑みを浮かべながら小指を突き立てた。
「ば、何言ってんだ。そんなの知らんぞ?」
「お前、気は確かか? あんなボンキュボンの別嬪さん一度見たら絶対に忘れないぞ」
「はあ、一体・・・」
そこまで言ったバラシュは、思い当たる人物が1人だけいる事に気が付いた。
「お、おいダッジ、その別嬪さんの名前は? 何の用だったんだ?」
「ま、ちょ、バラシュ、首を絞めるな。話せないだろうが」
「おお、これはすまん」
バラシュは自分がダッジの首を絞めていたことに気が付いて手を緩めると、ダッジははあはあと息をしながら教えてくれた。
「この馬鹿力野郎が。名前は言っておらんかったが、確か一緒にアマル山脈の坑道に入ったとかなんとか言っておったぞ。それでパルラっちゅう町に居るから寄ってくれだとさ」
「一緒にアマル山脈の坑道に入ったと言ったんだな?」
「ああ、そうだ」
どうやらヴァルツホルム大森林地帯で出会った、あの自称エルフで間違いないようだ。
それにしてもパルラって、確か公国でドーマー辺境伯が接待に使っているとかいう町の名前じゃなかったか?
そんな事があった翌日、バラシュはドワーフ王ルボル・バイガルの前で跪いた。
「ドワーフ王、お召しによりまかりこしました」
「バラシュ、ご苦労だったな。帝国での調査はどうだ?」
「はい、帝国最北端のカルメの町から定期的にアマル山脈の調査を行っておりますが、状況はあまり変わっておりません」
「そうか」
落胆するドワーフ王の声を聞いて顔を上げたバラシュは、王の顔色が悪いのに気が付いた。
「何かあったのですか?」
「ああバラシュも知っていると思うが、コルタカ山脈の鉱石が枯渇気味でな。アマル山脈に戻れる可能性があればと思ったんだがなぁ」
バラシュは何とかドワーフ王の憂いを解消できる方法は無いかと必死に考えていると、昨日ダッジが言った言葉を思い出した。
「陛下、ある人物に協力してもらえれば何とかなるかもしれません」
「ある人物? 国ではなくて、個人、という事か?」
「はい」
少し考えていたドワーフ王の眼が、かっと見開かれた。
「まさか」
「はい、そのまさか、です」
ドワーフ王は豪華な椅子にどかりと沈み込むと、ガックリと肩を落とした。
「我々は7百年前、お味方しなかったのだぞ。そんな我らに協力してくれるとは、とても思えないが?」
ドワーフ王が言った言葉で、周りの連中も誰の事を言っているのか分かったらしく周囲がざわつきだした。
「今の魔女様はとても気さくです。お願いしてみる価値はあると思います」
「だが、あの広大なヴァルツホルム大森林地帯の中で、どうやって魔女様を探し出すのだ?」
「ああ、それなら心当たりがあります」
バラシュが自信満々にそう言うと、王の顔に笑みが浮かんだ。
「ほう、そうか。魔女様の要求には出来るだけ答えよう。バラシュよ、頼んだぞ」
「ははっ、お任せください」
+++++
バルギット帝国の情報機関ルーセンビリカには、時間外という言葉は無い。
ソフィ・クリスティーン・フリュクレフ将軍は深夜の帝都に部下を率いて、ルーセンビリカの研究機関ともいうべき黄金館を包囲していた。
そして偵察を命じた部下が戻って来た。
「どうだった?」
「はい、ターゲットが黄金館に居るのを確かめました」
「良し、それでは包囲網を縮めて一気に踏み込むわよ」
本日のフリュクレフ将軍のターゲットは、黄金館で働くコンラッド・アビーという研究員だ。
この男には、腐虫というとんでもない危険生物を使った疑いがあった。
黄金館での研究項目は、皇帝陛下の寿命を延長する方法か魔女の呪いを解く方法のはずなのに、あの男はそれを怠って危険生物を作り出したのだ。
ルフラント王国で発生した人々を襲う虫の事を知ると、黄金館でコンラッド・アビーが開発したという恐ろしい生物兵器の話を思い出したのだ。
ソフィが廃棄を命じたそれが、王都で使われたらしいのだ。
事実確認のため出頭を命じてもあの男はそれを無視するだけではなく、呼びにいった当番兵も追い返す始末だった。
元々、彼には怪しげな連中との付き合いがあると噂されており、ソフィも警戒していたのだ。
仕方なく捕縛命令を出すと、今度は雲隠れした。
それがこっそり舞い戻っているという情報を受け、今こうやって黄金館を包囲しているのだ。
「良し、準備完了ね。それじゃあ踏み込むわよ」
「「「はい」」」
そして事前に調べて置いた部屋に踏み込むと、そこには突然扉を開けられ驚いた顔をしたコンラッド・アビーがいた。
「コンラッド・アビー、大人しく捕まりなさい」
「くそっ」
コンラッド・アビーは何とか逃げようと抵抗したが、こちらの捕縛隊もそれを見越しているので問題なく捕まえる事が出来た。
捕縛されたコンラッド・アビーは、首を捩じってこちらを睨んできた。
「俺にこんな事をして後悔するぞ」
「ふふん、貴方には牢屋という特別室を用意してあげるわ。そこでたっぷり後悔するのね。それと王国での件は、じっくり聞かせてもらうわよ」
ソフィがそう指摘すると、コンラッド・アビーは不満そうに顔をそむけた。
コンラッド・アビーを捕まえた数日後、その日ルーセンビリカ本部に早朝出勤したソフィは、当番兵が淹れてくれたお茶を飲みながら、昨日の報告書に目を通していた。
最近は陛下の健康状態が良く政務に励んでいるから、流石のアブラームも大人しくなっているわね。
これもエリクサーの効果だけど、それもガルがパルラに拠点を作って魔女と交流を持ってくれたお陰ね。
お茶を片手に次の書類を手に取ると、途端にその表情が暗くなった。
アイテールではやはり政変が起きていたわね。
大教国の実権を握ったのは、布教局のロージェル枢機卿ねえ。
それにしてもディース教源流派は、問題ありそうね。
帝国内に広がらないように警戒が必要だわ。
そしてこの源流派と一緒にちらほら聞こえてくる黒蝶という謎の組織、こちらについても本腰を入れて調べてみる必要がありそうね。
朝の担当者が出仕してきたら、帝国内に源流派が浸透していないか調査させる事を心に留めた。
するといきなり扉が開き、誰かが執務室に入って来た。
何処の無礼者かと顔を上げると、そこにはソフィが愛する幼馴染のアースガル・ヨルンド・レスタンクールの姿があった。
「ちょっと、ガル。入る時はノックくらいしてよね」
いくら私の知り合いだからといって前触れも無しにいきなり私の部屋に通す当番兵には、後でみっちり注意してやろうと心に決めた。
アースガルはソフィの言葉ににっこりと微笑むと、そのまま扉傍の壁に腕を組んでもたれかかった。
その行動に僅かに違和感を覚えたが、それはその後部屋に入って来た人物を見て直ぐに霧散した。
「何者だ?」
ソフィの怒声にも、その女は全く動じていないようだった。
「初めまして。私はソフィ・クリスティーン・フリュクレフ将軍よ」
そう部屋に入って来た女は、ソフィそっくりの顔をしてそう言った。
その女の自己紹介にソフィは怒りを感じた。
「冗談はよし・・・」
ソフィは急に胸の痛みを感じて視線を下げると、そこにはダーツのような物が突き刺さっていた。
そしてそれを投げたのが、ガルであることが信じられなかった。
「う・・・そ」
ソフィは体が痺れ、しゃべることもままならなくなっていた。
ソフィはガルが自分に危害を加える事がどうしても信じられず、何か別の理由がある筈だと考えた。
そして自分そっくりな女を見て、パロットの報告書に魔女が使う擬態魔法の記述があったことを思い出したのだ。
そこにはばかばかしいくらい、相手そっくりに化けると書かれてあった。
それを踏まえると目の前の光景が、本性を現した最悪の魔女が7百年前の復讐を始めたように見えるのだ。
そう考えてしまうと、ソフィの頭の中では他の可能性は全部吹っ飛んでしまっていた。
何とか目の前の連中に悟られないように、最後の力を振り絞ってこの状況を残そうと奮闘した。
そして意識を失った。
+++++
ソフィが動かなくなったのを確かめてから、女が口を開いた。
「ねえ、私がその女の代わりに、フリュクレフ将軍を演じるの?」
「ああ、出来れば皇帝に献上されるエリクサーの中身を別物に替えて欲しいんだが、簡単に出来るよね?」
「別物って、毒とかじゃないわよね?」
女がそう言うと、アースガルが首を横に振った。
「皇帝に提供されるエリクサーは、必ずフリュクレフ将軍が持参して自分で毒見をしてから皇帝に献上されるんだ。1番は君を失う事を嫌がるから、そこまでは頼まないよ。それにアブラームがすんなり次期皇帝に選ばれるには、今の皇帝には魔女の呪いで死んでもらうのが一番都合が良いからね」
アースガルのその言葉に少し考えた女は、納得したのか話題を変えた。
「ねえ、貴方の仕事は8番の回収じゃなかったの?」
「ああ、それなら問題ないよ」
アースガルがそう言ったところで、コンラッド・アビーが姿を現した。
「お前達は何者だ?」
目の前の光景に驚いたコンラッド・アビーがそう言うと、アースガルが口調を荒げた。
「おい8番、黒蝶の事をばらしていないだろうな?」
「な、お前達黒蝶だったのか」
「ああ、こうやって話すのは初めてか。俺は12番、こちらのフリュクレフ将軍そっくりなのは13番だよ」
「ああ、そうか。俺は何もしゃべっちゃいないぞ」
納得したコンラッド・アビーがそう言うと、今度は椅子に座ったまま動かない本物のフリュクレフ将軍を指さした。
「それで、俺を牢屋に放り込んだこの無礼女はどうするんだ?」
「痕跡は残せないからな。樽に入れて持ち去るさ」
アースガルのその言葉を聞いたのか、樽を持った男達が現れた。
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