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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
312/415

10―43 雨降って地固まる

 

 ジークフリート線を突破した俺達は、そのままの勢いでモヒカ男爵館まで来ていた。


 そこでは白髪の老執事が、館の使用人を従えて玄関前で待っていた。


 俺がサソリもどきを降りて執事の前までやって来ると、執事は深く頭を下げた。


「私はこの館の執事でございます。失礼ですが、魔女様とお見受けしますが?」

「ええ、そうよ」


 俺が肯定すると、執事はその場で膝を付き涙ながらに訴えてきた。


「この度は魔女様に抵抗するという恐れ多い行為を行ってしまい、誠に申し訳ございません。魔女様に特別のお計らいを頂けるのでしたら、即刻この地を離れ王国に戻りたいと思っております。勝手な申し出ではございますが、魔女様のお慈悲にすがりたく、何卒、何卒お願い申し上げます」


 そう言ってすがって来る執事の後ろでは、使用人達が青い顔をしたまま小刻みに震えていた。


 いや、そんなに怖がらなくてもいいのだが。


「この館の主人は、中で隠れているの?」

「いえ、家族を連れて逃げて行きました」


 可哀そうに主人に見捨てられたのか。


 モヒカ男爵の逃亡先は恐らくフリン海国だろう。


 今頃は白猫達が捕縛している頃か。


 念のため振り返ってジゼルを見ると笑顔で頷いたので、嘘はついていないようだ。


「分かったわ。貴方達がそうしたいというのなら、領内通過を許可しましょう。ガーチップ、ドックネケル山脈西側まで護衛をお願いね」

「え、ああ、分かった」


 ガーチップは渋い顔をしているが、この人達には罪は無いんだから道中の護衛くらいしてやってもいいだろう。


「あ、ありがとうございます」


 死も覚悟していたのだろう、あまりの好待遇ぶりに逆に執事の方があっけに取られていた。



 そしてサソリもどきに乗ってフリン海国との国境線までやって来ると、そこには軍服を纏った集団が待っていた。


 威嚇にならない距離で停止すると、俺はジゼルを伴って話し合いのためサソリもどきを降りた。


 そして集団を率いていると思われる女傑を見ると、ジゼルがそっと合図してきたのでどうやら敵意は無いようだ。


 更に近づくと、女傑の隣に見覚えがある白髪が現れた。


「白猫、首尾は?」

「はい、上々です」


 俺と白猫にやり取りを聞いた後、女傑は頭を下げた。


「私はフリン海国の行政官アニカ・シャウテンです。魔女様にお目通りが叶い幸いに存じます」


 俺はシャウテンに頭を上げさせると、出来るだけ友好的に見えるように微笑んだ。


「私がユニス・アイ・ガーネットです。これからはお隣さんになりますから、仲良くやっていきましょうね」


 俺がそう言うと、明らかにシャウテンの顔に安堵の色が浮かんだ。


「はい、ありがとうございます。お近づきの印として魔女様の領地で好き勝手をしていたモヒカ男爵を引き渡します」

「ああ、やっぱりこちらに逃げて来たのですね」


 引き渡されたモヒカ男爵は、合図を見てやって来たトラバールによってサソリもどきに運び込まれた。


「それで魔女様、交易品の領内通過について、相談させて頂きたいのですが?」

「ええ、白猫から聞いております。是非お願いします」

「それでは観光も兼ねてフリン海国で行いましょう」


 おお、今度はフリン海国の観光か。面白そうだ。


「それは素敵な提案ですね」



 俺は護衛役のオートマタとジゼルを連れて、フリン海国に入国した。


 高台から海国自慢の港を見下ろしていると、海から吹き付けてくる風に乗って港町特有のにおいが鼻腔をくすぐった。


 軍事区だとシャウテンが教えてくれた桟橋には、どこか見覚えのある軍艦が係留されていた。


 のんびり観光しながら港まで降りてくると、立ち並ぶ酒場や定食屋に出入りする水兵達がシャウテンの姿を見て挨拶していった。


「魔女様、こちらです」


 シャウテンがそう言って指示した建物は、お洒落なカフェといった外観をしていた。


 水兵だらけの町にはあまりにも場違いな感じだが、店からは無骨な水兵がニコニコ顔で出てきていた。


 あれ? 俺の常識がおかしいのか、それともこの地ではこれが普通なのか?


「甘味は高価ですからね。皆見栄を張りたいのでしょう」


 俺の思っている事を察知したのか、シャウテンが教えてくれた。


 そんな時、何かあったのか騒ぎがこちらに近づいてきていた。


 何だろうと見ていると、それは黒犬が大勢の水兵達に追いかけられている姿だった。


 黒犬もこちらに気が付いたのか必死に走って来ると、涙目で俺の胸に飛び込んできた。


「た、助けて下さい」


 そのあまりにも可哀そうな姿に思わず抱き留めると、直ぐにグラファイトとインジウムに壁を作らせた。


 そして背中に黒犬を隠すと、追いかけてきた連中を一喝した。


「ちょっと、うちの娘に何をしようとしているの?」


 俺の怒声とオートマタが通せんぼをしたので、黒犬を追いかけていた水兵達は慌てて急停止すると、オートマタと俺の顔を見比べていた。


「え、あ、あの、俺達はその娘に愛の告白を」


 うん、愛の告白?


 ひょっとして黒犬は水兵達にモテモテなのか?


「ねえ黒犬、貴女とてもモテているようだけど?」


 腰に抱き着いている黒犬にそう聞いてみたが、プルプル震えながら首を横に振っていた。


 ひょっとして黒犬って男性恐怖症なのか?


 いや、こんな大勢に追いかけ回されたら、誰だって恐怖を感じるか。


「うちの娘に近づく事を禁止します」

「え、えええ~、妹じゃないのか?」

「いや、あんた耳長いやん」


 不平を言う水兵達の前にシャウテンが出ると、眼光鋭く睨みつけた。


「こちらのお方は海国にとって大切なお客様だ。無礼を働く者は片っ端しからしょっぴくぞ」

「「「うえ、シャウテンの姉御、す、すみませんでしたぁ~」」」


 般若のようなシャウテンの顔を見た水兵達は、慌てて逃げて行った。


 水兵が居なくなると、今度は白猫が不満そうな顔をしていた。


「ちょっと黒犬、どうして抱き着く相手が私じゃないのよ?」

「え、だって、一番頼りになる人にしがみつくでしょう。普通?」


 おお、そうかそうか。


 俺がバカ殿だったら「愛いやつめ」とか言ってる場面だな。


「黒犬、また絡まれたら大変だから一緒についてきなさい」

「はあぃ」


 そう言うと黒犬は、まるで恋人かのように俺の腕にしがみついてきた。


 そして店の奥にある個室に案内されると、店員さんがお茶を用意してくれた。


 それを一口飲んでみると、それはホットチョコレートだった。


 だが甘さはかなり控えめだな。


 これならパルラで生産している甘味大根が売れるんじゃないか?


「それで魔女様、早速ですが我々は本国から運んできた交易品とフリン海国で必要とする食料や消耗品類を王国と取引したいのです。交易のため領内通過を許可して頂けませんか?」


 拙い、領内を素通りされたら全くうま味が無いぞ。


 ここは何が何でも、クマルヘムを中継地点にしてもらわないと。


「分かったわ。そこで提案なんだけど、私達と取引しない?」

「ええっと、あの、失礼ですが、魔女様の領地で我々と取引できるような商品があるのでしょうか? あ、決して馬鹿にしている訳ではないのですが」


 シャウテンの顔は明らかに困惑といった感じになっていた。


 おお、ここはしっかりプレゼンして、是が非でも俺達と取引してくれるように仕向けないとな。


 そこで俺は、魔素水で食料を増産できる事や木材等の資材も手に入れられる事を熱く語った。


 そして極めつけは甘味大根と、ヴァルツホルム大森林地帯の魔物からとれる顔料を見せた。


「こ、これは・・・」

「どう、これがあればもっと甘い菓子や飲み物が作れるでしょう? それにフリン海国には川が無いから水も貴重品よね?」


 シャウテンは驚いた顔をしていたので、どうやらこちらのプレゼンが有効だった事を確信した。


 シャウテンとの交渉は成功裏に終わった。


 フリン海国とクマルヘムの間で物資や真水を運ぶゴーレムをこちらが用意し、フリン海国はリグアにフリン海国の大型交易船が停泊できる港を作ってくれることになった。


 クマルヘムで交易品の取引が活発になる事を見越して、良い場所に大きな取引所を作ることにした。


 まあクマルヘムには商品取引所を取り仕切る人材がいないから当面はシャウテンに協力してもらわないとだが、おいおいはクマルヘムの人達に任せられたらいいなぁ。


 そして取引所の周りには休憩できる宿泊所や商談に使えるカフェ、そして当然酒場も併設していった。


 今までフリン海国まで買い付けに行っていた商人達も、クマルヘムで交易品が買えるとなれば、往復にかかる日数の節約ができるのできっと喜ばれるだろう。


 これでクマルヘムでの雇用も確保できるし、収入も安定するはずだ。


 領地運営を安定させるには、こうやって領民達が暮らしていける仕組みを作っていかないとな。


「ねえベルグランド、シャウテンとの約束もあるしクマルヘムの商品取引所の事を王国の商人達に宣伝したいんだけど、フェラトーネには商会を取りまとめる組合とかあるの?」

「ああ、商業ギルドですね。勿論あります」

「そう、それでギルド長に面会したいんだけど、紹介してもらえる?」

「ああ、それならリリアーヌ殿下に頼みましょう」


 そう言われて、クマルヘムに戻って来て直ぐ居座っていた貴族達が降伏してきたのを思い出した。


「分かった。それでは王城に行って殿下にお願いしましょう。ついでに降伏してきた貴族達も引き渡せるしね」


 一応王国の貴族だし、こちらで処分して王国との関係を悪くしたくないからな。


 王国に行くのにサソリもどきで行くのは剣呑なので、ゴーレム馬車を作る事にした。


 王都フェラトーネの近郊まで飛行していくと、後は街道を走って王都に向かう事にした。


 王都の城門が見えてくると、それほどご無沙汰でもないはずだが懐かしさを感じた。


「ベルグランド、手続きお願いね」

「ああ、はい、ちょっと行ってきます」


 馬車を降りたベルグランドが門番と二言三言話してから馬車に戻って来た。


「このまま入っていいそうです。あ、それから王城に来てくださいとのことです」

「そう、それじゃあ、早速王城トリシューラに向かいましょう」


 馬車が王城トリシューラに到着すると、そこには銀鎧を着た騎士の一団と黒服を着た執事風の男が待っていた。


「ガーネット様、ようこそおいで下さいました。陛下並びに殿下達がお待ちです」

「ええ、お願いしますね」


 そして降伏した貴族達を騎士団に引き渡すと、俺達はそのまま王族が待っている部屋まで案内された。


 今回は人間に変装していないので、エルフと獣人の集団が歩いているという光景に廊下ですれ違う使用人達が驚いた顔で見てくるが、案内人に咳払いで直ぐに顔を伏せていた。


「これはガーネット卿、よく参られたな」

「ええ、陛下におかれましても、健やかにお過ごしのようで何よりです」

「ほほ、ガーネット卿に掃除をしてもらいましたからな。悩み事が減って助かっておりますぞ」


 そんな挨拶をしていると、話し合いは食事の席でというので同意した。


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