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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
308/416

10―39 決着

 

 最後の敵艦はこちらに火炎魔法弾を撃ち込んでいたが、俺達が海獣を擦り付けようと接近するとあっさりと方向転換して逃げ出した。


 しかもこちらのカタパルトの射線に入らないように円を描くように逃げているので、こちらも同じように円を描く軌道で追いかけていた。


 だが、こちらは後ろの海獣が襲い掛かって来る度に回避行動を取るので、その距離は開く一方だった。


「魔女様、このままだとあれが背後に回り込んできて撃たれてしまいますが?」


 誰もが思っている事を口にしたのはフーゴだった。


「そうです女ボス、このままだと擦り付けるというよりも海獣と敵艦から集中攻撃を受けそうですよ」


 分かっているさ。


 このままの状態が続けば確実にそうなるだろう。


「ふふふ、それこそこちらの思うつぼよ」

「ほほう、流石はガーネット卿、何か秘策があるのですな?」

「ええ、本当はこの手は使いたくなかったのだけど、他の方法が無いから仕方がないわね」


 絶対に大騒ぎになって後々面倒事に巻き込まれる未来しか見えないからこの手は使いたくなかったけど、こうなっては仕方がない。


 目撃者には消えてもらおう。


「トラバール、赤熊、最後の弾を装填して」

「おう、任せてもらおう」

「ああ、分かったぜ」


 2人が火炎魔法弾をカタパルトに装填するのを見ていると、フーゴが首を傾げた。


「魔女様、一体何を狙うのですか?」


 どうやらフーゴは、このにっちもさっちもいかない状況に俺がキレたと思ったようだ。


「狙うのは海獣よ」

「「「え?」」」

「ガーネット卿、海獣は常に背後におりますぞ。それをどうやって?」


 言いたいことは分かる。


 だが、そろそろ海上も飽きたので陸に戻りたいのだ。


 前方では装填作業をしていたトラバールと赤熊が右手を上げて装填完了を知らせてきた。


 よし準備は出来た。


「グラファイト」


 名前を呼ばれたグラファイトは、黙って持っていた袋の口を開けてそのまま差し出してきた。


 俺は袋の中から複数の魔宝石を掴み取ると、背後の海面を振り返った。


 海獣は、再びこちらを狙うような動きをみせていた。


「よし、それじゃあ決着をつけるわよ」


 俺は重力制御魔法を発動してフェラン号を軽くしていくと、艦体はすうっと上空に浮き上がった。


 艦底からはポンプジェットが水を吹き出す、ごぼごぼという音も聞こえていた。


「ジゼル、機関停止。そして何かに掴まっていてね」

「ええ、分かったわ」


 ジゼルとの会話を終えると、たまらずベルグランドが尋ねてきた。


「女ボス、何をするので?」

「いいから、貴方達も何かに掴まっているのよ」


 そう警告してから掌の魔宝石を握り込んで罅を入れると、そのまま後ろに放り投げた。


 ポンプジェット推進を止めたフェラン号よりこの魔法石から漏れる魔素を感知して、そっちがフェラン号だと誤解してくれるだろう。


 海獣は再びこちらを攻撃しようと、急速に海面に向かって浮上してきていた。


 そして狙っている先は、フェラン号ではなく俺が放り投げた魔宝石だった。


 よし、即席のデコイに喰いついてくれたようだ。


 俺は飛行魔法を発動すると、ヘリがホバリングしながら方向を変えるようにフェラン号の艦首を反対方向に向けた。


 海上では水の抵抗で無理だが、空中ならこんな芸当も簡単にできるのだ。


 メインマストを起点にくるりと方向転換したフェラン号に、艦上の獣人達はうめき声を上げながらなんとか振り落とされないように手足を突っ張っていた。


 流石は身体能力が高い獣人達だ。


 フェラン号は反対方向を向いたが、まだ惰性で後方に進んでいた。


 そして海面が盛り上がり、先ほど放り投げた魔宝石を狙って海獣が大きな口を開いて現れた。


 よし、ドンピシャだ。


「カタパルト斉射。あいつの口の中に火炎魔法弾を叩き込んでやるのよ」

「おう」

「よっしゃぁ」


 艦首のカタパルトに黄色魔法陣が現れると、火炎魔法弾がレール上を加速していった。


 カタパルトを離れた火炎魔法弾は、そのまま空中に現れた海獣の口の中に吸い込まれた。


「お前の外殻は固いようだが、口の中はどうかな?」


 投射された火炎魔法弾は、海獣の口の中で炸裂し大爆発を起こした。


 紅蓮の炎と真っ黒な煙が広がると、それに合わせて赤い肉片が降り注いだ。


「「「おおお、やったぜぇ」」」


 前方では獣人達が片手を突き上げて歓声を上げていた。


 よし、これで海獣を片付けたぞ。


 海獣を片付けて火炎魔法弾の黒煙が晴れると、そこには最後の敵艦の姿があった。


 どうやらこちらが海獣と一戦交えている間に背後に回り込んできたようだ。


 敵艦上では多くの水兵が、船が空中に浮くという信じられない光景を見て口をあんぐりと開けていた。


 だが敵の指揮官はそんな光景を目にしても戦いを止めるつもりは無いらしく、艦首が波に乗り上げたタイミングでカタパルトから火炎魔法弾を投射してきた。


 煙の中から突然現れ、己の力を過信し驕れたかぶった敵に勝利を約束されたような必殺の一撃を放つなんて、まるで主人公のようなシチュエーションじゃないか。


 敵の指揮官のドヤ顔が思い浮かぶぜ。


 だが、残念だったね。


 空間障壁の魔法は、フェラン号をすっぽり包んでいるので艦底を狙っても無駄なのだよ。


 フェラン号の艦底を狙った一撃が全く効かないと分かった敵の指揮官の顔には、きっと驚愕の表情が現れている事だろう。


 さて、今度はこっちの番だぞ。


 俺の平穏な生活を守る為にも、口封じをさせてもらおう。


 惰性で後進していたフェラン号は、まるで意思があるように今度は敵艦目掛けて飛行を開始した。


 フェラン号が近づくにつれ、敵艦のカタパルトはこちらを狙う事ができなくなっていたが、その代わりに戦闘鐘楼から魔法使いの魔法弾や弓兵の矢が飛んでくるようになった。


 カタパルトから放たれた火炎魔法弾でも効かないのに、そんなしょっぼい魔法が空間障壁に通用するわけ無いだろう。


 だが、その闘争心に敬意を払って全力で行かせてもらうぞ。


 敵艦を完全に捕らえた所で重力制御魔法を解除すると、フェラン号はそのまま敵艦に突っ込んでいった。


 フェラン号が落下してくると、直ぐに敵艦のマストがはじけ飛んだ。


 更に落下すると、甲板も耐えられず裂けていった。


 この時点で敵兵は船から逃げ出そうとしたが、後甲板上の指揮官が逃げるなと叫んでいた。


 敵の指揮官は狂っているのか?


 敵艦はフェラン号の重みに耐えられず崩壊を続けていた。


 フェラン号の下からは、バリバリという破壊音と水兵達の悲鳴が聞こえてきた。


 早く海に飛び込めば助かったものを、あの狂った指揮官がそれを許さなかったばかりに多くの生命がこの衝突で消えるだろう。


 フェラン号が敵艦を破壊して着水すると大きなうねりが生じたが、それが収まると周りの海に破壊された敵艦の残骸が浮かんでいた。


 どうやらこれで終わったようだ。


 今までの激戦が嘘のようにフェラン号が停止したまま波に揺られていると、どすどすという足音とともにメラスが真っ赤な顔をして甲板に現れた。


 そこで初めてメラスの事をすっかり失念していたのに気が付いた。


「あ」


 拙い。


 敵艦に体当たりした時や空で方向を変えた時に、上空から落下した時に警告するのをすっかり忘れていたのだ。


 案の定メラスはカンカンに怒っていて、こちらに近づくとそのままベルグランドの胸倉を掴んだ。


「貴様、なんだあの下手くそな操船は?」

「お、おい、ちょっと」

「お前のせいで、部下達に怪我人が出ているんだぞ。どうしてくれるんだ。ああ?」


 あ、ここは俺が仲裁しないと拙いな。


「メラス、それを指示したのは私よ。ごめんなさいね。治癒魔法をかけるから怪我人の元に案内しなさい」

「え、あ、分かりました」


 メラスがベルグランドの胸倉を掴むのを止めると、俺はガスバルに後を託した。


「ガスバル、念のため生存者がいないか海面を調べておいて」

「はい、お任せ下さい」


 メラスの案内で船倉に降りていくと、そこは樽の残骸と周囲に飛び散った物体やら異臭を放つ液体が床を流れていた。


「えっと、この惨状は?」

「はい、船の急激な動きで保存樽が荷崩れを起こして壊れたのです。手下共と何とか樽を守ろうとしたのですが、力及ばずこの惨状です」

「それは悪かったわね。それで怪我人は何処にいるの?」

「あ、それはこちらです」


 そしてメラスに案内された部屋には、青痣を付けた男達が横たわっていた。


 人によっては手足がおかしな方向に曲がっている者もいるようだ。


 何とか糧食を守ろうと奮闘してくれたのだろう。


 俺は感謝を込めて全員に治癒魔法をかけていった。


 そして怪我人の治療が終わった後で、先ほどの光景について聞いてみた。


「ところで帰りの糧食は?」

「ええ、あの惨状のとおり、全部駄目になりました」

「つまり?」

「リグアに帰るまで飲まず食わずになりますな。ここまでの日数を考えますと、リグアに戻るまで何人かは非常に拙い事態になるかと」


 これは拙い。


 帰りの食糧をどうしようかと考えながら後甲板に戻って来ると、直ぐにガスバルが報告に来た。


「ガーネット卿、何人か生き残りが居ましたのでカッターを出して救出しておりますが、救助者はどうしますか?」


 そうだった。


 捕虜に食事を与えない、いや、与えられないのだが、これまた悪評が立つ原因になるな。


 しかもフェラン号が空を飛んだ目撃者でもあるのだ。


 戦闘が終わったというのに、どうしてこんなに問題ばかりなんだ。


 このまま安楽死させてしまうか?


 いや、無抵抗の負傷者にそんな事は出来ない。


 何か良い方法は無いかと周りを見回した所で、敵の旗艦が目に付いた。


 おいおい、丸腰なのに逃げなかったのかよ。


 という事は、あの船に乗っている全員が目撃者って事じゃないか。


 最早、目撃者を消すのは不可能な状態だな。


 それなら救助者は連中に押し付けてしまえばいいか。


「フーゴ、救難活動中という信号旗はあるの?」

「はい、ございます」


 海上に浮いている浮遊物の中から折れたマストを回収すると、それに信号旗を括りつけてグラファイトに持ってもらう事にした。


 こちらの意図は直ぐに伝わったはずなのに、敵艦は一定の距離を取ったまま動かなかった。


 まあ、連中はこちらがアンデッドの集団だと思っているのだから、それは仕方が無いか。


 カッターが救助してきた生存者に治癒魔法をかけると、インジウムに頼んで敵の旗艦まで送り届けてもらった。


 インジウムがオールを握るカッターはあり得ない速度で敵艦に接近すると、救助者を甲板上に次々と放り投げていた。


 おい、そんな事をしてまた負傷しないか?


 でもまあこれで面倒事の1つが解決したので、良しとしよう。


「ガーネット卿、終わってみれば完勝でしたな」

「そうです。我々の危機をお救い頂きましてありがとうございました」


 ガスバルとフーゴが次々と俺への賛辞を言ってきたが、この船にはもう糧食が無いという事実を知ったらどんな顔をするのだろうか?


 甲板を見回すと、獣人達も圧勝を喜び合っていた。


 勝利した者達には、それなりの賞賛と褒美があってしかるべきだ。


 船が空を飛ぶというありえない事態に暗殺者を差し向けてくるかもしれないという憶測で、此処まで信じて付いてきてくれた仲間達につらい思いをさせる訳にはいかないな。


 それにもう多数の目撃者もいるのだから、今更だ。


 俺はフェラン号に重力制御魔法と飛行魔法をかけると、リグアに向けて飛び立った。


いいね、ありがとうございます。

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