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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
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10―37 幽霊船の正体

 

 メルカ号の乗組員だったファースは今、カッターの艇内で必死にオールを漕いでいた。


 オールを漕ぐ彼の目には、必死の形相で号令を叫ぶ6等海尉とその後ろの海面で冷たい目をした海獣が迫ってくる姿が映っていた。



 ファースが初めてフリン海国の地に来たのは、もう2年も前になる。


 最初は新しい任地に心躍る思いだったが、その気持ちは直ぐに萎えた。


 それというのもフリン海国には船員の他は港湾関係者と教会関係者それと他国の商人なので、見かける女性の大半は既婚者なのだ。


 そんな時、水兵仲間が埠頭で絵を描いている黒髪の女の子がいると噂しているのを小耳に挟んだのだ。


 興味をもったファースもその子に会うため埠頭に行くと、そこでキャンパスに絵を描く黒髪の女性を見つけたのだ。


 何とかお近づきになりたくて絵を描いてもらったのだが、そんな時に限って自分が乗るメルカ号に補給物資の積み込みが始まったのだ。


 これからこの娘と仲良くなろうと思っていたのになんて運が無いんだと落胆したが、急いで駆けつけないと副長にどやされるので船に戻る事にしたのだ。


 メルカ号では比較的話しやすい6等海尉に行先を尋ねたところ、北にある海賊のアジトを潰しに行く簡単な任務というので、直ぐに戻れるはずだったのだ。


 それが何故こんな事に?


 難破船を調べるというのでカッターを降ろす作業をしていたところ、突然難破船上にアンデッドが現れたと思ったらメルカ号に向けて黒いスケルトンを投げ込んできたのだ。


 仲間達が何とか黒いスケルトンを倒そうとしたが、見た目にそぐわず素早くてしかも力も強く、全く歯が立たなかった。


 そしてあれよあれよという間に艦内深部まで潜入され、艦底に大穴を開けられたのだ。


 艦底から逃げて来た水兵の慌てようを見れば、この艦を救う手立てが無いのは明白だった。


 ダルテソス王国でも1等艦にあたるメルカ号がこうも簡単に沈められなんて信じたくなかったが、艦が傾き始めるとそんな事も言っていられなくなった。


 誰かの「船が沈むぞぉ」という叫び声に背中を押され遥か下に見える海に飛び込むと、予想よりも固い海面に驚き、あっと口を開いた途端に海水をしこたま飲み込んでいた。


 焼けつく肺にパニックになり、もがいているうちに意識が薄れ半ば諦めたところで、信心深いファースの目の前にディース神が現れ、助かる方向をお示し下されたのだ。


 気が付くと、そこは仲間達が乗るカッターの中だった。


 上体を起こして周囲を見回すと、僚艦のルメズヴァー号も沈みかけていて難破船もとい幽霊船は旗艦に横づけしていた。


 すると旗艦のマストに降伏旗が上がったのだ。


 信じられなかった、いや、信じたくなかった。


 我が栄光ある王国海軍がアンデッドに負けるなんて。


 その目を疑いたくなる光景にくやしさを押し殺していると、他のカッターの仲間が突然歓声を上げたのだ。


 一体なんだと仲間達が見ている方向をみると、そこには全速力で駆けつけてくる3隻の味方艦の姿があった。


 あれは右翼艦隊のノンバーチ号、ゼイスト号それにメイバリン号だ。


 きちがいデルスなら、きっと幽霊船を退治してくれるだろう。


 そんな明るい未来を夢見ていた時もありました。


 仲間達と混ざって歓声を上げていると、突然メイバリン号が轟音を上げて浅瀬に乗り上げたのだ。


 全てのマストが折れた哀れな姿は、既に命運が尽きているのは誰の目にも明らかだった。


 そのメイバリン号の艦体を突き破って現れたのは、岩礁ではなく海獣だった。


 そしてその海獣が今度は俺達を狙っているのだ。


 せっかくディース神様に助けられたというのに、再び俺の命は風前の灯だった。


「ちくしょう。港に帰って、あの黒髪娘に告白するはずだったのにぃ」


 ファースが絶唱すると、目の前の6等海尉が嫌な顔をした。


「おい、ファース。今にも海獣に熱い接吻をされそうな時に、そんな事言うんじゃない。不吉だろうがぁ」

「そうだぞ、ファースぅ。それにあの黒髪を狙っているのは、お前だけじゃないからな」

「なっ、なんだと?」


 ファースが慌てて振り向こうとしたところで、再び6等海尉から怒声が飛んだ。


「馬鹿野郎、海獣から必死に逃げているんだぞぉ。真面目にやれぇ」

「「「す、すみませ~ん」」」


 現実に引き戻されたファースが必死にオールを漕ぐが、6等海尉の肩越しに見える海獣の姿は刻々と大きくなっていた。


 必死に逃げようとオールを漕いでいたが、既にファースの腕は鉛のように重たくなり感覚が無くなっていた。


 ちくしょう。これまでなのか?


 なんとかあがいてきたが、迫って来る海獣の口がぱかっと開きそこから鋭く尖ったのこぎり状の歯が現れると、ついに死という現実を受け入れていた。


 そして食われると思った瞬間、その海獣が爆発したのだ。


 何があったのか分からず混乱していると、仲間の声で理由が分かった。


「な、なんで幽霊船が助けてくれたんだ?」

「仲間割れか?」

「良く分からんが、あの船が撃ったお陰で助かったのは事実だ。ただの偶然だろうがな」


 理由はどうあれ助かったのはいいが、今度はその幽霊船がこちらに近づいてきていた。


「ちくしょう、海獣の接吻から逃れられたと思ったら、今度はアンデッドの熱い抱擁かよぉ」


 思わずそう叫ぶとまた6等海尉に睨まれたが、精も魂も尽き果てたファースはもうどうでもよくなっていた。


 それは仲間達も同じだったようで、誰もオールを漕いでおらず自分達の運命を受け入れていた。


 だが近づいてきた幽霊船は、我々には目もくれず大きく舵を切ると右翼艦隊の方に遠ざかって行った。


 通り過ぎる幽霊船の後甲板に、三角帽を被り金色の髪を靡かせた人物を認めた。


 その帽子の下にあった顔には既視感があった。


「・・・ディース神さま?」


 +++++


「魔女様、お見事です」


 小魚の群れに襲い掛かる肉食魚の如く、カッターの集団に噛みつこうとしていた巨大魚に火炎魔法弾を投射して片付けると、フーゴが感嘆の声を上げた。


「ですが、残り弾がありませんな」


 せっかく恰好良い場面なのに、それに水を差したのはベルグランドだった。


 まあ確かにそうなんだけど、救命ボートに乗っている丸腰の水兵達を見殺しにするのは夢見が悪いだろう。



 敵の旗艦上からトラバールが指さした方角を見ると、こちらに急行していた敵艦の1隻が沈みかけていて、残りの2隻が近海を狂ったように走り回りながら海面に向かってハープーンガンを撃っていたのだ。


 何をしているのか見ていると、突然海面が割れそこから幽霊船が現れたのだ。


 すると旗艦のマスト上から、それが何なのか知らせる声が降って来た。


「味方艦、海獣と戦闘してま~す」


 どうやら海獣が現れて、こちらを相手する暇がなくなったようだ。


「グラファイト、インジウム、カタパルトのレールを破壊するのよ」

「承知いたしました」

「はあぃ、お姉さまぁ」


 2人の攻撃で旗艦のカタパルトが破壊されると、自艦が丸腰になった事に水兵達が不安そうな顔をしていた。


 そんな目で俺を見るなよ。


 こうなったのはお前達の提督が悪いんだからな。


 これで背中から撃たれる心配が無くなったので、安心してフェラン号に戻る事ができる。


 両艦を固縛していたロープを切り自由になったフェラン号が再び動き出すと、海獣と敵艦が戦っている海域に向けて進路を取った。


「これから最後の戦闘海域に向かうわよ」

「まさか、撃たれたのに敵艦を助けるのですか?」


 フーゴが驚いた顔で聞いてきたが、俺にそのつもりは無い。


「まさか、そんなつもりはないわ」

「え、海獣と共闘するのですか?」


 フーゴの突拍子も無い事を言いだしたが、直ぐに否定した。


「我々も海獣にとってはただの獲物だと思うわよ。だからそうね、これは3つ巴の戦いよ」


 するとガスバルが声を上げていた。


「がははは、3つ巴とは面白そうですな。当然、勝つのは我々でしょうな?」

「当然よ、敵艦だろうが海獣だろうが、まとめてやっつけるのよ」


 この会話を聞いた近くの獣人達が歓声を上げると、その声に釣られて他の獣人達も歓声を上げた。



「ベルグランド、面舵20度。海獣との戦闘海域に向かうわよ」

「了解しました」


 するとガスバルが何か遠い目をしていた。


「ふふふ、海獣退治ですか。私も帝国の海で大物を釣り上げた事があるのですよ」

「それは貴族が豪華船に乗って、高級酒片手に華やかな令嬢達とよろしくやりながら釣りを楽しむというやつじゃないの?」

「ほほう、ガーネット卿の故郷ではそのような遊びがあるのですな。ひょっとして、ガーネット卿もそんな中の1人だったのですか?」


 ガスバルが食い気味にそう聞いてきた。


 あはは、羽振りが良かった頃はそんな事もあったような気がするな。うん。


 だが、夢が覚めるのも一瞬なのだ。


「夢を見るのは良いけど、戦闘海域で待っているのは大きな海獣と容赦なく撃って来る敵艦で、この船にはむくつけき野郎どもと安酒しか置いてないからね」


 そう指摘してやると、後甲板の男達が俺を見て微妙な顔をしていた。


「女ボス、何か不満でも?」


 なんだか腫れ物に触るような感じでベルグランドが尋ねてきた。


「それはそうよ。やっと仕事が終わって帰れると思ったのに、残業を言い渡された気分だわ」

「その残業というものは良く分かりませんが、それじゃあさっさと片付けてクマルヘムかパルラで慰労会でも開きましょう」


 お、ガスバルにしては良い事言うじゃないか。よし、乗ったぞ。


「それはいいわね」


 機嫌を直して戦闘海域に望遠鏡を向けると、そこでは幽霊船がまるで陸上を走っているかのように海上で急回頭を繰り返しながら、フリン海国の戦闘艦を翻弄していた。


 だがフリン海国の2隻も、1隻が囮となっている間に、もう1隻が艦首を向けると火炎魔法弾を投射するという上手い連携を行っていた。


 幽霊船は、撃たれる寸前に海の中に潜っていった。


「え?」


 潜るってなんだよ。ありえないだろう。


 海の中に潜っていった幽霊船は、突然別の場所に出現した。


 そして今度はその幽霊船が空中に浮き上がったと思ったら、船の下に海獣の本体があった。


 お前はソメンヤドカリかっ。


 いかん、思わず心の中で突っ込んでしまったが、ソメンヤドカリは身を守るために貝殻にイソギンチャクをくっ付けているが、あれはどう見ても獲物に恐怖を与える為に幽霊船を背中にくっ付けているよな?


 それにサメのような鋭い歯にナマズのような髭がある時点でヤドカリとは違うな。


 海獣は多数の銛をものともせず空中で弧を描き、再び海の中に潜るタイミングで背中の幽霊船から何かを敵艦に放り投げていた。


 その何かはスケルトンで敵艦上に落下すると、甲板上で水兵との間で戦闘が始まっていた。


 敵艦上のスケルトンは、水兵達を捕まえるとそのまま海の中に引きずり込んでいた。


 そしてもう1隻は大きく右回頭すると、こちらに艦首を向けるような動きをしていた。


「女ボス、あの船はこちらを狙っていますよ」


 ベルグランドはまるで第三者のような口ぶりだな。


 まあ、海獣が背中にくっつけている幽霊船と似たような船を見かけたら、誰だってそうするよね。


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