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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
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10―36 西アルアラ海海戦5

 

 空間障壁に敵の火炎魔法弾が炸裂して炎と黒煙を吐き上げていると、左右の敵艦上にグラファイトとインジウムが現れた。


 少し前、敵艦から破壊音と水が流れ込む轟音を聞いたので、2人ともきちんと仕事を終えてくれたようだ。


 2人は敵艦の舷側を蹴ると、勢いよくジャンプして俺に向かって飛んできた。


 その衝撃で敵艦が揺れたのでかなり勢いがついているのは明白だった。


 そんな2人を背腹で捕まえると、勢いを殺すためその場で数回転した。


 グラファイトの方が僅かに早かったのが分かったようで、インジウムの口から舌打ちが聞こえてきた。


 おい、一応女の子キャラなんだから舌打ちは止めようね。


 それからグラファイトよ、にやついてインジウムを煽るのは止めなさい。


 後でインジウムの機嫌を直すのが大変なんだから、ほんと勘弁してくれよ。


「2人ともご苦労さま」

「大姐様、ご命令通り敵艦の艦底に修復不能な大穴を開けてきました」

「はあぃ、お姉さまぁ。全く歯ごたえがありませんでしたぁ」


 インジウムは相変わらず掻いても無い汗を拭う仕草をして、自分の仕事ぶりをアピールしていた。


 俺は2人に微笑みかけながら、その仕事を労った。



 破壊音が聞こえた敵艦2隻の喫水はかなり深くなっており、もはや船を救える手段は無いように思えた。


 敵の水兵もそれが分かっているのか、大慌てで全てのカッターを下ろしていた。


 よし、計画どおりだ。


 それじゃあ、敵の旗艦を仕留めに行こうか。


 未だ艦内に隠れている獣人達にそのまま待機するように伝えると、伝声管を開けた。


「ジゼル、前進全速ね」

「了解」


 そして舵輪を回して敵旗艦に艦首を向けた。


 敵艦からは俺が軍服を着た骸骨船長に見えるだろうな。


 フェラン号から大量の水流が噴出して敵艦に向けて高速で移動し始めると、今度はガーチップ達に号令を発した。


 その間も敵艦からの攻撃にさらされていたが、空間障壁の魔法が全て弾いていた。


「フェラン号、敵艦に切り込むわよ」

「「「おおお」」」


 俺の号令を聞いた獣人達が艦内からわらわらと現れて、敵艦と最初に接触する艦首側に駆けて行った。


 彼らの手にはビレイピンが握られていた。


 これはフーゴが艦内から持ち出してきたもので、切り込みにはこれでしょうとか言ってとても嬉しそうな顔でガーチップ達に渡していたのだ。


 艦内から現れたガーチップ達の姿を見た敵艦からは、幽霊船から大量のスケルトンが湧きだしたと思うだろう。


 フェラン号が近づいていくと、敵艦上でも両艦が接触しそうな場所に水兵が集まってきていた。


「ジゼル、推力停止、これから敵艦に横づけするから、後は艦内で隠れていてね」

「了解、ユニス、気を付けてね」

「ええ、大丈夫よ」


 ベルグランドに舵輪を渡して、惰性で動くフェラン号を敵艦に横づけるように命じた。


 敵艦の姿が徐々に大きくなってくると、敵の甲板上でもこちらからの切り込みを防ごうと水兵が人間の盾のように並んでいたが、その顔は青く引き攣っているように見えた。


 正面衝突の位置からベルグランドが僅かに舵を切ると、フェラン号は敵艦の舷側にバリバリという衝撃音を響かせながら接触した。


 その時、空間障壁の魔法が敵艦の舷側から突き出たガンデッキを次々と破壊していった。


 ほぼ横づけしたところで、敵の戦闘鐘楼から矢や魔法が猛烈な勢いで飛んできたが、それらは全て空間障壁が弾き返した。


 お返しとばかりに敵艦の戦闘鐘楼に魔法弾を撃ち込むと、直ぐに炎上して攻撃がピタリと止んだ。


 そして次に多数の藍色魔法陣を展開すると、切り込まれないように壁を作っていた水兵達に目掛けて次々と撃ち込んでいった。


 それは隊列を組んで突撃してくる敵兵を、機関銃で薙ぎ払うような光景だった。


 それを安全な場所から眺めていたガーチップ達も歓声を上げていた。


 俺はそんなガーチップ達に号令をかけた。


「ガーチップ、鉤縄を敵艦に投げ込んで固縛するのよ」

「おう、任せてもらおう」


 鉤縄で両艦が固縛されると、ガーチップ達がスタートの合図を待つかのようにこちらを見てきたので、俺は敵艦を指さした。


「フェラン号、切り込めぇ」

「「「おおお」」」


 ビレイピンを高らかに掲げて切り込んで行ったガーチップ達を見送りながら、俺はまだフェラン号に残っているパルラのメンバーに声をかけた。


「私達は後甲板に向かうわよ」

「「「はい」」」


 俺は敵艦上に乗り移ると、先に乗り込んでいったガーチップ達の戦況を確かめた。


 敵の水兵が迷信深い事を利用して幽霊船とアンデッドを演出してみたが、数的に劣勢なので良くて互角、悪ければ押し負けていると思っていた。


 それがどういう事だろうか敵の水兵は怯えた表情で甲板上を逃げ回り、それをガーチップ達がビレイピンで昏倒させている光景が広がっていた。


 え、なんでそんな一方的なの?


 いや、こっちが優勢なのでそれは良いんだが、良いんだが、それでいいのか?


 するとこの戦況を見てとても上機嫌なガスバルが俺の隣に来た。


「はっはっはっ、まるでリッチに追いかけ回されているようですな」

「あ」


 ああ成程、あの怯え切った水兵の目には、ビレイピンを持ったガーチップ達が魔法杖を振りかざす上級アンデッドに見える訳か。


 それに切り込む前に多数の魔法弾をぶっ放したので、ガーチップ達が魔法を使わなくてもリッチだと信じて疑わないのだろう。


 きっと魔法を使わないのは、自分達が魔法を使うまでも無い雑魚だからとでも思っているんだろうな。


 それにしてもこうも一方的な光景を見せつけられると、どちらが悪役なのか分からなくなってくるな。


 そんな中でも勇気ある水兵が立ち向かってくるのだが、腰が引けているので簡単に無力化されていった。


 俺達は一方的な蹂躙が行われている前甲板を後にして、敵の提督が居る後甲板を目指していた。


 途中、両刃剣で切りかかって来る水兵は、グラファイトとインジウムの腕の一振りで吹き飛ばされていった。


 後甲板に近づくと、そこには2名の高級士官とそれを守る水兵の一団が待ち構えていた。


 その高級士官の1人が俺を見てにやりと口角を上げると、さっと手を上げた。


「今だ、やれ」


 俺はその金モールの男が視線を送った先を見ると、そこには対海獣用のハープーンガンがこちらを向いていた。


 そこで気が付いたのだが、俺が敵艦に乗り込んできたので展開している空間障壁の魔法の有効範囲も一緒に移動しており、今はあのハープーンガンもその範囲内に入ってしまっていた。


「あ」


 俺が短く声を漏らすと銛が俺に向けて飛んできたが、直ぐに目の隅に黒と黄色の残像が映った。


 撃ち出された銛は黒い影に遮られ、ギンという鋭い音を立てて弾かれた。


 俺に向かって銛を撃ち込んできたハープーンガンには、黄色い影が突進して水兵諸共吹き飛ばしていた。


 反対舷に残っていたハープーンガンは、グラファイトとインジウムが次々と破壊していった。


 ハープーンガンという最後の希望が潰えて行く光景を目の当たりにした敵兵は、みるみるうちに士気が落ちているようだった。


 そして俺が目の前で藍色魔法陣を展開すると、それを見ただけで運命を受けたように跪いた。


 護衛が役に立たなくなった2名の高級士官は、それでも俺達を睨みつけてきた。


「水兵達の与太話を笑っていたが、幽霊船に巣くうアンデッドがスケルトンではなく、最悪のリッチだったとは思わなかったぞ」


 俺はそんな与太話に付き合うつもりはないので、一言だけ言い放った。


「降伏しろ」


 すると高級士官の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まった。


「誰が、リッチに降伏などするものか。さあ、殺すならとっととやれ」

「・・・」


 あ、しまった。


 ちょっと悪乗りしすぎたぞ。


 確かに死者に降伏する生者はいないわな。


 仕方がない、ここは擬態魔法を解除するか。


「我々は死者では無い」


 擬態魔法を解除すると、高級士官の顔に驚きの表情が現れた。


「エルフ? いや、それに似た何か? それに人間に獣人、だと? だ、騙されないぞ。これもリッチの魔法に決まっている」


 う~ん、全く信用されていないな。


 ここで降伏させるというのがこちらの計画なんだから、素直に従ってくれよなぁ。


 それに索敵用ゴーレムによると、最後の艦隊が高速でこちらに近づいてきているんだよ。


 ああ、とても面倒だ。


「生き残った水兵の身の安全を気遣えないとは、愚かな指揮官だな」

「ふざけるな。リッチの言う事など誰が耳を貸すか」


 振り返ると立っている水兵の姿は無く、ガーチップ達は仕事を終えたようだ。


「あれを見てもそう思うのか?」


 甲板に倒れている水兵達は確かにガーチップ達にボコボコにされてはいるが、死んではいない・・・はずだ。


「まさか人質に取るつもりか。何が目的だ?」

「残った艦隊に、戦闘終了を命じるのだ」

「なんだと」


 するとそれを予期していたかのように、見張員の声がマスト上から降って来た。


「水平線上にマスト、恐らく右翼艦隊だと思われま~す」


 それを聞いた高級士官が一瞬だけ笑ったような気がした。


「分かった、降伏しよう。コーネイン、アールデルスに降伏するように連絡せよ」

「はっ、おい、通信兵直ぐに連絡を送れ」


 高級士官の怒声が響くと甲板上にへたり込んでいた水兵が弾かれたように立ち上がると、慌てて降伏旗をマストに掲げる作業を始めた。


 メインマストからフリン海国の旗が降り、代わりに白旗が掲げられた。


 旗艦艦上での戦闘が終了すると、水平線の彼方に最後の艦隊が見えてきた。


 やれやれどうやら間に合ったようだ。


 最後の艦隊がポンプジェット推進を使って急行しているのは、その艦首が大きく波を切り分けているので分かった。


 そして戦闘は終了しているはずなのに、何故あんなに急いでいる理由も直ぐに分かった。


 敵艦が発砲したのだ。


 その斉射は敵艦が全速を出していて激しく揺れている事もあり、頭上を通り過ぎて行った。


 今の弾道だと、どうみても味方諸共沈める気だったぞ。


「お前の部下は、お前を殺そうとしているぞ」


 俺が親切でそう忠告してやったが、目の前の高級士官はにやりと口角を上げた。


「死んだ後もアンデッドになって永遠に苦しむよりも、よっぽどましな死に方だ」

「なんだと」


 どうやら見せかけの降伏だったようだ。


 その時、敵艦が投射した火炎魔法弾が空間障壁に炸裂し紅蓮の炎と真っ黒い煙を噴き上げた。


 目の前の高級士官は最後の覚悟ができていなかったのか、爆炎に首をすぼめていた。


「フェラン号、撤退」


 俺が味方に艦に戻るように号令を送ると、驚いた高級士官が声をかけてきた。


「お、おい、このまま撤退するのか?」


 俺は振り返り、提督に憐れみの表情を見せた。


「ええ、私が戻ればこの船を守っている空間障壁も消えるから、望み通り味方の攻撃で昇天できるわよ」

「え、ちょ、待ってくれ」


 男の口調がさも意外だといっているようだ。


「無益な争いは好まないから降伏を命じたのよ。だが、お前はそれを拒否した。その結果どうなっても、自らの選択として受け入れるのね」


 そう指摘してやると、高級士官は今までの覚悟がまるで嘘のように狼狽していた。


「な、何とかならないのか?」

「驚いたわ。あれは貴方の部下でしょう? 自分で何とかしなさい」


 哀れな男を突き放してフェラン号に戻ろうとすると、トラバールが驚いた表情で声を上げた。


「姐さん、あれを見てくれ」


 トラバールが指さした方向には敵艦隊が居るはずだ。


ビレイピン:ロープを巻き付けておくピン

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