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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
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10―35 西アルアラ海海戦4

 

 フェラン号の艦上で俺は獣人達を集めていた。


「皆聞いて、これからこの船は幽霊船になります」


 あまりにも突拍子もない事を言ったせいで、獣人達は互いに顔を見合わせて困惑を露にしていた。


「姐さん、俺達にも分かるように教えてもらえないか?」


 トラバールの言う事も尤もだ。


「先ほどの戦いで敵艦の水兵が幽霊船と叫んで怖がっていたので、それを利用するのよ」

「つまり?」

「この船は幽霊船で、私達は全員スケルトンという設定よ」


 そう言ってみたが、いまいちピンと来ていない様子なので、実践して見せる事にした。


「ベルグランド」

「え、私ですか?」


 ベルグランドは何をさせられるのかと不安そうな顔をしていたが、それを無視して擬態魔法をかけた。


 するとベルグランドの服から出ている顔や手が骨に変わっていた。


「え、私の手が骨に?」


 骸骨はビルスキルニルの遺跡で見ているから、擬態魔法をかける事ができるのだ。


「フリン海国の水兵は迷信を信じているようだから、これで敵兵の士気を削ぐのよ」


 そう言うと獣人達を順番に並ばせて、擬態魔法をかけて行った。


 最後に自分にも擬態魔法をかけると、スケルトン集団の出来上がりだ。


 何故かグラファイトとインジウムに擬態魔法をかけると、黒色の骨と黄色の骨が出来上がった。


「おかしい、どうしても白色にならないわね」


 グラファイトは黒曜石のように光沢があるし、インジウムは財宝部屋にでも置いてありそうな代物になっていた。


 地球でも水晶で作られたクリスタルスカルがあるが、これはどう見ても黄金のドクロだった。


 俺はその輝きに魅了されたトレジャーハンターのように、両手でインジウムの頭蓋骨を押さえると左右に動かしたり上下に傾けたりしてその出来栄えを確かめていた。


「ああ、お姉さまぁ、そんなうっとりした目で見つめられたら、私もとおっても嬉しいですぅ」

「うわっ」


 そう言ってインジウムに強烈なベアハッグをされて、ようやく現実に引き戻された。


 しかし、これ絶対アンデッドに見られないよな?


 俺がうんうんと悩んでいると、ガスバルが声をかけてきた。


「ガーネット卿、これはこれで相手が大いに怖がると思いますぞ」

「そう?」

「ええ、黒光りする骨や黄金の骨なんて見た事ありませんし、これが動いたら絶対呪いか何かだと思われますよ」

「そうです。これを初めて見たら理解できなくて固まると思いますよ」


 ガスバルとベルグランドがそう言うので、それも一理あるなと納得した。


 そして突然現れるという演出をするため、空間障壁の中に煙幕を充満させる実験をしていた。


 空間障壁の魔法は外部からの侵入は一切遮断するが、その逆は通過させてしまうので、色々試行錯誤が必要なのだ。


 ああでもない、こうでもないといろいろやっているうちに何とか煙を充満させる事に成功したが、おかげで手持ちの煙幕弾を全て使い切ってしまった。


 あおいちゃんに歴史書を渡すときに補充しておこう。


「どう? これなら海の一部が靄っているようにしか見えないでしょう」


 俺がそう言うと、フーゴが熱い眼差しで見つめてきた。


「先ほどは岩に化けましたが、今度は敵から姿を隠すのですね?」

「ええ、相手は多勢なのにこちらは弾切れ寸前だからね。こうやって計略を使わないと勝負にならないでしょう」

「流石はガーネット卿ですな。普通なら尻尾舞いて逃げている所ですぞ」


 ガスバルはそう言うが、逃げたら町が焼かれてしまうんだよね。


 フェラン号が煙の中から突然現れたら、迷信深い水兵達は幽霊船が現れたと思って腰を抜かすだろう。


 準備が出来上がると、敵の旗艦がいる菱形陣形の最後尾の艦隊に進路を取った。



 敵の艦隊が水平線上に現れて彼我の距離が十分接近したところで一度空間障壁の魔法を解除して空間内の煙を拡散させると、それまで煙の中に隠れていたフェラン号の姿が現れ、敵艦上でもこちらを発見したようだ。


 誰も居ないマストが折れた難破船を見て、フリン海国の提督はどうするだろうか?


 こちらを無視して離れていくようなら、魔法盾の効果範囲外から火炎魔法弾を撃ち込んでやればいいし、こちらを調べようと接近してきたらそれこそ飛んで火にいる夏の虫だ。


 そして敵艦隊は、こちらを調べる事にしたようだ。


 2隻がこちらを挟むように近づいてくると、舷側からカッターを下ろし始めていた。


 そろそろ頃合いだな。


 ゆっくりと後甲板に上がると、敵艦隊との距離を目測した。


 そして十分射程距離なのを確認すると、僅かに手を広げてグラファイトとインジウムに合図した。


 両脇に現れた2人に直ぐに指図した。


「グラファイトは右側、インジウムは左側の敵艦に乗り移って、艦底に大穴を開けてくるのよ」

「承知しました」

「はあぃ、お姉さまぁ」


 そしてその場で1回転しながら重力制御魔法と飛行魔法をかけると、両手で掴んでいた2人を敵艦に向けて次々と放り投げた。


 敵艦上では、自分達に向けて飛んでくる色付きのスケルトンを指さして何やら叫んでいたが、グラファイトとインジウムが甲板上に着地すると直ぐに大騒ぎが起きた。


 俺の高性能な耳には「黄金のスケルトンだと」とか「拙い、早すぎて追いつけない」とか言う声が聞こえてきた。


 何とか阻止しようと水兵が群がっているようだが、あの2人のスピードとパワーに敵うはずもなく人込みを搔い潜り艦内に潜り込んでいった。


 これであの2隻は片が付いたはずなので、残る旗艦に目を抜けると既に艦首がこちらに向いていた。


 次の瞬間、空間障壁の魔法に敵弾が命中して紅蓮の炎と黒煙が吹きあがった。


 +++++


 アッセルは、配下のメルカ号とルメズヴァー号に捜索を命じたが、両艦が難破船を挟むように停船すると、メルカ号がカッターを降ろし始めていた。


 海運が国是であるダルテソス王国は、海で起こる事象は全て調査対象になっていた。


 難破船を発見した場合、航海日誌を回収し遭難の原因を調べる事を求められているのだ。


 今の所、難破船では何の動きも無かった。


 ルメズヴァー号の甲板上では、舷側のバリスタを何時でも投射できるように人員を配置していた。


 どうやら何事も無く調査が行えるような雰囲気にほっと一息ついたところで、突然難破船の後甲板上に三角帽を被った白ズボンに金モール付きの青色上着という艦長らしき人物が現れた。


 俯き加減で顔は見えないが、生き残りが居るのなら救助しなければならないだろう。


 アッセルがじっと望遠鏡で観察していると、その生き残りが顔を上げた。


 そこには人の顔は無く、ただ頭蓋骨があるだけだった。


「が、ガイコツ船長だぁ」


 どこかで誰かがそう叫んでいた。


 アッセルが身じろぎせずじっと望遠鏡で観察し続けていると、その骸骨が僅かに笑ったように感じるとその両隣に黒く光沢のあるスケルトンと黄金に輝くスケルトンが現れた。


 何をするのか見守っていると骸骨船長がその場で1回転し、左右のスケルトンをメルカ号とルメズヴァー号に放り投げたのだ。


 スケルトンを投げ込まれた両艦では当然混乱が生じていた。


「艦長」

「はっ」


 アッセルがコーネインの名を呼ぶと、阿吽の呼吸で指示内容が分かった旗艦艦長が号令を発した。


「操舵手、艦首をあの難破船に向けよ。掌砲長、魔法投射機用意」


 艦長の命令にキャシアス号が応えて動き出すと、難破船が艦首前方に移動していった。


「魔法投射機1番2番、投射」


 艦長の命令を掌砲長が復唱すると、砲手長が手を上げて応じた。


 艦首から投射された火炎魔法弾が命中すると、紅蓮の炎と黒煙が望遠鏡一杯に広がった。


「やれやれ、これで後は両艦に投げ込まれたスケルトンを始末すれば左翼艦隊の救援に向かえるな」

「ええ、そうですね」



 難破船を始末した後も、メルカ号とルメズヴァー号の艦上では騒ぎが続いていた。


「メルカ号とルメズヴァー号は、何をしているのだ?」


 アッセルがいら立ちを含んだ声を漏らすと、コーネインが自分への問いかけと勘違いしたようだ。


「さあ、分かりません。おい、通信兵、両艦に問い合わせろ」


 コーネインはアッセルの疑問に直ぐに対応してくれた。


 その間もメルカ号とルメズヴァー号の艦上では大騒ぎが続いており、やがて両艦から大きな破壊音が聞こえてきた。


「なんだ、何が起こっている?」


 アッセルがそう叫んだが、沈黙が帰って来るだけだった。


 だが大混乱中のメルカ号とルメズヴァー号では、違う動きがあった。


 両艦上では、まるで退艦命令が発せられたかのように水兵が全てのカッターを下ろし始めていた。


 その行動にアッセルはいら立ちを覚えたが、直ぐに見張員から声が降って来た。


「メルカ号、ルメズヴァー号ともに沈みつつありま~す」


 嘘だろうと思い望遠鏡を向けると、確かに両艦とも喫水線がかなり深くなっていた。


 そして海面上のカッターは、水兵を満載したままキャシアス号に来ようとしていた。


「手の空いている者は、収容作業急げ」


 その声に水兵達が舷側に走り出すと、頭上の見張員から焦りを含んだ声が降ってきた。


「煙の中から敵艦」


 その言葉が信じられなくて再び望遠鏡を向けると、そこにはまるで何事も無かったかのように海上に浮かぶ難破船があった。


 う、嘘、だろう?


 火炎魔法弾の直撃を受けて平気なんて、どうなっているんだ。


 これではまるで水兵達が噂している幽霊船みたいではないか。


 難破船の甲板上では、何事も無かったかのように佇んでいたスケルトンの眼窩が怪しく光ったような気がした。


 肉が削げ落ちた骨の腕が上がり、指先がこちらを差した。


 するとそれまで漂流していた難破船が突然息を吹き返すと、物凄い勢いでこちらに向かってきたのだ。


「艦長、迎撃だ」


 アッセルの言葉に、直ぐコーネインが反応した。


「掌砲長、撃ちまくれ」


 艦首から投射された火炎魔法弾が次々と命中して炸裂するのだが、難破船にはまるで効果が無いようだった。


 こちらの攻撃に呼応したのか、難破船上では艦内からわらわらとあふれ出てきたアンデッドが気勢を上げるように片手を高らかに上げていた。


「難破船に大量のアンデッド。俺達はみんな殺されるぞぉ」


 それは今から海の中に引きずり込んでやるぞと言っているようで、背中に冷たい汗が流れた。


 水兵達が動揺し始めると、すかさずコーネインの声が上がった。


「落ち着け、馬鹿者共」


 そうはいってもこちらの攻撃が全く効かない事を目の当たりにした水兵は、噂が本当だと信じているのは明白だった。


 マストを見上げるとトゲンスルやコースは畳まれ、唯一残ったトプスルも縮帆しているので、全速力で迫って来る難破船を避けられそうも無かった。


「白兵戦用意」


 コーネインの冷めた号令が響くと、水兵達は武器架から両刃の剣をひっつかみ両艦が接触すると思われる場所に駆けだしていった。


 もはや水兵達は、やけくそ気味に奇声を上げていた。


 アッセルは、この文明国の戦闘艦で前時代的な白兵戦が起きようとしている事が信じられなかった。


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