10―33 西アルアラ海海戦2
「ジゼル、前進全速ね」
「うん、分かった」
ジゼルがポンプジェットの出力を最大にすると、体が押されるような感覚が生じた。
フェラン号が白波を立てて突き進むと振動も酷くなり、獣人達の間で船酔いになる者も多くなりそうだ。
「フーゴ、獣人達に酔い止めを渡してくれる」
「はい、分かりました」
酷い思いをして海上を進むよりもフェラン号自体に重力制御魔法をかけて浮かせて移動するという手法もあるのだが、船が空を飛ぶあり得ない姿を目撃されたら、死に物狂いで俺を殺しに来る連中が現れるような気がするので止めておいた。
何て言っても、人は理解できないものを徹底的に排除したがる生物だからな。
それに海上で空を飛ぶ魔物が居るかもしれないしね。
敵艦隊との戦闘を終えたフェラン号が次の艦隊と会敵するため高速で航行を始めると、海獣を警戒することにした。
「全周警戒のため見張りを厳重にしてね」
次の艦隊が現れるまで少し時間がありそうだ。
俺はメガホンを掴むと、全員に聞こえるように声を上げた。
「1時間程休憩にする。各自楽に過ごすように」
そして俺は飲み物を2つ持って、船体下部に向かった。
「ジゼル、調子はどう?」
「どうじゃないわよ。此処に居ると何も情報が入ってこないのよ。上はどんな感じなの?」
俺が差し出した白ビールが入った木製ジョッキを付け取りながら、ジゼルがそう聞いてきた。
「ああ、敵の先頭艦隊と戦闘になって全滅させたわ」
「へえ、凄いわね。それじゃあこんな高速を出しているのは?」
「次の艦隊に向かっているの」
俺が何事も無くそう言うと、ジゼルは呆れたような顔をしていた。
「ユニス、なんだか楽しそうね」
「え、それはこうやってジゼルとのんびり過ごしているからで、決して戦いを喜んでいるからじゃないからね」
俺に言い訳にジゼルは優しく微笑んでくれた。
それから少しの間おしゃべりを楽しむと甲板に戻った。
索敵用ゴーレムの情報から、そろそろ敵艦隊が見えてくる頃合いだった。
他の2つの艦隊はまだ水平線の向こう側で、挟撃される心配はない。
心配なのは残りの弾数くらいか。
俺は伝声管を開けるとジゼルに命令を発した。
「ジゼル、前進最微速ね」
「了解」
船のスピードが遅くなると、それまで顔に当たっていた風の威力も弱まっていた。
周りの獣人達もほっとしたのか、その顔には笑顔が現れていた。
そんな気が緩んだ獣人達にメガホンを向けると、次の命令を発した。
「海獣の警戒を厳重にするように」
俺の声に慌てて獣人達は、砲手役の者はハープーンガンに付き、見張り役の者は舷側から周囲の海を見渡していた。
「右舷、異常なし」
「左舷、異常なし」
「船首、異常なし」
「船尾、異常ありません」
最後に報告したのはガスバルだった。
あれだけ飛ばしていたのに海獣の興味は引かなかったようだ。
そこでヴァルツホルム大森林地帯の魔物が、俺に寄ってこない事を思い出した。
ひょっとして海獣も相手の魔力量が分かり、危険な相手には寄り付かないのかもしれないな。
もしそれが正しいならポンプジェットを使っても問題ないという事なので、気軽にスピードを出せるのは助かっていた。
俺は満足すると、フーゴに話しかけた。
「フーゴ、この状態でこの船に隠ぺい魔法をかけられる?」
「え? あ、ああ、多分大丈夫だと思いますが?」
フーゴは不思議そうな顔で、こんな大海原で隠ぺい魔法なんか何の役に立つんですかとでも言いたげだった。
いや、もしかしたら海上だと魔力が足りないと言っているのかもしれないな。
「魔力が足りなかったら魔宝石をあげるわよ」
「いえ、詠唱で大丈夫だと思います」
どうやら本当にやるんですか、という問いかけだったようだ。
だから俺は大真面目だという事を分からせるため、大きく頷いた。
「それじゃあ、直ぐに展開してね」
「え、あ、はい、分かりました」
そう言うとフーゴは何やら呪文を唱え始めると、周囲に魔素が集まってくるような感覚があった。
やがてフーゴの魔法が発動すると、それまで明るかった空間が突然暗闇に包まれると、何も知らされていなかった獣人達が不安になって周りを見回していた。
だがそれも、ガスバルが直ぐに照明の魔法を唱えて周囲が明るくなり俺達がなにも慌てていないのを見て、平静に戻ったようだ。
「ユニス殿、これは?」
獣人達を代表してガーチップが聞いてきたので、フーゴの隠ぺい魔法だと教えてあげた。
フェラン号の周囲はドームで覆われたような感じになっていて、外の景色が全く分からなかった。
「これで敵からは岩山にしか見えないのよね?」
「ええ、そうだと思います」
俺が何をしたいのか理解したフーゴは、悪い笑顔になっていた。
まあ本当に岩に擬態するなら動かないように錨泊したいが、水深があり無理なので舵を効かせるだけの速力はだしていた。
後は相手が手遅れになるまで気が付かない事を願うだけだ。
視覚的には外の様子が分からないが、俺には索敵用ゴーレムからの情報が入って来るので、敵の1つの艦隊がそろそろ水平線上から現れるのが分かっていた。
さて、連中はこの岩山を見てどうするか。
迂回すればその無防備な横っ腹に火炎魔法弾を撃ち込んでやれるし、接近してくれれば不意打ちが可能だ。
そして連中は接近する方を選んだようだ。
3隻の船は横一列になったまま、まっすぐこちらに近づいてきていた。
そしてある程度接近すると3隻の艦上で水兵達がシュラウドに群がると、みるみるうちにフォア、メイン、ミズンの各マストのトゲンスルとコースが畳まれていった。
今のところ、岩が僅かに動いている事には気付かれていないようだ。
フェラン号の甲板上では、周りの光景が見えない獣人達は甲板上に座り込んで寛いでいた。
俺はメガホンを取ると、そんな獣人達に命令を発した。
「静かに戦闘準備」
+++++
フリン海国艦隊の左翼を指揮するタルム号の艦長ヘイン・アルケマは、旗艦キャシアス号からの通信で先頭艦隊が敵と交戦しているとの知らせを受けると、敵の側面を突くため全速で戦闘海域に向かっていた。
「副長、我々が到着するまで敵は残っていると思うか?」
「グース号のゼーマン艦長は、戦上手ですからねぇ。既に終わっている可能性の方が高いかと思われます」
アルケマはその可能性を考えて、額に手を当てた。
「そうだよなあ。まあ、本番は原住民共を町ごと焼き払う方だが、提督に少しでも好印象を与える為にも、ここは全力で戦闘海域に向かった方がいいよなあ」
「短時間なら、水魔法推進を使っても海獣が寄ってこないかもしれませんが?」
副長がそう提案してきたが、どう見ても勝ち戦なのに無理をして海獣を引き寄せて被害が出たら目も当てられない。
アルケマの知人の中にも、海獣を侮って帰らなかった者も多いのだ。
「海獣を引き寄せたらつまらないから止めておこう。それよりも原住民の町を何発で全滅させられるか賭けでもしようじゃないか」
「ああ、いいですね。是非やりましょう」
そんなことを話していると、マスト上の見張り員から大声が降ってきた。
「前方に岩山」
は? こんな所に岩山だと?
アルケマは直ぐに航海長に声をかけた。
「航海長、こんな所にそんな物あったか?」
「さあ? ここらへんは、普段通りませんからねぇ」
航海長の答えも尤もだった。
「おい、それは海獣じゃないのか? 良く確かめろ」
そして見張り員から報告があるまでの時間をじりじりとしながら待っていると、再び見張り員の大声が降って来た。
「間違いありません。岩山で~す」
「くそっ」
アルケマは思わず毒づいた。
普通の対応なら安全策を取って大きく迂回する事になる。
しかし、そうすると進路を大きく西側にずらして迂回しなければならず、せっかくの追い風を無駄にすることになるのだ。
そうなれば戦闘海域への到着が、右翼艦隊よりも大幅に遅れる事だろう。
アルケマは自分よりも後任のくせに事あるごとにマウントを取る、右翼艦隊のアールデルスが嫌いだった。
戦闘海域への到着が遅れたら、あの野郎なら絶対に上から目線でちくちく嫌味を言うに違いない。
くそっ、あのきちがいデルスにデカい面をされるのだけは我慢ならん。
ここは多少危険を冒してでも、隠れた岩礁の間を縫って進むしかないな。
岩礁を通過するのに時間がとられるが、追い風を受けて無駄にした時間を取り戻すことも十分可能だろう。
「航海長、出来るだけ岩礁地帯に近づいて、ぎりぎりを避けて通過できないか?」
「中々厳しいですが、カッターを出して水兵に探深させながら進む事は可能でしょう」
それはカッターを先行させて、水兵に探深棒で水深を調べさせながら進む方法だ。
「良し、それで行こう。各艦に通達」
「了解」
そして左翼艦隊は岩山を迂回することなく、危険が無いと想定される場所まで接近していくのだった。
後甲板上からも岩山が良く見える位置まで接近したので、掌帆長に命じてトゲンスルとコースを畳むように命じた。
水兵達がマストに上り次々と帆を畳んでいくと、風を受ける帆がトプスルだけになった船はぐっと遅くなった。
そしてアルケマが望遠鏡を構えて、岩礁の証拠となる浪が割れる場所を調べていると、見張員から焦った大声が降ってきた。
「岩山が動いてま~す」
その言葉にはっとなって望遠鏡を岩山に向けると、確かにそれはゆっくりだが動いていた。
あまりにもありえない事態に一瞬頭の中が真っ白になったが、直ぐに本能が危険だと告げていた。
「おい、あれは海獣だ。戦闘準備を急げ」
アルケマの怒声で、自分のやるべきことを思い出した水兵達が慌てて持ち場に走り出した。
そんな水兵達の動きを聞きながら、アルケマの目はじっと目の前の岩山に向けていた。
するとそれまで岩山だったものが、突然マストが全て根本から折れた難破船に変わったのだ。
そのあまりの変わりように望遠鏡から目を離すと、バカバカしいと思いながらも自分の目を擦ってからもう一度見直した。
だが、改めて見てもそこには難破船があった。
すると誰とも分からない絶唱が聞こえてきた。
「ゆ、幽霊船だぁ」
水兵達に動揺が広がる中、難破船の甲板に動く人影があるのに気が付いた。
水兵達の間で噂となっている幽霊船の話を思い出したアルケマは、その動く人影が生者を海に引きずり込むというアンデッドでない事を願っていた。
正体を探ろうと望遠鏡を向けていると、突然人影が立ち上がり馴染みのある動作を始めた事に気が付いた。
それが魔法投射機の投射作業だと理解した時、目の前の難破船が自分達の船と同型艦で、しかもその船首が自分達に向いている事に気が付いた。
それが意味する事に気付くと、ぶわっと冷たい汗が体中の汗腺から噴出した。
「ま、拙い。おい、フラムを展開しろ、急げ」
そう叫んだ時、アルケマは足元が膨れ上がり体が持ち上がるのを感じた。
船首側のマスト:フォアマスト、中央のマスト:メインマスト、船尾側のマスト:ミズンマスト
上段の帆:トゲンスル、中段の帆:トプスル、下段の帆:コース
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