10―32 西アルアラ海海戦1
フェラン号の船首まで伸びる2本のカタパルトの下に、次々と5つの黄色魔法陣が現れた。
弾体はその黄色魔法陣で次々と加速され、5つ目の魔法陣を通過した時点で最大速度に達していた。
カタパルトから投射された弾体は空気を引き裂くシュッという音だけ残して、レーザービームのようにターゲットに向かって飛翔していくと、甲板上の獣人達が片手を上げて雄たけびを上げた。
「「「おおお」」」
この船最大の武器を発射したにもかかわらず、劇的な発射音はおろか爆風も砲身から吹き出る紅蓮の炎や硝煙も無い味気無さから、俺はメガホンを構えて口で「ズドーン」と叫んでみた。
すると傍らに待機していたフーゴが、不思議そうな顔を向けてきた。
「魔女様、そのずど~んというのは何でしょうか?」
おい、そこは突っ込むんじゃない。
「そうねえ。高揚感を感じたいから、かしらね」
「高揚感ですか、ふむ」
おい、そこで考え込むんじゃない。
俺は適当にごまかすため、トラバール達に意識を向けた。
「次弾装填」
「「了解」」
これからはあの2人は、火炎魔法弾を装填して投射する作業に忙殺されることになるのだ。
こうしてフリン海国の艦隊との戦端が開かれたのだった。
+++++
フリン海国の12隻の艦隊は、3隻ずつ4つの艦隊に別れ、菱方の陣形でならず者達の塒を目指していた。
この陣形は先頭の艦隊が敵と接触したら敵を引き付けて牽制している間に、左右の艦隊が側面を突くためのものだ。
そして最後は後方の本隊が先頭の艦隊の応援に駆け付け、残敵掃討するのだ。
先頭艦隊の指揮は、グース号のゼーマン艦長が執っていた。
これはフリン海国の艦長職が先任順となっているためで、3隻の艦長の中でゼーマンが一番の先任だったからだ。
そして指揮下の艦隊が問題なく航行しているのを確かめていると、見張員から敵艦発見の報があった。
直ぐに望遠鏡を掴み前方を見ると、マストが無い船がこちらに向かっていた。
ほう、連中、盗んだ船を操艦できるのか。
だが所詮は素人、それだけだ。
「敵艦に信号、降伏せよ」
「了解」
ゼーマンが見つめる中、マスト上に降伏を促す信号旗がはためいた。
「原住民にこの旗の意味が分かるとは思えませんが、文明国であるダルテソス王国の規定には則らないといけませんからねぇ」
副長の発言に、ゼーマンはにやりと笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ、我々は文明人だからな。相手が魔物程度の脳みそしかない原住民であっても規定は守らねばならん」
ゼーマンのその声は周りの水兵にも聞こえたようで、皆にやりと笑みを浮かべていた。
ゼーマンは望遠鏡でフェラン号の甲板を覗き、上がる筈も無い白旗を待っていた。
だが、返事はこれ以上ないと言うほど分かりやすい方法で行われた。
「敵艦発砲、かなり前方の海面に着弾しましたぁ」
ゼーマンは敵が撃ってきたと聞いて一瞬背筋に冷たい物が流れたが、それが遥か前方で水柱が上がると、その緊張が一瞬でとけ思わず笑いがこみあげてきた。
「ぶはははは、所詮は原住民。魔法投射機の使い方も分からないらしいぞ」
ゼーマンのその一言に、周りに居た水兵達も声をあげて笑っていた。
こんな所まで出張って来たんだから、3隻で滅多打ちにしてやったら良い余興になるだろう。
「掌帆長、コースを畳めぇ」
ゼーマンの命令を聞いた掌帆長は、大声で水兵達を追い立てた。
「お前達、帆を畳めぇ。燃えた帆で髪の毛を焼かれたくなかったらとっととやれぇ」
水兵達は掌帆長に怒鳴られながらもにやりと笑みを浮かべると、担当するマストにかかるシュラウドを登り始めた。
ゼーマンは望遠鏡を腰のベルトに差し代わりにタバコに火を付けると、訓練の行き届いた水兵達の動きに目を細めていた。
すると突然右隣を走るルベット号が轟音を上げ、瞬く間に炎に包まれた。
「な、なんだ?」
一体何が起こった?
ゼーマンが突然の事に混乱していると、その答えは見張員からもたらされた。
「敵艦発砲」
「くそっ、奴ら最大速度で撃ってきたぞ。フラムを展開しろ」
「了解」
ゼーマンは魔力節約のため最大速度では撃たないと言う自分達の常識に囚われていた事に大いに反省していると、見張員から声が降って来た。
「ルベット号、沈没」
馬鹿者、そんなの見れば分かる。
ゼーマンがそう毒づくと、今度は左隣のアステム号が轟音を上げて炎に包まれた。
「掌砲長、魔法投射機用意、操舵手、艦首を敵艦に向けろ」
舵が効いて艦首が敵艦に向くまでのわずかな時間をじりじりしながら待っていると、突然船首が爆発した。
「うぉ」
ゼーマンの視界一杯に赤色の世界が広がったが、それは敵の火炎魔法弾をフラムが防いだ光景だった。
「おい、反撃しろ、最大速度で投射だ」
グース号の2門の魔法投射機から火炎魔法弾が投射されると、敵の2撃目がフラムに炸裂した。
これからはどちらが早く相手の魔法盾を消滅させるかの勝負になってくる。
だがゼーマンは目の前の砲手達の無駄の無い動きを見ながら、この勝負に勝てると自信を持っていた。
俺達は海上戦闘のプロだ。
原住民に負けるはずが無いのだ。
「通信手、旗艦に報告だ。我、攻撃を受けつつあり。急げ」
「はっ、畏まりました」
++++
遠い水平線上で炎が吹きあがったが、それは先の2隻とは違い直ぐに消えた。
「敵艦2隻撃沈です。流石は魔女様です」
フーゴがそう言ってきたが、3隻目はどうやらこちらの火炎魔法弾が命中する前に魔法盾を展開してしまったようだ。
あの魔法盾を消滅させないと、敵艦を沈める事ができないのだ。
すると目の前がぱっと赤くなると、くぐもった爆発音とともに炎が空間障壁に沿って周辺に広がっていった。
その突然の出来事に、甲板上の獣人達が驚いてのけ反ったり甲板に身を伏せて頭を両手で守ったりしていた。
そして自分達に被害が無い事が分かると、お互い自分達の情けない姿に苦笑しながらそれをごまかすように肩を叩きあっていた。
だが、直ぐに敵の第2弾が炸裂してくぐもった爆発音とともに炎が吹きあがると、不安になった獣人達が後甲板に居る俺を見つめてきた。
その目を見れば、獣人達が自分の運命を俺の姿を見る事で推し量ろうとしているのは明白だった。
だから俺は後甲板上で仁王立ちしたまま腕を組み、薄笑いを浮かべるという演技を続けていた。
俺が敵の攻撃など蚊が刺した程度も感じていないという余裕の表情で立っていれば、獣人達も生き残れると安心するだろう。
こうなって来ると目立つ衣装を用意してくれたフーゴに、少しは感謝した方がいいかもしれないな。
そして獣人達もそんな俺の姿を見て安心したのか、敵弾が命中しても怖がらなくなっていた。
恐怖は判断を鈍らせるし士気も下がるからそれが無くなったのは良いのだが、お前ら、ちょっと楽しんでないか?
それにそこの奴、まさかとは思うが俺の空間障壁の魔法が何発耐えられるか賭けをしてるんじゃないだろうな?
「これは魔女様の魔法ですか?」
フーゴが目の前の光景を見つめながら尋ねてきた。
「ええ、空間障壁の魔法よ」
「ああ、やはりそうでしたか。魔女様がフラムの展開をお命じにならなかったので一瞬ヒヤリとしましたが、こんな防御魔法があったのですね」
敵はフェラン号が元はフリン海国の船だと思っているので、展開している魔法盾も自分達が知っている物だと思い込んでいるだろう。
フリン海国の船が展開するフラムの能力は知らないが、空間障壁の魔法より強力ではないだろう。
「こちらの魔法の方が強力だと思うから、心配はいらないわよ」
俺が余裕のある表情でそう言ってやると、フーゴも安心したようだ。
「この船に乗り込んだ時から、魔女様と運命を共にしております」
「ユニス殿、私もそう思っております」
「おお、ガーネット卿、私も同じ気持ちですぞ」
フーゴの言葉に賛同したベルグラントとガスバルが、大きく頷いていた。
そんな会話をしている間もハープーンガンの持ち場に付いている獣人達は、やる事が無いという事もあり空間障壁に当たる敵弾を指さしては何かを叫んだり、手を叩いたりして喜んでいた。
ひょっとして、花火か光のショーとかと思って楽しんでいるんじゃないだろうな。
まあ戦闘訓練をした正規の水兵じゃなく、寄せ集めの集団だとこんなものか。
そんな中でも魔法投射機を操作しているトラバールと赤熊は、まるで自分達が機械の一部になったかのような動きで、黙々と火炎魔法弾を投射していた。
そしてもう何発目か分からなくなった弾体を投射すると、撃ち合っていた敵艦が炎上した。
それをみた獣人達が「おおお」と再び雄たけびを上げると、トラバールと赤熊がそれに答えるように片腕を上げて答えていた。
それはまるでスター選手が、最後の1プレーで試合を決定したような得意げな姿だった。
敵艦を打ち負かした魔法投射機からカートリッジが勢いよく開くと、そこから空になった魔宝石が飛び出した。
すると大喜びするトラバール達の後ろに控えていた獣人が、新しい魔宝石をカートリッジに装填して蓋を閉じた。
炎上した敵艦はその後、大爆発を起こして波間に消えていった。
フェラン号の甲板上では戦いに勝ち大騒ぎしていたが、俺にはそれよりも重大な懸念があった。
「火炎魔法弾の残弾数は?」
どうやら見通しが甘かったようで、かなりの弾を消費していたのだ。
最初フラムという名前を聞いた時、パルラとかで襲われたときに相手が展開していた魔法盾と同じ物だろうと考えていたのだ。
そのため直ぐに消滅するだろうと思い撃ち合いをしたのだが、それが大きな間違いだった。
俺の懸念は当たっていたようで、報告を聞いて頭を抱えた。
「残り6発です」
やれやれ、敵はあと9隻も残っているのに弾数が全然足りないじゃないか。
「魔女様、どうしましょうか?」
フーゴも弾数が全然足りないのが分かって、直ぐに聞いてきた。
「どうするって、とりあえず戦闘海域から離脱するわよ」
かなり魔力を放出しているので海獣を引き寄せたかもしれないし、敵が分散している今こそ各個撃破のチャンスなのだ。
敵の位置は、上空の索敵用ゴーレムから送られてくる情報で分かっているので、どの方角に進めば敵と会敵するかは手に取るように分かっていた。
「ベルグランド、面舵15度」
「面舵15度、了解」
舵が効いてきて船体がぐぐっと右に曲がっていくと新しい進路に入った。
さて、次の獲物を狩りに行きますか。
シュラウド:舷側からマストに張られた網目状のロープ、横静索
コース:マスト下段の帆
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