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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第10章 魔女の領地
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10―30 出撃の一報

 

 ドゥランテが部屋を出て行くのを自分の執務机から見送っていたアッセルは、直ぐに数枚の命令書を書き記すと当番兵を呼んだ。


「提督、お呼びでしょうか?」

「各艦長と主計局へ私の命令書を届けるのだ」


 そう言ってテーブルの上にある署名をしたばかりの命令書を指で小突いた。


「はい、畏まりました」


 当番兵が命令書を持って退出すると、メイドが用意したワインに口を付けた。


「さて、本国を離れ遠い辺境の地に島流しにされた身だが、少しくらいはうさ晴らしをしても良いかもしれんな」


 +++++


 白猫は、毎日のようにアニカ・シャウテンに呼び出されていた。


 指定された場所は、シャウテンがオーナーの店だ。


 店内は明るく装飾もカラフルでとても港湾作業をする水兵が来るような店ではなく、どちらかというと上流階級の婦人達が社交をするための店といった感じで、どうみても需要戦略に失敗しているとしか思えないのに、何故か一張羅を着た男達がお茶を楽しんでいるのだ。


 これはきっと、文化の違いというやつね。


 すっかり常連客となってしまった白猫が店を訪れると、給仕係が直ぐに奥の個室に案内してくれた。


 そこにはシャウテンが居て、テーブルの上にはお茶とお菓子が置かれていた。


「良く来たわね。さ、こっちに来て白猫」

「ええ、アニカ」


 いつの間にか私達は「白猫」「アニカ」と呼び合うようになっていた。


 そして、いつものようにお茶を楽しみながら雑談していると、アニカから予想外の質問を受けた。


「ねえ白猫、最悪の魔女の事をどう思う?」


 突然尋ねられたその質問に、白猫ははっとなった。


 シャウテンの意図は何処にあるのか?


 自分達と雇い主との関係を知っているのは、ドゥランテだけのはずだ。


 突然隣に現れた魔女領を警戒しているのか、それとも・・・


「最悪の魔女は、7百年前この大陸を自ら手に入れようとして敗れた大罪人と呼ばれています」


 白猫が小さい頃里の大人達に聞かされた事を言うと、シャウテンは首を横に振っていた。


「それは一般的な認識でしょう? 貴女はどう思っているのかしら?」

「さあ、会った事も無いので分かりません」


 白猫がとぼけると、シャウテンは真面目な顔で見つめてきた。


「以西の地が突然魔女の領地となったというのに、誰もこの国に逃げてこないわ。逃げてきたのは貴女達2人だけ。何故かしらね。とっても不思議よね?」

「それは」


 白猫が言いかけると、シャウテンに手を上げて遮られた。


「私はこう思うわけよ。貴女達は最悪の魔女から密命を受けた間者ではないかと」


 シャウテンにズバリと言い当てられ動揺していたが、相手に気取られないように必死に抑えていた。


「へえ、面白い仮説ですね」


 シャウテンと見つめ合う事数分、先に目をそらしたのはシャウテンだった。


「ドゥランテは、魔女は人間のような外見をしているが所詮は魔物、交渉など出来るはずも無いと言っていたわ」


 白猫は、話の方向が何処に向かっているのか分からず口を開かなかった。


「でも、部下を敵地に送り込んで情報収集するような狡猾さがあるのなら、それは交渉が出来る相手だとは思わない?」


 そう言ってシャウテンは、じっとこちらの目を見つめてきた。


 そして白猫が何も言わないと、ちょっと失望したようにテーブルの上のお茶に手を伸ばした。


「まあ、いいわ。最悪の魔女は王国と戦って以西の地を手に入れたと聞いたけど、御伽噺に出てくる最悪の魔女の性格なら今頃王国は滅んでいてもおかしくないわよね。でも王国は今も存続している。不思議よねぇ?」


 白猫は雇い主に捕まってフェラトーネの王城に連行されていった時の事を、思い出していた。


 まさかあんな結末になるとは、あの時はこれっぽっちも思っていなかったとくすりと小さく笑うと、その表情をシャウテンに見られていた。


 シャウテンはにやりと笑みを浮かべると、意外な事を言った。


「最悪の魔女は、極悪非道でも、話が通じない馬鹿でもないと思わない?」


 シャウテンは、雇い主さんの性格をある程度理解しているようだ。


「最悪の魔女が私達の荷の通過を許可してくれれば、今まで通り商売が成り立つのよねえ」


 どうやらシャウテンの本音は、ここにあるようね。


 だが、シャウテンが私達を魔女の間者だと疑っていて、何とか尻尾を掴もうと失言を狙っている可能性も捨てきれないので、まだまだ警戒を解くつもりは無かった。


「私も商人です。是非アニカのお力で交易ルートの復活をお願いしたいですね」


 白猫のその返答に、シャウテンの顔に失望の色が浮かんだようだ。


「海国は交易ルートを遮断されてとても困っているの。ドゥランテはドワーフに頼んで東に坑道を掘ってもらうつもりのようだけど、そんな悠長な事待っていられないわ。最悪の魔女が領内通過を認めてくれたら、とても助かるのよねぇ。どこかに魔女とのパイプを持っている人はいないかしら?」


 そう言ったシャウテンの顔には、確信とそれと期待といったものが浮かんでいるように見えた。



 白猫がシャウテンとのお茶会を終えて店を出ると、黒犬から連絡蝶が送られてきた。


 +++++


 黒犬は港が見える場所に簡易椅子を置くと、キャンバスに絵を描き始めた。


 キャンバスには港や海それに雲といった風景が描かれていたが、後ろから覗いてくる通行人やドゥランテの監視員に目を付けられないように意図的に軍艦は描いていなかった。


 そして出来上がった絵を飾っていると、それを見た通行人が買い求めてくるのでちょっとした小遣い稼ぎにもなっていた。


 だが目的は小遣い稼ぎではなく、港に停泊している軍艦の動きなのだ。


 監視だけならドゥランテの館からでも出来るのだが、黒犬の場合部屋に籠るとマジック・アイテムの開発に夢中になって他の事を忘れるという悪い癖があったので、こうやって町に出て監視するようにと白猫に追い出されたのだ。


 そしてその白猫はというと、今日もあのおばさんの所に出かけていた。


「お、嬢ちゃん、絵がうまいな。俺にも1枚描いてくれよ」

「銀貨1枚よ」


 こうやって自分の絵を求めてくる客も居るのだが、黒犬はこの国の通貨単位を知らないので銀貨を求めた。


 元々手先が器用な黒犬にとって、絵を描くのはそれほど苦では無かった。


 水兵は意匠の凝った銀貨を1枚取り出すと、片足を道の出っ張りに乗せて得意そうなポーズをとっていた。


 どこからどう見ても自意識過剰な水兵にしか見えないが、私を監視している相手かもしれないので決してボロは出せなかった。


 水を替えるふりや、絵具を用意するような自然な仕草の中にそっと桟橋を監視する視線を送りながら、気取った水兵の自画像を描いていった。


 港に動きがないまま何日経ったが、今日は桟橋に動きがあった。


 桟橋に荷馬車が集まって来ると、目的の軍艦に補給物資を運び込み始めたのだ。


 すると自画像を描いている水兵が「あ」と声を上げた。


「どうかなされたのですか?」


 黒犬が尋ねると、水兵はバツの悪い顔をした。


「悪い、どうやら何かあったみたいだ。急いで戻らないと」

「そう、ですか」

「途中だけど代金は取っておいてくれ。それじゃあな、お嬢ちゃん」


 そう言うと水兵は決め顔を作ると、笑い声を上げながら帰っていった。


 これは雇い主に報告する事項だろうと思い、急いで白猫に連絡蝶を送った。


 黒犬が片付けをしていると白猫がやって来て、絵を見るふりをしながら視線は港に送っていた。


「随分慌ただしいわね」

「ええ、絵を描いていた水兵も慌てて帰っていったわ」


 軍艦が係留されている桟橋には大量の荷馬車がやって来て、それぞれの船に補給物資の積み込みを始めていた。


「これ、どう見ても出航準備よね」

「それ以外に見えるのなら、白猫の目は節穴という事ね」

「あら、私の目が節穴だったら、今頃私達は首を落とされているか牢屋の中で朽ち果てていたわよ」


 黒犬はこの気の置けない友人の頬を指で突いた。


「白猫、これ、急いで連絡した方が良いわよ」

「ええ、そうね。それじゃあ、早速我らが偉大なる雇い主様にご注進といきましょうか」


 そう言った白猫は、すこし不安そうな顔をしていた。


 +++++


 クマルヘムの町で俺は、再びガリナが店長を務めているカフェでお茶をしていた。


「お待たせしましたぁ」


 そう言ってガリナが持ってきたのは、なんだ、これ、創作料理?


「えっとガリナさん、これは?」

「我が里でディース神に捧げる供物です。とても神聖な物なのですよ」


 それは神饌しんせんみたいな物か?


 それに俺はディース神じゃないからね。


 テーブルの上にあるのは毒々しい青色のスープで、そこから突き出しているのは何かの骨付肉のようだ。


 助けを求めるようにジゼルを見たが、笑顔で頷いていた。


 ジゼルが止めてこないという事は、これは毒ではないし、ガリナに悪意が無いのは明白だ。


 そしてリスタちゃんやセリアタちゃんが美味しそうに焼き菓子を食べている顔を見れば、ガリナが料理下手じゃないのも確かだ。


 それなのに、なんで俺だけこれなんだよ。


 味が全く想像できないし、そこに入っている謎肉とか何かの罰ゲームだろう。


「さあユニス、せっかくガリナさんが丹精込めて作ってくれたんだから、早く食べちゃってね」


 誰も助けてくれないので仕方なくスプーンを手に取ったところで、救いの神が現れた。


 俺の左手の甲に連絡蝶が現れたのだ。


 俺は迷うことなくその翅に触れると、それは白猫から直接送られてきた報告だった。


「ジゼル、フリン海国が動いたわ」

「まあ大変、ぐずぐずしていられないわ。直ぐにリグアに行くのよね?」


 俺はジゼルに頷くと、椅子から立ち上がった。


 そして残念そうに見えるように気を付けながらガリナを見た。


「ガリナさん、御免なさいね。緊急事態で行かなくちゃならなくなったわ」

「せっかくユニス様をおもてなしできると思っていたのですが、残念です」

「ええ、本当にね」


 俺がそう言うと、何故かガリナの目が光ったような気がした。


「ええ、ですので次にお会いした時には、お神酒も一緒に用意しておきますね」

「え?」


 そのまま忘れてくれていいんだよ。


 そう願いつつ、俺はその場を離れるのだった。



 クマルヘムを出た俺達は、まっすぐリグアまで飛行していた。


 そしてフェラン号の甲板に着地すると、作業を指揮していたカルバハルに声をかけた。


「カルバハル、修理の進捗はどう?」

「あ、これは魔女様、見て下さい。船体の方はあらかた終わっております。どうです? 私が本気になればこんなものですぞ」


 いや、どう見ても船大工達の頑張りだよね?


 まあ、俺も大人だからそんな突っ込みをして反感を買うつもりは無いけどね。


「ありがとう。船大工の皆さんもご苦労様」


 俺が皆の頑張りを評価している事をそれとなく伝えると、疲れた顔をした船大工達にも笑顔が戻ったようだ。


「ところでフーゴは何処なの?」

「ああ、それならあそこに」


 そう言ってカルバハルが指さした方を見ると、こちらに向かって走って来る姿があった。


 少し待っていると、息を切らせたフーゴが甲板に上がって来た。


「魔女様、お待たせしました」

「早速で悪いけど、海国が動いたわ。フェラン号の乗組員は見つかったの?」

「いえ、残念ですが」


 駄目か。これで一縷の望みは潰えたな。


 仕方がない、この船で迎え撃つか。


「フーゴ、この船で海国の艦隊を迎え撃つ事になりそうだけど、食料と水の手配が必要だわ」

「ああ、それならメラスが準備をしています。早速積み込みますか?」

「そう、ならお願いね」


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