10―29 下された決断
リグアの桟橋では、今昼夜を問わず槌音が響いていた。
そこで寝る間も惜しんで船大工達を叱咤激励しているのは、厳つい顔を朱に染めたカルバハルだった。
「良いかお前ら、1日も早くこの船を完璧に仕上げるんだ」
「「へぇい」」
そう答えた大工達は皆目の下の隈を作っていた。
その状況を見かねたフーゴは、カルバハルに声をかけた。
「おいカルバハル」
「なんだ?」
「魔女様は船体だけで良いと言っていたはずだぞ。あまり大工達をこき使うなよ」
フーゴがそう言うとカルバハルは、元々赤かった顔をもっと赤くして地団駄踏んでいた。
「なんだと、俺が魔女様から直々にお願いされた大事な仕事を手抜きしろというのか?」
「違う。余計な事までして魔女様の不興を買っても知らないぞ、と言っているんだ」
フーゴが訂正すると、少し考えたカルバハルは明後日の方向に理解していた。
「さてはお前、俺が魔女様に気に入られるのが嫌なんだな?」
「なんでそうなるんだよ」
「それに何でお前が此処に居るんだ? お前はヒルの野郎のアジトを探す役目があるだろうが」
「分かっているさ。ただ、お前が暴走していないか見に来たんだよ」
「ふん、俺の方は問題ない。さっさと消えろ」
そう言ってカルバハルが手を振ってくるので、フーゴは自分の仕事をすることにした。
「へいへい、直ぐに消えますよ」
フーゴが船から降りると、甲板からカルバハルの大声が聞こえてきた。
「お前達、フーゴの野郎を出し抜いて俺が魔女様から褒められるように、とっとと手を動かせぇ」
ふん、ヒルの野郎の秘密拠点を見つけて俺が魔女様に褒められるのさ。
「おい、フーゴ、俺にも何か手伝わせろ」
突然声をかけてきたのは、走って来たのかはぁはぁと荒い息を整えているメラスだった。
「メラスか、慌ててどうしたんだ?」
「お前らだけ魔女様に良いところを見せたいんだろうが、そうはいかないぞ」
「ひょっとして、魔女様の為に働きたいのか?」
「ああ? 支配者に媚を売るのは当然だろう。それに美人のうえあの体付は堪えられん」
こいつまさか。
まあ、メラスの野郎が何かしようとしても、あのおっかない護衛達を突破するのは無理だろう。
「なあメラス。魔女様はこの船に乗って俺達の為に戦って下さるのだ。魔女様が船で不自由しないように、食料と水があればとても喜ばれると思わないか?」
フーゴがそう言うと、メラスがパチンと指を鳴らした。
「おう、俺に任せておけ」
そう言うとメラスは来た時と同じように走って行ってしまった。
すると、船上からカルバハルの大声が降って来た。
「おい、フーゴ、なんでメラスの野郎に手柄をくれてやるんだ?」
「ふん、これもこの町で上手くやっていくための方便さ」
+++++
ドゥランテは自身の執務室で、部下からの報告を聞いていた。
「すると白猫達は外で写生と、シャウテンとお茶をしているだけという事か?」
「はい」
シャウテンが白猫から余計な事を聞き出さないよう妨害したのだが、治安活動に口を出すなと跳ねのけられてしまったのだ。
「それとモヒカ男爵の件ですが、我々から送った武器と資金で防衛線を構築しているようです」
「防衛線? 我々に対してか?」
すると部下は首を横に振った。
「いえ、魔女領に対してです」
「何だと」
モヒカは独立したと言ってきた後、直ぐにグリエゴという男を送って来ると、この俺に武器と資金を要求してきたのだ。
最初は武器の購入とその資金の融資を求められたのだと思い返済方法を尋ねたが、あの男は無償で援助するよう要求してきたのだ。
海国にはそのような要求に応じる義理は無く話にならないと突っぱねると、奴は避難民を押し付けると脅してきたのだ。
元々フリン海国はダルテソス王国のバンダールシア大陸での活動拠点の位置づけであり、港湾と関連施設それと船員の住宅があるだけで、避難民を受け入れる施設も無ければ生活必需品もセンディノ辺境伯領からの輸入だったのだ。
以西の地が魔女領となり交流が途絶えた時点で、避難民の受け入れは無理なのだ。
それを知っているシャウテンは治安が悪化することを理由に、難民を受け入れるのをひどく嫌がっていた。
そのため、これが魔女からの圧力だと分かっていながら、要求を呑むしか選択肢が無かったのだ。
魔女が海国の武器を求めているのは、こちらの能力を調べようとしているのは明白だった。
それは魔女が相手を侮って負けたという過去の記憶を持っていて、二度と同じ過ちは犯さないという意思の表れではないのか?
元々力がある魔女が油断しないとなると、1番の計画も危ういのではないか?
そんな懸念があったから最新武器を渡さずこの大陸でも馴染み深い武器を渡し、こちらが魔女を恐れているという意味を込めて町を城壁で囲っても意味は無いと忠告してやったのだ。
それがどうしたら、魔女領に対する防衛線の構築という話になるのだ?
はっ、まさか魔女は、我々が男爵を取り込んで防衛線を構築したという難癖を付けて、攻め込んで来るつもりなのか?
全くのこじつけじゃないか。
部下が報告を終えて部屋を出て行くと、カーテンの影から黒い影が現れた。
「コーバスか?」
「はい、フェラン号はリグアにありました」
ドゥランテは基本この大陸の原住民を見下しているので、その言葉を聞いて怒りがこみあげてきた。
「そうか、原住民風情が我が商会の船を奪うとはいい度胸じゃないか。それで当然連中を懲らしめて回収してきたんだろうな?」
ドゥランテがそう聞くと、コーパスは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「それが、あいつら船も乗組員も返す気が無いようです。我々も危うく奴らに騙されて始末されるところでした」
それを聞いたドゥランテは、先ほどの報告で腹の虫がまだ収まっていなかったのでついに爆発した。
「馬鹿野郎。原住民風情に小馬鹿にされて逃げ帰って来たのか? 恥を知れ」
「申し訳ありません。ですが、連中はとんでもない腕利きを仲間にしていました。あいつ等を制圧して船と乗組員を奪還するのは、いささか骨が折れそうです」
そう言われてドゥランテは嫌な予感がした。
「まさか連中、魔女と手を組んだんじゃないだろうな?」
だが、コーバスは首を横に振った。
「いえ、そのような兆候はありません。それに魔女はクマルヘムの治安維持に手を焼いているのか、全く動いていません」
「そうか」
一瞬ヒヤリとしたが、魔女がクマルヘムの平定に手一杯になっているのは良い兆候だ。
だが、何時までもリグアに興味を示さない保証も無いな。
もし魔女がリグアに興味を示しフェラン号と乗組員を確保したら、俺が黒蝶の一味だということがバレてしまう。
あの魔女が、自分に明確な敵意を持った相手を見逃すはずがない。
そうなったら俺も、9番や10番と同じ運命を迎えるだろう。
魔女が動けない今のうちに、都合の悪い証拠は抹消しておくに限るのだ。
「分かった。フェラン号はこちらで何とかする。それと赤熊の行方はまだ分からないのか?」
「はい、申し訳ありません。予想では魔女と接触が可能なクマルヘムか、潜伏に丁度良いリグアだと当たりを付けていたのですが、どちらにも居ないようです」
そう言われてドゥランテは、フリン海国を満喫している白猫達が人間に化けている事を指摘した。
「あいつ等は変装が上手い。赤熊も変装しているのではないか?」
「いえ、変装は白猫がやっているはずです。白猫と離れている赤熊は、自分で変装するのは無理だと思うのですが」
「それじゃ、何故見つからない?」
ドゥランテがそう聞くと、コーバスは返事に窮していた。
くそっ、何もかも上手くいかないな。
いや、待て。白猫は魔女が歴史書を欲しがっていると言ったな。
怪盗から奪い返した事にして歴史書を渡せば、魔女に恩が売れるのではないか?
「コーバス、何が何でも赤熊を見つけ出して処分するのだ」
「畏まりました」
コーバスが消えると直ぐにビクネーセを呼びつけた。
「会長、お呼びですか」
「ああ、防衛艦隊司令に面会の予約をしてくれ」
「はい、畏まりました」
それから数日後、ドゥランテは港の警備が厳重な区画にある防衛艦隊司令部に足を運んでいた。
司令部は3階建ての建物で、1階が警備詰め所と受付、2階が備品室や会議室そして3階に提督の執務室があった。
受付の兵士に案内されて3階の部屋に入ると、そこに白髪の老人が大きな執務机の向こう側に腰を下ろしていた。
この男は、ダルテソス王国から港の防衛を任されている艦隊司令官のフリッツ・アッセルという海軍中将だ。
短く刈り込んだ頭髪に金モールが付いた青色の軍服を着こみぴんと背筋を伸ばした姿は、まだまだ若い者には負けんと言っているようだった。
「ドゥランテ殿、親睦会の席以外でこうやって会うのは久しぶりじゃな」
「ええ、そうですね」
「それで儂に何用じゃ?」
「実は当商会の船を強奪されまして」
「ほう」
老提督は興味なさそうに手にしたハンカチでパイプを磨いているが、ドゥランテは一瞬提督の口元が緩んだのを見逃さなかった。
笑いたければ笑うがいいさ。
「西アルアラ海で海賊に船を強奪されたのです。そいつらの拠点を見つけて船を返すように交渉したのですが、とても危険な連中で交渉団も危うく殺されるところでした」
ドゥランテはここで一旦口を閉じて老提督を見ると、パイプを磨く手が止まっていた。
「このまま放置しておいたら、増長してまた交易船を狙ってくるでしょう。陛下への献上品が万が一にも盗まれるような事態が生じたら一大事です。 あのような手合いは1人残らず殲滅しておいた方が良いと思うのですが、提督はどう思われますかな?」
そこまで言うと老提督が顔を上げて、ドゥランテに目を合わせた。
この男は、入植地の治安維持のため陛下から派遣された艦隊の司令官なのだ。
その治安維持に問題が生じたら、陛下の不興を買うのは目に見えているからな。
「あ、そうそう、これは手間をかける迷惑料です」
そう言ってドゥランテは、懐から小袋を出すとテーブルの上にドンと置いた。
その重みのある音を聞いた老提督は、片手で小袋を掴みその重みを確かめるとニヤリと笑みを浮かべた。
「海賊共の塒は何処なのだ?」
「ここからかなり北に大陸から突き出た半島があるのですが、その先端にならず者達の町があるのです」
「ほう、そんな所に」
「ええ、艦砲射撃には丁度良い立地ですよ」
それを聞いた老提督はニヤリと口角を上げた。
「ほう、海賊退治か。部下達も、たまには実戦訓練が必要だな。よし、受けてやろう」
「流石は海賊退治で名をはせたアッセル提督ですな。期待しておりますよ」
「ああ、任せておけ」
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